第五十一話 白金の煌めき
「……!」
挑発を受けたマーネはエミリアにしたのと同じように魔法を連発するが、ヴィクターはそれとまったく同じ魔法で迎え撃ち、完全に相殺してしまう。
「よい魔力の練り上げだ。力量はフランに引けを取らぬだろう。
だが、いささか繊細さが欠けているようだな」
ヴィクターが右手を振り上げると、マントの内側から無数の短剣が現れ、マーネめがけて飛んでいく。
マーネは眼前に一瞬で氷の柱を出現させてそれを受け止めると、今度は氷を砕いて刃を反転させ、ヴィクターに送り返す。ヴィクターは身体を霧に変化させて短剣の雨を通過させ、何事もなかったかのようにその場に立つ。
その後も様々な魔法の応酬が繰り広げられたが、互いに一歩も譲らない。
「す、すげえ……」
その光景を見ながら、俺はそう呟くしかなかった。
俺の腕の中では、傷が癒えていくエミリアが人の姿に戻りつつある。
「ううっ……」
「おっと、無理すんなよエミリア。
ちょっと前まで手足が繋がってるのが不思議なくらいだったんだからな」
彼女の顔はまだ狼のままで、青い瞳で俺を見るや顔を逸らしてしまった。
「なんで顔を背けるんだよ。俺のデリケートな心がちょびっと傷つくぞ」
「あ、あまり……見ないで欲しい」
「なにを?」
「友人に……獣の顔は見られたくないんだ……」
そう呟くエミリアの声は、結構切実であった。
「なんでだよ格好いいだろ」
「……え?」
エミリアは信じられない様子で目を丸くしている。
「お前は……この姿を醜いと思わないのか」
「なんで?」
「なんでって……」
「強そうで羨ましいとしか思わないけどな俺は。エミリアがどんなヤツかも知ってるし、なんでそう思う要素があると思ったんだよ」
「いや、だって私は人が恐れる人狼で……」
「あーもーめんどくせえ! そんだけ喋れるなら元気だな、よし!」
俺はエミリアを床に寝かせると、懐に入っているカーネに声をかけた。
「カーネ、お前もここなら力を自由に使えるんだろ?」
カーネは少し考える仕草をして、頷く。
「ええ、大丈夫だと思うわ。どうするつもりなの?」
「ヴィクターがマーネを抑えてる今がチャンスだぜ。
ゼニンスキーの野郎をぶっ飛ばせば、マーネも正気に戻るだろ」
俺は音を立てないよう腰の剣を抜き、柱の陰で静かに体勢を整える。
「ロック、金額はどうする?」
「この距離だと……たぶん10万くらいで届きそうだな。出来そうか?」
「……ええ、大丈夫。10万ゴールド入りまぁーす」
腰にぶら下げていた金の腕輪が光るのを確かめると、俺は右腕に腕輪を嵌める。
「よし、やっぱりこうじゃないと気合いが入らないよな」
腕の感触を確かめつつ、俺は柱越しにゼニンスキーの居る方向へ向き、すうっと息を吸い込む。
「おらあああぁぁぁーーーーーーっ!!」
そして気合一閃、ゼニンスキーがいる方向めがけて斜めに剣を振り下ろした。
剣先から伸びたエネルギーの刃は目の前の柱を叩き切り、そのままゼニンスキーに襲いかかる。
「なにっ!?」
これは奴も意表を突かれたらしく、黒い指輪をはめた右手をかざし刃を受け止める。だがカーネの力は一度食らったが最後、金額分のダメージはキッチリもらってしまうというおまけが付いているのだ。
「ぐうううっ! バカな、この私が押されるだとッ!?」
――バキィッ!!
ゼニンスキーを守っていた魔力の壁にヒビが入り、砕ける音が響き渡った。
そしてその衝撃は黒い指輪にも伝わったようで、指輪からは煙が噴き出していた。
「ううっ……!?」
その時、マーネの頭の周囲でパキンと高い音が鳴り、彼女は頭を押さえてよろめく。
「う……わ、私はなにを……?」
「やっと正気に戻ったか! マーネ、お前操られてたんだよ!」
俺の呼びかけにハッとなり、マーネはぶんぶんと頭を振る。
「なんてこと……私がいいように操られるなんて、屈辱だわ……!」
怒り心頭といった様子のマーネに、吸血鬼ヴィクター。
後ろの方ではフロリーナも起き上がり、俺にはカーネも付いている。
じきにエミリアも復活して立ち上がってくるだろう。
「形勢逆転だなゼニンスキー。それとも、これも計算のうちって言うつもりか?」
ゼニンスキーは表情を引きつらせたが、すぐにいつものニヤついた笑みを浮かべる。
「ふっ、舐めるなよ小僧。この程度、我が力にいささかの揺らぎもない。
お前たちには魔神の本当の恐ろしさを味わわせてやろう!」
ゼニンスキーの両目が妖しく光る。
すると背後に浮かぶ巨大な肉塊もそれに呼応し、ぐちゅぐちゅと不快な音と共に蠢き始めた。やがて肉塊が内側から盛り上がり、表面を突き破って丸い肉の塊が周囲に飛び散ると、床に落ちたそれはすぐに膨れ上がり、魔物の姿へ変身していく。
それはオークキングであり、デモンファントムであり、呆れるほど巨大なカニ、大ムカデ、そして溶岩竜であった。
「こ、こいつらは!?」
出現したのはいずれも俺たちが戦ったバケモノである。
特に巨大なカニこと海底の主はどんどん大きくなり、ついに神殿の屋根を突き破ってしまった。
「や、やべえっ! 緊急退避ッ!!」
崩れ落ちてくる天井に押し潰される前に、俺たちは急いで外に脱出した。
崩れ落ちた神殿の中からは、さっき見たデカブツばかりでなく、さらに大量の魔物もわらわらと湧き出し始めていた。そしてその後ろでは、不気味な肉塊が頭上に向かって伸び上がり始めていた。
「もはや我を封じる封印は無い!
このまま地上に出て全てを喰ろうてやろうぞ!」
周囲に響き渡ったゼニンスキーの声には、本人のものでない音が混じっていた。
目を凝らしてよく見ると、肉塊から伸びた触手がゼニンスキーを捕らえ、その中に埋め込んでしまっていた。
「ははははは! 我は魔神ゴルドー!
我が千年の恨みを思い知るがいい。喰わせろ! 命を! 我の腹を満たせ!
この世の全ては我のものだ!」
上半身だけ飛び出したゼニンスキーだった部分がそう叫び、肉塊はどんどん伸び上がっていく。そして千切れ降り注ぐ肉片からは、文字通りの魔物の大群が生まれ押し寄せてきていた。
「ゼニンスキーの野郎、魔神に取り込まれやがった!
もう一発グーで殴っておきたかったのによ!」
俺が毒づいている間にも、肉塊は上に向かって伸び続け、無数の触手を伸ばして天井を突き破ろうとする。
その様は天に手を伸ばそうとする、おぞましい大木のようにも見えた。
それを見上げる俺に、ヴィクターが告げた。
「ついにこの時が来たようだ。
冒険者ロック、お前は自分がなすべき事を分かっているな」
真剣なその言葉に、俺もついにぎくりとする。
なるべくずっと、考えないようにとしていたことだった。
「金と銀の腕輪がなぜ作られたのか。二人の姉妹の力がなんのためにあるのか。
その答えはすでに理解しているだろう」
そう言われて俺は腕を組み、うーんと考え込む。
「……なあ、どうしてもやんなきゃダメか?」
結構しばらくの間、沈黙が続いた。
「ちょと、あんたなに言ってるわけ?」
呆れ通り越した顔で、マーネが俺を睨んできた。
他の連中の視線も今の俺にはちくちくする。
「いやだって……なあ? こーんなにいっぱいあるんだぜ!?
俺の!! 金ピカが!!」
俺は黄金に輝く街並みを振り返って絶叫する。
こんな光景、おそらくもう二度と、生涯見ることは無いだろう。俺が頭を掻きむしっていると、俺の懐から出たカーネが人間サイズに変身し、腕を掴んできた。
「ねえロック……お願いよ。これが最後のチャンスなの。
魔神を完全にやっつけるには、これしかないのよ」
必死に訴えるカーネの瞳。
分かっている。
俺だって分かっているが、どうしても惜しいと思ってしまう人情も少し理解してほしかった。
「わかった。わかりましたよ。
今までのパターンからして、薄々そんな予感はしてたんだよ最初から。
こうなったらとことんやったらあッ! 次はどうすりゃいいんだッ!!」
半ばヤケクソ気味に叫ぶ俺に、ヴィクターが言う。
「左腕に銀の腕輪を嵌めろ。今なら腕輪の真の力を扱える」
言われた通りに俺は左腕にマーネが宿る銀の腕輪を装着する。
以前は二人の力が反発して一緒には身に付けられないという話だったが、いまはそういった異変は起きていない。
「魔神ゴルドーの肉体と魂。
その全てを砕くには力と魔法、どちらも極限まで高めなければならない。
この腕輪は唯一、人がそれを可能にすることのできる道具なのだ」
ヴィクターはそう言い、マーネとカーネに告げた。
「さあ、運命の姉妹よ。今こそこの者に与えるのだ。究極たる白金の輝きを」
カーネとマーネは互いに見つめ合って頷き、二人で俺の手を取って魔法を唱えた。
――白金の煌めき!
直後、周囲の景色から黄金の輝きが消え失せ、光が一斉に俺の身体に集まってくる。その凄まじいパワーの中にあって、隣にいるカーネとマーネが俺の両足を支えてくれているようだった。
その言葉通りに白い輝きに満ちた俺の心は、不思議と落ち着いていた。
「……まったく負ける気がしねぇな。いっちょ試し斬りだ!」
魔神の肉塊の足元から大量に湧き出す魔物の群れめがけ、俺は剣を水平に薙ぎ払う。
「おらあッ!!」
その軌跡はまさに一閃。
一筋の白い光が空を切ったその瞬間、おそらくは数百といたはずの魔物を全部真っ二つにしてしまった。
「うお……すっげえなコレ」
自分でやっておきながら驚いてしまったが、これで伸び上がる肉塊までの道が開けた。
「よし、これで決着付けてやらあッ!! 行くぞ!!」
俺は疾風のような速度で駆け出し、一気に魔神の肉塊に迫った。
「うおらああああっ!!」
目の前の肉塊に剣を振り下ろすと、幹のような肉塊が切り裂かれ、その部分が一瞬で消滅していく。だが魔神のしぶとさも並ではなく、次々に下から盛り上がってくる肉塊によって傷が塞がり、さらに地上目指して伸び上がっていく。
「さんざん人間をエサにしたせいで、多少刻んだくらいじゃビクともしねえってわけか。やっぱり弱点見つけて叩っ斬るしかねえな」
俺は頭上を見上げ、どんどん上昇していくゼニンスキーの上半身を見る。
「とりあえずアレはやっときたい。絶対に」
俺は助走をつけ、巨木のように伸びる肉塊を垂直に駆け上がる。
「うおりゃあああああああ!!」
身体能力が異常なくらいに強化された今の俺なら、こんな芸当も出来てしまった。俺は全力で走り、そしてゼニンスキーが埋まっている部分まで一気に駆け上った。
「見つけたぜコノヤロー! 食らいやがれええぇぇっ!!」
俺は一旦飛び上がり、ゼニンスキーの脳天めがけて剣を振り下ろす。
――ガキンッ!!
だが、それは硬質な手応えに阻まれた。魔神の肉塊も自分の身を守るため、魔力で防御をしている様子だ。それから何度か剣を叩き付けたが、今の状態だけではヤツの防御を突破できそうになかった。
「くそ、これだけやってもまだ足りねえのかよ! なんて贅沢なヤローだ!!」
背中から落下しながら忌々さを口にしていると、空中で誰かに身体を受け止められた。
「ロックさん、私もお手伝いしますっ!」
俺を拾ってくれたのは、翼を広げて飛ぶ白いドラゴンことフロリーナだ。
「サンキュー助かったぜ!」
「あ、見てくださいロックさん!」
空中を旋回するフロリーナの上で、俺は魔神の肉塊がドクンと震えるのを見た。
すると幹のような表面からボロボロと肉片が零れ落ち、地上を埋め尽くすほどの大量の魔物へと変身してしまう。さらに無数の枝のようなものが急激に伸び、俺を乗せたフロリーナを追いかけ鋭い先端で突き刺そうと迫って来た。
「きゃーっ!」
「魔神のヤローも必死ってことか。カーネ!」
俺が呼ぶと、妖精の姿で付いてきているカーネが顔の横に来た。
「このクソ魔神にありったけぶち込むぞ!
ヤツが金ぴかにした全部、まとめてお返ししてやらあ!」
自分でも理由は分からないが、魔神ゴルドーの防御を貫き倒すには、それしかないという直感があった。
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