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第五十話 魔神の力



 どこもかしこも黄金に輝く街の中を、俺たちは走り続けていた。


「で、魔神ゴルドーの神殿ってのはどこにあるんだ?」

「あっちよ」


 妖精の姿で俺の横を飛ぶカーネが指すのは、道のずっと向こうに見える建物である。走りながら俺は足元に転がる黄金の石ころや木の枝をなんとか拾えないかと考えたが、どう考えても邪魔になるので泣く泣く諦めるしかなかった。


 やがて神殿の目の前に辿り着くと、入口の重々しい扉は開かれ、中に人が入った形跡があった。先に乗り込んだゼニンスキーたちに間違いない。


「よし……なにが出てくるか分からんし、みんな気を付けろよ」


 俺は慎重に様子を窺いつつ、そっと神殿の中へ踏み込む。


 神殿は巨大な大理石であったろう柱が並び、それと同じように奇怪な動物を象った石像らしきものが並べられている。その奥に巨大な祭壇があり、祭壇の向こうはぽっかりと丸く抉り取られたように、広い空間になっているようだった。


(いた……!)


 こっちに背を向け、祭壇の前で両手を広げているその姿はゼニンスキーに間違いない。一緒に来ていたはずの学者たちの姿はなく、ヤツ一人だけだ。


「追いついたぞゼニンスキー!」


 俺が声を上げると、ゼニンスキーは両手を広げたポーズのままくるりと振り返る。


「ふふふ、ここまで来たか諸君」

「なにが諸君だ、いつまでも気取ってんじゃねーぞコノヤロー」

「わからんかね……地の底に息づく魔神の鼓動が。ああ、実に素晴らしい」


 元々芝居がかった喋り方をする奴ではあったが、以前とは様子が違う。


 そして奴の言う通り、この神殿に近付いた時から感じてはいた。

 辺り一帯を包むようなゾッとする気配が、地面の底からずっと漂っているように感じられる。


「わかった、もういい。俺はお前と楽しくお喋りしに来たんじゃねーんだ。

 とりあえずさっきの恨みもあるし、ぶちのめす!」


 俺が剣の柄を握って駆け出すのと同時に、ゼニンスキーは俺の方に右手を突き出す。その瞬間、目に見えない空気の塊のようなものに激突し、俺は派手に吹っ飛ばされてしまった。


「うがっ……!?」

「実に愚かだな君は。私がただ黄金に目が眩み、ここまで来たと思っていたのか。

 私の本当の望みは……魔神と契約し、その力を我が物とすることだ!」


 そう言い放つゼニンスキーの指には、黒くて大きい不気味な指輪がはまっていた。


「黄金郷の王ミディウスは豊かになりたいと望んだ。だから魔神は黄金を与えた。だが私の望みはそんなちっぽけなものではない!」

「くそっ、まさか……!」


 俺は起き上がりながらも嫌な予感がしていた。


 魔神ゴルドーは契約によってミディウス王に黄金をもたらした。

 ならば契約者が黄金以外を望んだらどうなるのか。


「そうとも、我が望みはただひとつ!

 この世の全てを支配する魔神の力そのものだ!」


 ゼニンスキーの身体から、どす黒い膨大な力が溢れ出てくる。

 それは今までに感じたことの無い、肌がざわつく嫌な気配だった。


「どうだ……契約の指輪を通し、我が体に満ち溢れる魔神の力は……

 今こそ私は神になったのだ! はははははは!」


 前触れもなく吹き荒れる突風になんとか耐えていると、ゼニンスキーの瞳の色が変わった。人間のそれから、どす黒い怪物の眼になっていた。


「ロックよ……お前も魔神復活の贄となるがいい。

 散々私に楯突いたことを後悔しながらな!」


 その時、地面が揺れた。そして祭壇の向こう側にある空間から、巨大でおぞましい肉の塊が浮き上がってきた。それは過去の記憶でカーネたちが見たのと同じ、皮を剝いだ肉を集めて繋ぎ合わせたような、不気味な物体だった。


 その表面にはゼニンスキーが連れていた学者たちが貼り付いていて、徐々に肉の中へ沈みこんでいる途中だった。


「た、たす……け……ぎゃあっ……」


 まだ息のあった学者はそう声を発したが、間もなく肉に包み込まれ消えてしまった。


「ここまで付いて来てくれた部下までエサにしやがって……

 頭ン中までバケモノになっちまったらしいなテメェ!」


 俺が叫んだ瞬間、フロリーナが前に出てドラゴンに変身し、強烈な火炎を浴びせかけた。普段は内気で大人しい彼女が自分から仕掛けるとは、その邪悪さ時検査を肌で感じ取ったのかも知れない。


 普通ならこれで決着のはずだが、ゼニンスキーの周囲には見えない壁のようなものがあり、ドラゴンの吐く炎がまるで通じていないようだった。


「ふん、こんなものが私に通じるものか」


 ゼニンスキーは鼻でせせら笑うと、右手を水平に薙ぎ払う。


 すると弧を描く軌跡に生じた衝撃波が、ドラゴンの巨体を軽々と吹っ飛ばし、フロリーナは黄金の柱に激突してぐったりとしてしまった。


「おい、大丈夫か!? くそっ……!」


 フロリーナの元へ行ってやりたかったが、ゼニンスキーの不穏な気配はますます高まっていく。


「せっかくだ、手に入れた魔神の力……その一部を披露してあげようじゃないか」


 ゼニンスキーが両手を頭上に掲げると、ヤツの頭上の空間にいくつもの黒い穴が生じ、渦を巻く。やがてその向こうから、大きな岩が次々に飛来し降り注いだ。


「どわああああっ!?」


 降り注ぐ岩石の雨によって、辺りはすさまじい破壊の嵐となった。

 床や柱が砕け、いくつもの大穴が開いてしまっている。


「ふふふ、これが魔神の力というものか。実に素晴らしいぞ!」


 ゼニンスキーは狙いを絞り、俺だけを狙って岩石の雨を放ってきた。


「魔力防護壁《マジックシールド》ッ!」


 その時、マーネが魔法の防壁を展開し俺たちの身を守ってくれた。

 岩石がぶつかる衝撃はかなりのものだったが、魔法はその全てに耐えることが出来た。


「まったく、見てられないわね」

「助かったぜマーネ! でもお前、魔法のカネはどうしたんだ」

「もう、鈍いわね。ここは黄金郷なのよ。

 私の魔法なんて使い放題に決まってるでしょ」

「そういうことか……!」


 言われて周囲に目をやると、近くの床や柱から黄金の輝きが消え、元の大理石へと戻っていく。


 今この場において、マーネの魔法はほぼ制限なしで使い放題なのだ。

 そうなれば今のゼニンスキー相手でも有利に戦える――そう思っていた時だった。


「おっと、魔法の妖精マーネよ。

 君がそっち側にいると私も手を焼いてしまうな。

 だから……こちらに来たまえよ」


 ゼニンスキーが人差し指でマーネを指した瞬間、指先から伸びる紫の光線がマーネの眉間に命中した。


「しまった……!?」


 光線でマーネに傷が付いたりはしなかったようだが、マーネはだらりと両腕を下げ、うつむいて黙り込んでしまった。


「おいマーネ、大丈夫か!」


 そう呼びかけた時、俺は横から強烈なタックルを食らった。


「ぐほっ!?」


 俺に全力でぶつかってきたのはエミリアだった。

 エミリアの下敷きになってもがく視界の横で、俺は真っ赤な火柱が上がるのを見た。


「うう……ああああああっ!」


 マーネの瞳からは色が消え、聞いたこともない唸り声を発した。


 彼女がこっちを睨んだ瞬間、今度は空中に無数の氷柱が出現し、俺たちめがけて飛んできた。エミリアは俺の服を掴んで投げ飛ばし、自分は反対側に飛ぶ。


 氷柱は床に突き刺さって周囲を凍らせ、ガシャンと砕けて弾け飛ぶ。


「お、おいマーネどうした!? なにやってんだ!」

「まずいな……さっきのでマーネ様が操られてしまったようだ」

「な、なんだとッ!?」


 途端に悪寒が全身を駆け巡る。


 マーネの魔法の力は、近くで見てきた俺が一番よく知っている。

 それが敵に回るということは――。


「冗談じゃねえッ! エミリア、柱の陰に隠れろ!」


 カーネを懐に押し込んだ俺とエミリアが近くの柱の陰に飛び込むのと同時に、神殿内に凄まじい火炎が吹き荒れた。


「火竜の息吹(ドラゴンブレス)!」


 マーネの放った炎の最上位魔法は、空間を一瞬で灼熱の地獄へ変えてしまう。


 柱の陰で直撃を受けなかった俺も、あまりの熱に焼け死ぬかと思うくらいだった。なんとか炎をやり過ごして顔を上げると、柱や地面は黒焦げになり、一部はまだ赤く熱を持っている部分も多くあった。


 フロリーナは遠く離れていたことと、ドラゴンは炎に強いこともあって怪我などはしていない様子である。


「マーネ目を覚ませ! そんな簡単に操られる奴があるか!」


 そう叫んでみるが、マーネからの返事はない。


「無駄だ。魔神は人の欲望や願望を引き出し狂わせる力を持つ。

 そして彼女には心の隙を感じた……さしずめ、己の拠り所を奪う人間が憎いといった所かな。くっくっく」


 ゼニンスキーがせせら笑うと、マーネは髪を逆立て激しい電撃を放ってきた。


「ぐっ……うああああーーーーーーッ!!」


 黄金竜の電撃にも匹敵しそうなその威力は、神殿の内部をどんどんボロボロにしてしまう。このまま放っておいたら、天井が崩れて来て全員下敷きになりかねない。


「くそっ、どうしかしてマーネを止めねえと……だがどうやれってんだ」


 ハッキリ言って、俺が今のマーネに近付くのは不可能だった。


 近付こうとした時にはマーネの魔法は発動しており、跡形もなくバラバラにされてしまうだろう。それに近付いたとて、正気に戻す方法は分かっていないのだ。


「ロック、ここは私がやる」


 その時、柱の陰でエミリアが言った。


「やるってお前、どうするつもりだよ。それに炎の魔法も苦手なんじゃないのか」

「そうだ。だが、その恐怖を克服できなければ、私はずっと半人前のままだ。

 せめて戦いだけは……自分に誇りを持っていたい」

「エミリア……」

「お前の前では、もうこの姿になりたくなかったが……

 万一の時は頼んだぞ、ロック」

「おい、エミリア!」


 エミリアは柱に背を預けたまま遠吠えをした。


 その瞬間、彼女の全身が暗い銀色の毛で覆われ、頭部も狼のそれに変わってゆく。


「マーネ様、参る!」


 人狼へと変身したエミリアは、マーネめがけて矢のように飛んでいく。


 マーネは火球や氷柱を無数に乱射しエミリアを迎撃するが、エミリアも常軌を逸したスピードでそれらを避け肉薄する。


「ガウウウウッ!!」


 エミリアが吠える。


 マーネまであとわずかの距離まで迫ったが、いつのまにかマーネの頭上に直径五十センチほどの赤い炎の塊が浮かんでいた。そしてその塊から、一直線の赤い光線が発射されエミリアの肩を貫いた。


「グウッ!?」


 肉を焼き貫通した光線は床に当たり周辺を炎上させる。

 それは炎のエネルギーを凝縮させたもので、見た通りに対象を焼き貫いてしまうもののようだった。


「エミリア!」


 傷を負ったエミリアは一旦足を止めるが、傷口はみるみる回復して塞がっていく。


 だが、空中に浮かぶ炎の塊はそれ自体が意志を持つかのように、エミリアだけを狙って赤い光線を放ち続ける。その間にもマーネはさらに火球や氷柱、果ては電撃を放ちエミリアを追い込む。


 密度の上がる魔法攻撃を避けきれなくなり、エミリアの身体がどんどん抉れ、削れていく。このペースでダメージを受け続けていたら、いくら人狼の超回復力があっても追いつかないのは目に見えていた。


「無茶だ! これ以上は死んじまうぞ!」


 柱の影から叫ぶしかできない俺に、ボロボロになったエミリアは答えない。

 だが、それでも両足で立つ彼女からは、まだ諦めの気配は感じられなかった。


「マーネ様……そのような姿、ヴィクター様が見れば悲しまれる……

 どうか正気に……!」


 鋭く踏み込んだ直後、エミリアの姿は光の矢のようになった。

 おそらくは渾身の力を込めた最後の一撃が、マーネに迫る。


「――!」


 次の瞬間、すれ違いざまの爪がマーネの頭上に浮かぶ炎の塊を引き裂き、爆発を起こしていた。


「あうっ……!」


 近距離で爆発に巻き込まれたマーネは離れた場所に落下し、ボロボロになったエミリアも床に倒れ込んでいた。


 そこで人間と同じ大きさに変身したマーネは立ち上がるが、右腕に小傷が付いたくらいで特にダメージを受けたようには見られない。


 マーネは右手をかざし、手のひらに火球を作り出した。


「おいっ、やめろ!」


 俺の叫びも空しく放たれた火球はエミリアの身体を焼いたかに思われたが、いつの間にか彼女の身体には黒い霧がまとわりついており、火球をかき消してしまう。


 その霧は空中で渦を巻いた後、エミリアの身体を浮き上がらせて人の形になった。


「お前にしては上出来だ、エミリアよ」

「ヴィクター、様……」


 そこに立つのは薔薇のように赤い髪の吸血鬼ヴィクターである。


 ヴィクターは再び身体を霧にしたかと思うと、一瞬で俺の目の前に現れ、傷ついたエミリアを預けてきた。


「彼女の相手は私がしよう。お前たちには少々荷が重い」

「おい、もう大丈夫なのかよアンタ」

「私を誰だと思っている。もはや私が膝を付くことは無い」


 そう言うとヴィクターはまた霧になり、一瞬でマーネの目の前に立つ。


「せっかくの機会だ。

 魔法の腕を競い合うという約束、ここで果たしてもらうとしようか」



最終話まで毎日更新です

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