第四十九話 封印の終わり
そこは巨大な門だった。
高さは二十メートルほどもあるだろうか。
石なのか金属なのか分からない巨大な扉には、細かくびっしりと壁画のようなものが刻まれているが、それが何を意味しているのかは分からない。それ以上に大木のような太さの茨がびっしりと生え、扉を覆い尽くしている事の方が目を引く。
これでは外からも内からも、どうやっても扉を開くことは出来ないだろう。
そして扉の左右には女性を象った白い石像が設置され、門に向かってそれぞれが右手、左手を伸ばしている。俺たちが辿り着いたその時、石像の腕に学者たちが金と銀の腕輪をそれぞれ取り付けている所だった。
「追いついたぞゼニンスキー!」
そう叫ぶと、さすがの奴もビクッと驚き振り返ってきた。
俺がピンピンして立っているのは、さすがに想定外だろう。
「ば、馬鹿な……あの傷でどうやって!?」
「へっ、俺ぁちょっとばかし悪運が強いもんでね。日頃の行いってヤツか?」
俺の左右にはエミリア、フロリーナ、そしてヴィクターもいる。
対するゼニンスキーはヤツ自身と数人の学者しか連れていない。
「こいつは勝負ありなんじゃねーか? 言っとくがな、俺の味方はつえーぞ」
指を鳴らして言う俺に対し、ゼニンスキーは引きつった顔をしながらも、いつものキザな笑みを作る。
「ふ、ふふふ……このくらいで勝った気になってもらっては困る。
言っただろう、私は全て計算ずくで動いていると。
もしや君は、ここまで辿り着いたのは自分の意思だとでも思っているのかね?」
「……どういう意味だコラ」
「誰が君に金の腕輪の情報を流し、ギルドを通じてダンジョンへ向かうように指示を出したのか……全ては金の腕輪が本物かどうかを確かめるため、シンシアを通じ私が命じたことだ。君は最初から、私の筋書き通りに動いていたに過ぎないのだよ」
「けっ、そういうコトかよ。やけに依頼のタイミングがいいと思ってたんだ」
「少しばかり予定が狂いはしたが、君の辿る運命に変わりはない。
君はそこで、私が全てを手に入れる様を眺めているがいい!」
ゼニンスキーが指を鳴らすと、どこに隠れていたのかローブで全身を覆った怪しげな連中が虚空から出現した。
「こいつら……!?」
俺はこの連中に見覚えがあった。
以前、メルカトルの街中でいきなり襲いかかってきた刺客と同じ格好をしていたからだ。そして同じように連中は曲刀を持ち、素早い動きで襲いかかってくる。
こいつらの動きは訓練された暗殺者のそれであり、しかも前回の六人どころか二十人近くはいる。刺客たちは素早く四方に散り、的を絞らせないよう動きながら一斉に襲いかかってきた。
「くそっ、邪魔すんじゃねえッ!」
俺は前方から飛び掛かってきた相手の曲刀を剣で受け止めるが、その隙を狙って横から別の暗殺者が素早くナイフを投げてきた。
「ぐっ……!?」
眼前の暗殺者を蹴り飛ばし、そのまま背後に飛び退いてナイフはかわしたが、俺はそのまま尻もちを付いてしまう。
そこへさらに別の奴が跳躍し、曲刀を逆手に俺を突き刺そうと落下してきた。
――ガッ!!
その暗殺者の脇腹を、エミリアの蹴りが直撃した。
暗殺者は一直線に吹っ飛び、地面を転がり起き上がってこなかった。
「ロックにはもう指一本触れさせん。安心して戦え!」
「おう、助かったぜ!」
暗殺者たちは曲刀や投げナイフの他にも様々な道具を駆使して襲いかかってきたが、もはや俺たちの敵ではない。
特にヴィクターは軽く手をなぎ払っただけで、数人まとめてはるか向こうへ吹っ飛ばしてしまい、そいつらが戻ってくることが無かった。
「むっ……!」
あらかた暗殺者を撃退したと思ったその時、ヴィクターが声を出した。
彼の視線の先を追うと、ゼニンスキーが点かずのランタンを持ち、その火を巨大な門に絡まる茨へと移している所だった。その金色の炎はみるみる燃え上がり、びっしりと絡み付いた茨を焼き消滅させていく。
その炎を前に、ゼニンスキーはランタンを投げ捨て叫ぶ。
「くははははは! ついに! 夢にまで見た黄金郷が私のものとなるのだ!
この黄金さえ手に入れれば、世界の王になることも夢ではない!
はははは! はーはははははは!!」
狂ったように笑うゼニンスキーの前で、巨大な扉が地響きを起こしながら開いていく。その時、ヴィクターは「いかん!」と叫び、燃え上がる茨に自分から突っ込んでいった。
「おい、なにやってんだ!?」
「ヴィクター様!?」
俺とエミリアが驚いている中、ヴィクターはまるで躊躇う様子もなく奥へ手を伸ばし、火が燃え移っていない茨の一部をもぎ取り、マントの中に隠す。
だがヴィクターの全身は黄金の炎に包まれ、なんとかそこから飛び出してきたヴィクターは全身が灰になる一歩手前の状態だった。
見た目ではよく分からなかったが、この炎は普通の火とはわけが違うようだ。
「おい、いきなり無茶すんなよ! お前身体が崩れかけてんぞ!」
ヴィクターを包む火はすぐに消えたが、ダメージは深そうだった。
「か、構わん……吸血鬼は不死身だ。少し待てば元通りになる」
「ならいいけどよ……なんで急に無茶したんだよ」
「……今に分かる。それよりロック、気を付けろ……とうとう封印は解かれてしまった。ヤツが動き出すぞ」
巨大な扉が開かれたその向こうは、まさに目も眩むような光景が広がっていた。
それは全てが黄金で出来た街だった。
建物も、壁も、地面も、草木も。
眼前に広がる広大な街の全てが、まばゆい黄金の光を放っていたのだ。
「ははははは! すべて私のものだ! この黄金すべてが! わははははは!!」
ゼニンスキーは正気を失ったように笑いながら、黄金に輝く街の向こうへと走り去っていく。その後を追って学者たちも、扉の向こうへと駆け込んでいった。
夢にまで見た黄金の街が目の前にある。
だが俺は、なぜか喜び勇んでそこへ踏み込もうという気にならなかった。
「いや、そんなことよりカーネとマーネだ!」
ふと思い出し、俺は門の左右に立つ石像に嵌められた金と銀の腕輪を外し回収した。それからカーネとマーネに呼びかけたが、どういうわけか反応がない。
「おい、どうなってるんだ? 二人とも早く出てこいよ」
もう一度呼びかけるが、やはり反応がない。
嫌な予感が脳裏をよぎったその時、うずくまっているヴィクターの身体が光った。正確にはボロボロになったマントの下で、なにかが光を発していた。
俺がマントをめくってみると、それはヴィクターが燃える炎の中から拾い上げた、大きな茨の一部だった。それを手に取って地面に置くと、広がった光が一点に集まり、やがて人の形になる。その姿はよく見覚えがあるものだった。
すらりとした体型に白銀の長い髪。切れ長の瞳の美しい顔をしたその女は、さっき俺が夢の中で逢ったフランドールその人に間違いなかった。
「とうとうここまで来てくれたのですね、冒険者ロック。
私の娘……カーネリアが認めた人」
「よう、ついさっきぶりだな。あんたのメッセージは夢の中で聞いたよ。
おかげで命拾いもさせてもらったしな」
「私の残した道具が役に立ったようでなによりです。
それでは、事情は分かって頂けたのですね」
「まあ、一応な」
フランは長いまつ毛の瞳を伏せ、申し訳なさそうな表情をする。
「千年前……私の夫、ミディウスが変身したドラゴンと戦ってなお、魔神ゴルドーの肉体は滅びなかった。そればかりか黄金の呪いを受け、この国は全てが黄金と化し、夫は暴虐の魔物、黄金竜となってしまいました。これらを放って置くことは出来ず、かといって私には時間も無かった。だから考えました……魔神ゴルドーの復活を抑え、いつか来たる勇敢な人間がこれを討ち滅ぼすための手段を」
フランは俺が手にしている金と銀の腕輪に目を落とし、そう告げた。
「それが娘を妖精にして腕輪に閉じ込めることだってのか」
俺が尋ねると、彼女はこくりと頷く。
「この災厄を引き起こした者の身内として……
終わりの知れない役目を、他人に押し付けるわけにはいきません。
そうするしか……なかったのです」
フランの瞳に、一粒の涙が浮かび、静かにこぼれ落ちた。
「私はすぐに、三人の古き盟友にメッセージを送り知恵を借りました。
火山の古龍、氷の巨人、そして吸血鬼ヴィクター。
彼らの助力を得て、私は黄金郷を地底深くに沈め封印を施し、金と銀の腕輪、
そして点かずのランタンを作ったのです。魔神ゴルドーを真に滅ぼすには、
黄金竜を打ち倒す程の力を蓄え、黄金の誘惑と恐怖を知る者でなくてはならない。それから千年……今日という日を、どれだけ待ち望んだことでしょう」
その話を聞き、俺は盛大に溜め息をつく。
「はぁぁ……ったく、いい加減にして欲しいぜ」
ハッキリとそう言ってやると、その場にちょっと長めの沈黙が続く。
「えっ?」
ちょっと間の抜けた声を出したのは他ならぬフランだった。
「いや、えっじゃなくて」
「だってあなた、今の話を聞いたら、流れ的に『ここは俺に任せろ』とか言う場面でしょう普通」
「なんだよ流れって。俺は魔神ゴルドーと戦うだの倒すだのなんて一言も言った覚えはねーぞ」
今度はもっと長い沈黙が続いた。
「……え?」
「あのな、手の込んだ仕掛け作って千年も待ったのは大変だったと思うけどよ、人選の条件が厳しすぎるだろ。結局それで誰もここまで辿り着けなかったんだろーが。
当たるのを祈り続けてひたすら万馬券買い続けてるのと同じじゃねーかよ」
「そんなこと言われても……他にどうしようもなかったのよっ」
眉を吊り上げて怒るその姿は、髪が長い以外はマーネにそっくりである。
「俺の望みはただひとつ!
この輝くおたからを丸ごといただくことに決まってんだろーがナメんな!」
「あなたは私の話を聞いていたの? あれは魔神ゴルドーの呪い……
あの呪いを受けたが最後、なにもかもが黄金に変えられてしまうのよ。
ここで魔神ゴルドーを解き放てば、世界中の全てが食いつくされて黄金に変わってしまうわ。それでもいいの?」
「ぐうっ……!」
痛い所を突かれ、俺は言葉を飲み込むしかなかった。
「ちぇっ、わかったよ。とりあえずゼニンスキーも追わなきゃだしな。
絶対にロクなこと考えてねえぞあの野郎」
「それを聞いて安心したわ」
「じゃあ、さっさとカーネとマーネを出してくれ。
この二人……そのためにいるんだろ」
「……ええ」
フランが沈黙を続ける腕輪に手をかざすと、見慣れた光が腕輪に宿り、それが外に出て妖精の姿になる。だが、カーネもマーネもボーっとしており、上の空といった様子である。
「おい、カーネ大丈夫か? もしもーし?」
俺が近付いて声をかけると、カーネはゆっくりと俺の顔を見てから、ポンっと煙を上げて人間と同じ大きさに変身し、両目に涙を浮かべて抱きついて来た。
「ロック! ロック! 会いたかった……!」
「悪りぃ、待たせちまったな」
「私、私……怖かった……ロックが死んじゃったらどうしようって……」
「ああ、さすがに腹に穴が開いた時はダメかと思ったぜ」
泣きじゃくるカーネの背中をさすってやると、ようやく気分が落ち着いたのか彼女は身体を離す。その様子を隣で不機嫌そうに見ているのは、やはり人間と同じサイズに変身したマーネである。
「……ロック、封印が解けたことで全部思い出したわ。
自分が誰で、過去に何が起きたのか……そして私に与えられた使命の全てを」
マーネは言いながら、俺とカーネの間にぐぐっと割って入ろうとしてくる。
「魔神ゴルドーはどうあってもここで倒さなくちゃならないわ。
あなたもそれは分かってるんでしょう」
じっと視線を送ってくるマーネから目を逸らすと、今度は泣き腫らした目のカーネと目が合ってしまう。
「ねえ、ロック……」
「どした?」
「私も思い出したの。ずっと昔の、妖精になる前のこと全部。優しかったお父様が日に日におかしくなって、私とマーネは魔神の神殿に忍び込んだの。魔神の姿を見た時、とても怖くて、ずっと夜も眠れなかった……でも、国がこんな事になって分かったわ。これは私たちが終わらせなきゃいけないんだって。
だから待って、待って……ずっと待って、やっとあなたに会えたのよ、ロック」
俺は言葉が出ずに、じっとカーネを見つめるしかなかった。
「私たちの勝手であなたに重荷を負わせたくない。
でも……ごめんなさい……私、他にどうすればいいかわからないの……」
静かに目を伏せたカーネの瞳から、溢れた涙が頬を伝う。
人生を少し生きた程度の俺に、彼女の思いの全てを汲んでやることなどできはしない。けれども、それは俺を決心させるのに十分だった。
「カーネ」
その名を呼び、俺は彼女の涙を指でぬぐってやる。
「俺はただの冒険者だ。この先どうなるか分かんねーし、期待し過ぎてくれるなよ」
「ロック……」
カーネは涙をこぼしながらも、その顔は笑っていた。
「はぁ、しょーがねえ。ここでキッチリ決着付けて、とっとと家に帰るぞ!」
俺がそう言うと、カーネは俺に抱きついてから身体を離すと、左腕をぎゅっと掴んできた。
俺の肚が決まったのと同じ頃、ようやく地面にうずくまっていたヴィクターが起き上がって来た。マントはまだボロボロだが、ひとまず身体の形は元通りになっているようだ。
「ヴィクター、本当に久しぶりね……あなたが身を挺してくれたおかげで、こうして皆と少しだけでも言葉を交わすことが出来たわ。本当にありがとう」
ヴィクターはマーネを見た時のように興奮して騒ぎ出すかと思ったが、以外にも大人しかった。
「当然だ。我ら魔族にとって、約束は命より重い……
それを知らぬ君ではないだろうフラン」
「ええ、そうだったわね。でも千年よ……こんなにも待ち続けるだなんて、
本当に……バカなんだから……」
フランはヴィクターの崩れかけた手を握り、笑顔の中で一粒の雫をこぼしていた。
「……ヴィクター、あんたはここで待ってな。
見た目は平気そうでも、まだ身体の内側がボロボロみたいじゃねーか。
俺が戻るまで、その人とお喋りしてろよ」
俺がそう言うと、ヴィクターはその整った顔立ちから、人間と変わらないように思える笑みを浮かべて見せた。
「ふっ、私が人間に気を遣われるとは、ヤキが回ったな。
だが……お言葉に甘えさせてもらうとしよう」
俺はヴィクターとフランの前を通り過ぎ、黄金郷へ続く扉の前に立つ。
その向こうには目が眩む黄金の街並みが広がっている。
俺とカーネ、マーネ、エミリアとフロリーナ。
俺たち五人は覚悟を決め、ついに扉の向こうへと足を踏み入れた。
全てが始まった黄金の地へ――。
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