第四十八話 フランドールの記憶
気が付くと俺は暗闇の中に浮かんでいた。上下の感覚が無く、自分が立っているのか寝ているのかも分からない。
「ええと……どうなってんだっけ?」
とりあえず周りを見渡すが、そこはただの黒一色に塗りつぶされた世界だ。
仕方がないので移動しようにも、宙に浮いているようにフワフワして、手足が上手く動かせない。どうしたものかと困っていると、いつの間にか傍らに綺麗な女が立っていた。
すらりとした体形と美しい顔立ち、そして白銀の長い髪が目を引くその女に、俺はどこか見覚えがあった。
「あんた、どこかで……」
言いかける俺の言葉を遮るようにして、その女は口を開く。
「お聞きなさい。ここはかつて、黄金郷と呼ばれた地……
ですが、それは恐るべき呪いによって、地の底に沈んでいます」
「呪い? あー、そういや黄金郷って国中が黄金になって、
重くなりすぎたんじゃなかったか?」
目の前の美人が誰なのかを疑問に思うより、なぜか俺はその話に相槌を打っていた。
「人から人へ伝わるうちに、真実は姿を変えてしまう。
だから私はこの地に留まり、いつか……あの憎き魔神を倒せる勇者を待つことにしたのです」
「なに言ってんだあんた、話が見えねーぞ」
「黄金の腕輪の封を解きし者よ……今こそ黄金郷の真実をあなたに伝えましょう」
「いやだから……てか、あんたは誰なんだよ」
そう問いかけた所で、俺の周囲は黒一色の世界から、鮮やかな緑と青空の広がる大自然の中へ変わり、そこにある小さな国を空高くから見下ろしていた。
「はるか昔……この地に小国がありました。
人々の暮らしは貧しくとも、みな純粋で幸せに暮らしていました。
ですが大陸に大きな争いが起き、この国も戦乱に巻き込まれていきました」
淡々と語る女の言葉に合わせて、俺の周囲の風景はめまぐるしく変わり始める。
小国の周囲でも戦いが起こり、多くの人々が倒れ死んでいく。
「人々は争いに傷つき疲れていましたが、希望を捨てませんでした。
それはこの国に、勇敢な王子がいたからです。
彼の名はミディウス……後に黄金郷の王となる、その人です」
鎧とマントを身に付けた王子は果敢に戦い、小国を脅かす敵を何度も撃退していく。その度に国民からの歓声を受け、やがて前王である父親が亡くなると、彼が跡を継ぎ国王となった。
ミディウスは疲弊した国を見て、こう呟いた。
「この国を豊かにせねば。
もっと民を栄えさせ、お金や暮らしに不自由しない国を作りたい」
ミディウスはその方法として、北西の隣国である魔法使いの国と同盟を結び、協力を要請した。
「そしてその同盟の証として、隣国である魔法使いの国の王女がミディウスへ嫁ぐことになりました」
そこで俺はふと、傍らで喋るこの女のことを思い出した。
「そうだ、あんたの顔……髪が長いけどマーネそっくりじゃねえか!」
「王女の名はフランドール。
黄金の炎の名を戴く大魔法使いと呼ばれたこともあります」
「じゃあやっぱり、あんたがカーネとマーネの……」
目の前の綺麗な女――フランはこくりと頷いた。
「若い頃のミディウスは快活で希望に燃え、勇敢でした。
私もそんな彼に惹かれ、妻として不満はありませんでした。
やがて二人の娘も生まれ、あの頃は確かに幸せでした。
娘たちの将来を思い、長く続いた戦乱に嫌気が差していた私たちは、国を豊かにするための魔法の研究を始めました。そして……偶然ではありましたが、ミディウスは異世界の邪神を呼び出してしまったのです」
周囲の風景はまたも変わり、王と不気味な影が向き合っている光景に切り替わる。
「ミディウスは国を富ませ人々を幸せにしたいと願いました。
そして邪神は願いに応じ、取引を持ち掛けたのです」
「取引か……そういや氷結洞のアブトもそんなこと言ってたな」
フランは目を閉じて息を吸い、ゆっくりと見開く。
すると不気味な影と向き合う王の手に、輝く黄金が現れた。
「命ひとつと引き換えに、それに応じた黄金を与える、と」
「な、なんだって!?」
俺が驚いているとまたも周囲の風景が切り替わり、縄で繋がれ列を作る人間と、その先に待つ王の姿が現れた。
「ミディウスも最初は半信半疑でしたが、それが事実だと知ると……だんだん彼はおかしくなっていきました。最初は小さな動物に始まり、やがては牢に繋がれた罪人を邪神に捧げ、黄金に変えていきました。ミディウスは手に入れた黄金によって軍隊を増強し、他国へ攻め込むようになり……そして攻め滅ぼした国の人々を奴隷として、この国へ連れて来たのです」
「まさか……」
フランは悲しげな顔をして、また頷く。
「奴隷は邪神に捧げられ、黄金に変わり莫大な富となる。
その資金で軍隊を増やし、また他所の国へ攻め込む……
その勢いは留まるところを知らず、最初は田舎の小国であったこの国は、いつしか黄金郷と呼ばれる大国にまで成長しました。ミディウスは邪神を崇め、国の守り神として神殿を立て、新たな名を与え祀ったのです。それが魔神ゴルドーの由来……」
俺はだんだんと嫌な予感が膨れていくのを感じていた。そしてそれを裏付けるように、フランは言った。
「無数の国を攻め落とし、ミディウスは大陸のほとんどを支配してしまいました。
もはや彼に逆らうものは無く、彼は覇王として君臨しました。
ですが……そこで新たな問題が起こりました。
魔神に捧げる奴隷が、もう居なくなってしまったのです」
またしてもそこで風景が変わり、黄金の鎧を身に付けたミディウス王と、向かい合って険しい表情で言い争うようなフランの姿が映る。
「私は何度も、何度も彼を諫めました。
しかしミディウスは聞く耳を持たず、ついには自らの国の民でさえ、捕らえて魔神に捧げるようになっていきました。そしてあの日……娘たちは見てしまった。
魔神ゴルドーの正体を」
フランが悲しげな表情を浮かべると、また周囲の風景が切り替わる。
それはどこかの神殿のような場所を覗き見る、金髪と銀髪の髪の姉妹と、その奥にある、巨大な肉塊のようなバケモノの姿だった。
そのバケモノは皮を剝いだ肉のようで赤黒く、その表面には生き物の眼や手らしきものが不規則に生え、外に飛び出しているというおぞましいものだった。
「ミディウスは魔神ゴルドーの存在を独占し、私たち家族であってもゴルドーの神殿への立ち入りを禁止していました。ですがある時、父親がおかしくなった原因が魔神にあると思った娘たちが、神殿に忍び込んだのです。そこであの子たちが見たのは、おぞましく蠢く邪神の肉体……そしてその身体から湧き出す金塊と魔物の姿だったのです」
「ちょ、ちょっと待て!
てことは、ダンジョンにウヨウヨしてる魔物どもって……!」
「そう……魔神ゴルドーは食らった魂を己の血肉に変え、分かれた肉は魔物となる……そしてその残滓を黄金として人間に寄越していたのです」
フランは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
マーネとそっくりな切れ長の瞳には、固い意志が秘められていた。
「魔神ゴルドーは今も、この地の底で封じられています。
魔物たちはその封印を這い出し、迷宮に住み着いているに過ぎません」
「じゃあ、ちょっと前に大群が溢れてきたのは?」
「封印が解かれる時が近いと悟った魔神が興奮して、多くの魔物を送り出したのでしょう。ですが、それもほんの先ぶれに過ぎません」
ひと呼吸おいてフランが目を閉じると、例によって周囲の風景が変わる。
今度は杖を手にしたフランと鎧姿のミディウス王が向き合い、争っている場面のようだ。
「カーネリアとマーネットからその話を聞いた時、私は悟りました。
魔神の存在を許せば、いずれ私たちが生きる世界そのものが無くなってしまう。
そして夫は……ミディウスはその魔力に魅入られ狂ってしまったのだと。
だから私は王の妻として、この惨劇を招いた一人として責任を取ることを決意しました。そして私はミディウスに戦いを挑み、どうにか正気を取り戻すことに成功したのです」
フランと向き合っていたミディウスは膝を付き、顔を上げてフランを見ていた。
そして、フランが持つ杖が光ると、ミディウスの姿が巨大な、青黒いウロコを持つドラゴンへと変身したのだ。
「こ、こいつは……姿が変わる前の黄金竜じゃねえか!」
「我に返った夫へ私は言いました。あなたは犯した罪を償わねばならないと。
彼も素直にそれを受け入れ、私の魔術によってその身を大きな竜へ変えたのです」
次から次へと信じられない話の連続で頭がこんがらがりそうだったが、話はまだまだ続くようだった。
「夫が変身した竜は魔神の神殿に乗り込み、成長途中だった魔神の肉体と激しく戦いました。そして魔神の肉体に深手を負わせ力を弱めることに成功しましたが、同時に魔神ゴルドーは恐ろしい呪いをばら撒いたのです。その呪いに触れたものは全てが黄金へと変わり、ついには黄金郷の全てが、言葉通りの黄金に変わってしまいました。どうにか耐えたミディウスも精神を蝕まれ、目に映る全てを殺戮する黄金竜となってしまったのです」
そしてまた風景が切り替わり、少し前に見た見知らぬ街が黄金竜に破壊される光景が繰り広げられる。
「我を失った黄金竜は私の故郷へ飛来し散々に破壊すると、いずこかへ飛び去って行きました。そして、残された私には最後の大仕事が残っていた。そして今も、その役目は続いています」
「役目って……千年もずっとか?
それじゃカーネもマーネもそれに付き合わされてるってことかよ」
そこで周囲が真っ黒に戻った。
カーネとマーネの母フランは、じっと俺を見つめてくる。
「さあ、起きなさい冒険者ロック。そして迷宮の奥を目指すのです。
身勝手な願いだと分かっているけれど……あの子たちを、私の娘たちを救ってあげて」
そう告げられた次の瞬間、俺の意識は闇に溶けた。
「――ック! ロック! しっかりしろ、目を覚ませ!」
なにやら声がうるさい。
俺が目を開けると、なぜか泣きそうな顔のエミリアがじっと俺を見ている。
その隣には、大粒の涙を目に浮かべたフロリーナの顔もある。
「……珍しいな、お前がそんな顔してるなんて」
俺がそう呟いて身体を起こすと、二人はまるで死人でも見るように目を丸くして驚いている。
「どうしたんだよ、俺の顔がどうかしたか?」
「どうしてって……ロック、お前ケガはどうしたんだ」
エミリアに言われてふと身体を見ると、服には血がべっとりと付いて、縦に裂けた穴が開いている。
そして俺の傍らには、血の付いたナイフが転がっていた。
「ん? あれ? そうだ……俺は確か、クロードの野郎に刺されて……
おい、それからどうなったんだ!?」
エミリアとフロリーナに尋ねるが、二人もワケが分からないといった顔をするばかりである。すると、近くでじっと俺を見ている大きな影が声を出した。
「つくづく運のいい男のようだな、ロック。
お前を救ったのは、どうやらフランの意志のようだ」
そう言って俺の傍にしゃがみ、地面に散らばった破片を拾い上げたのは吸血鬼のヴィクターだった。
「ヴィクター、なんでここに?」
「地上の掃討はあらかた終わった。後で合流すると言っただろう」
「あ、そうだっけ。で、それは?」
ヴィクターは色の抜けた透明な破片をつまみ上げ、わずかに目を細めた。
「これは人の意志と魔力を込めた宝玉だったものだ。
それがお前にメッセージを伝え、そして瀕死の傷をも癒したのだ。
お前はすでに彼女の意志を受け取っているのではないか?」
言われて俺の脳裏に、さっきまでの不思議なやり取りが思い浮かぶ。
「ああ、色々と事情を聞いたよ。
黄金郷にこんな秘密があったとはな……だいぶ気分が悪くなってきたぜ」
「ならば次にやることは分かっていよう。奥へ向かうぞロック」
「はいはい、そう急かすなって」
少し貧血気味な気がしつつも立ち上がると、エミリアが深刻そうな顔で近寄ってきた。
「すまない……私が付いていながら、お前を死なせてしまうところだった。
そうなっていたら、ヴィクター様にもカーネ様にも顔向けできなかった。
すまない、本当に……」
ずいぶんと思い詰めて唇を噛むエミリアの肩を、俺はポンポンと叩いて二ッと笑ってやる。
「お前さ、前から思ってたが魔物にしとくにゃあ惜しいぜ。
いいヤツだな、エミリアってさ」
「い、いや、それは……」
珍しく照れくさい表情を浮かべてわたわたするエミリアだが、こういう部分も含めてそう思う。
「すまん、心配かけたな。それにフロリーナも来てくれてありがとうな」
ずっと両目に涙を溜めていたフロリーナも、俺のそばでコクコクと頷いている。
「うぅ~、すごく血が出てましたし、もうダメかと思いましたぁ。
ロックさんが死んじゃったらどうしようって」
「へっ、俺がそう簡単にくたばるかよ。地獄の底からでも逃げてやらあ」
笑いながらフロリーナの頭を軽く撫でてやり、俺は地面に落ちていた自分の剣を拾い、仲間を連れて下層へ向かう。
決戦の気配が近い――自然とそんな気がしていた。
最終話まで毎日更新です




