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最終話 黄金の冒険者

 瓦礫の中で気が付いた俺の視界には、抜けるような青空が広がっている。

 身体を起こすと、黄金郷であった古い都市がまるごと地上に浮上していた。

 空には白い鳥が飛び、風は穏やかで、草花の香りが風と共に吹き抜けていく。


「終わった……のか?」


 俺の傍らには、ボロボロに朽ちてしまった剣が転がっている。両腕には金と銀の腕輪がはまっているが、カーネとマーネの姿は見えない。


「はぁ……えらい目に遭ったぜ」


 俺はため息をついて立ち上がり、瓦礫を乗り越えて歩き出した。辺りに魔物の姿はなく、穏やかな空気が流れている。魔物の大群が押し寄せ、そして魔神ゴルドーと戦った事など、まるで夢のような気分だった。


「よいしょ、っと」


 そしてもう一度瓦礫を乗り越えたところで、草原に集まる人影が見えた。俺がそっちへ近付くと、小さなものが猛スピードで飛んできて、そして俺の目の前で金色の髪をした美しい女に変身した。


「ロック!」


 彼女は――カーネは全力で走り、俺に抱きついて来た。


「最後の爆発で居場所が分からなくなっちゃって……でも無事でよかった」

「ああ。やっぱり夢じゃなかったんだな」

「ええ……魔神ゴルドーは消滅したわ、完全に。ロックのおかげよ」

「そうか。やっと終わったんだな」


 カーネは俺の胸に顔をうずめたまましばらくじっとしていたが、やがてゆっくりと身体を離す。


「みんなが待ってるわ。行きましょ」

「お、おう」


 カーネに腕を引かれて付いていくと、エミリアにフロリーナ、ヴィクター、それから巨体でじっとしているエルリスが出迎えてくれた。少し離れた場所にはグレンたちもいるが、まずはこっちとの話が先だ。


「戻ったかロック。よくぞ魔神ゴルドーを打ち倒してくれた。これで我々の長きに渡る役目も終わった」


 ヴィクターの手には茨の欠片があり、彼はそれを大事そうに持っている。それが光を放つと、カーネとマーネの母フランが姿を見せた。


「ありがとう、冒険者ロック。あなたのおかげで、ついに悲願を果たすことが出来ました」


 フランは両手を重ね、丁寧なお辞儀をした。


「これでもう、黄金郷の悲劇は二度と繰り返されることはありません。夫も……ミディウスもようやく罪を償うことが出来ました。彼に代わり、重ねてお礼を言わせてください」


 そう言った彼女の顔は、俺には計り知れないような悲しさと寂しさを湛えているように見えた。


「ところで、えっと……フラン。あんた、この後はどうなるんだ?」


 ずっと疑問に思いつつ聞けなかったことを、俺は尋ねてみた。


「私は封印の茨に姿を変え、それが焼かれた時に燃え尽きて消えるはずでした。でも、ヴィクターが私の一部を救い出してくれたので、まだ少しだけこの世に留まっていられるのです。でも、それも時間の問題でしょう」

「そうか……」


 俺がヴィクターに目を移すと、全て承知の上なのか、ただじっとフランを見つめている。


「なあ、それじゃカーネとマーネはどうなんだ。あの二人は、ずっと腕輪に縛られたままか?」


 俺が聞くと、フランは微笑みを浮かべながら首を横に振った。


「魔神ゴルドーが滅びた今、もうあの子たちを縛るものはありません。私は母親でありながら、娘たちから人並みの幸せすら取り上げてしまった……母親失格です」


 そう嘆くフランを、カーネもマーネも悲しそうに見つめている。


「私は娘たちの今後を見届けることは叶いませんが……ロック、二人をよろしくお願いします」


 魔神を呼んだミディウスの妻だとはいえ、彼女自身が事件を招いたわけではない。それどころか自分の全てを捧げて対策を講じ、千年もの間その時を待ち続けていた。その境遇を思うとやりきれないものがある。カーネとマーネもようやく再開できた母とすぐに分かれるのは辛いだろう。また頭を下げるフランを複雑な思いで見ていると、ヴィクターが俺の前に歩み寄って来た。


「ロックよ、お前が身に付けている腕輪をこちらへ」


 俺は両腕に付けていた腕輪を外して彼に渡した。フランの話ではもうカーネたちは縛られてはいないという事だったが。


「この腕輪の役目は終わったが、器としての機能が失われたわけではない。見ているがいい」


 ヴィクターが茨の欠片を金の腕輪にくっつけると、茨の欠片に宿っていた光が腕輪に移り、ほんのりと輝きを放った。


「ヴィクター、あなた……この腕輪を作るように言ったのは、このためだったの?」


 フランは驚いた顔をしていたが、ヴィクターは小さく口元に笑みを浮かべているだけだった。


「全てが上手くいくかどうかは賭けだった。だが……私にも千年を待った褒美があったようだ。その間に蓄えた私の力を注ぎ込めば、人としての生を取り戻すことも出来るだろう。これが私の……愛する友であり理解者でもある君への贈り物だ」


 フランは口元に手を当て、瞳を閉じて小さく嗚咽する。


「あなたって人は……本当に……」


 ヴィクターは吸血鬼とは思えない優しげな眼で、フランの涙が止まるまでじっと見守っていた。




「――私はヴィクターと共に行きます。千年も想われてしまったら、応えてあげなきゃかわいそうだもの」


 そう言うフランの表情は晴れやかで、嬉しそうだった。


「ところで……カーネとマーネは人間に戻ったのか?」


 ふと思って俺が尋ねると、フランは優しげに微笑む。


「いえ……人の身で千年の時を生きることは出来ません。けれど、一億ゴールドを注いだ腕輪の力によって、娘たちは限りなく人に近い体質になっています。役目を終えた時、自分の意思で生き、誰かを愛し添い遂げられるように。それが私にしてあげられる精一杯でした」

「お母様……」

「母様っ!」


 カーネとマーネはフランに抱きつき、互いに涙を浮かべ温もりを噛み締めていた。俺は母娘三人が抱き合っている光景から目を移し、エミリアに声をかけた。


「よう、怪我の方はもう大丈夫か?」


 エミリアは何故か少し落ち着きがないような顔で、目を泳がせながらも頷く。


「あ、ああ……丈夫さが取り柄だからな、私は」

「どうした、なんか顔が赤いぞ? 具合悪いのか?」

「いや、そうじゃない。その……私が獣になっても変わらずに接してくれて、嬉しかった……ので」

「はは、そんな事かよ。お前、案外カワイイとこあるんだな」

「なっ……!?」


 エミリアの褐色の肌だと分かりにくいが、多分今は真っ赤な顔をしているだろうなというのは言うまでもない。


「ええと、その……ロック。私の役目は終わってしまったが……また顔を見に来てもいいか?」

「おう構わないぜ、いつでも遊びに来な。ただしメシ代は自分でちゃんと稼げよ」

「あ、ああ!」


 多分だが、もしもエミリアに尻尾が付いていたら、全力でブンブン振っていただろうな、などと思ったりした。それからフロリーナに目を向けると、彼女もキラキラした瞳で俺を見てきた。


「あの、ロックさんっ! 私、今日の事は忘れませんっ! これから先に困ったことがあっても、勇気を出して魔神に立ち向かったロックさんの事を思い出して頑張りますね!」

「そりゃちょっと恥ずかしいな。でも、フロリーナならちゃんとやっていけるさ。俺と違って良い子だからな」

「え、えへへ……ありがとうございますぅ」


 照れ笑いをするフロリーナの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、俺は少し離れた所にいるグレンに近付いて声をかけた。


「ようあんたら、無事でよかったな」

「ロックか。お前、遺跡の底に眠っていたという魔神を倒したそうだな。あの奇怪な肉のようなものがそうだったらしいが」

「まあな。おかげで散々な目に遭ったぜ」


 グレンはふっと笑みを浮かべ、俺の肩に手を置く。


「あらためて礼を言うぞ。ゼニンスキー公爵が死んだ今、シンシアも晴れて自由の身だ。借金の残りも地道に稼げばどうにか返せる額らしい。彼女が受けた心の傷は浅くは無いが……俺が支えてやれればと思っている」

「あんたら二人なら大丈夫さ。多分な。今度は痴話喧嘩でドタキャンとか無いようにしてくれよ」

「くっ、こいつ……!」


 そう言いつつも笑っているグレンに笑い返した後、シンシアやアリッサ、ガロにも声をかけてから俺は引き返す。そこへカーネが小走りで近寄ってきて俺に抱きついた。


「おっとっと、どうした? ていうかカーネ、さっきから抱きついてばっかりだな」

「だって……嬉しいんだもの」


 互いの身体がくっつく度に、柔らかいアレの感触が伝わってくるので非常に嬉しくはあるのだが、さすがに大勢の前では恥ずかしさが先に立つ。


「ねえロック、聞きたいことがあるんだけど、いい?」


 じっと俺を見上げてくるカーネに、つい照れくさく思いつつ俺は頷く。


「な、なんだ?」

「あの時、確かに呼んでくれたわよね。私の本当の名前……カーネリア、って」


 言われてみれば、勢いに任せて口走ってしまったような気がしないでもない。


「あ、あー。そうだっけ?」

「ふふ、うふふっ」


 目を逸らして言葉を濁す俺に、カーネは満面の笑顔を向けてくる。


「大好き」


 そう言いながら、カーネリアは俺の首に両腕を回し、唇を重ねてきた。


 その後ろでマーネが泡を吹いて倒れ、ちょっとした騒ぎになったのはここだけの話である。







 こうして俺、冒険家ロックと妖精カーネの、黄金郷をめぐる冒険は終わった。



 やがてそれぞれが自分のあるべき場所へと戻り、平穏な時間が戻って来る。

 疲れきった俺はギルドの宿に戻り、ベッドの上に身を投げ出して仰向けになっていた。

 すると、小さな妖精姿のカーネがひらひらと俺の胸の上に腰掛ける。


「それにしても、ちょっぴり残念だったわね」

「なにがだ?」

「黄金郷のことよ。あーんなにいっぱい黄金があったのに、全部なくなっちゃって。ロックは黄金が欲しかったんでしょ?」

「ああ、その事か……ふっふっふ」


 俺はニヤリと笑い、ガバッと身体を起こす。カーネは「きゃっ」と声を出して宙返りをし、俺の行動を眺めていた。俺は愛用のブーツを手に取り、中敷きを外して靴底を引っぺがす。するとその中には、黄金のウロコが一枚だけ入っていた。


「ジャジャーン! へっへっへ、どうよ!」

「わぁ、これって……黄金竜のウロコ?」

「おうよ。あのとき一枚だけ、こっそりガメといたんだ。色々あって今まで出すの忘れてたけどよ」

「うふふ、よかったわねロック」

「でもまあ、今度のことで俺はひとつ真理に辿り着いたぜ」

「どんな?」

「黄金ってのはなかなかお目にかかれなくて、貴重だから価値があるんだよな。なんでもかんでも黄金になっちまったら、ありがたくもなんともねえ。探して探して、やっと見つけるから嬉しいんだこういうのは」


 しみじみと語ると、カーネは目を細めながら俺の頬に身体をくっつけてくる。


「……ええ、そうね。本当にそう思うわ」

「ま、散々苦労してこれだけってのは泣けてくるけどよ。しばらく遊んだら、また冒険に出発だな!」

「はーい、賛成!」




 黄金郷の謎を解き明かし、恐るべき魔神ゴルドーを倒した冒険者ロックの活躍は、子供たちに人気の冒険譚として長く語り継がれることになる。


 魔族や古龍とも広く友誼(ゆうぎ)を結び、どこまでも自由に生きた彼の事をいつしか人はこう呼んだ。



 黄金の冒険者ロック――と。

 そして彼の傍らには、いつも金色に輝く美しい妖精がたという。





【ゴールド=攻撃力 おカネの妖精と冒険始めました】


 これにて完結となります。

 最後までお付き合いくださった方、コメントをくださった方、

 このお話を読んでくださった全ての方に感謝とお礼を申し上げます。


 ありがとうございました


 創作の雑談は次のあとがきをご覧ください

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