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第四十六話 ダンジョン深部へ



 円筒形の巨大な施設を抜け、俺とエミリアはゼニンスキーを追う。


 広い街並みの奥には下層へ続く階段があり、それを下った俺たちはまたも想像を超えるような光景を見た。


 それは緑と水に覆われた、美しい街並みであった。


「さっきとは別の街みたいだけど……どうなってんだ。

 なんで地下に街が続いてるんだ」


 周囲を見渡しながら、俺は思わず呟いていた。


 整えられた水路に流れる水は驚くほどに透き通っていて、道の脇に青々と生い茂る植物には、赤や黄色の鮮やかな果物が連なり実っている。空には瑠璃の宝石のような美しい羽根を広げた小鳥が飛び交い、そこは天国かと錯覚するような場所だった。


 だが隣にいるエミリアは鼻をくんくんと動かすと、俺には分からない違和感に気付いたようだった。


「ロック、ここは変だ。美しい光景だが匂いがおかしい。

 よく出来てはいるが……本物とは違う気がする」

「確かにこのダンジョンは普通じゃないし、それもありそうだな。

 ただこの光景が偽物だとして、どんな意味があるってんだ?」


 歩きながら俺とエミリアは周囲の光景を眺めていたが、しばらくすると音もなく、そいつらは現れた。


 道路を行き交う人々や、近くの露店で野菜を買う女、追いかけっこをして駆けまわる子供たち。

 前触れもなく突然現れた住人は、俺やエミリアを気にすることなく過ごしている。


「急に現れやがった……幻か?」


 その時、俺の後ろから走って来た子供がぶつかった。

 そのはずだったのだが、子供たちは俺の身体を通り抜け、俺の姿も存在もまったく無かったように通り過ぎていく。


「魔法の中には相手を幻影で包み込むものもあると聞いたが、これはそれどころじゃ無さそうだな」


 エミリアの言葉に、俺もただ頷くしかなかった。


「誰がどうしてこんなもん見せてるんだか……気味が悪いな」


 しばらく街の通りを歩き続けていると、にわかに周囲の様子が慌ただしくなった。住人は慌てふためき、空の方を指して騒いでいる。


「なんだ? 空になんかあんのか?」


 連中が指す方を見上げたその時、俺は言葉を失ってしまった。


 遥か空の彼方から大きな翼を開いて飛来したのは、確かに俺が倒したはずの黄金竜だったからだ。


「あれは……!?」

「ど、どうなってんだ!?」


 黄金竜は街の上空を滑空しながら、身体を激しく輝かせ雷雲を呼び、周囲に激しい稲妻を落とし始めた。


 激しい稲妻は建物や木々を次々に引き裂き打ち砕いていく。


 やがて落雷から生じた炎が植物に燃え移り、炎が広がって街全体を飲み込んでいった。黄金竜は炎に包まれる街に着陸し、全身から凄まじい電撃を放って全てを手当たり次第に破壊し始めた。


「なっ、なんだ!? まるで地獄じゃねーか!」


 逃げ惑う人々が何人も身体をすり抜け、その後を追うように黄金竜が地面を踏み鳴らし近付いてきた。


 炎を浴びた黄金のウロコをギラギラと輝かせた黄金竜は、大きな顎をめいっぱいに開き、喉の奥から稲妻を何本も束ねたような電撃を放った。それは逃げ惑う住人を一瞬で蒸発させ、その直線状にある建物も木々も含めたなにもかもを消し飛ばしてしまった。


「ぐっ……!?」


 あまりの眩しさと轟音で目が眩んだ俺だったが、少し経って我に返る。


 目の前で繰り広げられる光景はあまりに凄惨だが、俺自身の身体にはなんの影響も与えていなかった。


「や、やっぱり幻なのかこれは」


 隣のエミリアも同じように肝を冷やしていたようだが、黄金竜を見上げたまま俺に効いて来た。


「ロック、お前はこの光景に覚えがあるか?」

「初めてに決まってんだろ」

「私も同じだ。だとしたら……この幻は誰が、なんのために見せているんだ?」

「……さあな。ただ、これだけ具体的って事は、どこかで本当にあった出来事なのかもな。こんなもんが次々に出てくるあたり、黄金郷が沈んだ原因ってのはロクなもんじゃないぞ」


 ダンジョンの謎を考えていても答えが出るはずもなく、俺とエミリアは見知らぬ街が破壊される光景を眺めながら先へ進んだ。


 見知らぬ美しい街は一匹のドラゴンによって破壊の限りを尽くされ、やがて瓦礫しかなくなった街に背を向け、黄金竜は去って行った。


 後味の悪い光景を眺めながらも先を急ぐと、それまでの光景が消え失せ、石壁で作られたダンジョンの中に俺たちはいた。そこは広々とした空間ではあったが殺風景で、奥の方は壁で行き止まりとなり、そこに人が集まっているのが見えた。


 武装した兵士たちと学者らしい人間が数人、そして見間違えるはずもないゼニンスキーだ。


「とうとう追いついたぞコノヤロー!」


 俺の存在に気付いたゼニンスキーと兵士たちは振り返り、すかさず兵士たちが並んで間に壁を作る。だがその人数はせいぜ十五、六人といったところで、連れて来た部隊のほとんどがダンジョンの犠牲になったのだろう。


 そして律儀に並ぶ兵隊たちを割り、ゼニンスキーが真正面に歩み出てきた。


「ふふふ、こんな所まで来てしまったのか。

 脱獄したばかりか私の事業まで邪魔するとは……

 さすがの私でもこれ以上、君の罪を庇うことは出来ないぞ」

「やかましい! ごちゃごちゃ言ってないでカーネとマーネを返しやがれ!」

「それは聞けぬ相談だな。どうしてもと言うなら……君も男なら分かるだろう?」


 そう言ってゼニンスキーはサーベルを抜くと手を挙げ、それに合わせて兵士たちが槍を突き出してきた。


「へっ、上等だ。こちとら今までとんでもねえバケモノばっかり相手にしてきたんだ。今更人間相手にビビるかよ!」


 俺が剣を抜くと、兵士たちも槍を構えたまま突撃してきた。


 目配せして合図をすると、エミリアは横に飛んで狙いを分散させ、両手の爪を伸ばして兵士たちに飛び掛かる。


「ぐわっ!?」


 エミリアの人間離れした動きに普通の兵隊が付いて行けるはずもなく、あっという間に三人ほどをなぎ倒してくれる。


 俺は正面に迫った槍に剣を叩き付け、下を向いた槍を踏んで飛び、兵隊の顔面を蹴り上げた。アゴを跳ね上げられた兵隊の鉄兜が吹っ飛び、仰向けにひっくり返って倒れる。


 俺がそのまま兵隊の後ろに走り込むと、槍の長さが邪魔をして兵隊は振り向くのに少し手間取ってしまう。その隙を逃すはずもなく、俺は近くの兵隊の膝の裏を蹴り、ガクンと膝を折った所で後頭部に後ろ回し蹴りを叩き込む。


 続けて兵士が落とした槍を足で蹴り上げながら拾うと、槍を振り回して穂先と逆の石突き部分で二、三人ほどを殴り飛ばした。


 その調子で動き回りながら暴れ、エミリアと共に兵隊を全員打ちのめすと、俺は槍を捨ててゼニンスキーに詰め寄る。


「ほう、見事な腕前じゃないか。

 出会い方が違っていれば、部下として雇っても良かったくらいだ」


 ゼニンスキーは態度を崩さず、拍手をしながらニヤついた顔で俺を見ている。


「強がりはそこまでにしときな。アンタの負けだぜ」

「ふふふ、結論を急ぐのは早くないかね? まだこの私が残っているだろう」

「ふん、一人でなにが出来るってんだよ」

「無論、この期に及んで見苦しく命乞いなどしない。

 互いの意地を賭け、私は君に決闘を申し込もう、冒険者ロック」


 ゼニンスキーは剣を垂直に構え、誓いのポーズを取る。

 これは貴族が恨みっこ無しの勝負をする時の作法というヤツだ。


「それとも君は、男と男の勝負を受ける気概は持ち合わせていないかな?」


 そう挑発するゼニンスキーに対する、俺の返事はひとつだけだ。


「受けてやろうじゃねーか。

 後腐れが無いように、ここでキッチリ決着付けてやるぜ!」


 剣を構える俺に、エミリアが声をかけてきた。


「大丈夫なのかロック。この男のことだ、罠かもしれないぞ」

「かもな。だが、ああまで言われてこっちも引き下がるワケにゃいかねーんだ。

 エミリアは手ぇ出すなよ」

「……わかった」


 渋々ながらエミリアは分かってくれたようだ。


 するとゼニンスキーは後ろにいた学者のような連中の一人を呼び、金と銀の腕輪を持って来させた。


「せっかくだ、勝負を見届ける立会人は多い方が良かろう。

 出てきたまえカーネ、マーネよ」


 すると腕輪が光り、中に隠れていたカーネとマーネが姿を現した。


「ロック!」


 カーネは俺の姿を見るやこっちに飛ぼうとしたが、学者のような男に身体を掴まれ止められる。


「おっと、君たちはそこで見ていたまえ。

 これは男と男の決闘……勝てば全てを手に入れ、負ければ潔く引き下がるのみ。

 彼も同意の上だ」


 ゼニンスキーは相変わらずの笑みで、追い詰められた者の表情ではない。

 カーネは学者の腕の中でもがきながら、必死に何かを訴えようとしていた。


「戦っちゃダメ! その人は――んんっ!?」


 カーネは口を手で塞がれてしまい、もごもごと音を立てるしか出来なくなっていた。


「ちょっと、お姉さまを乱暴に扱わないで!

 もし怪我でもさせたらアンタら全員丸焦げにしてやるわよ!」


 その様子を見ていたマーネも怒り心頭と言った様子で学者の頭をげしげしと蹴っているが、二人はあの場所から動けそうもない。


「さて、少し邪魔が入ったが……準備はいいかな?」


 ゼニンスキーはサーベルを水平に、左手を優雅に開いた構えを取る。

 いつでもかかって来いという意思表示だ。


「上等だ! 行くぞオラァ!!」


 俺は長剣を上段に構え、一気に踏み込む。


 勢いと体重を乗せた一撃を叩き込めば、ゼニンスキーのサーベルでは受けきれない。そう踏んでの選択だったが、ゼニンスキーは地面を滑るように動き的をずらすと、ほぼ同時に鋭い突きを放ってきた。


「うっ……!?」


 俺の頬を剣先がかすめ、一筋に裂けた傷口から血が滴り落ちる。


「ほう、私の突きを避けるとは……なかなかいい勘をしているようだ」


 ゼニンスキーはやはり滑るような足運びで間合いを取り、最初と同じような構えを取る。


(こいつ口先だけじゃねえ……今の攻撃、技の動きがまったく見えなかったぞ)


 ゼニンスキーの突きを躱《かわ》せたのは完全に運だった。


 相手の身体が動いた瞬間、こっちも攻撃の気配を感じて反射的に身体が動いただけで、意識して回避できたわけではない。


 今の一撃で、思った以上に手こずりそうな予感が一気に立ち込めてきた。


今回から最終話まで毎日19時投稿となります

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