第四十五話 グレンとシンシア
「なに、ちょっとした親切さ。君の騎士としての名が穢れないようにと思ってね」
「だからどういう意味だと言ってるんだ!」
意味深な口ぶりで笑うゼニンスキーとは対照的に、シンシアはその場に座り込んで肩を押さえたまま、小さく身体を震わせている。
「ちょうど半年ほど前のことだ。
シンシアの両親は事業に失敗し、多額の負債を抱え込んでしまってね。
彼らの家や土地を手放した所で埋められるような額では無かった。
当然、借金を返済できなければ一家そろって破滅するしかない。
それを肩代わりしてやったのがこの私なのだ」
「な、なにっ……そんな話、一言も……!」
グレンもガロも初耳だったらしく、驚いた様子でシンシアを見つめている。
「もちろん、ただで借金を肩代わりする人間などいない。
条件として、シンシアには私の元で働いてもらうことにしたのだよ。
当然、彼女自身も承諾しての話だが……さて諸君、ここで問題だ。
多額の負債を肩代わりするほどの彼女の価値は、一体なんだと思うね?」
その言葉が響いた途端、シンシアは急に顔を上げ叫んだ。
「やめて! お願い……」
彼女の必死な声にグレンもガロも目を剥くが、ゼニンスキーはまるで意に介した様子もない。
「若く、美しく、清廉潔白。将来を期待される頭脳と力量をも備えた才女。
貴族というのは贅沢でね、そのような擦れていない生娘を好む連中が多いのだよ」
「ま、まさか……馬鹿な!!」
驚きに声が詰まるグレンの横で、シンシア両手で耳を塞ぎうずくまってしまった。
「シンシアは有能だったよ。彼女のおかげで、私は貴重な情報や秘密を知ることが出来た。そしてその中に、黄金郷に関する伝説や資料も含まれていた。
多額のカネを肩代わりしてやった甲斐があったというものだ」
話を聞いていた俺にも事件の背景が見え始め、頭の中で今までの出来事が一本の線として繋がるのを感じていた。
「さて、もう一度聞くぞグレン。
好色で、醜く肥え太った貴族の手垢にまみれたその女を、君は触れるのかね?」
部外者である俺でさえ、拳でゼニンスキーを殴りつけてやりたい気持ちだった。シンシアは涙をボロボロとこぼし、何度も頭を振ったままだ。
「貴様ぁッ……!」
グレンは奥歯が砕けそうなほどに強く噛みしめ、ゼニンスキーを睨み付ける。
そこへふらりとやってきたのは、顔色の悪いアリッサだった。
ガスの影響はまだ残ってそうだが、立って歩く程度は出来るようだ。
アリッサはシンシアの元へ近寄り、膝を落として彼女を抱きしめる。
「ごめんねシンシア。あんたにそんな事情があったなんて、全然知らなかった。
急にクエストを休んだりしたのも、そういうことだったのね。
様子がヘンだと思った時に、もっとちゃんと聞いておけばよかった……」
アリッサの腕の中でシンシアは泣きじゃくっていたが、ゼニンスキーはさらに追い打ちをかけるように言う。
「ふふふ、しかし傑作だったぞ。昼は清廉な僧侶の顔をしながら、
夜になれば肌の透ける服を着て貴族の酌をする姿はな」
今すぐあの男をぶち殺したい――
おそらくこの場の全員がそう思ったであろうその時、泣き腫らした顔を上げたシンシアは、グレンに訴えかけるように言った。
「グレン、わ、私……身体はたくさん触られたけど、でも……
なんとか誤魔化して逃げて、最後までは……し、信じ……ううっ、ひぐっ……」
大粒の涙をボロボロとこぼし、彼女はもうそれ以上言葉にならない様子だった。グレンはぐっと目を閉じた後、アリッサの肩に手を置いてシンシアから離れてもらうと、代わりに彼女を力強く抱きしめた。
「すまない。君がこんなにも苦しんでいたというのに、
俺は気付いてすらやれなかった……本当にすまない……!」
「う、グ、グレン……うわあああぁぁんんっ!」
大声で泣くシンシアを、グレンはじっと抱きしめてやっていた。
だが、その光景をゼニンスキーは相変わらずニタニタと眺めている。
「おお、実に感動的じゃあないか。
だがシンシアは今の今まで、親友である君たちまでずっと欺き続けて来たのだぞ。
そんな女の言葉を、果たして信用していいものかな?」
背中越しに投げつけられるその言葉を聞いた時、グレンはそっとシンシアをアリッサに預け、ゆっくりと立ち上がり振り返る。
そしてゼニンスキーをきつく睨み付けた。
「黙れええええぇぇぇーーーーーっ!!!!」
それは空気が震えるほどの凄まじい叫びだった。
短い髪を逆立て拳を握り締めたグレンの姿からは、言いようのない怒りが満ち溢れていた。
「誰がどう言おうが、俺はシンシアを信じる!!
たとえ彼女の身が汚れていたとしても……
その傷も痛みも、俺が全部一緒に背負ってやる!!
貴様は二度とシンシアのことを喋るなッ!!!!」
少し悔しいが、初めてグレンを格好いいと思ってしまった。
ゼニンスキーはグレンの気迫に押されて一歩後ずさるが、そこへ後ろから兵士が近付き、何事かを耳打ちしていた。
「おっと、いい所だが私はここで失礼させてもらうよ。
お前たちはそこでバケモノと一緒に、せいぜい友情ごっこをしているのだな。
はーはははは!」
そう高笑いしながら、ゼニンスキーはステージの奥へと引っ込んで消えてしまった。憎たらしい奴はいなくなったが、俺たちにはまだ片付けなければいけない問題が残っていた。
「グオオオォォォ!!」
ひっくり返っていたロトンビーストはようやく起き上がり、崩れかかったおそましい顔を向けて吠えてくる。
だが、すでに勝負は決まっていた。
「シンシア、頼めるか!」
グレンが剣を構えて言うと、涙をぬぐったシンシアが深く頷く。
「うん、任せて……太陽の武器!」
シンシアの祈りによって、グレンとガロ、そして俺の武器に太陽光に似た温かい光が宿る。この武器でダメージ尾を受けたアンデッドは、たちまち消滅してしまう強化魔法だ。
「これでトドメだ、行くぞ!」
まず最初にグレンが飛び出し、ロトンビーストが振り下ろしてきた左前足を剣で切り裂いた。切断された足は灰のようになって消滅し、傷口から寄生虫が飛び出してくることもない。
「さんざん気色悪いモン見せやがって! おらあッ!」
横に回り込んだ俺は、ロトンビーストの後ろ足の付け根に長剣を突き刺した。
するとその部分も同じように灰となって崩れ、肉の中に隠れていた寄生虫どももその場でのたうち回り、やがて力尽き動かなくなった。
身体の支えを失ったロトンビーストは、頭部を投げ出すようにしてその場に倒れ込む。そこへ高く跳躍したガロが、魔法の光で輝く斧を脳天に叩き込んだ。
「くたばれバケモノッ!!」
――ドガァァァッ!
頭部を完全に破壊されたロトンビーストの身体は崩れ落ち、全身に灰が広がって完全に消滅した。ようやく危機が去ってホッとした所で振り返ると、シンシアがグレンに駆け寄り抱き付いている所だった。
「ごめんなさい、私、私……!」
「もういいんだ。君が戻ってきてくれただけで俺は……」
そこまでは微笑ましい光景だと思って眺めていたが、しばらくするとグレンとシンシアが熱いキスをし始めたので、俺はくるりと背を向け、端っこに避難させていたエミリアを迎えに行った。
悪臭の元が消えたことで、さっきよりは顔色がずいぶんとマシになっている。
「よう、大丈夫か?」
「ああ……すまなかった。肝心な時に動けなくなるとは……本当に情けない」
「いいから気にすんなって。
どうせ素手だったんだし、あんなばっちいヤツ触らなくて正解だぜ」
俺がおどけてそう言って見せると、エミリアもつられてフッと笑みを浮かべる。
「そう言ってくれると助かる」
「公爵の野郎は先に行っちまった。急いで後を追うぞ!」
「ああ!」
エミリアを連れてグレンたちの元へ近付くと、グレンは地面に座り込んでいるアリッサとシンシアに目をやってから、申し訳なさそうな顔をした。
「すまないが、俺たちは毒を吸ったアリッサとシンシアの怪我の治療をしなくてはならん。後から追いかけるから、二人は先に行ってくれ」
グレンは律儀にそう言ったが、俺は軽く手をヒラヒラと振って返す。
「いいっていいって。この先は多分、今よりもっとヤバいことになる。
お前らはここで引き上げても構わないぜ」
「だが……!」
言いかけたグレンの肩に手を置き、俺は首を振る。
「さっきのは格好良かったぜグレンの旦那。
今は俺なんかより、シンシアを気にしてやれよ」
俺の言葉に、グレンも少し困ったような顔で笑う。
俺はそこで四人と別れ、エミリアと共にゼニンスキーが消えた方向へと向かった。
登場人物紹介
シンシア
聖職者が扱う奇跡(魔法)に関し生まれつき優れた才能を持つ
清廉で美しく優しい女性に成長し、街でもアイドルのような存在
両親は孤児院を経営しており、奉仕活動などに熱心な人物である
多額の借金を抱えた理由は経営難で資金繰りが厳しい所へ
父親の知人から投資の話を持ち掛けられこれに参加。
ところが投資した事業は頓挫、失敗したうえ、
知らないうちに知人の借り入れ保証人にされていたため
莫大な額の借金を負ってしまった
知人は現在も行方不明で音信不通である
この投資話にはゼニンスキーが絡んでいたと言われている




