第四十四話 シンシアの秘密
「こりゃマズイぞ。くらえッ!」
俺はポーチに入れていた青い石ころ状の道具を取り出し、グレンの方に投げ付ける。それは冷気を封じ込めた氷結石と呼ばれる魔法道具で、普段は食材の保存などに使われているものだ。
これは投げつけるなどして強い衝撃を与えると、一気に冷気を放出して周囲の物を凍らせることができる。狙い通りに砕けた氷結石から噴き出した冷気は、這い出してきた寄生虫とロトンビーストの傷口を一瞬で凍り付かせていた。
「すまん、助かった!」
グレンはその隙に体勢を立て直し、間合いを取って身構える。
「しかしどうする……これでは下手に攻撃も出来んぞ」
グレンの言う通り、俺たちは手詰まりだった。
巨躯のアンデッドを普通の攻撃だけで仕留めるのは難しく、そのうえダメージを与えると体内の寄生虫が襲い掛かってくる。
魔法を使えるアリッサは毒で倒れ、有効打を与える方法がない。
「くっ、シンシアの力さえあれば……!」
アンデッドに対するには、僧侶であるシンシアの力を借りるのが一番の方法だ。
しかし彼女はゼニンスキーと同じ場所に立ち、ずっと沈黙し続けている。
そんな俺とグレンの視線に気付いたゼニンスキーは、またしても根性の曲がった笑顔を浮かべた。
「ふふふ、君たちは今、こう考えている事だろう。
シンシアの力を借りられれば、と」
「当たり前のことを偉そうに抜かしてんじゃねえッ!」
すかさずツッコミを入れる俺に、ゼニンスキーは肩をすくめて見せる。
仕草のひとつひとつがいちいち癪に障る男だ。
「だが、彼女は今ここにいる。なぜだと思う?」
まさしくそれは、グレンたちがこのダンジョンへ来た理由そのものだ。
「シンシア! なぜ黙って俺たちの前から居なくなったんだ!」
グレンはシンシアに向かって叫ぶが、彼女はうつむいたまま黙り込んだままだ。
「頼むシンシア、答えてくれ!」
一瞬、シンシアは唇をぎゅっと嚙む仕草を見せたが、やはり返事は帰ってこない。
「ふふふ、シンシア。大事な仲間が追い詰められているというのに、
ずっと黙っているのは気の毒じゃあないか。
代わりに私が答えてやっても良いのだぞ?」
ゼニンスキーがそう言った途端、シンシアはひどく取り乱したように顔を上げた。
「やめて! やめて……ください……お願いですから、言わないで……」
最初に発した声は大きかったが、それもすぐにか細く、消え入りそうなものに変わってゆく。
この反応を見れば、二人の間に深い事情がありそうなのは誰でも察しが付く。
「貴様……シンシアになにをした! どうして彼女がこんなにも怯えている!?」
同じように空気を察したグレンは、ゼニンスキーを睨み付けて叫ぶ。
しかしヤツといえば、相変わらずの見下した笑みを浮かべたままだ。
「私は何もしていない。だが彼女には、そうしなくてはならない理由があるということだ。君たちは長い付き合いだそうだが……そんな事にも気付けないようでは、
一流パーティの友情とやらもたかが知れているな」
「くっ、知った風なことを……シンシア!」
再三の呼びかけにも、彼女は応えない。
大きなパネルに映る彼女の姿は小刻みに震え、ぎゅっと手を握り締めている。
その時、俺たちの意識は完全に逸れてしまっていた。
そうしている間にロトンビーストは体勢を立て直し、残った左前足でグレンを殴り飛ばした。
「うぐ……ッ!」
直撃を受けたグレンは吹き飛ばされ、仰向けになって地面に転がる。
ロトンビーストはさらに追撃を仕掛け、左前足でグレンの身体を踏みつけた。
「ぐおおおお……ッ!!」
全身を覆う金属鎧のおかげで命拾いはしたが、グレンの身体はじわじわと押し潰されようとしていた。俺はグレンを援護するため駆け寄るが、ロトンビーストに近付いた途端、腐った胴体のあちこちから寄生虫が飛び出して食らいつこうとしてしてくる。
「くそっ、こいつら邪魔しやがって……!」
寄生虫を剣で斬り払いはしたものの、俺は後ろに下がるしかなかった。
ロトンビーストの意識がこっちに向いていなくとも、敵の気配を察した寄生虫が本能的に攻撃を仕掛け身を守ろうとする。狙ってやっているかは不明だが、こいつらのコンビネーションは悪夢のように噛み合っていた。
こうしている間にもグレンを踏み付ける力は強まり、メキメキと金属がひしゃげる音が聞こえてきた。
「ぐはあっ!?」
グレンは口から血を吐き声を上げた。
踏み潰されまいと左足に剣を刺しても、アンデッドは痛みに怯まない。
あと一息、ロトンビーストが体重を込めればグレンはぺしゃんこになってしまう。
「やめてぇっ! グレンっ!」
その時、切羽詰まった悲鳴が聞こえた。
これまでじっと耐えていたシンシアが走り、ステージの端からロトンビーストに向けて両手をかざした。
「光の矢!」
彼女の両手から放たれた輝く光の矢が、ロトンビーストの脇腹に命中する。
アンデッドに対する聖属性魔法の効果は目を見張るものがあり、光の矢が直撃した周辺の腐肉が蒸発したように抉れ、ロトンビーストはたまらず後ろ足で立ち上がり、悶絶ながら仰向けに倒れ込んだ。
「はあ、はあ……」
必死な顔で両手をかざすシンシアの背後に、カツカツと足音を立ててゼニンスキーが近付く。
「シンシア、これはなんの真似だ?
私は手を出して良いなどと言った覚えはないのだが」
「わ、私は……もう……!」
振り返ったシンシアは顔に汗を浮かべ、疲れ切った様子でゼニンスキーを見ている。
「それはつまり、私に協力するのが嫌になったということかね。
実に残念だが……契約を反故にした以上、その報いは受けてもらおう。
君と君の両親は、もはやこの国に居場所は無くなった。
落ちる所まで身を落とし、みじめに死んでいくがいい」
ゼニンスキーはサーベルを抜き、剣先をシンシアに向けてじりじりと迫る。
「ところで私は無駄が嫌いな性分でね。
役立たずのゴミはすぐに処分することにしているのだ。特に目の前にあるゴミは」
「う、ううっ……!」
「大事な仲間とやらと、仲良くあの世に行くがいい!」
ゼニンスキーは素早く踏み込み、無慈悲な鋭い突きをシンシアに放った。
咄嗟に動いて急所を逸らしたシンシアだったが、剣先は彼女の左肩に突き刺さり、そのままステージの上から落下してしまう。
「冗談じゃねえぞッ!!」
俺は反射的に落下地点へ駆け込んだが、距離が離れすぎていて到底間に合いそうもない。頭から落下するシンシアを見ているしかないと絶望しかけた時、横から彼女を搔っ攫うようにして受け止める奴がいた。
「シンシア、大丈夫か!」
シンシアを抱き止めて着地したのは戦士ガロだった。
彼の獣のような身のこなしが、間一髪でシンシアを救っていた。
すぐにその場に下ろされたシンシアは、左肩の傷口に手を当てたまま座り込みうなだれている。
「ごめんなさいガロ、私……」
「そんなのは後でいい! おいグレン、さっさと起きろ!」
ガロが発破をかけると、地面に横たわっていたグレンがよろよろと起き上がる。
身を包む鎧は変形してしまっているが、中身はどうにか無事のようだ。
シンシアが落ちてきていることに気付いたグレンは、慌てて彼女の元に駆け寄り、触れようと手を伸ばす。
だが、そこで公爵の声が響き渡った。
「おっと! 騎士グレン、彼女に触れるのは止めた方がいい」
「どういう意味だッ!」
手を止め顔を向けたグレンに、ゼニンスキーは性根の悪さがにじみ出た笑みを浮かべた。
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