第四十二話 ダンジョン=黄金郷
メルカトルの街と東のダンジョンの間にはなだらかな平原が広がっているが、そこに数十人ほどの冒険者たちが集まっていた。
見晴らしのいいこの場所で魔物の群れを迎え撃とうというつもりらしいが、俺が連中の居る場所に合流した直後、緑の丘の向こうから黒っぽいものが姿を見せ始めていた。
最初はまばらに見えるだけだったそれは次第に数を増し、一向に止まる気配がない。最初はゴブリン程度だろうと高をくくっていた冒険者たちも、あまりの大群に顔が引きつっていく。
「な、なんなんだよありゃあ……百や二百って数じゃないぞ!」
誰かが震える声でそう言った。地平線を埋め尽くすほどに膨れ上がった黒い影は、少なく見積もっても千、あるいはそれ以上の大群であり、それはもはや群れではなく、魔物の軍勢と言って良かった。
連中はこちらの姿を見つけるとギャアギャアと騒ぎ声を立て、そして一斉に突き進んできた。
「くそっ、奴らを素通りさせたら街はお終いだ! 迎え撃つぞ!」
冒険者の誰かがそう叫ぶと、こちら側の連中も武器を構え一斉に突っ込んでいく。魔物の群れの一匹一匹は大したことは無く、普通の冒険者でも相手が出来る程度だが、なにしろ数の桁が違う。
俺も含め冒険者側はあっという間に取り囲まれ、劣勢に追い込まれてしまった。
「雑魚の数が多すぎる! ロック、このままだとまずいぞ!」
エミリアは周囲の魔物を次々になぎ倒しているが、倒しても倒してもきりがない相手にうんざりした様子である。俺も近寄ってきた魔物を何匹か斬り倒していたが、もはや逃げ場も無い状況だ。
「こ、こうなったら……私、なんとかしてみます!」
俺の後ろにいたフロリーナは意を決して飛び出すと、魔物の大群の前で大きなドラゴンの姿に変身した。
「うわあっ!? ド、ドラゴンだあああぁぁっ!?」
事情を知らない冒険者の中には腰を抜かす奴もいたが、今はそんなものに構っている暇はない。
「フロリーナ、とにかくぶっ飛ばせ! 思いっきり暴れていいぞ!」
「はいっ!」
フロリーナはそう返事をすると、まずはその場でぐるりと一回転し、尻尾で周囲をなぎ払う。魔物の群れは四方に吹き飛び、彼女の周りに円形のスペースが生まれた。
フロリーナは続けて大きく息を吸い、押し寄せる魔物の群れに向かって火炎ブレスを吐きかけた。
――ゴオオォォォォッ!!
紅蓮の炎に包まれた魔物たちはすぐさま燃え尽きるか、火だるまになってのたうち回り動かなくなる。その圧倒的な威力の前に、冒険者たちも手を止めて息を呑むばかりだった。
「このドラゴンは味方だ! お前らもボサッとしてないで戦えッ!」
俺が周囲に檄を入れると、我に返った冒険者どもも再び魔物へ向かっていく。
この勢いに乗じて魔物を押し返せば――そう思っていたが、現実はそう甘くはなかった。ふと目をやったその時、丘の遥か向こうから、これまでの数倍はあろうかという数の魔物が押し寄せて来ていたのだ。
「う、嘘だろおい……いくら何でも捌ききれねーぞ」
魔物の軍勢は圧倒的な数を頼りに迫り、俺たちの周囲はアリの這い出す隙間もないくらいに埋め尽くされてしまった。
フロリーナの身体にも無数の魔物が取り付き、それが気になってまともに戦っている場合ではなくなっていた。
「冗談じゃねえ、こんな場所で――!」
もはや命運尽きたかと思われたその時、突然空に黒雲が立ち込め、周囲が薄暗くなった。いよいよお終いかと絶望する冒険者も現れる中、俺たちの背後、西の方角から地響きのような音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
それは武装したスケルトンや身体が半透明の騎兵、コウモリのような翼を生やした空飛ぶ魔物、宙を飛び交う亡霊にゾンビといった、アンデッドの大群だった。
ただでさえ絶望的な状況に挟み撃ちを受ける形となり、誰もが死を覚悟した。
「……ん?」
ところが背後から迫ってきたアンデッド軍団は俺や冒険者たちを素通りし、前方の魔物たちと激しく戦い始めた。状況が呑み込めずにポカンとしていると、俺の前に霧のようなものが出現し、それが集まって見覚えのある姿に変身した。
そいつは漆黒の衣服に薔薇のような深紅の赤毛、彫刻の如く美しい顔立ちをした男――死者の森の吸血鬼ヴィクターその人であった。
「しばらくぶりだな、冒険者ロック。黄金竜を倒したことは見事だったと褒めておこう。だが、その後がまずかったようだな」
「ヴィクター! お前、なんでここに?」
「これも古い盟約のうちだ。ここは我らに任せ、お前は遺跡の奥を目指せ。
カーネとマーネの姉妹、ゼニンスキーがそこにいる」
「てことは、あのダンジョンの正体は……」
「そうだ。お前たち人間がダンジョンと称し物漁りをしていたあの場所こそ、黄金郷が沈んだ地。その最下層に、今も黄金郷は眠っている。ゼニンスキーはカーネとマーネの姉妹を連れ、そこへ向かっているのだ」
「じゃあこの魔物の大群がいきなり湧いて来たのも、それが原因ってことか」
「……全ての答えは黄金郷にある。そこへ至る証と姉妹をみすみす奪われた責任は取ってもらうぞ、ロックよ」
「あーもう、わーったよ! そんじゃここは任せたからな!」
ヴィクターがサッと右手を振り上げると、彼の前方に大きな三日月形の刃が出現し、一直線に飛んでモンスターの大群を真っ二つに割ってしまう。
「す、すげえ……」
「エミリアを連れて先に行くがよい。こちらを片付けたら、私も後を追う」
「オーケー、フロリーナのことは頼んだぜ!」
俺はモンスターの間に出来た道を一気に駆け抜け、東のダンジョンへと向かった。
目的の場所まで徒歩で向かうには結構な距離があったのだが、途中で亡霊の馬が現れてその背に乗せてもらい、ほどなくして俺はダンジョンの地上の入り口まで辿り着くことが出来た。
「むっ、お前たちは」
そこで俺は意外な連中と遭遇した。
騎士グレンと魔法使いのアリッサ、そして戦士ガロの三人だ。
連中は揃ってダンジョンの入り口を見ていたが、俺が来た事に気付くとこっちに振り向いた。彼らの鎧や衣服に汚れは無く、戦ったような形跡がない。
おそらくアリッサの魔法で、ここまで飛んでくるかしたのだろう。
「お前らなにやってるんだ、こんな所で」
俺が言うと、グレンもすぐにムッとして言い返して来る。
「それはこっちのセリフだ。あの魔物の大群の中、どうやってここまで辿り着いた?」
「そんなのどーでもいいだろーが。俺はダンジョンの奥に用があるんだよ」
「……お前もか?」
「そっちこそ、この忙しい時にどんな用があるってんだ」
俺が尋ねた途端、グレンは難しい顔をして少し黙った後、真面目な顔を向けてきた。
「知っているかもしれんが、ダンジョンから魔物が溢れ出す少し前、ゼニンスキー公爵が部隊を引き連れてダンジョンに乗り込んでな。なんでも重要な調査だという話だったが……その中にシンシアの姿があったというのだ」
シンシアはグレンのパーティの仲間で、色素の薄いサラサラの髪をした女僧侶だ。だが、彼女の姿はこの場にない。
「確かな話なのか、それ」
「ああ、馴染みの道具屋から聞いた話だ、間違いない」
「あの姉ちゃんがゼニンスキーと一緒に……どういうことだ?」
「わからん。だからそれを確かめに行こうという所だったのだ」
「……そうか。無事に見つかるといいな」
そう言って俺がダンジョンに向かおうとすると、グレンは肩を掴んで引き留めてきた。
「待て。お前の事情はよく分からんが、目指す場所は同じらしい。
ならば一緒に行動した方が合理的だろう」
俺は少し考えたが、ダンジョンの奥にはどんな魔物が潜んでいるか分からない。エミリアがいるとはいえ、戦力が多いに越したことはないのも事実だ。
「俺は急いでるんだ。邪魔はしてくれるなよ」
「ああ、それはこっちも同じだ」
話がまとまり、グレンは拳で俺の肩をトンと叩いて一歩下がる。さっそくダンジョンへ向かおうとした所で、急に声を出したのは戦士ガロだった。
「ちょっと待ちな。そこの女……匂うぜ。
お前、前に死者の森で戦った人狼だな?」
どうやって嗅ぎ付けたのかは謎だが、ガロはエミリアの正体を一目で見抜いてしまった。
「ロック、お前はどうしてこんな奴を連れてる?
俺たちに魔物と一緒に行動しろってのか?」
ガロの疑問はもっともであるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「エミリアは信用できるさ、そこら辺の人間よりよっぽどな。
それが気に入らないってんなら、一緒に行くだのって話は無しだ」
俺がきっぱりと言うと、グレンが俺とガロの間に割って入った。
「よせ、ガロ。この女に殺気が無いのはお前にも分かるだろう。
今はシンシアを探すのが先だ」
「……わかったよ」
ガロは渋々と言った感じではあるが、ひとまず納得したようだ。先にグレンたちがダンジョンへの階段を下りて行き、俺とエミリアがその後を付いて行く。
途中、エミリアは前を向いたままぽつりと呟いた。
「ロック……その、さっきはありがとう」
「ん、どうした急に」
「私を信用してくれた恩には報いるつもりだ。敵との戦いは任せてくれ」
「気にすんなよそんなもん。俺が恩着せがましいヤツみたいになるじゃねーか」
「……ふふ、そうか」
「話が通じるなら人間でも魔物でも変わんねーよ。
つーか人間の方こそ嘘つきが多いぐらいだしな」
「不思議な人間だな、お前は」
なぜか嬉しそうな声のエミリアと並び、俺たちはダンジョンの奥へと向かった。
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