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第四十一話 傭兵クロード



 窓すらない地下牢では、すぐに時間の感覚が無くなってしまった。


 やることもなく、話し相手もなく、寝るぐらいしか出来ないが、それも申し訳程度のベッドでは寝心地が最悪で、逆に身体が痛くなってくる始末である。


(ずっとこんな所にいたら、三日で頭がおかしくなっちまうぞ)


 そう思ってから半日か、一日か。

 退屈と苛立ちで爆発しそうだったその時、牢の外で物音が聞こえた。


 しばらくすると物音は消え、俺の方へ近付いて来る足音がする。

 それは背の高い人影で、そいつが鉄格子の前に立つと、カチャリと音がして扉が開いた。


「待たせたなロック。迎えに来た」


 短い言葉を口にしたのは、紛れもないエミリアだった。


「待ちくたびれて骨になっちまうかと思ったよ。けど助かった、ありがとな」

「警備は手薄たが油断は出来ない。すぐに脱出しよう」


 俺はエミリアと一緒になって、地下牢から抜け出して城の外に出た。


 しかし城の敷地は広大な公園のようになっていて、その中は巡回の兵士たちが所々でうろうろしている。連中に見つからないよう植え込みや樹木に身を隠しながら進んでいると、いきなり頭上の木の枝から大きな黒い影が目の前に降ってきた。


「よう、久しぶりだなぁロック。相変わらず元気そうじゃねえか」


 身長は百九十センチ近く、短い黒髪に角張ったアゴに無精ひげを生やし、金属で補強を入れたレザーアーマーと、身の丈ほどの大剣を背負う大男。


 かつて死者の森で行動を共にし、いつの間にか姿を消していた傭兵クロードだった。


「……なんでオッサンがこんな所にいるんだよ」

「へっ、いいじゃねえか細けぇこたあ。ま、しいて言えば仕事だな」

「仕事だと?」

「ああ。捕まえたネズミが逃げ出しておイタをしねえようにってよ」

「そうか、死者の森でとっとと引き上げたのも、俺たちがちゃんと戦うかの見張りをしてただけで、あの時から公爵に尻尾振ってやがったんだな」

「そう言うなって。ビジネスの世界ってのは色々あるんだよ」


 言うなりクロードは背中の大剣を抜き、水平に薙ぎ払ってきた。


 俺もエミリアも飛び退いて刃に当たることはなかったが、間の悪いことに俺は武器を取り上げられたままだった。


「悪いがお前の相手なんかしてるほど暇ねーんだこっちは」

「おっと。よく見りゃお前、丸腰じゃねーか。それじゃあ戦えねえよなあ」


 クロードは大剣を地面に突き立てると、腰に下げていた長剣を鞘ごと外し、俺に投げてよこした。


「おい、どういうつもりだ?」

「俺は強えぇヤツとやり合うのが好きなもんでね。

 ここまで生き延びてきたお前さんの腕を見てみたいんだよ。

 腕輪の力だとかじゃねえ、純粋な実力をな」


 クロードは言いながら大剣を引っこ抜き、肩に担いでニヤリと笑う。


「気色悪い奴だな。戦うのが好きなら戦場に行って来いよ」

「そうしたいとこだがよ、最近はめっきり平和になっちまったもんでな。

 わかるだろ? こう、ソソる相手とご無沙汰なんだよ」


 倦怠期のオヤジみたいな台詞を吐くクロードにうんざりしつつ、俺は受け取った長剣を腰に括り鞘から抜く。


「お前の性癖に付き合うのなんざ御免だが……今の俺はすこぶる機嫌が悪いんだ。相手してやるよ!」


 俺は剣を構え、エミリアに言う。


「すまん、ちょっと騒ぎになるかもしれん。

 コイツは俺が相手するから、エミリアは寄ってきた兵隊を追っ払ってくれ」

「ああ、わかった」


 言葉の短いエミリアはこういう時に話が早くて助かる。


 彼女は身を低くし、近くにいる兵士に物陰から飛び掛かり、草の中に引きずり倒して当身を入れ気絶させていた。


「じゃあそろそろ始めようか兄ちゃん!」

「後悔すんじゃねえぞゴルァ!」


 俺は剣を上段に構え一気に突っ込んでいく。

 クロードはニヤついた笑みを口元に浮かべつつ、大剣を素早く薙ぎ払う。

 だが、俺はそれを跳躍してかわし、全体重を乗せた一撃を振り下ろす。


 ――ガキィンッ!


 激しい金属音と火花が散った。

 クロードは大剣を軽々と動かし、俺の攻撃を受け止めていた。


 だが、それと同時に俺はクロードの顔面に左の回し蹴りを叩き込み、反対の右足でヤツの胸板を蹴って後方に飛び退き間合いを取る。


「おっと……やるねえ兄ちゃん。俺があっさり一撃もらうなんて久しぶりだぜ」


 クロードは口元を拭い、相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべている。


 実に気持ちが悪い。


「まだこんなもんじゃねーぞ! オラァッ!!」


 上段からの振り下ろし、袈裟斬り、薙ぎ払い、斬り上げ――

 俺は切れ目なしの斬撃を打ち込み、クロードに攻めかかる。


 その合間合間に蹴りを混ぜ、クロードが攻勢に出ようとするタイミングを潰していく。苦し紛れにクロードが大振りの一撃を振り降ろして来ると、それを予見していた俺は紙一重で刃を避ける。


 大剣が地面を叩き割り、土煙を巻き上げた――その煙幕に紛れて跳躍した俺は、クロードの無防備な頭上を取ることに成功していた。


「しまっ……!?」


 ――ガッ!!


 俺は落下しながら、剣の柄でクロードの脳天を殴りつけた。


 さすがにこの一撃は効いたらしく、クロードはよろめいて後退、その場に膝を付いた。


「うぐっ……!」


 頭から血を流すクロードを見下ろし、俺は剣を鞘に納める。


「あー、ちょっとスッキリしたぜ。オッサンもこれで少しは満足したか?

 次はもうちょっと小回りの利く武器を選んでおくんだな」

「くく……いい腕じゃねえか兄ちゃん。

 腕輪の力なんかなくても、これなら十分やって行けるぜ」

「当たり前だ。でなきゃ冒険者なんか名乗ってられっか」

「だが甘いねぇ……なぜ俺を殺さなかった?」

「別にあんたへの恨みは無いからな。

 俺は冒険者であって殺し屋じゃねえんだっつーの。何度目だこのセリフ」

「はは、そうかい……面白いヤツだ」


 クロードは頭から血を流したままヘラヘラと笑い、その場にドカッと腰を下ろしてしまった。


「参った参った、降参だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「別にどうもしねーよ。ただ、もう追いかけてくんなよ気持ち悪いから」


 これ以上このオッサンと会話をしていても気分が悪いので、さっさとこの場を離れようと背を向けた時、クロードが声をかけてきた。


「……ひとつ忠告しとくぜ兄ちゃん。その姿勢は立派だがよ、いずれ後悔するぜ。あん時に殺しときゃ良かったってな……人間の不条理ってのはおっかねーんだ」


 俺は返事をせず、エミリアの方へ向かって駆け出していく。


 近くの兵士を蹴り飛ばして気絶させたエミリアに声をかけ、俺たちは無事にゼニンスキーの城から脱出を果たすことに成功した。




 俺は予備の武器を取りに一旦ギルドの宿へ戻ったが、妙に慌ただしい雰囲気であった。急いで自室に戻り、クロードからもらった剣を床に放り出すと、俺はクローゼットに入れていた予備の剣と入れ替えた。


 オッサンからの頂き物を持っているのが気持ち悪いのもあるが、苛ついていた事も手伝って全力で打ち合いをした為、すっかり刃こぼれを起こしていたからだ。


「――おやっさん、こりゃなんの騒ぎだ?」


 ギルドの酒場や受付の前では、大勢の冒険者どもがドタバタと表へ飛び出していく。俺がこっそり話しかけると、レオのおやっさんは飛び上がりそうになって驚いていた。


「ロック、お前無事だったのか!」

「おかげさまでどうにか。で、どうなってんだコレ」

「ああ、実はまずいことになってな……

 東のダンジョンから大量のモンスターが湧いてきやがったんだ」

「なんだって?」

「こっちも詳しい事情は分からねえ。だが魔物が群れを成して街に向かってるらしくてよ、冒険者をかき集めて向かわせてるんだ」

「おいおい、そりゃ軍隊の仕事だろ」

「それがな、兵隊どもは出払っててほとんど街に残ってねえんだ」

「……は?」


 そこで俺は、ふとあることを思い出す。


「それってゼニンスキーがどっか連れてったんじゃないのか?」

「おお、よく知ってるな。魔物が溢れてくる少し前、公爵が兵隊を連れてダンジョンに向かったんだ。なんでも重要な調査があるとか言ってな……

 だが、しばらく経ったらこのザマで、兵隊は誰も戻ってきやしねえ。

 魔物の襲撃もそうだが、この状況がみんなに知れ渡ったら大パニックになるぜ。俺たちは公爵に見捨てられたってな」

「あの野郎、とうとう本性を現しやがったな。

 お宝さえ手に入れば、街の人間なんてどうでもいいってことかよ」

「とにかくだ、ロックも手が空いてんなら手伝ってくれ!

 どうにかして魔物を食い止めねえとお終いだ!」

「わかった、とにかく行ってみる!」


 俺はエミリアとフロリーナを連れ、街の東へと急いだ。








登場人物紹介


傭兵クロード


大柄な体格で、数々の戦場を渡り歩いてきたと言われる傭兵の男

身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回すなど腕は確か

戦闘狂の気があり、強い相手とギリギリの戦いをするのが生き甲斐

仕事は報酬より楽しめるかどうかを重視しているらしい

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