第四十話 100万ゴールドの男
激闘の末に黄金竜を討伐し、ついに1億ゴールドを手に入れた俺たち。
黄金竜の魂によって『点かずのランタン』にも火が灯り、残るは黄金郷へ挑むのみ。
意気揚々と凱旋する俺を出迎えたのは、まだ見ぬお宝への招待状――
などではなかった。
「いたぞ! 生け捕りにしろ!」
メルカトルの街に辿り着く直前、俺たちは雲霞の如く集まった賞金稼ぎやならず者に囲まれていた。連中は俺の姿を見るや、棍棒や縄を手に目の色を変えて殺到する。
「だーっ! なんだってんだテメーらは!」
俺はむさくるしい連中の間を駆け抜けながら叫ぶ。
カーネとマーネは妖精の姿で引っ込んでてもらい、俺の両脇にはエミリアとフロリーナが並走している。
二人は近付く野郎どもを次々になぎ倒しては、進路を切り開いてくれる。
「どっせいッ!」
正面に立ち塞がる荒くれの顔面に飛び蹴りを食らわせ、俺たちはメルカトルの街へ逃げ込んだ。しばらく追っ手に追い回され、街中をグルグル走り回った後、裏道を使って俺たちは宿のあるギルドへ忍び込む。
裏口から入り込んだ俺の姿を見た途端、ここの責任者でもあるヒゲ面の大男――レオのおやっさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
「ロック! お前どうして戻ってきやがった!」
「どうしてって、ここは俺の宿だろーが」
「そういう事じゃねえ!
残念だが……お前、帰って来ない方が良かったみたいだぜ」
「おやっさん、こっちだって変な連中に追い回されてる所なんだぞ」
「……まだ分かんねえか。表を見てみな」
毛むくじゃらのおっさんに言われて俺がそっと窓に近付き外を見ると、ギルドの周囲はネズミ一匹這い出す隙間もないほどに、武装した兵士に取り囲まれていた。
「おい、なんなんだよコレ……」
表情が引きつる俺に近付き、レオのおやっさんは一枚の紙を突き付けてきた。
その紙には下手な似顔絵と共にこう書いてある。
『冒険者ロックを捕らえた者には賞金100万ゴールド。
ただし生け捕りとし、持ち物に手を付けず連行せよ』
それは紛れもない手配書だった。
しかもご丁寧にメルカトル公爵の印まで付いており、公式なものである。
「ロック、お前なにをやらかしたんだ?
賞金100万ゴールドなんてただごとじゃねえぞ」
「……ちっ、そういうことかよ」
ようやく状況が呑み込めた俺は、エミリアとフロリーナを手招きして耳打ちする。
「お前らは自分の部屋に隠れてろ。
ちゃんと鍵かけて、ほとぼりが冷めるまで外に出るんじゃないぞ」
不安そうにオロオロするフロリーナの隣で、エミリアは鋭い目つきを窓の外に向けながら答える。
「私は戦うぞ。どういう手合いかは知らんが、あの程度なぞ蹴散らしてしまえばいい」
「あのな、蹴散らしたその後はどうすんだ。
この場を逃げおおせても、死ぬまで追われ続けるハメになるんだぞ。
お前、人間と戦争でもするつもりか?」
「む、それは……」
「二人の強さはよーく知ってるが、万が一ってこともある。
ここで全員掴まったりしたら、それこそ打つ手が無くなっちまうだろ。
今は素直に言うこと聞いてくれ、なっ」
俺が肩を叩くと、エミリアは唇を噛みながら頷き、フロリーナを連れて二階の部屋へと移動していった。
「後はサイコロ次第だな。鬼と出るか蛇と出るか……やれやれだぜ」
深くため息をついてから、俺は覚悟を固めてギルド正面の扉から表へ出た。
待ち構えていた兵士たちは俺の姿を見るや、槍を突き付け荷物を奪い、手枷を嵌めて引っ張っていく。
行き先は言うまでもなく、メルカトル公爵ゼニンスキーの城だった。
「――ふふふ、ようこそ冒険者ロック。待っていたよ」
相変わらず気取った口調のゼニンスキーは、手枷をかけられ腰に縄を結ばれた俺を粘っこい目つきで眺めている。
「君の働きは大変すばらしいものだ。想像以上と言っていい。
まさか一介の冒険者がここまでやれるとは思ってもみなかったよ」
「へっ、そいつはどーも。んで、その一介の冒険者がどうして100万ゴールドのお尋ね者になってんのか、理由を聞かせてもらいたいね公爵さんよ」
賞金100万ゴールドなどというのは、よほどの大罪人でもなければ付かないような額である。例えば国家転覆を図ったり、国王や貴族の暗殺、あるいは蜂起して街をひとつ攻め落とした首謀者だとか、それくらいのレベルなのだ。
「ほほう、それを知りたいかねロック君」
「だから聞いてんだよ。ハッキリ言って俺には思い当たる理由がねえ。
不当な指名手配だって国王サマに訴えてもいいんだぜ」
個人的な物はともかくとして、正式な手配書は職権乱用を防ぐ意味でも、発行するのにそれなりの理由が必要となる。そうでなければ自分に都合の悪い人物に適当な理由を付け、お尋ね者として排除するといった行為がまかり通ってしまうからだ。
その罪状が不当なものであると発覚すれば、公爵といえども重い処分は免れない。少なくとも経歴に汚点が残り、周囲から白い目で見られるはずだ。
当然ゼニンスキーもそれは承知のはずだが、この男は相変わらずのニヤついた表情を崩さない。
「国王に訴えたければ好きにするがいい。
だが、退けられるのがオチだと思うがね」
「なんだと? もったいぶってないで理由を言えってんだ」
「では教えてあげようじゃないか。冒険者ロック、君に対する罪状は……
魔神ゴルドーの復活を目論み、我が王国を破滅へ導こうとした罪だ」
「な……なんだと!?」
俺が驚いたのは破滅がどうのという部分ではない。
ゼニンスキーの口から魔神ゴルドーの名前が出てきたことだ。
「おい、なんであんたが魔神ゴルドーのことを知ってる!?」
「ふふふ、私はなんでもお見通しだよ。君が恐るべき魔神の復活に協力した反逆者、神をも恐れぬ大罪人だということをね」
「んなこと聞いてんじゃねえんだよッ!
お前……最初から全部知ってたんだな……?」
「金と銀の腕輪、1億ゴールド、火を灯した点かずのランタン……
これらを揃えるのはずいぶんと骨が折れそうだったのでね。
優秀な冒険者の君にお願いしたというわけさ」
「この野郎……!」
「そう怖い顔をしないでくれたまえ。
1億ゴールドを集め終えた今、君はもう自由の身だ。
金の腕輪からはすでに解放されているはずだろう?」
「……!?」
この男はどこまで知っているのか、背筋にうすら寒い物を感じずにはいられなかった。
「私の前で隠し事をしても無駄だ。さあ、腕輪に宿る姉妹をここへ呼びたまえ」
ゼニンスキーは兵隊に命じて、俺の荷物から銀の腕輪を、右腕に嵌めていた金の腕輪を取り上げて床に並ばせた。
俺は前もってカーネとマーネに姿を見せないよう腕輪に引っ込めさせていたが、ゼニンスキーは腕輪に彼女らが宿っていることも知っている様子だった。
「……カーネ、マーネ、出てきてくれ」
俺が言うと、それぞれの腕輪から光の塊が飛び出し、カーネとマーネの姉妹に姿を変えた。
「初めましてお嬢さん。こうして直接お会いするのは初めてだったかな?
私はメルカトル公爵ゼニンスキーだ」
目の前に近寄るゼニンスキーから距離を取り、カーネとマーネは俺の後ろへ隠れるように移動する。
「君はこの姉妹に好かれているようだね。それも今日限りとなってしまうが……
私は慈悲深いのでね、別れの言葉を交わす時間をあげようじゃないか」
「おい、どういう意味だそりゃ」
「言葉の通りだとも。黄金竜を倒し腕輪の呪いを解いた今、君の役目は全て終わった。だからこそ金の腕輪は君を解放したのだよ。重要なのは条件を揃えることであり、それを達成するのは誰でも良かったのだ」
「つまり……俺はいいように使われただけってことかよ……!」
俺が傍らで浮くカーネに目線を向けると、カーネはぶんぶんと首を振る。
「ち、違うわロック。私は……!」
マーネの方にも目を向けてみるが、こっちは腕を組んで黙ったまま否定も肯定もしない。
「ふふふ……はははは!
千年の眠りを経て、ついに黄金郷が復活する時が来たのだ!
地の底に眠る莫大な財宝は、すべて私が頂く。今までご苦労だったねロック君。
後のことは心配せず、ゆっくり休むといい」
ゼニンスキーはニヤリと笑い、腰のサーベルを抜いて俺の眼前に突き出してきた。あと一歩踏み込んで剣先を押し込めば、俺の頭に穴が開く事だろう。
手枷を付けられ縄で結ばれた俺に、それを避ける術はない。
「やめて! ロックを傷付けたら、私はあなたに協力しないわ」
そう叫び、剣と俺の間に入ってきたのはカーネだった。
両手を広げ、カーネはじっとゼニンスキーを見据えている。
ゼニンスキーは剣をぴたりと止めたままカーネを見ていたが、やがてサーベルをゆっくり引っ込めた。
「それは困るな。黄金郷へ至るには君たちの協力も必要だ。お嬢さんが素直に手を貸してくれるというのなら、私も彼に手は出さないと約束しよう」
「……わかったわ」
カーネはそう言って俺の方へ振り返り、頬にキスをしてからゼニンスキーの元へ飛んでいく。
「おい、カーネ!」
俺が名を呼ぶ横でマーネも無言でカーネに付いて行き、二人がゼニンスキーの元に並ぶ。
「さて、これで用件は終わりだ。もはや会うことも無いだろうが、せっかくだ。
最後にひとつだけ、言い残すことがあれば聞いてやろう」
偉そうな口調のゼニンスキーに腹が立って仕方がなかった。
大声を出して暴れたい気持ちをぐっとこらえ、俺はずっと疑問だったことを聞いておくことにした。
「あんたが黄金郷にやたら詳しいのはなんでだ?
図書館にだってロクに資料は残ってなかったんだぞ」
「ああ、そのことかね。黄金郷の資料は私が引き上げさせたのだ。
秘密を知る者は少ない方がいいだろう?」
「ちっ、やっぱりかよ……詳しいことは他の文献に全部書いてあったんだな」
「私も最初は半信半疑だったがね。
だが、君が金の腕輪を持ち帰ったと聞き、それが確信に変わった。
そこは礼を述べておくよ、ふふふ……」
「何から何まで腹の立つ奴だぜちくしょう……覚えてやがれ!」
「ああ、せいぜい吠えているがいい。負け犬らしくね。はーはははは!」
全てはこの男の手の平で転がされているだけだった。
ひとしきり高笑いしたゼニンスキーはサーベルを鞘に納め、兵士たちに命令をした。
「部隊に伝えろ。予定通り遺跡に出発すると。
それからこの男は地下牢にでも放り込んでおけ」
兵士が「はっ!」と返事をすると、俺は腰の縄を引っ張られ歩かされた。
その時、背後からカーネの声が聞こえた。
「ロック! 私、ずっと……!」
それから先は聞こえなかった。
それから城の中をどう歩いたのか、俺は暗くて湿っぽい地下牢に放り込まれた。
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