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第四話 ダンジョン地下五階へ


 爪に火を点す思いで貯めた1万ゴールドを失い、俺は無気力になっていた。

 手元には468ゴールドほど残ってはいるが、これも生活費ですぐに消える。

 一攫千金だのなんだのの前に、俺は生きるために働かなくてはならなかった。


    所持金        468ゴ-ルド


 収入


 ・薬草詰み         100ゴールド


 ・港町への荷物運び(往復)  600ゴールド


 ・港の荷下ろし       300ゴールド


 ・倉庫の荷物整理      300ゴールド


 ・大衆食堂での食材仕込み  120ゴールド


         計 1420ゴールド


 差引      1420+468=1888ゴールド 


 食費と滞在費        -688ゴールド


 差引      1888-688=1200ゴールド


       現在の所持金 1200ゴールド




 生まれ付いての冒険者にしてトレジャーハンターであるこの俺が、

 月並みな労働に甘んじるなど遺憾の極みであったが、

 人生は時として糊口をしのぐ暮らしを強いられることもある。


 とにかく一週間ほど必死に働き、どうにか最低限といえる程度の資金を

 手にした俺は、疲れた身体でメルカトルの宿へ戻ってきた。


「つ、疲れた……当分なにもしたくねぇ……ずっとダラダラ寝転んでいたい」


 ダメ人間全開のセリフを呟いてベッドに寝転び、ボーっと天井を見上げていると、視界の端からひょいとカーネが顔を出す。


「お仕事お疲れさま。ロックが汗を流して働いてる姿、素敵だったわよ」

「バカ言え、俺の本業は冒険家だっての。あれは仕方なくやってただけだ」

「その割に、けっこう手慣れてたような気がするけど?」

「う……そりゃまあ、冒険家として一旗揚げる前にはよくやってた仕事だしな……

 って、そこは別に関係ないだろ」

「うふふ、そうね」


 そう言って笑うカーネの顔は可愛らしかった。

 じっと見ればかなりの美人と呼べる顔立ちで、俺の言葉にあれこれと

 突っかかってくるようなこともない。


 もし彼女が人間と同じサイズであったら、さぞいい女だっただろうという

 考えが脳裏をよぎるが、すぐにそれを思考の隅に追いやる。


「……さてと、これからどうすっかなー。

 ここらで一発稼げる仕事があればいいんだけど」


 そう呟いていると、部屋のドアをノックする音がして俺は身体を起こす。

 ドアを開けてみると、廊下に冒険者ギルドの酒場でウェイトレスをしている

 アニーという娘が立っていた。年齢は十六歳ほどでまだ若いが、

 明るい栗色の髪を三つ編みにした、愛嬌のある性格と顔立ちで人気の

 看板娘である。


 彼女はエプロン姿に頭巾の格好で、仕事の途中でここへ足を運んだのだろう。


「あ、やっぱり戻ってた。ロックさんお帰りなさい。

 これ、依頼の手紙が来てますよ」


 そう言ってアニーが差し出したのは、例の如く冒険者ギルドからの依頼だ。

 だが彼女が直接手紙を渡しに来たということは、日頃の小遣い稼ぎのような依頼とは少々毛色が違うらしい。


「わざわざ顔を見せに来たってことは、ちょっと大きな仕事か?」

「うん。詳しい説明するから、一度ギルドの受付に顔を出せってさ」

「ああ、わかった。すぐに行くよ」

「じゃ、仕事があるから行くね。お仕事頑張って!」

「アニーもな」

「うん!」


 彼女は笑顔を見せながら、軽く手を振ってパタパタと去って行く。

 その後ろ姿を見送り、俺は手紙をポケットにしまい歩き出した。

 宿の階段を下りてすぐ、そこは冒険者ギルドの酒場となっている。


 酔っぱらいの声がやかましいなど欠点もあるが、人の目の多さと冒険者同士の

 連携のおかげで、ここは他所と比べてかなり治安が良い。それに加えて格安で

 宿を借りられるのだから、これ以上の贅沢は野暮というものだろう。


 俺はテーブル席の脇を通り抜け、冒険者ギルドの受付へと向かう。


「よお、来たなロック。相変わらずシケた顔してるな」


 そう言ってカウンター越しにニヤリと笑うのは、ヒゲ面のクマみたいな親父だ。

 一癖も二癖もあるやつが多い冒険者に一歩も引かない胆力を持つ、

 これまた冒険者ギルドの名物みたいな人物で、名をレオナルド。

 通称レオのおやっさんである。


「顔だけじゃなくて、身も心もシケてるんだよ今は」

「なんだ、またギャンブルで負けたのか? 

 お前は賭け事がクソ雑魚なんだからやめとけって言っただろ」

「誰がギャンブルで負けたと言ったッ! あとクソ雑魚じゃねえッ!」

「がはは、そのクチが叩けるなら大丈夫そうだな、ええ?」

「……それで、次の仕事の内容は?」


 豪快に笑うおやっさんの前に手紙を置くと、ニヤ付いたその顔が一瞬で仕事人のそれに変わる。


「おう、ちょっと耳に挟んだんだがな……

 ロック、お前ダンジョンでオークキングを倒したんだってなあ。しかも一撃で」


 眼光鋭い視線で睨まれ、俺はつい目線を逸らす。

 というか、一番掘り返されたくない部分をこのオヤジは的確にツッコんできた。


「あー、いやまあ……その場の流れでなんとなく?」

「なんとなくで倒せる相手じゃねえだろアレは」


 呆れ顔でそう呟くおやっさんの追撃を避けるべく、俺は次の言葉を被せ気味に吐き出す。


「で、それが関係あんのかおやっさん?」

「おう、関係大アリ巨大アリよ。

 ギルドとしちゃ、この状況は見過ごしておけねえって話になってな。

 それで急遽、調査隊を送って地下五階を調べ直すことに決まったのさ」

「……その話をするってことは、調査隊とやらに同行するのが俺の仕事ってトコか」

「ああ、話が早いな。地下四階から下の魔物は強敵だらけだ。

 腕利きの連中だって、あそこじゃなにが起こるか分からねえ。

 そこで保険として、オークキングを一撃で倒したっていうお前が

 付き添いに選ばれたってワケだ」

「なるほど……じゃあラクは出来そうだな」

「あくまで調査隊の付き添いだからな。探索は連中が中心になって行う手はずだ」

「そういう話なら引き受けてもいいぜ。

 あんな場所、俺一人じゃ命がいくらあっても足りないからな」

「おう、せいぜい全滅しないように気張ってこい」


 余計な一言に少しイラつきながらも、俺は自室に戻って準備を整え、

 出発の日を待った。





 騎士   グレン

 魔法使い アリッサ

 戦士   ガロ

 僧侶   シンシア


 冒険者  ロック(付き添い)



 これがダンジョン地下五階へ挑むメンバーである。

 そして俺はダンジョン入口に立つ、目の前のパーティにこう尋ねた。


「あのー、なんで三人しかいないんですかね」


 俺の前にいるのは騎士のグレン、魔法使いアリッサ、戦士ガロの三人だけだ。

 残る一人、僧侶シンシアの姿がどこにも見当たらない。


「む……急な体調不良でな。残念ながらシンシアは今日の探索は不参加となった」

「いや遠足じゃないんだから。体調不良て」

「ええい、よけいな事を突っ込むな!」


 鋼鉄製の全身鎧に身を包んだ大柄な男、騎士のグレンはぶっきらぼうに言う。


「ダンジョンの地下五階に挑もうってのに、これで本当に大丈夫なんすかねえ?」


 彼は短く刈り込んだ頭髪をガリガリと搔き、

 こっちから視線を逸らしバツの悪い顔をしている。


 それをジトっと見つめる俺とグレンの間に割って入ったのは、

 巨大な両刃の斧を担いだ戦士ガロだ。


「お前、俺たちの実力が信じられないってのか」


 彼は鍛え抜かれた筋肉の上に鉄の胸当てと革の腰巻だけという、

 ワイルドな風貌の男だ。その顔や全身には無数の傷跡があり、

 彼の激しい戦いの人生を物語っている。

 物言いからしても、自らの腕前に相当な自信があるのは確かなようだ。


 そして実際、彼らのパーティは危険地帯といわれるダンジョン地下五階の

 探索を任されるだけはあり、いずれも冒険者ギルドの中ではトップクラスの

 実力者だ。


「信じてないわけじゃないですがね。ただ、地下五階以降はなにが起こるか

 分からない魔境だってのに、一枚落ちの戦力で挑むとは余裕だなと思って」


 別にこれは、俺がイヤミな性格だからこう言ってるわけではない。

 仮に別の人間がここに立っていたとしても、俺と同じことを言ったはずだ。

 その辺の事情を察してか、グレンの隣に立つ魔法使いのアリッサがため息をつく。


「まあ、キミの心配も分かるわよ。でもまあ、今回は調査がメインだし、

 モンスター全部と正面切ってやり合うつもりは無いわ。

 ヤバくなったらすぐ逃げるから、キミもそのつもりでね」


 しっかり者といった感じの女魔法使いは、艶のある長い黒髪を掻きあげた。

 背が高くスレンダーな体型の、まさに出来るオンナとでもいった印象を受ける。

 身に纏うローブもシワひとつなく、仕立ての良い生地で作られた物だ。


「はあ……分かりましたよ」


 どうやら連中にしても、この調査で無理をする気は無いらしい。

 それが分かっていれば、こっちとしても身の振りようがしやすいというものだ。


「心配だというのなら、それはむしろこっちの台詞だ。

 聞けばお前、一人でオークキングを倒したという話だが……

 どう見てもそんな力があるようには見えんぞ」


 腕組みをして、いぶかし気にグレンは俺に疑いの眼差しを向けてくる。

 だが、ここで俺の事情を細かく説明した所で、ただ鼻で笑われるだけだろう。

 それに金の腕輪やカーネをジロジロ見られたり調べられるのも鬱陶しい。


「いやー、自分でも不思議で。偶然でもあんなことがあるもんですねぇ」


 グレンはじっと俺に刺すような視線を向けていたが、

 フッと息を吐いて普通の目つきに戻す。


「……まあいい。お前の助けを借りることは無いだろうが、

 ギルドからの指定だからな。我々の足を引っ張ることの無いようにしてくれ」

「ええ、そりゃもちろん。肝に銘じておきますよ、へへへ」


 冒険者として格上の連中と対立しても、俺に特になることは無い。

 ここは適当に話を合わせて愛想笑いをしておくのが無難だろう。


「よし、立ち話もここまでだ。みんな行くぞ!」


 そのグレンの一声で俺たちはダンジョンの奥、

 魔境と呼ばれる地下五階へ向かった。


 前回の人探しと違い、地下四階までは最短距離で移動したおかげで、

 特にモンスターに絡まれることもなく地下五階への階段へと辿り着く。

 新たに張り直された魔法の封印を解除し、調査隊パーティは地下五階に

 足を踏み入れる。


「うっ、これは……」


 そこに漂う雰囲気は、上階とはまるで違う異様なものだった。

 常にどこからか見られているような、肌がヒリつく気配に満ちている。

 姿の見えない猛獣が、そこかしこに隠れているかのように思える。


「ここの空気を吸ってるだけで気分が悪くなりそうだ……」


 一人で青い顔をしている俺を他所に、グレンやガロは武器を手に高揚した表情を浮かべている。


「前に来た時とは様子が違うな」

「ああ、魔物どもが興奮してやがるのがビンビン伝わって来るぜ」


 そんな二人とは対照的に、魔法使いのアリッサはこめかみを指で押さえ、

 ずっと具合が悪そうな顔をしている。


「まったく男どもは気楽なんだから……理由は分からないけど、

 得体の知れない魔力がこのフロアに満ちてるわ。

 魔物たちが興奮してるのもそのせいよ。あー頭痛い」


 用心しながら奥へ進むと、アリッサの言う魔力の気配が一段と濃くなっていく。


 道中、何度かモンスターの襲撃に出くわしたが、調査隊パーティの強さは

 目を見張るものがあった。


 ガーゴイル、チーフオーク、レッサーデーモン、ハーピー、オーガ。


 いずれも並の冒険者が単独で相手をするのは難しいモンスターばかりだったが、それらの集団を前に調査隊の三人は一歩も引かないどころか、逆に圧倒する勢いで蹴散らしていく。


「ぬんっ!」


 騎士グレンは重い鎧を着込みながら、それを感じさせない身のこなしで

次々に敵を長剣で斬り伏せていく。


「どりゃああああああっ!!」


 力任せに振り下ろされるオーガの棍棒を斧で受け止め弾き返すばかりか、

 返す刀で斧を脳天に振り下ろし、頭を叩き潰す戦士ガロ。


「――炎よ焼き尽くせ!」


 そして無数のガーゴイルやハーピーに火球魔法ファイアボールを連射し、

 一瞬で粉々に粉砕していく魔法使いアリッサ。


「へえ、大したもんだ。これなら俺の出る幕なんか無さそうだな」


 引いた位置から彼らの戦いぶりを眺めつつ、俺は一人呟く。

 あくまで付き添いであるという名目上、下手に出しゃばって連中の足を

 引っ張るのも良くないが、なにより今の俺には戦闘において重大な問題がある。


(ゴールドを払って攻撃力にするってのは、

 大勢を相手するのに全く向いてないんだよなぁ)


 ただでさえカネの消費が激しい能力なうえ、多数の強敵を相手にするには

 効率が悪く、それだけの貯えも手元にはない。

 カーネを呼んで敵を叩くのは、ここぞという場面が来るまで温存すべきだろう。


 そう考えているうちに、モンスターの群れを掃討した三人が俺の方を見ている。

 用が済んだので先を急ぐぞという合図だ。

 彼らに付いて奇妙な魔力の出所へと向かって行くと、フロアの端に建てられた、  

 禍々しい魔物を象った石像の前へと辿り着いた。


「どうだアリッサ、なにか分かるか?」


 石像の前で、グレンはアリッサに顔を向けて尋ねる。


「この石像自体は前からここにあった物よ。

 でも、前に探検に来た時はこんな魔力は出してなかった。どうなってるの?」


 ますます具合の悪そうな顔で、アリッサは口元を手で押さえ石像を見上げる。

 俺も釣られて石像を見上げたが、これがどんな魔物を象った物かは分からなかった。どこにでも見かけるような造形でもあり、それ自体が特別な物には思えない。


 ただ、石像から溢れ出る異様な気配――魔力が問題なのだ。


「しかし、なんでまたこの石像が急に強い魔力を出し始めたんだ?」


 ――ドクン!


 俺が呟いたその時、空間が脈動した。


不定期連載中です

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