第三話 冒険者ロック
交易都市メルカトル。
交通の要衝に位置するこの街は、古くから交易で栄えていた。東西南北の四方に伸びた街道と海路による交易は、この街の多くの物資と人間、そして金を運び潤してきた。さらに街の周囲には冒険者向けのロケーション、すなわちダンジョンが無数に存在し、腕試しを望む者、あるいは一攫千金を狙う冒険者たちも多く集うようになったのだ。
そして俺、ロックもそうした冒険者の一人というわけだ。
とある遺跡で取り憑かれてしまった、自称おカネの妖精ことカーネと共に、俺は一週間ぶりにねぐらの宿へ戻って来た。ここは冒険者ギルドが経営する公共施設のひとつで、冒険者として登録した人間なら割安で宿を利用できることになっている。
代わりに冒険者は定期的にギルドの依頼をこなし、連中の懐を潤すという関係になっているのだ。
俺が寝泊まりしている部屋は簡素だが十分な作りのベッドとテーブルがあり、部屋の中に個別でトイレも付いている。広さは程々といった所だが、一人で過ごすには十分だ。もっとも今は、余計なオマケが付いて来てしまったが。
「はぁ……疲れた」
俺は荷物を投げ出してベッドに突っ伏し、盛大にため息をつく。
魔神ゴルドーの遺跡の調査は徒労に終わったどころか、奇妙な腕輪を嵌められた挙句、ワケの分からない妖精と離れることが出来なくなってしまった。
彼女は物珍しそうに部屋を飛び回った後、俺の顔をちょんちょんと突く。
「ねえ、テーブルに手紙が置いてあるわ。ロックってあなたの名前でしょ?」
「ん、ああ……ギルドからの通知だな。
宿賃の支払い代わりにクエストへ行って来いってヤツさ」
俺は疲れた身体を起こし、テーブルの上の手紙を取って封を破る。
そこに書かれていたのは、街の東にあるダンジョンへ人探しに行けという依頼だった。
「なるほどな。同業者が帰れなくなったか野たれ死んだか……
そいつを見つけてこいって依頼だ。報酬は500ゴールドか」
「それじゃ、これから探しに行くの?」
「無茶言うなよ、俺だって帰って来たばっかりなんだぞ。あのダンジョンは初心者向けの場所だが、こんな状態で乗り込んだら死体が増えるだけだ」
「そう。それじゃ仕方ないわね」
「……ダンジョンに挑む連中は、万一に備えて数日は持つように準備してる。
運と多少の実力があれば、一日くらいどうってことないさ」
「わかったわ。じゃあ今日はゆっくり休みましょ」
そう言うとカーネは俺の右腕に嵌まった金の腕輪の中へと吸い込まれるようにして消えていく。詳しくは分からないが、この腕輪は彼女の寝床も兼用しているらしい。
(明日になったらとっとと仕事を片付けて、今後の事でも考えるとするか……)
俺は再びベッドに身を投げ出し、そのまままどろみへと落ちて行った。
翌朝、準備を済ませた俺は馬車に乗り、東の街道を揺られていた。
到着までは一時間程度と、大した距離でもない。
ほどなくしてダンジョンの前に到着すると、俺は馬車を降りて入口の階段を下りていく。
このダンジョン、正確には古い遺跡であり、誰がなんのために作ったのかは定かではない。ただし内部には無数のモンスターが住み着いており、迷路のような構造となっている。
古いが頑丈な作りの石壁と床は、長い時を経ても崩れることなく形を保っている。
通路は幅、高さともに三メートルほどで、ダンジョンの内部は入り口からは想像もできない広さがある。
このおかげでモンスターたちも独自の生態系を持ち、絶滅することなく繁栄している――というのが偉い学者の見解だそうだ。
「……地下一階はあらかた見て回ったがハズレだな。次は地下二階だ」
ダンジョン内はすでにさんざん探索されていることもあり、先人が作ったマップがギルドから無償で配布されている。そのマップを見ながら地下二階、三階とフロアを回りつつ探してみたが、行方不明の冒険者は見つからなかった。
「よし、次だ次」
そして地下四階に降りて早々、俺はモンスターの群れに襲われた。
無数のスケルトンとブルースライム。
いずれも最下級の雑魚であり、この程度なら楽勝――だったのだが。
「ほれ10ゴールド!」
モンスターを剣で斬り付けるたび、俺はカーネに硬貨を渡さなくてはならなかった。いつもなら流れ作業でサッと終わる相手だというのに、この余計な工程を挟むのは不合理であり、なによりカネを支払うという行為が俺にとって精神衛生上、非常によろしくないのである。
「だー! めんどくせえ!」
四、五匹ほどのモンスターを倒した所で、我慢ならずに俺は叫ぶ。
そして相変わらず能天気にフワフワ浮かぶ金色の妖精に向かって言ってやった。
「なあ、これって先にまとめて払って分割とか出来ないのか!
あまりにも面倒だぞ!」
「ええ、出来るわよ」
しれっとそう答えるカーネに拍子抜けし、俺はズッコケそうになる。
「出来るなら最初からそう言えよッ! じゃあコイツで十回分な!」
俺がカーネに投げて渡したのは、100ゴールド銀貨である。
これで十回分、すなわち10ゴールドの威力で10回攻撃が可能になるはずだ。
「100ゴールド入りまぁーす」
気の抜けた声でカーネが言うと、銀貨が光の粒になって消え、俺の腕輪に例の数字が浮かび上がる。
『10×10』
どうやら腕輪には、攻撃可能な回数も表示が出来るようだ。手近なブルースライムを剣で切り裂くと、数字が『10×9』と変化する。俺は床を蹴って走り出すと、残りのスケルトンとブルースライムたちを斬り倒して回る。
「これで終わりだッ!」
最後の一匹を倒した所で、腕輪の数字も消えていく。
周囲にはモンスターだった残骸が散らばっているだけで、もう動くものは無い。
「ふう、無事に倒せたはいいが……150ゴールドの赤字……うごごごご!」
俺がやり場のない怒りに打ち震えていると、カーネは床に転がるモンスターの残骸に近付き、それらをまじまじと観察している。
「なあ、そんなもの見てどうするんだ?」
「えっと、鑑定してるのよ」
「鑑定だあ?」
カーネはスケルトンの骨やブルースライムの体組織を一通り眺めてから、俺の前に飛んで来て両手を合わせる。すると俺の目の前の空間に、文字だけがすうっと浮かび上がった。
・スケルトンのほね 12ゴールド×7
・スライムゼリー 7ゴールド×8
合計 84+56=140ゴールド
消費 10×15=150ゴールド
差し引き -10ゴールド
現在の所持金 10468ゴールド
「今回の結果はこんな感じね。どう?」
カーネは平然としているが、いきなりこんなものを見せられた俺はさすがに戸惑いを隠せない。
「どうって、なんだこれは」
「今回の集計結果よ。こうした方が色々と分かりやすいと思って」
「いやまあ分かりやすいけども。てか、なんなんだよこの名前と値段は」
「モンスターの身体って、売ればそれなりの価値があるの。
値段はこの辺の大まかな相場よ」
「お前……そんな事まで分かるのか」
「私はおカネの妖精って言ったでしょ。おカネに関することは任せてね」
ホワホワとした口調ながら、カーネの見せてくれた結果はありがたい。
自分がどれだけ使ったか一目で分かれば、上手く節約も出来るはずだ。
「任せるのはいいけど、この骨だのゼリーだの全部持って帰るのか?」
「うふふ、心配ご無用よ。えいっ」
カーネが両手を振り上げて光の粉を周囲に撒くと、散らばった骨やスライムの一部が同じような光の粒となって消えていく。
「素材はこっちでおカネに変えちゃうから、ロックは心配しなくていいわ」
そう言われて俺は小遣いを入れている袋の中を確かめる。日頃から金についてはキッチリ数えているので、差し引きがあればすぐに分かるはずだ。
「……」
結果は、きっかり10ゴールド硬貨一枚分だけが袋の中から消えていた。
どうやらカーネも金に関する管理はしっかりしているらしい。
「結局赤字だけどな! こんな雑魚でチマチマやってたんじゃ、
先に寿命が尽きてジジイになっちまう。
これからは戦う相手も選んだ方が良さそうだ」
一人呟きながら、俺は長剣を腰の鞘に納めてダンジョンの奥へ足を進める。
本来ならこの地下四階までは、大したことのないモンスターしか出現しない。
そのはずだった。
地下四階からさらに下の階は、急にモンスターが強力になるため、普段は通行止めとなっている。地下五階以降へ進む階段には封印が施されており、冒険者ギルドの許可と通行料を支払った者しか通れない決まりだ。
ところが俺がその階段の前に辿り着くと、封印は内側から粉々に破壊され、向こう側から巨大な何かが通り抜けたような跡があった。
「……!?」
その瞬間、猛烈な悪寒が背筋を走り抜けた。
もし、この破壊を起こした存在が下の階から現れたとしたら。
もし、それがまだ、この近くをうろついているとしたら。
俺が引き受けたのは行方不明の冒険者を探す事であって、
地下五階以降の強力なモンスターと戦う事じゃない。
それに見合う報酬も用意されていない。
となれば選択すべきはただひとつ。
「撤収ッ!!」
俺はくるりと回れ右をして、その場から駆け足で離れようとした。
ところが、そんな俺の視界に飛び込んできたのは、三メートルほどもある天井に頭が届きそうな巨体の怪物――オークキングの姿だったのだ。
そして場面は、この物語の冒頭に戻る。
「どりゃあああああああっ!」
我が全財産を賭した一撃が、オークキングを脳天から真っ二つに断ち切った。
物言わぬ残骸と化したオークキングを眺めながら、俺はただ茫然としていた。
「い、一万ゴールド……俺の一万ゴールドが……」
生命の危機は去った。
おカネの妖精カーネの力で、文字通り桁違いの攻撃力を発揮出来たはいいが、
同時に俺は無一文になってしまったのだ。
頭がどうにかなりそうだった。
冒険者として独り立ちしてから五年。
さんざん苦労して必死に貯め込んできた俺の全財産が、こんなにもあっけなく消えてしまった。
「へへ……もうどうなってもいいや……」
その時、口からエクトプラズムが抜け出しそうな俺の元へ駆け寄ってくる人間の姿があった。数は三人ほどで、前衛らしき若い男二人と女の魔法使い一人という組み合わせだ。
「ど、どなたかは知りませんが助かりました! 突然下の階からオークキングが出てきて、我々はずっと奴から隠れていたんです!」
どうやら彼らが依頼にあった行方不明者らしい。
見たところ大した怪我もしておらず、それは何よりだと言っておこう。
「あー、そりゃ大変だったな。とりあえずキミら、早いとこお家に帰った方がいいんんじゃない?」
「は、はい、そうさせてもらいます! それにしても凄かった、オークキングを一撃で倒してしまうなんて!」
「まあ、ざっとこんなもんっすよ、ははは……」
乾いた笑いしか出てこない俺に何度も何度もお辞儀をしながら、三人パーティは急いで出口へと向かって行った。連中の後姿を見送った後、抜け殻のようになった俺はゆっくりと顔を動かした。
ひどい臭いを撒き散らすオークキングの死体に目をやると、
カーネが死体をじっと見てから例のアレを目の前に出現させた。
・オークキングのキモ 468ゴールド×1
使った金額 10468ゴールド
差し引き -10000ゴールド
現在の所持金 468ゴールド
「オークキングの素材やっす!?
てか、なんでそこだけぴったり数字が一致してんだよ!」
「まあまあ、とりあえず無一文じゃなくなったんだし良かったじゃない。
依頼もこれで達成なんでしょ?」
「どこが良かったんだチクショーめ! 俺の、俺の一万ゴールド……」
そこからは、どうやってダンジョンの外に出たのか覚えていない。
気が付くと俺は、宿のベッドの上で寝込んでいた。
ふと顔を横に向けると、俺の顔の近くでカーネが寝息を立てている。
(夢じゃなかった……誰か助けてくれ……)
俺は再び、気絶するように眠ってしまった。
アイテム・素材解説
スケルトンのほね
砕いて畑に撒いて肥料にしたり、粉末にして薬の原料にも。
これでダシを取るのはやめましょう
スライムゼリー
半透明なゲル状の体組織。
スライムが絶命すると酸や毒素が中和され安全に扱える。
処理をしてから薬品の材料や潤滑剤などに利用。ひんやりしている
オークキングのキモ
好事家が珍味として好む食材のひとつ
臭いも味もきつく、一般人にはまともに食えたものではない




