第二話 おカネの妖精カーネ
「今のは聞き間違いか? カネが目的?」
「そ、おカネ。さっき言ったでしょ、私はおカネの妖精だって。
見事に選ばれたあなたには、私のためにおカネを貢いでもらいまーす」
「いや待て。お金の妖精なら、お前が人間の俺におカネを与えてくれる立場だろフツーは」
「そんな都合のいい妖精いるわけないわよぉ。
カネは命より重い……ってどこかのオジさんも言ってたし」
「なんの話だよ。てか、俺は断固として断るぞ!
どこの馬の骨とも知れんお前なんぞにくれてやるカネなど無いわ!」
きっぱりと言い切る俺に対し、カーネは相変わらず不敵な笑みを浮かべてヘラヘラしている。
「うふふ、それはすぐに分かるわ。
あなたはもう、私の言うことを聞くしかないの。
不本意かもしれないけど、諦めてね」
――ガラッ!
その時、部屋の端で音がした。
その方向に目をやると、瓦礫の中から立ち上がる人影のようなものがある。
正確には、そいつはかつて人間だったモノだ。
全ての肉が削げ落ちた人間の白骨――スケルトンがカラカラと音を立てて、俺の方に顔を向けていた。
「モンスターか!? って、なんだスケルトンか。驚いて損した」
目の前にいるスケルトンは武器を持っていない。
となれば脅威度は低く、それなりの経験を積んだ冒険者であれば対処は簡単だ。
もちろん、俺もその内に含まれるが。
スケルトンの倒し方はシンプルだ。
叩いて砕く。ただそれだけ。
強力な魔法で使役されているならともかく、こんな辺境の遺跡にいるのは低級な悪霊が取り付いた程度と相場が決まっている。
そういう相手は取り憑いている身体を破壊してしまえば、形を保てず退散していくのだ。
「悪いがお前の相手なんぞしてる暇は無いんだ。さっさと失せな」
俺は腰の鞘から愛用の長剣を引き抜くと、スケルトンを一刀のもとに斬り伏せた。ちゃんと斬れていようがいまいが、剣が当たりさえすればスケルトンはバラバラになっておしまいである。
――そのはずだったのだが。
どういうわけか、俺の剣を受けてもスケルトンはピンピンしていた。
しかも両手を突き出し、こっちへ向かってくる。
「おかしいな、確かに当たったはずなのに。もう一度!」
俺は再度、長剣を構え水平に薙ぎ払う。
今度はしっかりと目を見開き、刀身が骨に当たる瞬間を見定める。
ところが、そこで想像もしない怪奇現象が起こった。
俺の剣がスケルトンに触れた瞬間、ぬるりと滑ってまったくダメージを与えられていなかったのだ。
それから数度、同じように剣を振り回してみるが、結果は全て同じだった。
「な……なんじゃこりゃあ!? おいヘンな妖精!
お前まさか、俺になにかしたのか!?」
ふわふわと浮かんで様子を見守っていた黄金の妖精は、慌てる俺を見てくすくすと笑う。
「ぴんぽーん。私にその腕輪を身に付けた人間は、おカネを払わないと攻撃力がゼロになっちゃうの。そういうわけだから、はい」
そう言って、ニコニコと手のひらを差し出すカーネ。
俺は表情が引き攣るのを感じながら、彼女に尋ねる。
「なんだその手は」
「だーかーらー、おカネちょうだい。
そしたら金額分の攻撃力を一回だけ付加してあげる」
「はぁ!? お前ふざけ――!」
俺がカーネに詰め寄ろうとしたその瞬間、スケルトンが横から掴みかかって来た。
身体は軽く力も大して強くはないが、黙っていればこいつのおやつにされてしまう。それにこの汚らしい歯で噛みつかれたら、どんな病気を感染されるか知れたものではない。
目の前でカチカチと歯を鳴らすスケルトンを押し返しながら、俺は妖精に言った。
「わ、わかった、これじゃ話も出来ねえ! いくら払えばいいんだ!?」
「えーと、しばらくお待ちくださーい」
カーネはじっとスケルトンを眺め、すぐにポンと手を叩く。
「このスケルトンの耐久力は7ってトコね。7ゴールドくれたら退治できるわよ」
「7ゴールドぉ!? この状況で小銭なんか数えてられっか!」
「あ、別にぴったりの金額じゃなくてもいいのよ。そこは自由に指定できるから」
「だーっ、わーったよ!」
俺は気合いでスケルトンを押し返すと、ズボンのポケットに入っていた10ゴールド硬貨を取り出してカーネに投げる。
「これでいいんだろ、さっさとやってくれ!」
カーネは人差し指を立てて硬貨を空中に浮かせると、にっこり笑って言った。
「はーい、10ゴールド入りまーす」
宙に浮かんだ10ゴールドは、すうっと光の粒になり消えていく。
すると俺の右腕にはまった金の腕輪に変化が起こる。
長方形でなにも描かれていなかった部分に『10』という数字が浮かんできたのだ。
「おい、これって……」
「それが今のあなたの攻撃力。攻撃がちゃんと当たるまで効果は続くから、
空振りは気にしなくていいわよぉ」
「いやそんなの聞いてないが……まあいい、行くぞ!」
俺が剣の柄を握り締めると、腕輪もそれに応じてぼんやりと光る。
そのまま剣を振りかざし、袈裟斬りを放つ。
バキッ――!
今度は確かな手ごたえがあった。
乾いた骨が砕ける音が響き、スケルトンはバラバラになって崩れ落ちる。
少し様子を見たが再び動き出すことは無く、不穏な気配は消え去っていた。
ふと目と落とすと、腕輪に浮かんでいた数字も綺麗に消えていた。
「なるほど……これがお前の能力ってわけか」
俺が呟くと、カーネはフワフワと浮かんでニコニコ笑っている。
「そ、面白いでしょ? 他にも――」
彼女が言いかけた所に、俺はすかさず言葉を被せる。
「よし分かった。今すぐ出てけ。さっさと出てけ。五秒以内に出てけコノヤロー」
カーネは目を丸くしていたが、すぐにまたヘラヘラした笑顔に戻る。
「怖い顔しないで。どうしてそんなコト言うの?」
「どうもこうもあるかッ! たかがスケルトン一匹倒すのに10ゴールドだと!?
こんな雑魚にいきなり赤字じゃねえか!」
「やん、あんまり大きな声出さないで。耳がキーンってしちゃった」
「いいかよく聞け。俺はなぁ、三度の飯よりカネが大好きなんだよ。
このロック様が冒険者やってんのはモンスターどもと戦うためじゃない。
一発ドーンとお宝見つけて、怠惰で酒池肉林な生活を送るためなんだよ
分かったかゴルァ!!」
早口でまくし立てる俺の顔の前で、カーネはただ目を丸くしている。
「わあ、そうだったのね。ここまでダメ人間ぽい台詞を力いっぱい話す人、
初めて見たわ」
「やかましい! 大体な、攻撃のたびに金払わなきゃならねーとか面倒すぎるわ!
頼んでもいない機能を勝手に追加しやがって……分かったらとっとと失せろ!」
俺の剣幕に呆れたのか、カーネはしばらく黙っていたが、やがて頬に身体を寄せて囁く。
「あなたの気持ちはよく分かったけど、ダメ。
私から離れたいのなら、その金の腕輪を外さなきゃいけないわ」
「だから今すぐ外せって言ってるんだ。
取り憑くなら俺よりもっと気前のいい奴がいくらでもいるだろ」
「無理よ。最初に言ったでしょ、これは呪いのアイテムだって。
この腕輪から自由になる方法はふたつ……持ち主が死ぬか、
一定のお金を私に捧げるか、そのどっちかよ」
「なんだその一定のお金とやらは。いくら払えってんだ、誤魔化さずに言ってみな」
そう尋ねるとカーネは、人差し指をぴんと立てる。
「1000ゴールドか?」
だが彼女は呆れたように首を振る。
「じゃ、じゃあ10000(一万)?」
しかし、彼女は首を振る。
「くっ、それなら100000(十万)はどうだ!」
やっぱり彼女は首を振る。
「ま、まさか……1000000(百万)ゴールド払えってか!?」
嫌な予感を感じつつ尋ねるが、カーネはまたしても首を横に振る。
「お、おい……いい加減にしろよ。いくらなんでも限度ってもんが……」
震える声で俺が言いかけると、カーネはにっこりと笑い宣言した。
「一億ゴールド。そしたらあなたも私も自由の身になれるわよ」
その瞬間、世界の時間が止まった気がした。
それから数秒の間、俺の頭脳は機能を停止してしまっていた。
「……はっ!?」
ふと我に返るが、目の前には金色の変な妖精がいる。
やはり夢ではない。
そしてあろうことか、こいつは1億ゴールドなどという一般人では到底不可能な金額を要求してきたのである。
「あ、あ、アホかッ! そんな大金どうやって用意しろってんだ!
デカい街が丸ごと買えるぐらいのカネだぞ!!」
「別に急がなくてもいいのよ。あなたの人生が終わるまでに払ってくれたら
それでいいから」
「全然よくねーわいっ! うう、眩暈が……」
あまりの内容に俺はその場でへたり込んでしまう。俺が死ぬか、ありえない額の大金を払うまで、この変な妖精にずっと付きまとわれるのだ。
「ぐぐぐ……あ、あまりにも理不尽すぎる。
おい妖精、百歩譲って、いや千歩譲ってカネをお前に払ってやるとして、
俺にとってどんな得があるんだ。モンスターと戦うたびにカネを支払わされるんじゃ、永久に貧乏だろうがッ!」
そう、ここまで聞いた限りではあまりに一方的な話である。
ただ大金を要求してくるだけでは、目的が達成されることなど夢のまた夢。
当然、それを実現させるための利点が俺の側にも無くては話にならないはずだ。
「ええ、もちろんあるわよ。さっき言おうとしたのに、
話を遮るから言いそびれちゃった」
「う……まあそれは悪かった。で?」
「私のチカラはおカネをあなたの攻撃力に変えること。
そして支払った金額が多ければ多いほど、同じだけ攻撃力も増えていくの」
「つまり……例えば100万ゴールドを払えば、モンスターに100万のダメージを与えられるってことか?」
「うん、そういうコト。だからこのチカラを上手く使って、いーっぱい稼いでね」
「なるほど、使い方次第ではかなり強力そうだな……」
うふふと微笑むカーネを見ながら、俺はかび臭い部屋の天井を仰ぐ。
「いや効率悪っ! めんどくさ!」
こうして俺は自称おカネの妖精カーネに取り憑かれ、行動を共にすることになってしまった。
この『ゴールドを攻撃力に変える』力の本領を見るのは、まだもう少し先の話である。
アイテム解説
金の腕輪
魔神ゴルドーの遺跡にあった黄金の腕輪
とても高価そうな見た目でつい手に取りたくなるが呪われている
この腕輪に触れた者はおカネの妖精カーネに取り憑かれ、
死ぬか1億ゴールドを支払うまで外すことが出来ない




