第三十六話 前夜のふたり
竜の心臓と氷結の眼。
この二つの宝を手に入れた俺は、黄金竜が潜むという死の砂漠の向こう側へ挑む権利を得た。だがその前に、ひとつ確認しておかなければならない事があった。
メルカトルの宿に戻った俺とエミリア、フロリーナの三人はエミリアの部屋のテーブルを囲んで座り、その中央にカーネとマーネの姉妹がいる。
もちろん、俺が二人とも呼び出して出て来てもらった。
「さてと……今日までドタバタ続きでまったく気が回らなかったが、質問に答えてもらうぜお二人さん」
「質問ってなにかしら?」
自分がこの場に立っている意味をまだ理解していないようで、カーネは小首を傾げている。
「カーネ、お前は魔神ゴルドーとどんな繋がりがあるんだ」
そう尋ねてもカーネは顔色ひとつ変えることなく、少し考え込む。
「……さあ?」
この返事も想定通りである。
だからといって、はいそーですかと話を終わるわけにはいかない。
「この金の腕輪を見つけたのは、魔神ゴルドーを祀った遺跡だったんだぞ」
「んー、あの場所ってそんな名前だったかしら」
カーネは口元に人差し指を当てながら、のんきに考え込んでいる。
「王様と取引して黄金を与えた魔神ゴルドー、その遺跡にあった呪われた金の腕輪。これで無関係ですは無理があるだろ」
「でも、本当に分からないの。私は腕輪を身に付けた人間と一緒に、1億ゴールド集めればお互い自由になれるって、それしか覚えてないわ」
カーネの発言には、いちおう筋が通ってはいる。
出会ってからこの瞬間まで、彼女の口から魔神ゴルドーの名を聞いたことは無い。
この態度でずっと嘘を付いているとしたら、大した役者だと言うしかないだろう。
「じゃあマーネの方はどうなんだ」
俺が視線をマーネに移すと、彼女もいつも通りのツンツンした顔でこっちを睨んでくる。
「私だって知らないわよ。私の使命はお姉さまを手助けして力になる、それだけなんだから」
こっちもこっちで、動揺したり表情が変わる様子がない。
現状、二人とも魔神ゴルドーに関しては『シロ』と見ていいかもしれない。
(本人が知らないだけ、って可能性もあるけどな……)
そう思いはしたものの、余計なことを口走って雰囲気を悪くすることもない。
俺の目的は1億ゴールド、ひいては黄金郷の財宝であって、魔神がどうのと考える事ではないのだ。
「ちなみに他の二人は魔神ゴルドーについて聞いたことは?」
そう言ってエミリアとフロリーナに目をやると、二人とも首を横に振る。
「私は聞いたことがないな」
エミリアは真っ直ぐこっちを見てそう言い、
「お母様なら知ってるかもしれませんけど、私も聞いたことが無いですぅ」
フロリーナも少し申し訳なさそうに答える。
「オーケー、誰も知らないんじゃ気にするだけ無駄だな。
この話はここでお終いだ」
そう言って軽く手を叩くと、その場の少し緊張した空気が緩む。
俺は椅子の背もたれに身体を預け、その場の全員を見る。
「次はいよいよ死の砂漠越えだ。あそこがどんな場所か、その先にいる黄金竜がどんなバケモノなのかも分からん。出発までしっかり準備しといてくれよな」
話し合いを終え、俺はエミリアの部屋を出て隣の自室に戻る。
マーネは早々に寝床でもある銀の腕輪に戻ってしまい、部屋には俺とカーネの二人だけだ。
「――道具よし、所持金よし、武器の状態よし、っと」
持ち物のチェックを済ませ、俺はベッドに仰向けに寝転がる。
するとカーネがひらひらと飛んで来て、胸の上でうつ伏せになった。
少し重みを感じはするが、苦しいというほどではない。
そしてなにより、身体は小さくとも立派な胸の感触は柔らかかった。
「ふふっ」
カーネは何を話すでもなく、俺の顔を見てニコニコしている。
この気楽さは時々見習いたくなるものだ。
「……楽しそうだな」
「ええ楽しいわよ、とーっても」
「俺の身体の上で寝転がるのがか?」
「それだけじゃなくて……私、ロックと出会ってからずーっと楽しいの」
「そっか、そりゃ良かったな」
顔が近い。
小さな妖精の姿であるが、こうして機嫌よく笑っているカーネは美しくて、そして可愛らしいと素直に思う。
やたらとカネがかかるという点さえ思い出さなければ。
「黄金竜を倒せば、黄金郷への道が開かれるって話だったよな。
それに金のウロコを集めりゃ1億ゴールドも夢じゃないらしいし、いよいよ俺が頂点に駆け上がる日が近付いてる感じだな」
これまでに色々な出来事があったが、俺はついに王手をかける所まで辿り着いたのだ。雑用ばかりで小銭しか手に入らなかった五年前と比べると、感慨深いものがある。
「ねえ、ロックはお金持ちになったら何がしたい?」
そう聞かれて、俺は少し言葉に詰まってしまう。
「……そういや考えてなかったな。もちろん贅沢とか遊びまくったりはしたいけど、うーん……しばらく気ままに旅して、世界中を見て回るのもいいな」
「わあ、楽しそうね」
「それに飽きたらどこかで家でも買って、美味いモン食いながらのんびり過ごすさ。それで――」
とりとめもない俺の話を、カーネは相変わらずニコニコしながら聞いては頷いている。気付くと俺は、無意識のうちに彼女の頭から背中にかけて、そっと右手で撫でてやっていた。
「……うふふっ、撫でられちゃった」
そう呟くカーネの瞳は潤んでいるようにも見える。
その艶っぽい表情で我に返った俺は、手を放してコホンと咳払いをする。
「あ、あー。えーと。そういやカーネ、1億ゴールドあればお前も自由になれるって話だったよな」
「ええ、そうよ」
「自由になれたら、その後はどうするつもりだ?」
その問いかけに、カーネは寝そべったまま視線を外して神妙な顔つきをし、それからまた俺に視線を向けてきた。
「私も自由になれた後のことは考えてなかったわ。今まで誰も出来なかったから」
「……」
かつて俺と同じように金の腕輪を身に付けた連中と、カーネの間にどんな過去があるのかは分からない。ただひとつ共通しているのは、全員が腕輪から逃れられないまま死んだということだけだ。
「ねえ、ロック……」
「ん?」
「自由になった後も、一緒に居ていい?」
甘く訴えるその響きは、男の思考を鈍らせる。
こういう時に女は得だなと、俺はつくづく思う。
「迷惑じゃなければ、だけど……ダメ?」
ここで「ダメだ」と返せる奴がいるとすれば、そいつはよほどの冷血野郎かカーネを憎んでいるかであろう。
「……まあ、一緒に居て楽しかったのは事実だからな。
それにお前、一人でどっか行く当てがあんのか?」
「それじゃあ……!」
「ここまで付き合っておいて、いきなり出てけなんて言わねーよ。
飽きるまで好きにしな」
「ロック……!」
カーネは涙ぐんで、俺の顔に飛びついて来た。
「大好き……」
両目いっぱいに涙を浮かべながらも、カーネは嬉しそうだった。
そして俺はというと、顔面に当たる柔らかい感触に全神経を集中させていた。
しばらくの間、感極まったカーネの背中をさすったりポンポンと叩いたりしてやっていると、やがてカーネはゆっくり身体を離し、紅潮した顔でじっと見つめてきた。
「ど、どうした」
「……添い寝、してあげよっか? おカネかかっちゃうけど……」
「ぶはっ!?」
予想外の爆弾発言に、思わず飛び起きそうになってしまう。
「ロックなら、私……」
「あー待て待て待て! ハッキリいってめちゃくちゃシたいが今はダメだ」
「どうして? 魅力が無いから?」
寂しそうにシュンとしてしまうカーネだが、そうではない。
「なにを聞いてたんだ、逆だ逆。
お前、俺が置かれてる状況をまだ分かってないみたいだな」
「?」
「いいかカーネよ。今の俺は美女四人に囲まれて、常に内なる自分と戦いながら過ごしてんだ。それを今ここで解き放ったら簡単には止まらねーぞ。
そりゃもう、そりゃあもうハデに突っ走る自信があるッ!
お互いヘロヘロになるまでな!」
俺の力説を最初は理解できなかった様子だったが、少し間を置いてカーネの顔が赤くなっていく。
「これから黄金竜と戦おうってのに、その直前でカネと体力を消耗してどーすんだ。溜まりに溜まった男の欲望をナメるなッ!」
スゴ味を効かせた最後のセリフに、赤い顔のカーネもまん丸な目をして頷く。
どうやら俺の言わんとする所はちゃんと伝わったようだ。
「今回の冒険が終わったら少しは落ち着けるさ。続きはその後に……な」
「うんっ」
カーネはニッコリ微笑み、俺の頬にキスをして身体を離す。
そしてまた俺の胸の上で寝そべると、そのまますーすーと寝息を立ててしまった。
(はあ、危ねえ危ねえ……うっかり欲望に負ける所だったぜ……)
我ながら見事な鉄の精神力だったと思いつつ、俺はゆっくり目を閉じた。
ほんのりと温かい、柔らかな重みを感じながら。
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