第三十五話 アブトは語る
「アイスゴーレムはさしずめ番人だったって事だろうな。よし、奥へ行ってみよう」
俺が立ち上がって先へ進もうとすると、懐にいたカーネが身を乗り出して指を差す。
「ちょっと待ってロック。そこに素材があるみたい」
「なんですと? どれどれ」
カーネの指す方には氷の残骸が散らばっているばかりだったが、それを掻き分けた中に六角形の綺麗な結晶が転がっていた。
「むっ、なんか普通の氷と違うモノが出てきたな」
「これは無限氷晶ね。長い年月の間に魔力と氷が結びついて出来た結晶で、半永久的に冷気を出し続けるの」
「へえ、そりゃいい値段になりそうだ。どのくらいだ?」
「無限氷晶の値段は20000ゴールドね」
「ぬう……赤字を埋めるにはさすがに足りないな」
仕方がないとはいえ、かなりの赤字を出してしまった状況に奥歯を噛み締めながら、俺は六角形の結晶を布に包んでポケットに入れた。
「んじゃ用も済んだし、先を急ごうぜ」
もはや用の無くなった空間を後にし、俺たちは洞窟のさらに奥へ続く穴の向こうを目指す。氷の残骸を乗り越えて進む途中、カーネが防寒着の襟をクイクイと引っ張って俺の顔を見上げてくる。
「どうした?」
「私は最初から信じてたわよ。ロックがフロリーナを助けてくれるって」
いつものように笑顔で見上げてくるカーネに、俺は口の端を持ち上げつつ前に視線を戻す。
「へっ、そりゃどーも」
氷結洞は極寒の世界だが、俺の胸元はずっとほんのり温かかった。
壁に開いた新たな穴の向こうには一本道の通路があり、その更に奥は行き止まりとなっていた。そこはアイスゴーレムが居た場所ほどではないが開けた場所で、およそ二メートルほどの段差の下には大きな地底湖がある。
水は神秘的なほどに透き通っているが底は見えず、そしてまた、この寒さでどうして凍り付かないのか不思議でもあった。
「誰もいないな。氷結洞の主とやらはこの水の中で暮らしてんのか?」
地底湖を覗き込んでも生き物の姿はなく、水面に自分の姿が映り込むだけだ。
だが、そこで奇妙なことが起きた。揺れも音もないのに水面が波打ち、大きな波紋が中心から周囲に広がっていく。水中には相変わらず生き物の姿は見えないのに、波紋が繰り返し生じては小さな波を広げていた。
それが何度か続いた後、俺たちは思わず「あっ」と声を上げずにはいられなかった。それは突如として水面に出現した、巨大なひとつの瞳だった。
水面の瞳は俺たちのいる方に視線を向け、周囲に波紋を広げた。
「……我が名はアブト……長い間、ここでこうして思案に耽っていた……」
波に乗るかのように、辺りに不思議な声が響いた。
それはさざ波のような、老人のような不思議な声だった。
どうやって喋っているのかという得体の知れなさと見た目に腰が引けつつも、俺は水面の巨大な目を覗き込んで尋ねる。
「あんたがこの氷結洞の主でいいのか?」
「誰が主で誰が従か……この広い宇宙、あるいは波打ち際の砂粒に過ぎぬモノに違いなどあろうか……」
「いやそういう話じゃなくて」
妙に小難しいことを言いだす目玉に出鼻をくじかれた思いだが、俺はバックパックに入れていた宝玉を取り出して見せた。
竜の心臓と呼ばれる、脈動する宝玉だ。
「火山に住む古龍から、アンタにこれを見せろって言われたんだよ」
目玉に深紅の宝玉が映り込むと、しばしの沈黙の後に波紋が広がる。
「……今日という日まで長かったな、人の子よ。
ニンゲンはとうに、過去の罪を忘れたものと思っていたぞ……」
「なんだって? 過去の罪?」
「ニンゲンよ、お前の名は?」
「おう、冒険者にしてトレジャーハンターのロック様だ」
「ロックよ……お前は全てが黄金に変じ、地の底へ沈んだ国の話を覚えているか……」
「黄金郷の話か? なら図書館で読んだぜ。おとぎ話だけどな」
俺がそう答えると、水面に浮かんだ巨大な目は瞬きをするように細くなって消え、すぐにまた開いてその場に現れた。
「そうだ……かの国こそが罪の証……
お前たちニンゲンは、自らの手で罪を清算せねばならぬ……」
「おい待てよ。黄金郷の話はずっと昔のことだぞ。俺には関係ねーよ」
「無関係ではない……これは地上、この世界に生きる全ての生命の問題だからだ……」
「えっ?」
話が妙な方向に広がり嫌な予感を感じる俺に、感情の読み取れない目玉はこう続けた。
「かの国の王は、より多くの富を求めた……
そして様々な試みの後、その男は触れてはならぬものを見出してしまったのだ」
「それって王様が作ったっていう『黄金の秘術』のことか?
望むままに黄金を生み出すとかいう」
メルカトルの図書館で見た絵本に書かれていた言葉。
黄金郷はその術によって自在に黄金を生み出し栄えたという話だ。
「ニンゲンの間ではそのように伝えられているのか。
だが、それは正確ではない……」
「じゃあ正解はなんなんだよ」
目玉はまたしても沈黙した後、じっと俺を見据えてきた。
「かの王は異世界への交信を試み、邪神を呼び寄せてしまった……
そしてヤツと取引をし、莫大な黄金を手にしたのだ」
「はあ、異世界の邪神ねえ……
よく分かんねえが、黄金くれるってんなら俺も会ってみたかったぜ」
異世界だの邪神だの、俺には付いて行けそうもない世界だ。
わざと俺がおどけた調子で言ってみると、目玉は思いもよらない言葉を語った。
「王は神殿を立て邪神を祀り、名を与えた……魔神ゴルドーと」
「なっ……なんだと!?」
まさかここでその名前を聞くことになるとは――
俺の右腕に嵌っている金の腕輪。
それが安置されていた場所こそが、魔神ゴルドーの遺跡と呼ばれる場所だったからだ。魔神ゴルドーは金銀財宝を司る古い神だと言われているが、それ以上の事は分からない。
黄金郷の伝説と同様、魔神ゴルドーの具体的な伝承や文献はほとんど見つかっていないのだ。
「おい、その王様と魔神ゴルドーが取引して、その後はどうなったんだよ!?」
巨大な水面の目玉――アブトはそこで押し黙り、じっと俺を見つめてきた。
「なんで黙るんだ。質問に答えろっての」
「……私から全てを語ることは出来ない。言葉は真実を歪めてしまうからだ。
答えを得たくば黄金郷を目指せ、ニンゲンの子よ……真実はそこにある」
それっきり再び押し黙ってしまったアブトにイライラしながら、俺は叫んだ。
「ああもう、わーったよ! どのみち黄金郷を目指してるのに変わりはねーんだ。
一番乗りして金ぴかは全部頂いてやるからな!」
「……古い盟約に従い、お前にこれを託そう」
水面に浮かぶ巨大な瞳が瞬きをすると、俺の目の前に冷気が集まり、丸い宝玉の形へと変化した。ひんやりとして透明なそれは大きな目玉のようにも見えて不気味だったが、その内に強い力が秘められているのが俺にも伝わってくる。
「これは『氷結の眼』という巨人族の宝珠……『竜の心臓』と共にこれを掲げ、死の砂漠を越えるのだ。黄金竜を殺し点かずのランタンに火を灯した時、進むべき道が開かれるだろう……」
俺が『氷結の眼』という宝玉を受け取ると、アブトはじっとこっちを見つめてから言った。
「長きにわたる約束は果たされた。これで私も静かに眠れる……」
「なあアブトとか言ったか? お前は一体なんなんだよ」
「私は古き氷の巨人、その最後の一人……
この洞窟にこもり思案を続けるうちに、身体が溶けてしまった。
やがては意識も溶け、私はただの水へと還るだろう。
ようやく心残りなく眠ることができる……」
「待て待て、それじゃ俺がトドメ刺したみたいになるじゃねーか。
あの世に行くなら俺が帰った後にしてくれ」
「……お前は面白いニンゲンだな。我が意識が溶け切るまでには時間がかかる。
気にすることは無い……さらばだ」
最後にアブトはどこか楽しそうに言いながら、瞳を閉じて消えてしまった。
心の奥に引っ掛かるものを感じつつも、俺たちは冷たい洞窟を後にするのだった。
氷結洞探索 結果報告
所持金 105170ゴールド
消費
準備費 1400ゴールド(往復船賃、防寒着三人分など)
攻撃 25000×2回=50000ゴールド
魔法:幽体透視 8000ゴールド
治癒 2000ゴールド
計 1400+50000+8000+2000=61400ゴールド
差引 105170-61400=43770ゴールド
収入
無限氷晶 20000ゴールド
差引 43770+2000=63770ゴールド
現在の所持金 63770ゴールド
アイテム、素材解説
無限氷晶
長い年月をかけ魔力と氷の冷気が結びつき生じた結晶
半永久的に冷気を発し続けるために常温では決して溶けない
希少価値が高くなかなかお目にかかれない品のひとつ
高級な魔術の触媒にもなるが、それ以上に食材の冷蔵用の需要が高く、
これを使って港に大きな冷凍庫を作る計画もあるのだとか
世間に広く流通している氷結石は無限氷晶のコピー品である




