第三十四話 ドラゴン対アイスゴーレム
「だから銀の腕輪は丁重に扱いなさいって言ってるでしょーが!
揺れて気分が悪くなるのよ!」
「わかった愚痴は後で聞くから! 敵の弱点が見えないんだ、どーにかしてくれ!」
俺がアイスゴーレムを指すと、マーネは頬を膨らませながらその方向に視線を向ける。そしてしばらく眺めた後、再び俺の方を見た。
「……確かに、普通の人間じゃアレを視認するのは苦労するかもしれないわね」
「てことは方法があるんだな。いくらだ?」
「8000ゴールドよ」
さも当然のように言い放つマーネに、俺は思わず仰け反ってしまう。
「高いなおいッ! 見えるようになるだけの魔法だろ!?」
俺のツッコミに対しマーネは両肩をすくめ、あからさまなため息をつく。
「あのねえ……見えない物を見えるようにするっていうのは高等技術なのよ。
上位の魔法使いがやっと身に付けるような感覚を、なんの苦労もせずに得られるんだから安すぎるくらいよこんなの。今のセリフ、普通の魔法使いが聞いたら怒るわよ」
「ぐっ……わーったよ! とにかくやってくれ!」
「最初から素直にそう言えばいいのに」
マーネはふふんと鼻を鳴らし、両手を掲げ呪文を唱える。
「幽体透視!」
マーネの声と共に光の粒が現れ、俺やフロリーナ、そしてエミリアの身体にまとわりついてから吸収されるように消えていく。
肉体的な変化は無さそうだが、妙に視界がクリアですっきりした気分である。
さっそくアイスゴーレムの方を見ると、氷の塊で出来た身体がさっきより透き通って見える。そしてその氷の中に、小さな赤く光るものを見つけた。それは人間で言うと腰の右側部分にあたる場所で、おおよそ拳大くらいの大きさだ。
「あんな場所に弱点があったのかよ。
ただ真っ二つにするだけじゃ意味がなかったわけだぜ……クソがぁぁぁっ!!
返して俺の25000ゴールドッ!!!!」
俺が頭を抱えて叫んでいる間に、エミリアが床を蹴って走り出す。
そして迎え撃とうとするアイスゴーレムの拳をかいくぐり、腰の赤く光る部分に爪を突き刺した。
「む……!?」
だがエミリアは違和感のある表情をし、すぐに爪を氷から引き抜いて距離を取る。
「ロック。ヤツの弱点だが、どうやら氷の中を自由に動き回れるらしい」
構えを解かないエミリアの視線の先には、アイスゴーレムの内部で素早く動き回る赤い光があった。
「冗談だろ……あんなに動かれたら攻撃なんか当たらないぞ!」
その素早さは水中の魚かそれ以上で、少しでもこっちの気配を悟ると頭のてっぺんからつま先まで自在に逃げ回り、まったく的を絞らせてくれない。
俺たちが攻めきれない間にもアイスゴーレムは暴れ続け、こっちは徐々に追い込まれていく。
「くそっ、どうすりゃいいんだ。マーネの炎魔法でも氷が全部溶けるか分からんし、他の氷に逃げられたらカネが無駄になっちまう……!」
苦し紛れにそう言った俺の言葉が聞こえたのか、一緒に逃げ回っていたフロリーナが急に足を止め、俺の袖を引っ張る。
「あ、あの、ロックさんっ。私、なんとかして怪物の動きを止めてみます。
だ、だからその間にやっつけちゃってくださいっ」
フロリーナはそう言って、一人でアイスゴーレムの方へ向かっていく。
「おい待て、無茶は――!」
彼女を呼び止めようとしたその時、フロリーナは雷に打たれたような激しい光を放つ。眩しくて思わず目を閉じてしまい、再び開いた視界の先にいたのは、白く大きなドラゴンだった。
翼を含めればドラゴンの方が大きいが、体格そのものはほぼ互角といったところである。
「行きますよ!」
フロリーナ――白いドラゴンはアイスゴーレムに向かって突進し、猛然と掴みかかった。アイスゴーレムは槍のような右腕を突き出してきたが、白いドラゴンはそれを脇に抱えて掴むと、その勢いを逆利用して背負い投げのような形で投げ飛ばす。
――ガシャァァァン!!
床に叩き付けられたアイスゴーレムの身体はバラバラになり、床の氷も砕けて下の地面が露わになっている。
白いドラゴンは赤い光のある氷塊を踏み付けようとしたが、床に散らばったアイスゴーレムの残骸は不自然に滑り、踏み付けをかわして移動する。そして散らばった氷の塊は再び組み上がり、元のアイスゴーレムの姿へと戻ってしまった。
アイスゴーレムはハンマーのように巨大化した左腕を振りかざし、力任せに白いドラゴンを殴りつけた。
「うあっ……!?」
ドラゴンの巨体が吹き飛び、床に倒れ込んで大きな振動を起こす。
その度に天井の氷柱が折れ、周囲に降り注いでくる。
そのいくつかは白いドラゴンのウロコにも突き刺さり、血が出てしまっていた。
「だから無茶するなって!
お前にケガさせたらお袋さんになんて言えばいいんだよ!」
古龍の秘蔵っ子を疵物にしたとなれば、いくら温厚なエルリスといえども黙ってはいないだろう。正直、戦いには参加せず付いて来てくれるだけでよかったのだが。
「だ、大丈夫ですこれくらい……
岩に頭をぶつけたり、トゲが刺さるなんてしょっちゅうで……
そ、それに私だってドラゴンですから!」
白いドラゴンはよろめきながらも立ち上がり、再びアイスゴーレムに向かっていく。今度は掴みに行くと見せかけて身を翻し、勢いをつけた尻尾を力いっぱい叩き付けた。
その威力は目を見張るものがあり、直撃を受けたアイスゴーレムの胴体には大きな亀裂が走り、その場に仰向けになって倒れる。白いドラゴンはチャンスと見て小さく飛び上がり、両足でアイスゴーレムを踏み付け動きを封じてしまう。
そして喉を反らし大きく息を吸い込むと、足元のアイスゴーレムめがけて強烈な火炎を浴びせた。
「……!!」
高熱に晒されたアイスゴーレムの身体はみるみる溶けていき、周囲の氷も水に変わって広がっていく。この調子なら他の氷に逃げる前にアイスゴーレムの核を倒せるかもしれない――そう思った時だった。
アイスゴーレムの核がひときわ明るく発光した次の瞬間、溶けて流れ出した水が瞬時に凍り付き、白いドラゴンの両足を固めて動きを封じてしまう。
それだけでは終わらず、槍のように伸びた氷柱が飛び出し、白いドラゴンの脇腹に突き刺さってしまった。
「うあああああああっ!!」
悲鳴を上げながらも白いドラゴン――フロリーナは炎を吐くのをやめなかった。
やがてアイスゴーレムの身体はひと塊を残すのみとなり、周囲には逃げられそうな氷塊も無い。
「ロ、ロックさん、今です……っ! は、はやく……お願い……っ!」
必死で痛みに耐えるその声に、俺は矢のように飛び出していた。
「カーネ頼むぞ! 今度こそケリをつけてやる!」
「ええ、25000ゴールド入ったわよ!」
身体に力がみなぎるのを感じながら、俺は全力で跳躍して剣を抜き、柄を逆に構えて剣を真下に向けて叫ぶ。
「カネ返せやボケがああぁぁぁっ!!
とっとと失せやがれええええぇぇぇーーーーーっ!!」
逃げ場を失った赤い光の部分を、俺の剣が貫き通した。
その途端、ガラスが砕けたような高い音が響き渡ると、白いドラゴンを固めていた氷は一瞬にして水に戻り、そして二度と動き出すことは無かった。
炎の余熱で立ちこめる水蒸気をかき分け進むと、そこには地面に両膝を付いたまま、脇腹から血を流すフロリーナがいた。
「おい、しっかりしろ!」
倒れ込んできた彼女の身体を抱き止め、俺は急いでマーネを呼ぶ。
「すぐに手当てしないとまずいぞ! マーネ、回復魔法くらい使えるよな!?」
傷口を手で押さえながらマーネに言うと、彼女も余計なことは言わずにこくりと頷く。
「2000ゴールドよ」
「わかった持ってけ!」
俺が即答すると財布が少し軽くなり、マーネはフロリーナの脇に近付き、傷口に手をかざす。
「治癒!」
その効果はてきめんで、すぐに出血が止まり傷痕が塞がっていく。
破れた布地の向こうに見える肌には、痕さえ残っていなかった。
「はあ、無事で良かったぜ……心臓に悪いな、ったく」
その場に座り込んでため息をつく俺を、マーネは腕を組んだまま黙って見てくる。
「なんだよ、じっとこっち見て。文句でもあんのか?」
「あんたが治癒魔法の支払いを少しでも渋ったら、魔法で丸焦げにしてやろうと思ったんだけど……残念ね」
「お前の目には俺がそういう風に見えてんのか?」
「……別に」
言うなりそっぽを向いてしまったマーネだが、その表情は機嫌が悪い感じでは無かった。ひとまずコイツのことは放っておくとして、俺はフロリーナの方に顔を向けた。
「おかげでヤツを倒せたよ。ありがとうなフロリーナ」
「はっ、はいっ! お役に立てて良かったですっ」
褒められたことがよほど嬉しかったのか、フロリーナは顔を赤くして落ち着きなく視線を泳がせている。
「ただまあ、あんまり無茶はしてくれるなよ。目の前で女に怪我されると色々困る」
「ううっ、次から気を付けますぅ」
「あ、別に怒ってるわけじゃないからな。とにかく自分は大事にしろってことだ」
「はいっ、わかりました!」
フロリーナは目をキラキラ輝かせてコクコクと頷く。
こうしてみると竜の化身というより人懐こい小型犬のようにも思える。
そしてもう一方の犬――ではなく狼女のエミリアは、だだっ広い空間の奥をじっと見ていた。
「どうしたエミリア?」
「あっちに穴がある。最初に来た時には無かったはずだが」
彼女が見ている方に目をやると、確かに氷の壁の一部が崩れたのか、見覚えのない穴が開いていた。
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