第三十三話 氷結洞のアイスゴーレム
メルカトルの街から東に位置する港町。
北東から南南東にかけて弧を描く海岸沿いのこの町から、貸し切った船で半日ほど。湾に囲まれた穏やかな海に浮かぶ孤島に俺たちは上陸した。
この島は地元の漁師からは神聖な場所とされていて、島の周囲は水温が低く、そのおかげで独特の海流が発生し多様な魚が獲れるのだという。
島に人が暮らしている様子はなく、中心にそびえる山とその周囲を囲む森が広がっているばかりだった。
森の奥に伸びる小道を十五分ほど進むと、斜面になった場所に洞窟の入口があった。穴の中からはひんやりした冷気が漂っており、奥の方を覗き込むと壁が凍り付いている部分も見えた。
「よし、ここが目的の氷結洞だな。行くぞ!」
俺とエミリア、そしてフロリーナは持ってきた防寒着を身に纏い、氷結洞へと足を踏み入れた。洞窟の内部は思ったよりも広く歩きやすくはあったが、天井から床に至るまでの全てが氷に覆われていて、時間が止まったかのように静まり返っている。
「……さっむ!!」
氷結という名は伊達ではなく、足を踏み入れてからほどなく、文字通りの凍り付きそうな寒さが襲い掛かって来た。防寒着を身に付けていても堪える寒さに耐えかね、俺は念のために持ってきていたカイロを出して懐に入れる。
同じ物をエミリアとフロリーナに渡すと、とても喜ばれた。
「うぅ、ありがとうございますぅ……私、寒いのが苦手で」
フロリーナはカイロを握って指先を温めてから、防寒着の内ポケットにそれをしまってブルブル震えている。
「私は寒さには強い方だが……この冷たさは普通じゃないな」
エミリアはいつも通りの真顔だが、寒さのせいで綺麗な顔なのに鼻水を垂らしている。
いいからハナをかめ。
エミリアにティッシュを渡してから、俺は防寒着の胸元から顔を出しているカーネに目を落とす。
「そっちは大丈夫か? 苦しかったりしたら言えよ」
カーネも普段の黄金の服ではなく、厚手の防寒着に変わっている。
いつものように傍を飛んでもらってもいいのだが、カーネの身体は羽根が光っているせいかほんのりと温かいので、こうして服の中に入ってもらっている。
本人もなぜか喜んでいるので、結果オーライというヤツだ。
「うふふ。ここ温かいし、ずっとこうして居たいわ」
「そんなの動くのに邪魔だろーが。今回だけだぞ」
「はーい、残念ね」
そうはいいつつニコニコしているカーネを胸元に入れたまま、俺たちは洞窟の奥を目指した。氷結洞は奥へ進めば進むほど現実離れしたような光景になっていき、やがて全てが氷で出来た世界へと変貌してしまった。
天井からは透明で巨大な氷柱が垂れ下がり、足元の分厚い氷の中には見たこともない生き物が閉じ込められたままになっている。そしてらせん状に続く空間を下り続けると、洞窟とは思えない広い空間に出た。
天井からは無数の氷柱が垂れ下がり、所々に大きな氷の塊が飛び出している
氷結洞は寒さのせいか魔物が住み着いておらず、拍子抜けするほどすんなりとこの場所まで辿り着くことが出来た。こういう場合、誘い込まれたというパターンも往々にしてよくある事なのだ。
「なーんか怪しい雰囲気だな……」
俺がそう呟いた直後、轟音と共に足元が大きく揺れ始めた。
「じ、地震か!?」
揺れは思いのほか激しく、立っているのも一苦労なほどだ。
転ばないようにと踏ん張っていると、頭上からミシミシ、ビキビキと嫌な音が響いてくる。そして案の定、揺れで亀裂の入った氷柱があちこちに降り注ぎはじめた。
「うわっ、危ねえッ!!」
咄嗟に真上を見上げると、まさに俺たちの頭上に氷柱が落ちてくる直前であり、俺は隣にいたフロリーナの手を引いて横に飛ぶ。
――ガシャン! ガシャン!
次々に床にぶつかっては砕け散る氷柱の音を聞きながら、俺は凍り付いた地面の上で仰向けにひっくり返って滑っていた。
胸元にはカーネが入っているので、横っ飛びと同時に身体をひねって背中から落ちるようにしたのだ。我ながら器用な方だとは思う。
俺の隣では両手を伸ばしてずっこけたようなポーズでフロリーナも滑っている。
顔を上げて元いた場所の方を見ると、エミリアは身軽なフットワークで落下する氷柱を避けている。どうやら足元が凍っている程度では苦にならない様子である。
「……ん?」
ひとしきり氷柱が降り注いだ後、俺は妙な違和感を覚えた。
揺れは小さくなっているのに、天井から飛び出しているいくつかの氷の塊は、依然として小刻みに震え、小さな亀裂が周囲に広がり続けている。そして破裂音と共に細かい氷の飛沫が飛び散ると、大きな氷の塊が天井から次々に落っこちて来たのだ。
あちこちに落下した氷の塊の総量はなかなかのもので、広々としていた空間の見通しが悪くなってしまう。だが、本当の異変はこの後に現れた。
――ゴゴゴゴゴゴ!!
床に転がった氷の塊はひとりでに振動し始め、やがて互いに引き寄せられるように集まりくっ付いていく。
無数の氷塊が繋がったそれは、体高だけで五メートルほどもある巨大な胴体から両手両足が伸びたような形となり、その場に立ち上がって俺たちの方を向いていた。
「こいつが氷結洞の主ってヤツか……?」
俺がそう呟くと、氷塊で出来た不細工な人形のようなそれは、右拳に当たる部位を俺の方に向けて来た。
「――やべえっ!?」
全力で嫌な予感を感じた俺は、慌てて起き上がり走り出す。
直後、突き出された拳の一部が勢いよく発射され、俺がいた場所に直撃して砕け散った。
「くそっ、なんなんだよコイツは! カーネ、なんか分からないか!?」
走りながらそう尋ねると、カーネは俺の顔を見上げて答える。
「あれはアイスゴーレムよ。魔術で動く人形なんだけど、これは氷で身体が出来てるのね」
「見たまんまだな。で、耐久力はどんなもんだ?」
「ええと……25000ってところ」
「だーっ! 岩だの氷だの硬い奴ばっかだなコノヤロー!」
こんな氷の塊ごときに俺の大事なカネが溶けていくのは納得いかないが、素直に先へ通してくれそうな気配はゼロだ。それにいきなり襲いかかってきたからには、相応の報いを受けてもらうことにしよう。
「よしカーネ、25000持ってけ! こんな奴とっとと片付けて先へ進むぞ」
「はぁーい。25000ゴールド入りまぁーす」
カーネが両手を掲げると、例によって財布が軽くなるという嫌な感覚と共に力が漲ってくる。
後はデカブツに一撃を叩き込むだけだが、俺の位置からだとやや遠く、そのまま突っ込むとまた氷の塊を飛ばして来るかも知れない。
「エミリア! 少しでいいからそいつの気を引いてくれ!」
「わかった」
ちょうど俺の左斜め前、アイスゴーレムの横で身構えているエミリアはこくりと頷き動き出す。
その速さと跳躍力はさすがの一言で、人間には到底不可能な動きでアイスゴーレムを翻弄し、アイスゴーレムが振り回した腕に飛び乗ると、そのまま走ってアイスゴーレムの背中に取り付いた。
「ふんっ――!!」
エミリアは一瞬で両手を獣のそれに変化させ、ナイフのように尖った爪をゴーレムの背中に突き立てる。
爪は氷で出来た胴体を容易く貫いたが、ゴーレムが痛みなどで動じる様子は見られない。ならばとエミリアは立て続けに爪を刺し、ザクザクと背中に大穴を掘ってしまう。
「……!」
さすがにエミリアの存在が邪魔と感じたのか、アイスゴーレムは身体を大きく揺り動かして振り落とそうとする。やがて勢い余ったアイスゴーレムは前のめりに傾き、地面に頭突きをするような格好で倒れ込んだ。
「ロック、今だ!」
「おうっ! 食らいやがれッ!」
エミリアの合図で俺は一気に飛び出し、腰の剣を抜いてアイスゴーレムの胴体に斬りかかった。
――ザシュッ!!
手ごたえ十分。巨大な氷塊の身体は真っ二つに割れ、放たれた斬撃の衝撃波が一直線に伸びて床を抉っている。
「へっ、どんなもんよ。そんじゃ先を急ご――」
そう言いかけた矢先、突如としてアイスゴーレムの残骸が動き始めた。
それは小刻みに振動してバラバラの氷塊になったかと思うと、周囲に散らばった氷柱の破片などを集め、より巨大で鋭利な形状をした姿になって立ち上がってきたのだ。
「は……? え? ちょっと待て、ちゃんと倒したはずだぞ!?」
アイスゴーレムは槍のようになった右腕を振り上げ、俺を串刺しにしようと突きを放ってきた。
「どわあっ!?」
とっさに走って避けはしたが、右腕が刺さった床には深い穴が開いてしまっている。
「冗談じゃねえっ、どうなってんだ一体!?
25000ゴールドで倒せるんじゃないのかよ!!」
走りながら俺が叫ぶと、カーネはじっとアイスゴーレムの方を見つめながら言う。
「……ゴーレムは魔術で作られた人形なんだけど、それを動かしている魔力の核があるの。それを壊さない限り、何度でも立ち上がってきちゃうみたい」
「そういうのは早く言ええええぇぇぇッ!!
お、俺の25000ゴールドがドブに!!!!」
走りながら号泣したい気分だったが、アイスゴーレムはその場に両手を付き、背中を押し上げるような格好をした。するとその背中から無数の鋭い氷柱が上に向かって伸び始め、アイスゴーレムが身を震わせた次の瞬間、氷柱が矢のように放たれて周囲に降り注ぐ。
「ぎゃーーーっ!?」
「きゃあああっ!!」
俺とフロリーナは頭を抱えて逃げ惑い、そこら辺をネズミのように駆け回る。
エミリアは戦い慣れしているせいなのか、冷静に落ちてくる氷柱を避け、時には拳や蹴りでそれらを叩き落している。
「くっ、こんなもん連発されたら身が持たねえ。
なあ、アイスゴーレムの核ってどこにあるんだよ!」
俺は再びカーネに尋ねるが、彼女の表情は冴えない。
パッと見た限りでは、目の前のアイスゴーレムはどこもかしこも氷の塊なだけで、魔力の核らしきものが無い。
「えっと、それが……人間の目には見えないように、光を曲げて隠れてるみたいなの」
「……は?」
アイスゴーレムの身体のどこかにあるという、目に見えない魔力の核。
そいつを見つけろというのは、当てずっぽうの数撃ちゃ当たる作戦でもかなりの無理がある。
「どーしろってんだそんなもん!
攻撃が当たる前に財布が空になっちまうわいッ!」
元からカーネの能力は連発するのに向いていないうえ、今回は金額もかなりの高額だ。残金のことを考えても、もはや一度たりとも無駄撃ちしたくない。
しかし弱点を正確に狙うには、どうにかして魔力の核の居場所を知らなくてはならない。
「ええい、こういう時はマーネの出番だな! おーい出てこい!」
腰の袋をバシバシ叩くと、露骨に不機嫌そうな顔をした銀の妖精マーネが出てきた。
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