第三十二話 カーネの子守唄
その後、街の施設をあらかた見て回った俺たちはギルドの宿へ戻り、夕食のため酒場のテーブルを囲んでいた。
「ヒトって色々なものを作れちゃうんですねぇ。
こーんな大きな街まで作っちゃうなんて凄いです。それに美味しい食べ物も!」
子供向けのディナーセットに冷えたフルーツジュースとパフェを前に、フロリーナはニコニコしている。ちょっとしたトラブルはあったが、人間社会はお気に召したようだ。
「同感だ。人の数にはうんざりするが、食べ物が美味いのはいい」
頷きながら、フロリーナの隣に座るエミリアも、皿に並んだ肉の串を真顔で手に取ってはムシャムシャと食い続けている。向き合って座る俺は肉と野菜の炒め物プレートにコーヒー、そのすぐ横でフルーツの盛り合わせをカーネとマーネの姉妹が仲良く口に運んでいる。
(そしてこいつらの食費は全て俺が出しているという不条理……!)
ヴィクターからもらった財宝があるとはいえ、毎日1000ゴールド単位で飲み食いされてはすぐに破産だ。
そうなる前に、エミリアとフロリーナの二人には『自分の食い扶持は自分で稼ぐ』という大原則を覚えてもらわねばならない。
というか覚えさせる絶対に。
密かにそう決意しつつコーヒーを口にしていると、妹のマーネと雑談に興じていたカーネが俺の方を向き、尋ねてきた。
「ねえロック、聞いてもいいかしら」
「ん?」
「ロックはどうして冒険者になったの?」
小首を傾げて見つめてくるカーネに、俺はフッとキザな笑いをして見せる。
「決まってんだろ、俺の魂がスリルとロマンを求めているからさ。
てか、冒険者を名乗ってる奴なんて大抵そんなもんだぞ」
見知らぬ遺跡やダンジョンへの挑戦、恐ろしいモンスターとの戦い。
冒険者は命の危険と隣り合わせなだけに、この感覚を味わってしまうと抜け出すことは難しい。そして得られる名声や富も、普通の仕事とは比較にならない。
そういう意味ではギャンブルに近い性質の仕事とも言えるだろう。
「それじゃあ、おカネが好きな理由は?」
「カネなんかみんな好きだろ」
即答する俺に向かって、呆れ顔でジッと睨んできたのはマーネの方だ。
「あのねえ、お姉さまはそんなこと聞いてるんじゃないわよ。
あんたがカネに執着するようになった理由とか生い立ちとか、
そういうのがあるでしょ」
「ん……まあ、そりゃな」
「なんか歯切れが悪いわね。もしかして人に言えないような話なの?」
「別にそんなことはないぞ」
「じゃあ答えなさいよ。よく考えたら私たち、カネにセコくてスケベだってこと以外、あんたのこと全然知らないし」
「おい余計な一言を付け加えんなッ!」
フロリーナの前でも平然と言い放つマーネの神経はむしろ感心するくらいだが、思い返してみれば自分の話などした覚えは確かにない。
「俺の話なんて全然面白くないと思うぞ。そんなもん聞いてどうするんだ」
「あんたねえ……」
少しイラっとした様子のマーネをなだめ、カーネが俺をじっと見つめてくる。
「それでもいいの。私、ロックのこともっと知りたいわ」
「う……」
こう真っ直ぐに見つめられては、これ以上ゴネるとこっちが悪者みたいになってしまう。
「はぁ、仕方ねえな。もう一度言うが、全然面白くない話だから期待すんなよ」
そう前置きして、俺は自分の身の上を語ってやることにした。
俺は田舎の山村に生まれた。
特に他と変わることもなく、沢で魚を取ったり山で虫を取ったりして遊ぶ、普通のガキンチョだったと思う。
そうして平凡に過ごしていた俺の生活が変わったのは十歳の時だった。
父さんが仕事の失敗で借金を作り、返済のために無理な働き方をしなくちゃならなくなった。それから二年後、働きづめの父さんは身体を壊し、病気であっけなく死んでしまった。
母さんも父さんが死んだショックもあり、半年後には後を追うように身体を壊して死んでしまった。
家は借金のカタに取り上げられ、十二歳で世間に放り出された俺は、生きるためにあちこちで住み込みで働きながら、各地を転々として暮らしていた。
そんな生活を続けていたある日、とある金持ちの屋敷で雑用をしている時だった。
なにやら失敗をしたらしい厳つい大男が、まるで正反対の小柄で非力そうな爺さんに杖で何度もぶたれ、ただ黙ってじっと耐えているだけという光景を見た。
体格も筋力も上のはずの大男が、年齢以外に勝ることの無い老人に反撃はおろか、口答えすることも出来ない。
その後も俺は、色々な爺さんの姿を見た。
いつも高価な服を着て、大勢の使用人を雇い、毎日豪華な食事を食い、孫娘のような年の美女を常に侍らせ、時に癇癪を起こし召使いたちに暴力を振るう。
それだけ好き放題をしていても、誰も爺さんには逆らわない。
爺さんにはその全てが許されていた。なぜか?
その時俺はハッキリと理解した。
コキ使われる俺たちと爺さんの違いは?
そう。爺さんは莫大な財産を持ち、それを好きなように使うことが出来る。そのカネこそが爺さんに自由と力を与え、他人への理不尽さえも容認させてしまう。
つまり――カネとは全てを支配する力そのものなのだ、と。
虐げられず自由でいるためには、多くのカネを稼ぎ使う側に立たねばならない。
その日から俺は日銭の中からコツコツと貯金しては、読み書きや計算の本を買って勉強し、同時に剣の扱いも訓練した。
それから五年、十八歳になった俺はメルカトルの街を訪れ、冒険者ギルドの登録試験を受け無事に合格した。
だが駆け出しの冒険者に回ってくる仕事などたかが知れていて、下積みとして小銭を稼ぎながらさらに五年、ようやく俺の耳に一獲千金の話が飛び込んできたのだ。
「――で、意気揚々と魔神ゴルドーの遺跡に乗り込んでこの有様ってわけだ」
右腕の金の腕輪を指しながら、そこで俺の話は終わった。
エミリアとフロリーナ、そしてカーネは目を丸く見開いたまま俺をじっと見ていたが、マーネだけは複雑な感情が混じった顔をして言った。
「えっと……子供の頃に両親が亡くなったってのは気の毒だけど、
なんていうか……結構しょーもない話だったわね」
「おう、まったくだ」
身も蓋もないコメントではあったが、ハッキリ言って俺も否定する要素が全くないので、同意以外になんの感情も湧いてこない。
久々に長話をして疲れた俺を、カーネは少し悲しそうな目で見てくる。
(だからこの話をするのが嫌だったんだよ)
そんなことを考えていたのが伝わったのか、カーネはテーブルに置いた俺の手にそっと触れてくる。
「ロックはご両親が亡くなってから、ずっとひとりぼっちだったの?」
「ん、ああ。そういうことになんのかね。
正直、生きていくのに必死でそんなの考えてる暇も無かったぜ。
働いてりゃいろんな人間と関わったり喋ったりするし、
勉強や特訓で忙しかったからなぁ」
「そう……」
「言っとくがな、こんなの別に珍しくもなんともねーから。
それこそ親に売られて奴隷になったとか、俺より悲惨な生活してる奴らなんて大勢見てきたからな。無事に冒険者になれただけでもずっと幸運な方だよ」
そう語った俺に対して、特に親に可愛がられていたであろうフロリーナは言葉が出ない様子だった。しばらく気まずい沈黙が続いてしまったが、カーネはいつもの笑顔を俺に向けて言った。
「今は私たちがいるから寂しくないわよね、うふふ」
あっけらかんとしたその言葉に俺は少し面食らってしまったが、変に同情されるよりはずっといい。
「おかげさまで退屈しないぜ、本当にな」
俺も釣られて笑みを浮かべると、フロリーナやエミリアも安心したように表情が明るくなる。この場にいる俺以外の全員が、普通の人間でなくとも真っ直ぐな心根の連中ばかりなのは奇跡かも知れない。
そう思っていると、フロリーナが神妙な顔つきで右手をバッと挙げた。
「あ、あの、私っ! みなさんともっと仲良くなって分かり合えたらいいなって思ってますから、その……わ、私に出来ることがあれば、なんでも言ってくださいね。こ、これからもいっぱいお世話になると思うので……!」
それはフロリーナなりの、精一杯の歩み寄りなのだろう。
慣れない環境と大人たちの中でちゃんとこう言えるのは立派だと、素直にそう思った。
「私も護衛という立場ではあるが、ロックには色々と世話になったからな。
頼み事があればいつでも言ってくれ」
エミリアも青い瞳で真っ直ぐに俺を見つめ、そう言ってくれた。
肉の串を食いながらだが。
「とりあえずフロリーナの事は目を離さないように頼むぜ、同室なんだし」
「ああ、分かっている」
余談だがフロリーナが寝泊まりするのはエミリアと同じ部屋だ。
俺の部屋と違ってエミリアの部屋は広さに余裕があり、ベッドもふたつあることから他の選択肢は最初から無かった。
というかフロリーナが俺の部屋で寝泊まりなどしようものなら、あっというまに兵隊さんに連れて行かれ、鉄格子の向こうで壁とお友達になってしまうことだろう。
もちろん俺が。
「とりあえずロック、お姉さまは当然だけど、エミリアやフロリーナにいやらしい目を向けるんじゃないわよ。そんなことしたら炎魔法でボロボロにしてやるからね」
フルーツを食べ終えたマーネは、相変わらずの調子である。
「だからお前は俺をなんだと……」
「見境なしのスケベ男以外にあり得ないでしょ」
「おいッ!!」
俺のツッコミなどどこ吹く風で、腹が満たされて満足したのかマーネは銀の腕輪の中に戻って行ってしまった。
その後、夕食を終えた俺たちはそれぞれの部屋に戻ったが、着替えてベッドに横たわる顔の隣で、カーネがうつ伏せに寝そべって両肘を突きながら、じっと俺を見つめて来た。
「……近いぞ。じっと見られたら気になるだろーが」
「今日はロックが眠るまで、ここで見ててあげる」
「いや気になって寝れんと……まあいいや」
こうなるとカーネも結構粘ってくるので、もう彼女の好きにさせる方が楽だと俺も学習している。部屋の明かりを消してしばらくすると、暗闇に目が慣れてきた。
窓からは月明かりも差し込んできて、暗闇で淡く光るカーネの姿がより神秘的に浮かび上がっている。
「……」
「ロック、もう寝ちゃった?」
「そんなすぐに眠れんっての」
俺が横目で答えると、カーネはくすくすと笑う。
「じゃあよく眠れるように、ヒツジを数えてあげるわね。
ヒツジが一匹、ヒツジが二匹――」
「いやいや、余計気になるからそういうの」
俺が待ったをかけると、カーネは少し考えて俺に聞いてくる。
「じゃあ子守唄はどうかしら?」
「ま、まあ歌くらいなら……」
カーネの歌には少し興味が湧いたので、それを頼んでみることにした。
しばしの沈黙の後、カーネは歌い出す。
鼻歌程度なら普段も聞くことはあったが、ちゃんと歌うカーネの声は優しげで、とても心地が良い響きだった。
子守唄の内容は、どこか遠く美しい故郷の風景を想う内容のものだった。
「……初めて聞く歌だな、それ」
「私も不思議だけど、この歌だけは覚えてるの」
「そっか。きっと妖精になる前に知ってた歌なんだろうな」
「どうだった? 私、ちゃんと歌えてたかしら」
「ああ、上手いもんだ。才能あるぜ」
「ふふっ、褒められちゃった。じゃあもう少し歌ってあげる」
月明かりに濡れた部屋に響く歌声は、母親が子供を寝かしつける時のような優しさがあった。しばらくその声に耳を傾けているうちに、俺は少しずつまどろみ始める。
その中で俺は、無意識に言葉を口に出していた。
「カーネって……綺麗な……声……」
それ以上は上手く舌も回らず、俺の意識は眠りの底へ引き込まれていく。
「おやすみなさい、ロック」
その時、優しい声と一緒に頬に温かいものが触れた気がした。
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