第三十一話 竜の娘フロリーナ
火山登頂 結果報告
所持金 112170ゴールド
消費
登頂準備費 2000ゴールド(往復交通費、食材3日分など)
カーネ・マーネの人間サイズ変身費用
500×2人分=1000ゴールド
延長料 1000×2人分=2000ゴールド
魔法:地獄の疾風 2000ゴールド
計 2000+3000+2000=7000ゴールド
差引 112170-7000=105170ゴールド
収入 なし
現在の所持金 105170ゴールド
無事に下山した俺たちは一度、メルカトルの街へ帰還した。
次の目的地は孤島の氷結洞という低温環境で、火山とはまるで別の準備をしなければならない。それに連絡船の手配なども含め、一週間ほど自由な時間が出来た。
となれば当然、人間の街がほぼ初めてという人狼女のエミリアと竜の娘フロリーナを連れて、街を見学して回る流れとなった。
「わああああ! こんなに人や物がいっぱい……凄いですっ!」
多くの人が行き交う商店街の通りで、フロリーナは子供のようにはしゃいで瞳を輝かせている。
実際まだ子供なのだが。
一方のエミリアは街並みや人の多さには特に反応を示さないが、肉や魚を焼いている屋台を見るとフラフラとそっちに吸い寄せられていくので、その度に首根っこを掴んで引き剥がさなくてはならなかった。
いいからよだれを拭け。
「ったく、しょうがねえな。ホレ買って来たぞ」
俺は屋台で購入したアイスクリームをフロリーナに、焼いた肉の串をエミリアに渡し、小さくカットして楊枝に刺してもらったモモを、両肩に座っているマーネとカーネに渡した。
(なんだこの絵面は……)
そう呟く俺の前で、エミリアは一瞬で肉を頬張り真顔でもぐもぐと咀嚼。
フロリーナは冷たくて甘い菓子に感動したのか、ちびちびと舐めては小走りでその辺をうろちょろしている。
「こんなに甘くて美味しいおやつ初めてです!
ロックさん、ありがとうごいますぅ!」
その正体が見上げるほどの巨体を誇る竜だとは思えないほど、フロリーナは可憐な少女そのものである。彼女を見ていると、世の父親はこんな気分なのかと思ってしまう。
「おいフロリーナ、そんなに走り回ると危ないぞ」
「す、すみませぇん。でも私、すごく楽しくて……!」
「まあ、あの火山じゃ娯楽も少なそうだしな」
「はいっ。お母様や大人の方々から人間の世界のことは聞いていました。
でも、実際に見るのとでは全然違ってて……!」
目に映るすべてが新鮮なようで、彼女の興味は尽きることがない。
迷子にさえならなければ、余計な口を挟むのも野暮だろうかと思っていたその時だった。
「きゃっ!」
小走りで動き回っていたフロリーナは、正面からやってきた他人にぶつかってしまった。
それは黒い革のパンツに上半身裸でサスペンダー、顔には大きな傷があり赤いモヒカン頭という、今時こんな奴がいるのかとツッコミたくなるような、いかにも悪党でございと言わんばかりの大男だった。
その両隣りには似たような格好の取り巻きが二人いて、天下の往来を横並びで歩いていたようだ。こんな奴らが道を塞ぐように歩いていたら、よそ見をしていたフロリーナがぶつかってしまうのも必然と言える。
「おうコラァ嬢ちゃん!
オメーのアイスクリームで俺のズボンが汚れちまったじゃねえかよお!」
大男が歪んだ顔つきで指した脚には、確かにフロリーナが持っていたアイスクリームがべっとり付着してしまっている。
「あ、あわわわ……すす、すみませぇぇぇぇん!」
フロリーナは青い顔をしてペコペコと謝っているが、その反応を見た三人組は揃っていやらしい笑みを浮かべた。
「このズボンはアニキのお気に入りだったんだぜえ。どうしてくれるんだコラァ!」
「他人のモン汚したらよお、弁償するのがスジってもんだよなあ!」
と、左右の取り巻きも顔を斜めにして眉と口を歪ませ、お決まりの脅し文句を言う。
(まだこんなセコいカツアゲするヤツが存在すんのか……
てめーらで道塞いでイチャモン付けるのが手口らしいな)
俺は心の中で呟きため息をつくが、当のフロリーナはこうした事態にまったく慣れていないらしく、身体がすくみ震えてしまっている。
「ごごご、ごめんなさいぃぃぃ!
わた、私、お小遣いこれしかなくってぇ……!」
震える手でフロリーナがポーチから出したのは50ゴールドである。
これは万が一はぐれた時、冒険者ギルド前まで送り届けてくれる馬車の運賃用に俺が渡しておいたものだ。
「あぁん!? これっぽっちで足りると思ってんのかお嬢ちゃんよお!
俺のズボンはブランド品で1000ゴールドすんだよなあ!」
オーガのような顔でスゴむ大男に「嘘つけ」と心の中で思ったが、これも連中の定番の手口だろう。
「これじゃ話になんねーなオォン!? どうやって誠意見せてくれんだオウ!!」
あまりにもお約束過ぎる追込みのやりかたにちょっと笑いが出て来てしまったが、そこで取り巻きの二人がニタニタと笑いながらフロリーナを眺めて言った。
「へっへっへ、こいつまだガキだけど上玉ですぜ」
「もうちっと育てばいい女になるぜコイツぁ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の隣にいたエミリアが猛獣のような険しい表情を見せて前に出ようとしたが、俺がそれを手で制止する。
「落ち着け、手を出すのはまだだ」
「グルルル……!」
今にもゴロツキどもに嚙みつきそうなエミリアを押さえて様子を見ていると、大男がずいっと前に出てフロリーナに詰め寄る。
「弁償するカネがねーんならよお、身体で払ってもらうしかねえなぁお嬢ちゃん。
オウお前ら!」
「ひっ……!」
すっかり青ざめたフロリーナの左右から、合図を受けた手下のチンピラ二人が迫る。そして右側の一人が彼女の細い腕を掴んだその瞬間――
「い、いやーーーーっ!!」
フロリーナは悲鳴を上げ、自分の腕を掴んだチンピラを逆に片手でブン投げてしまった。地面と水平に吹っ飛んで行ったチンピラは、近くの小屋の壁をぶち破って突っ込み、そして出てこなかった。
「これは……」
フロリーナの怪力を見て、ようやくエミリアはハッとなって普段の表情に戻る。
「だから待てって言ったんだよ。見た目は小さくてもドラゴンだぞフロリーナは。
あんな奴らに負けるわけねーんだって」
仲間をやられ唖然としていたモヒカンの大男ともう一人のチンピラは、その光景を見てもフロリーナの強さが理解できていないらしく、こめかみに血管を浮き上がらせて怒鳴る。
「なにしやがんだテメェ!
こりゃあ弁償だけじゃなく治療費も貰わねえと割りが合わねえぜ。
とっ捕まえて売り飛ばしてやる!」
大男の耳障りな声が聞こえた瞬間、俺はすぐ隣に浮かんでいるカーネに声をかける。
「カーネ、あの大男の耐久力は?」
「えっと、320ってとこかしら」
俺は素早く財布から300ゴールドを出し、カーネに渡す。
「これで頼む」
「はぁい。300ゴールド入りまーす」
カーネが両手を掲げると、硬貨が光の粒となり金の腕輪に吸い込まれていく。
俺は真っ直ぐモヒカンの大男に近付き声をかけた。
「おい、こっち見ろゴミクソ」
「あぁん!? 誰だテメー!!」
――ズドン!
その瞬間、俺のボディブローが大男の腹部にめり込んだ。
300ゴールド分の重みを添えて。
「おごおおぉぉぉぉぉっ!?」
モヒカンの大男は身体をくの字に曲げ、そのままドサッと地面に倒れ込む。
内臓と横隔膜を圧迫されて呼吸が出来ず、大男は魚みたいに口をパクパクさせ、地面でもがいている。
「軽いお仕置き程度で済ませようかと思ってたが、ライン越えたなお前ら。
覚悟は出来てんだろうな!」
仲間をブン投げられ、親玉を一撃で沈められた残りのチンピラは、ヒィヒィ言いながら走り去って行ってしまった。
「これに懲りる知能があったら、二度とナメた真似すんじゃねーぞ」
白目を剥いて痙攣する大男の耳元でそう囁いてから、俺はフロリーナの方を見る。ケガをしたり服が乱れたりはしていないが、よほど怖かったのか今にも泣き出しそうな顔をしている。
「悪かったよフロリーナ。もっと早く助けに入れば良かったな」
「ううっ、ぐすん……怖かったですぅ」
「世の中には、こいつらみたいな悪党も多いから気を付けるんだぞ」
「あうぅ、ご迷惑をおかけしましたぁ」
正体がドラゴンとはいえ、心は年若い少女だという事を忘れてはいけない。
今後の接し方を心に刻み、俺は地面に落ちてしまったアイスクリームに目をやる。
「向こうで新しいアイスクリーム買ってやるよ。それで勘弁してくれな」
「は、はいっ。ありがとうございますロックさんっ」
すっかり安心したフロリーナは、礼儀正しくぺこりとお辞儀をする。
それから再び屋台がある方向へ歩いていると、なぜか機嫌の良さそうなカーネが話しかけてきた。
「ねえ、さっきのロック格好良かったわよ」
「ああいう連中は口で言っても無駄だからな。力で思い知らせるしかないんだよ」
「でも、急にあんなに怒るなんて思わなかったわ。どうして?」
そう尋ねてくる理由は彼女が妖精だからか、育ちゆえかは分からない。
だが世の中には目を背けたくなるような部分が存在するのも事実だ。
「あの野郎、女子供に向かって売り飛ばすだのぬかしやがって……
人をカネや商品としか思ってないような奴が大嫌いなんだよ俺は」
俺の言葉を聞いたその時、カーネはハッとした表情を浮かべてしばらく黙り、それからなぜか俺の顔に身体をくっつけてきた。
「ロックって、やっぱり……」
「なんだよ急に。恥ずかしいから今はやめろってば」
「ふふっ、ごめんなさい」
するとカーネはふわりと移動し、背中側から俺の肩に掴まって、ずっと俺の顔を見つめてきた。
やがて食べ物が売っている屋台の通りに辿り着くと、俺は新しいアイスクリームと、ずっと物欲しそうにしていたエミリアの新しい焼肉の串を買ってやり、街の案内を再開するのだった。
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