第三十話 古龍エルリスとその娘
「これでいいか?」
「ええ、間違いないようです。
ようやくこの三つの宝を揃える人間が現れたのですね」
金と銀の腕輪、点かずのランタンを確かめたエルリスは感慨深そうに目を閉じ、そしてゆっくり見開いた瞳に俺の姿を映す。
「そんなに珍しい事なのか?
てか、この金の腕輪って呪いのアイテムじゃないのかよ」
「その腕輪を身に付けた者は過去に何人か居ます。
ですが、いずれもヴィクターとの邂逅を果たせぬまま命を落としました。
点かずのランタンを託され私の元を訪れた人間は、あなたが初めてです」
「そ、そうだったのか」
「では最初に……点かずのランタンに火を灯す方法を伝えます。心して聞きなさい」
エルリスと名乗った白いドラゴンはゆっくりと頭を上げ、そして心地よく響く声で言った。
「人間の街メルカトルの北西に、死の砂漠と呼ばれる不毛の地が広がっています。
その死の砂漠を越えた先に潜む『黄金竜ゴルドラ』を殺しなさい。
黄金竜の魂によってのみ、点かずのランタンは火を灯すのです」
旋律のような口調で語られる物騒な話と、聞き覚えのある名前に俺はしばらく言葉が出なかった。
「そいつは穏やかじゃないな……黄金竜といえば俺も名前は聞いたことあるぜ。
身体が黄金で出来ててウロコ一枚で家が建つとかいう、
歩くおたからみたいなドラゴンだろ?」
「そうです。黄金竜を殺し、その魂を奪い取った者にこそ黄金郷への道は開かれます」
「しかしいいのかよ。
黄金竜を殺すとなったら、あんたのお仲間から苦情が出て来ないか?」
同族を殺された獣や魔物が怒りに任せて暴れ回るというのは、珍しい話ではない。ましてドラゴンのような強力な種族に狙われでもしたら、人間などひとたまりもないだろう。
「黄金竜は確かにドラゴンではありますが、私たちとは似て非なる物……
例えるならヒトとサル、あるいは人間とゴブリンのようなものだと思ってください。姿形が近くとも、あれはまったくの別物なのです」
ハッキリとそう告げたエルリスの態度からして、遠慮は無用という事らしい。
「ふーん、なるほどねぇ。一億ゴールド稼ぐのに、いつかウロコを剥いでやろうとは思ってたけど、ここでその名前を聞くとはな……しかし黄金郷に黄金竜、それに金の腕輪か。とんだ黄金尽くしだぜ」
繋がり始めた黄金の道筋に俺は興奮が止まらなかったが、そんな心を見透かしたようにエルリスは言った。
「黄金竜に挑むには死の砂漠を越える必要がありますが、あそこには止むことの無い砂嵐が吹き荒れ、普通の方法では決して通り抜けることが出来ないようになっています」
「じゃあどうすればいい?
黄金竜を倒せって言うからには、なにか方法があるんだろ?」
「ええ、もちろんです。冒険者ロックよ、こちらへ」
促されて俺が前に出ると、白い巨石のようなドラゴンは腹の下から真っ赤な宝玉を出してきた。その透き通る内側では炎が燃えているかのように光が揺らめき、一定のリズムでドクンドクンと脈動を繰り返している。
「これは『竜の心臓』と呼ばれる宝……
我ら竜の一族の力を、長い年月をかけ集め作り上げたものです」
「なんかドクドク動いてんだけどコレ、実はあんたの心臓でしたとか言うんじゃないだろうな」
「ふふ、大丈夫です。これはそう見えるだけで、本物の心臓ではありませんよ」
「な、ならいいんだけど」
俺は手を伸ばし、エルリスが差し出してきた赤い宝玉を受け取る。
「こいつがあれば、死の砂漠も通り抜けられるのか?」
「いいえ、それだけでは力を発揮することは出来ません。その宝玉と対になるもうひとつの宝と合わさった時、死の砂漠を越えられるようになるでしょう。あなたはそれも手に入れる必要があります」
「なるほどね、そうトントン拍子に話は進まないか。
で、そっちのおたからの場所は?」
「メルカトル湾に浮かぶ孤島……
そこに氷結洞という、全てが凍り付いた洞窟があります。
その最奥に向かい、氷結洞の主に竜の心臓を見せなさい」
「火山の次は氷の洞窟ね。温度差で風邪ひきそうだぜ」
俺が赤い宝玉をバックパックに仕舞い込むと、それを見ていたエルリスは目を閉じ、ふーっと息を吐く。
「ようやく……古い盟約を果たすことが出来ました。
あなたには腕力や勇敢さとも違う、不思議な運命のようなものを感じます」
ゆっくり目を開き、大きなルビーのような瞳で俺をじっと見つめながら、白い巨竜は微笑んでいるような気がした。
「へっ、運命だのなんだのガラじゃねーよ。俺はただの財宝好きの冒険者さ」
「……あなたならば、私のもうひとつの宝を託しても良さそうですね」
そう言うとエルリスは首を垂直に伸ばし、空に向かって高い鳴き声を発した。
しばらくすると切り立った岩の向こうから、見覚えのあるドラゴンが翼を開いて飛来し、エルリスの隣に着地した。
ついさっき戦って気絶させた、子供だという白いドラゴンだ。
「この子は私の娘。名をフロリーナと言います。先ほどはあなた方の力を試すために相手をさせたのですが、見事にやられてしまいましたね」
子供のドラゴンはたんこぶの出来た頭を気にしながら、しょんぼりと頭を下げている。
「我らドラゴンの一族は、数が増えるのがとても遅い種族です。
この千年の間にも、我々の仲間はずいぶんと減ってしまいました。
このままでは遅かれ、我らドラゴンは地上から姿を消すことになるでしょう」
「あんたらみたいな強い存在にも、色々悩みがあるんだな」
「ええ。ですが私はこの子に、滅びゆく種族と運命を共にさせたくはありません。世界を知り、自分の未来を選び取って欲しいのです。そこで冒険者ロック、あなたにお願いがあります。この子を……フロリーナをしばらく預かってはくれませんか」
「……えっ」
突然雲行きが怪しくなってきた話に、俺はマヌケな声を出してしまった。
「いや預かるったって、こんなデカいドラゴン連れて歩けるわけないだろ」
「それは大丈夫です。古来より竜と人が交わってきた話は多くあります。
我々も例外ではありません」
エルリスが身体から柔らかな光を放つと、彼女の娘であるというドラゴンがどんどん小さくなり、やがて一人の少女の姿になってしまった。
肩に届くくらいの、やや内向きの癖がある淡い青色の髪に、紫の大きく丸い瞳が特徴的な可憐な少女である。身長は百五十センチ程で、年齢は人間で言えば十四、十五歳くらいに見える。周囲に咲く青い花と同じ色の、スカートが短めなワンピースを身に付け、膝上丈の白いタイツに小さな靴を履いている。
その姿は渓谷の池で見た後ろ姿の少女と同じで、目の前で変身した所を目撃してもなお、これがドラゴンとは信じられないくらいだ。
「さあフロリーナ、挨拶なさい」
エルリスに言われ、人間の少女の姿となったドラゴンの娘は俺の前に出て、深々と頭を下げてお辞儀をした。
「あっ、あああ、あの……! フ、フロリーナと申しますぅ!
その、先程の戦いではご迷惑? お世話に? なりまして……
よ、よろしくお願いしますぅぅぅぅ!」
フロリーナはあがり症なのか、落ち着きのない声を出してぷるぷると小さく震えている。彼女の声も母親譲りで、透き通るような美しい響きがある。
「しばらくの間、この子に人間の世界を学ばせてやってください。
小さくともドラゴンの一族、いざという時にはお役に立てるはずです」
「えっ、いや、俺はまだ預かるとは一言も……」
「心配には及びません。今はまだ成長途中ですが、いずれは他の女性に見劣りしない身体つきとなるでしょう。あなたが気に入ったのなら、この子を娶ってくれても良いのですよ」
「ぶはっ!?」
いきなりの爆弾発言に俺は盛大にむせてしまった。
フロリーナは顔を真っ赤にしてもじもじとしており、そして俺の隣ではじっと話を聞いていたカーネが、いつもと変わらない笑顔でニコニコと笑っている。
だが、その変わらなさが逆に無言のプレッシャーを俺に与えてくるのだ。
「言うに事欠いてなんつーこと口走ってんだッ!
娘の結婚相手を親が勝手に指名してんじゃねえッ!」
そう叫ぶ俺の言葉にも、エルリスはくすくすと笑うばかりだ。
「あなたの周りには美しい娘たちが集まっていますね。
つまり、それだけの甲斐性があるということ。
命にも等しい娘を託すのなら、優秀な殿方にと思う親心も分かって頂けるかと」
「本人の意思が抜け落ちてんじゃねーかバカモノ!
あと俺はまだ、嫁を貰うつもりなんぞねーからな!」
「ええ、それで構いません。私はただ、娘が広い世界を知り、我ら一族の新たな未来を見出して欲しいだけ……どうか、お願いできませんか」
そう言ってエルリスは、人間の俺に対し静かに頭を下げてくる。
ドラゴンの巣、その頂上に住まう古龍にここまでされてしまっては、下手に断ると彼女に恥をかかせたことになってしまう。
「……あーもう、わーったよ。ただし娶るだのなんだのは本人に決めさせろよ。
俺はドラゴンの未来まで面倒見きれんからな!」
「ありがとうロック。死の砂漠を越える時には、娘がお役に立てるでしょう。
ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いします。」
大きな目を細めて微笑むエルリスの隣で、フロリーナが両手を重ねてぺこりとお辞儀をする。
「み、皆さんよろしくお願いしますぅぅぅっ!」
急にドッと疲れが出てアゴを突き出す俺の前に、カーネがふわりと飛んでくる。
「こないだから思ってたんだけど、ロックって実は……」
言いかけて、なぜかカーネは口をつぐんでしまう。
「実は……なんだよ」
「ううん、なんでもない。でも私たち、仲間が増えて賑やかになってきたわね」
「妖精二人に人狼のエミリア、今度は竜の娘フロリーナってか。
どうなってんだこの組み合わせは」
大きくため息をついた俺の肩に座り、カーネは微笑みながら俺の顔をじっと見つめてきた。
「ロックには私たちみたいな存在を惹き寄せる、不思議な力があるのかもしれないわね」
「おかげで破産の恐怖が付きまとってるけどな」
今後を考えると頭痛がしてきたが、そのほんの一瞬。
前を向いて寂しそうな目をしながらカーネは呟いた。
「ねえロック……私のこと、忘れちゃイヤよ」
それは気のせいだったのか目の錯覚だったのか、気付いた時には彼女の表情はいつも通りの笑顔に戻っていた。
「なに言ってんだよ。俺とカーネは一心同体みたいになっちまってるんだから、忘れろったって忘れられるかよ」
「うふふ、そうね」
その後はすっかりいつもの調子に戻ったカーネと仲間、そしてエルリスから預かったドラゴンの娘フロリーナを連れ、俺たちは下山した。
その間、カーネはずっと俺の左肩に座って離れなかったので肩が凝った。
登場人物、用語解説
古龍エルリス
火山の頂上に住まう白く巨大なドラゴン
性格は温厚だが気軽に会えるような存在ではない
古龍というのは種族の名前であり、本人はまだ若い方
人間換算で30代半ばくらい
人と竜が交流することについては容認派で、
彼女も若い頃にはときめきに身を焦がしたとかなんとか




