第二十九話 火山の頂へ
「……!!」
幸運にも水たまりは思った以上に深く、俺の全身が沈むくらいの深さがあった。
俺は胸元を気にしながら、とにかく息が続く限り水中に沈んでいた。
それから数十秒、さすがに限界を感じて浮上すると、水面に出る前に首根っこを掴まれて引き上げられた。
「ロック、大丈夫か!」
俺を水の中から出してくれたのはエミリアだった。
ドラゴンの炎はすでに消え、エミリアは俺から離れた場所に立っていたおかげで、炎に巻き込まれなかったようだ。
「げほっ、げほっ! ぺっぺっ……! くそ、えらい目に遭ったぜ……!」
口に入った水を吐いてそう呟くと同時に、俺はすぐに服の胸元を開く。
「おいカーネ、大丈夫か!?」
もしかしたら水のせいで溺れていないかと肝が冷えたが、服の中から抜け出してきたカーネはけろりとした表情をしている。
「はぁ、驚いちゃったわ……」
「なんか意外と余裕そうだな。まあ無事でなによりだ」
そう言ってため息をつく俺の顔を覗き込み、カーネは何故かとても嬉しそうな顔をしている。
「なんでニヤニヤしてるんだよ」
「だって……私のこと守ろうとしてくれたんでしょ?」
「そりゃお前、目の前で黒焦げになられたら寝覚めが悪いだろーが」
「……ふふっ」
そう言ってカーネは俺の顔にくっついてきたが、そこでふとあることを思い出す。
「いやちょっと待て。確かカーネって、俺が死ぬか1億ゴールド払うまで離れられないんだったよな」
「ええ、そうよ」
「それって、お前自身の身体はどうなんだよ。
例えばさっき火を避けるのが間に合わなかったとしたら、だ」
カーネは口元に人差し指を当てて考える仕草をした後、少し申し訳なさそうな顔をする。
「私は金の腕輪に括られた存在。この身体が傷付いて消滅したとしても、
ロックが無事ならすぐに復活できるわ」
「……は?」
ここで重要なのはカーネがすぐ復活することではない。
その復活のためのエネルギーをどこから持ってきているかが問題なのだ。
「ま、まさか……カーネがその姿で表に出てこられるのって、俺の……」
「そう。少しだけロックの命を分けてもらってるの。黙っててごめんなさい」
しばしの沈黙。そして俺は全力で叫んでやった。
「うおおおーーーーーいっ!!
お前は俺の命を使って活動してたんかーーーーいっ!?
おいちょっと待て、もうどんだけ使ってんだ!!
年単位で寿命が縮んでるとかじゃねーだろうな!?」
目を見開いてぐっと顔を近付ける俺に対し、カーネはそっと頬に触れてくる。
「心配しなくても大丈夫。私の活動に必要な生命力はほんの少しだから、
普通の生活をしていれば寿命が縮むことは無いわ」
「……嘘だったら粘着質に恨むからなマジで」
「本当よ。信じて」
じっと俺の目を見つめてくるカーネの目には、どこか寂しさが浮かんでいる。
とりあえず寿命を吸い取られているわけではないと分かったので、この話については手打ちにしてやろう。
「わーったよ、信じてやる。これ以上ヘンな隠し事は無いだろうな?」
「うん、話してなかったことはこれで全部だから」
結果的に俺の行動はあまり意味が無かったが、こういうのは気分の問題もある。
後で復活するからといって、カーネが傷つくのを黙って見ているというのはラインを越えている気がする人として。
「はあ、やれやれ……しかしそういうことか。
だから宿主のいないマーネはたまにしか顔を出せなかったんだな」
「ええ、そういうことね」
「ちなみに、マーネの銀の腕輪を俺が身に付けたらどうなるんだ?」
「ごく限られた場合を除いて、それは無理よ。
私とマーネはお互いの力が干渉して弾かれちゃうのよ」
「ふーん、なんか磁石みたいだな。てか、その限られた場合ってなんだ?」
「詳しいことは私にも分からないの。
時が来たら自然と理解できるみたいなんだけど」
「お前たち姉妹の記憶が無いことといい、どうにも曖昧な部分が多いな。
本当になんなんだこの腕輪は」
やたらと制約やら条件の多いこの腕輪に関しては、単なる呪物というより、誰かが何らかの意図をもって作り出した道具のような気がしてならない。
だが、今はそれをじっくり考えている状況ではなかった。
「っと、それよりドラゴンはどうなってるんだ」
重要なことを思い出して俺が周囲を見回すと、地面を転がっていたドラゴンがようやく起き上がってこっちに目を向けている所だった。
ドラゴンは相変わらず道を塞ぎ、そして手出しはしてこない。
「しかし困った。この分だと同じ手は通じないだろうし……面倒くせえなあもう」
なんとなく俺はドラゴンから視線を外し、周囲の景色に目をやる。
そして目に入ったのは、ドラゴンが立っている場所の近くに切り立った高い岩があり、その先端が細長く伸びていた。
「むむっ……これは使える予感」
アイデアを閃いた俺はパチンと指を鳴らし、腰の袋に入っている銀の腕輪をポンポンと叩く。
「おいマーネ、出番だぞ」
呼ばれて出てきたマーネは、かなり気まずそうな表情で視線を逸らしている。
「なんだその顔は。昨日のアレをまだ気にしてんのか?」
「う、うるっさいわね! 忘れようとしてるんだから黙ってなさいよ!」
一気に顔を赤くして、マーネは噛みつかんばかりに言い放ってくる。
暇な時ならもう少しからかってみたいが、今はそれどころではない。
俺は例の岩を指してマーネに言う。
「あの岩をこう、スパッといい具合に切って落っことせるか?」
「当然よ。あの硬さを切断する魔法なら、2000ゴールドってとこね」
「くっ、岩のくせに高いなチクショウ。ほれ持って行きやがれ!」
俺が支払いを許可すると、マーネは2000ゴールドを魔力に変えて呪文を唱える。
「地獄の疾風!」
マーネの声が響くと突如として周囲に突風が吹き荒れ、魔力で作られた弧を描く刃が無数に出現する。それらはひとつに集まって巨大なギロチンのようになり、細長い岩めがけて一直線に飛んでいく。
そしてニンジンを刃物で切るが如く、そびえ立つ岩をいとも簡単に切断してしまった。細長い岩の先端はぐらりと傾き、真下にいるドラゴンの頭めがけて横倒しに落下していった。
――ごちーん!
ドラゴンの脳天に細長い岩が直撃。
岩はそのまま砕け散り、ドラゴンは目を回しながらズシンと音を立てて倒れ込んでしまった。
「おっ、上手く行ったぞ! ところでコレ死んでないよな?」
俺が恐る恐るドラゴンに近付いてみると、頭にたんこぶを作って気絶しているだけで、ちゃんと呼吸はしている。時間が経てばそのうち目を覚ますに違いないだろう。俺は周囲を見回してみるが、他のドラゴンが集まってくる様子は見られなかった。
「よし、今のうちにさっさと通り抜けちまうか。その前に……」
俺は念のため、手持ちの傷薬をドラゴンの頭のたんこぶに塗ってやり、それから先を急いだ。
子供ドラゴンを退けた俺たちが辿り着いた山頂は、鋭い岩に囲まれた広い空間だった。近くに火口があるようだが、ここは少し手前に位置する場所らしい。そこは背の低い青い花が一面に生え、その中心に白く巨大な岩が鎮座している。
岩は見上げるほどに巨大で、幅も見える範囲だけで直径三十メートルほどはありそうだ。だが、それ以外の物は見当たらず、ドラゴンらしき生き物も見当たらない。
「おかしいな。ここが山頂で間違いないはずなんだけど」
奇妙に思いつつ、俺が中心の岩に触れてみると、それは見た目に似つかわしくない弾力と温かさがあった。
「おわっ!? これは……!?」
岩だと思っていたのは、巨大な生き物の身体だった。
それは身震いするように動き出すと、岩のように見える表面にいくつもの分かれ目が現れ、小さく畳んでいた首や翼を伸ばした。
「で、でけえ……!!」
それは挑む気すら一瞬で失わせるほどの巨体で横たわるドラゴンであった。
さっき戦った子供らしきドラゴンと比べても、身体は二回り以上も大きく、その佇まいには言いようのない威厳を感じさせるものだった。
ドラゴンはその巨体に似合わぬ澄んだ音の声を発してから、ゆっくりと頭を動かして俺の方をじっと見てきた。
「……ああ、よく来ましたね人の子よ。
あなたが来ることはヴィクターから聞いています」
その声は想像とは違った、穏やかで優しげなものだった。
「私の名はエルリス。人間の言葉を喋るのも久しぶりなので、
上手く舌が回らないかもしれませんが気にしないでください」
「あ、いや。ドラゴンが俺なんかにわざわざ丁寧に挨拶してくれるとは驚いたよ」
生物の頂点とも呼ばれるドラゴンがこんな態度で接してくるとは思わず、俺は逆に面食らってしまった。
「あなたは私の子をむやみに傷付けることなく、ここへ辿り着きました。
ヴィクターの言う通り、情け深い人間のようですね」
「俺は無意味な戦いだの殺しだのは嫌いなんだよ。
興味があるのはおたからの方なんでね」
「ふふ。では、そういう事にしておきましょうか」
「で、ここに来れば俺が目指すべき道を教えてくれるとか聞いたんだが?」
「それでは証となる三つの品を、一度私に見せてください。
金と銀の腕輪、点かずのランタンを」
白いドラゴンに言われ、俺は銀の腕輪と点かずのランタンを足元に置き、右腕に嵌まった金の腕輪を突き出して見せた。
アイテム解説
金の腕輪
触れたが最後、自分が死ぬか1億ゴールド稼ぐまで外せなくなる呪いのアイテム
腕輪に宿る妖精カーネによって、ゴールドを攻撃力に変換する能力を得られる
カーネは傷ついても腕輪の主が無事であれば復活が可能
また腕輪の装着者が金の腕輪やカーネを傷付けることは出来ず、
そのダメージは本人の生命力を削ってしまう
能力が干渉してしまうため銀の腕輪と同時に身に付ける事は出来ないが、
例外があるらしい。その条件は不明




