第二十八話 コドモドラゴン
「ねえロック、そんなに怒らないで」
荷物を背負って岩山を登る俺の周りをチョロチョロと飛び回りながら、カーネが言う。一方の俺はと言うと、ムカっ腹が立って沸騰寸前の状態であった。
「やっかましいわ! あんなしょーもない事で3000ゴールドも消費しやがって!」
「だって……」
「だってじゃねえッ! また勝手に俺のカネを使ったら、向こう一週間は口きいてやらねーからな!」
「はーい、ごめんなさい」
しょんぼりするカーネと怒りが収まらない俺を見て、隣を歩くエミリアはずっと戸惑った顔をしている。
「あ、あの……すまなかったロック」
「なにが?」
「いや、お前が不機嫌なのは私に原因があるわけで……
そのせいで二人の仲が険悪になるというのは良くないから、その……」
どうやら彼女なりに責任は感じているようで、困り顔でチラチラとこっちの顔色を窺ってくる。その姿は、飼い主の機嫌が悪い時の犬のようである。
「ふんっ、別にエミリアのせいじゃねーよ。この妖精姉妹はカネの重みについてイマイチ理解が足りてないようだから、どのみちガツンと言ってやる必要はあったんだ」
この件を考えているとそれだけでムカムカしてくるので、俺は鼻息を荒げつつ、無心で山を登ることに集中した。
火山は登れば登るほどに空気が薄くなり、それでいて近くを流れるマグマの川のせいでかなり暑い。山の側面を反対側に回り込む登山道をさらに進んでいくと、高さが五十メートルくらいはありそうな切り立った渓谷に出た。
渓谷の中央部には雨水が溜まっており、ちょっとした池のようになっている。
その先には、山頂へ続く坂道が続いているのが見える。
「ふう、向こうに続く坂道を越えたら、山頂までもう少しってとこだろうな」
そう言いつつ前へ進むと、池のような水たまりの中心に人影のようなものが見えた。背は低く、まだ成長しきっていない子供くらいの感じだったが、俺が足元の小石を蹴って音を出してしまうと、その人影はかき消すように居なくなってしまった。
「なんだったんだ今の。お前らも見たよな」
カーネとエミリアがいる方に顔を向けてそう尋ねたが、エミリアは険しい顔つきで前方の空を見上げていた。
「――来る!」
エミリアがそう言った直後、遥か向こうにそびえ立つ岩陰から、巨大な翼を広げた影が飛来し、俺たちめがけて一気に急降下してきた。
「うげっ!? あれは――!?」
見間違えるはずもない。翼長およそ二十メートル、強靭な白い鱗に覆われた巨体、角と牙を無数に生やした恐ろしげな頭。
巨大なかぎ爪の付いた手足と、身体の倍近くはあろうかという長く太い尾。
まさしくドラゴンそのものだった。
「ガアアアアァァァァァッ!!」
数十メートルほど地面を滑ったドラゴンは俺の目の前で止まり、大きく口を開き咆哮した。その声量はすさまじく、鼓膜が破れてしまいそうなほどだ。
両耳を塞いで硬直する俺たちの様子を、ドラゴンは紫水晶のような色の瞳でじっと見てきた。直後、巨大な翼を羽ばたかせ、その場に突風を巻き起こす。
「ぐっ……!」
気を抜けば簡単に吹っ飛ばされてしまいそうな風圧にどうにか耐えていると、ドラゴンはその場で羽ばたきながら垂直に上昇、今度は翼の動きを止めてその場に着地し、大きな振動と共に派手な水飛沫を巻き起こす。
――ザアアァァァァッ!
飛び散った水は一瞬でスコールが発生したように降り注ぎ、俺もエミリアもずぶ濡れになってしまう。
「なあ……アレどうにか出来そうか?」
ドラゴンを指して俺が聞くと、エミリアはブンブンと首を振る。
「無理だと思う……私の力ではドラゴンをどうにか出来るイメージが浮かばない」
これはエミリアの実力どうこうより、単純に体格が違いすぎる。
それは普通の人間である俺だって同じだ。
「それに情けない話だが……ドラゴンを見ていると、この前の火傷を思い出してしまって、うう……」
以前、死者の森で戦ったエミリアとアンデッド軍団を一掃するのに、マーネが『火竜の業火』という、竜の吐く火炎を模した強烈な魔法を使ったことがあったが、それがエミリアにトラウマを植え付けてしまったらしい。
(てことは、やっぱりカーネに頼るしかないのか。
こんなデカブツ、倒すのにどんだけカネが必要か分かったもんじゃないぞ)
どうにか消費を抑え、出来る事ならカネを使わずこの状況を切り抜けたい。
そんなことを考えてはみたが、やっぱり妙案は思いつかなかった。
「グアアアアアアッ!!」
そうしている間にもドラゴンは翼を広げて首を持ち上げたり、のしのしと歩いてぐるりと一周し、また俺たちの方を向いて威嚇すると言った行動を続けている。
「……ん?」
その時、俺はドラゴンの行動に引っ掛かるものを感じていた。
この巨体が行く手を遮った事に驚いて頭が回らなかったが、このドラゴンはさっきから威嚇するばかりで、なぜか直接襲って来ないのだ。
「なんか変だな……って、カーネ?」
カーネは俺の隣でふわふわと浮きつつ、じっとドラゴンを見つめている。
いつものように危機感がないのかと思っていたが、顔つきは真面目でそんなこともない様子だ。
「どうしたカーネ、あのドラゴンになんかあるのか?」
「あ、うん。えっと、なんとなく声が理解できる気がして」
「なんだと? あのドラゴンはなんて言ってんだ」
「帰れー、って。それからがおーっ、て」
「あ、ああ、そう……」
真面目に聞いたのが馬鹿馬鹿しくなる回答ではあったが、そこは深く考えない事にした。実際、ドラゴンは俺たちを先に行かせまいと立ち塞がってはいるが、人間を襲う魔物のようなゾッとする殺気は感じられない。
「かといって、ここでにらめっこしてるわけにも行かないんだよこっちは。
カーネ、とりあえずドラゴンの耐久力を見てくれないか」
「ええ、ちょっと待ってて」
カーネはドラゴンをじっと見つめ、理屈のよく分からん分析を始めたようだが、すぐに顔をこっちに向けて首を振ってきた。
「どうした、もう分かったのか?」
「ううん、そうじゃないの。あのドラゴンは倒さない方がいいわ」
「は? なんで?」
「あの子、まだ子供なのよ。ドラゴンの子供はとても珍しいから、あの子を傷付けたら他の仲間が黙ってないと思う。それこそ、この火山に住むドラゴン全部が敵に回っちゃうかも」
「んなこと言っても、通せんぼされたからってノコノコ引き下がれるかよ。
こっちにも将来のテンボーってもんがあるんだからな」
相手が子供のドラゴンだということで、俺はひとつ試してみる事にした。
前に出て両手を左右に広げ、腰を落とした構えを取る。
ドラゴンは不思議そうに俺を見ているだけなので、ここぞとばかりに身体は正面を向いたまま素早く横へ移動する。
「おいおいドラゴンさんよ、こっちがガラ空きだぜ? 脇が甘いッ!」
「ガウッ!?」
ドラゴンは慌てた様子で、俺と同じよう横にステップして移動し、先へ行かせまいと翼を広げて邪魔をする。
「ほほう……反復横跳びで俺と勝負するつもりかッ!」
「ガウッ!!」
互いの視線がぶつかり合い火花が散る。
そして俺とドラゴンの『無法の反復横跳び一番勝負』が始まった。
「ふんふんふんふんふんッ!」
「ガウガウガウガウガウッ!」
人間の男とドラゴンが向き合って反復横跳びをする異様な光景に、離れて見ているエミリアは「自分はなにを見せられているんだろう」と呟いていたとかいないとか。
「ふっ、その図体で俺の動きについて来るとはやるじゃねーか! だがッ!」
俺がいきなり急停止すると、ドラゴンはその動きについて来れずに勢い余って転倒してしまう。水と土埃を盛大に巻き上げてジタバタともがくドラゴンを見て、俺はニヤリと笑みを浮かべてやった。
その様子を見ていたカーネも、俺の隣でパチパチと手を叩いている。
「わあ、やったわねロック。こんな方法で転ばせちゃうなんて凄いわ」
「あれだけ図体がデカいと、起き上がるのもひと苦労だろ。
大人と張り合うにはまだ経験が足りねーな、だーっはっはっは!」
勝利を確信し高笑いをしつつ、俺がドラゴンの横を通り抜けようとしたその時だった。ドラゴンは地面に転がったまま顔をこっちに向け、口を大きく開いて大きく息を吸い込み始めた。
「……はっ!? やべえっ!!」
息を吸い込むという事は、次に取る行動はひとつ。
そして目の前のデカブツはドラゴン。
そこから導き出される結論はもちろん――
――ゴオオオォォォォォッ!!
ドラゴンは喉の奥から、強烈な火炎を吐き出してきた。
「ぎゃーーーーーっ!?」
猛然と迫ってくる炎に背を向け、全速力で俺は走り出す。
だが炎の勢いは凄まじく、すぐに俺の背後まで迫って来る。
「きゃあっ!?」
その時、少し後ろで悲鳴が聞こえた。
走りながら顔だけを向けると、俺に付いて飛んでいるカーネが炎に巻かれる寸前であった。
「カーネっ!!」
俺は手を伸ばしてカーネを捕まえると、服の胸元を開けて押し込む。
「危ねえからここに隠れてろ! うおおおおおーーーーーーっ!!」
俺は全力で走り続けたが、無意味にそうしたわけではない。
やっとの思いで辿り着いた水たまりに向かい、胸元をかばいつつ一気に飛び込んだ。
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