第三十七話 死の砂漠を越えて
メルカトルの街の遥か北西。
丸二日ほどかけてひたすら進んだ先に、死の砂漠は広がっている。
この土地は年中砂嵐が吹き荒れ、まともな生物が暮らしていけるような環境ではない。おかげで調査が全く進んでおらず、砂漠の全容や砂嵐の中がどうなっているのか、今日に至るまでろくな情報が無いというのが実情である。
「しかしこれはまた……思った以上にどうしようもないな」
砂漠の入り口に立ち、俺は砂嵐が吹き荒れる砂漠を眺めて呟いた。
離れた場所からでも舞い上がる砂煙でまったく向こう側が見えず、強風と共に砂が渦巻き続けている。
「よし、さっそくこいつらの出番だぜ」
俺は両手にそれぞれ竜の心臓、氷結の瞳という宝玉を持ち、それを砂漠に向け頭上に掲げる。
すると竜の心臓は赤い光を、氷結の瞳は青白い光をそれぞれ発し、二つの光が交わり合うと、そこから大量の霧が止めどなく生じ、砂嵐の方へと流れていく。
霧が砂嵐と交わると、水を含んだ砂は地に落ちていき、砂塵で塞がれていた視界が明るくなっていく。気付けば吹き荒れていた強風も止み、そこは本来の姿であろう静かな砂の大地があった。
「おお、凄いな。これならなんとか渡れそうだ」
遥か砂漠の向こうには、空高くまでそびえる岩山が見える。
ただし徒歩で向かうにはかなりの距離がありそうだったが、そこで前に出たのはフロリーナだった。
「私が皆さんを乗せて砂漠を越えます。お母様にもそうしなさいって言われたので」
そう言うと彼女の身体に稲光が生じ、次の瞬間には大きな白いドラゴンの姿になっていた。フロリーナは足を畳んで姿勢を低くすると、首をこっちに向けて背中へ登るように目配せをしてきた。
「なるほど、こりゃ楽チンでいいぜ」
俺が先にドラゴンの背中に登るのを見届けてから、エミリアもひょいとジャンプして背中に降り立つ。
こういう身軽さはさすがに人狼といった所だ。
「準備オッケーだ。行ってくれフロリーナ」
「はいっ!」
白いドラゴンはそっと立ち上がり、大きな翼を広げて羽ばたかせ空に舞い上がる。俺たちは死の砂漠と呼ばれた土地を眼下に眺めながら、砂の大地を進んでいった。
「……ん?」
空を飛んでからおよそ十五分ほど、おおよそ砂漠の半分ほどを進んだ頃、延々と続く砂の向こうに俺は奇妙な影を見た。それは次第に数を増やし、どんどん近付いて来る。それは生き物ではなく、四角い人工物のようだった。
俺たちがその上空まで差し掛かると、物陰の正体が判明した。
「これは……建物の跡だな」
大半が崩れ、あるいは基礎のみになっていたりはするが、それはかつて人が暮らしていたであろう大きな街の痕跡だった。ただ、そこは砂に埋もれた石の瓦礫があるばかりで、俺が望むおたからが眠っているようには見えない。
ただ、それでも長きに渡り人間の侵入を拒み続けてきた砂嵐の向こうに古い街が見つかったというのは、大きなニュースになるだろう。
「こんな場所に街があったなんて聞いたこともなかったな。
こういうの、歴史学者なら喜ぶんだろうけど」
大きな街の中には、身分の高い人間が暮らしていたであろう宮殿の柱や土台の跡もある。細かく調査すれば珍しい遺産が見つかるかもしれないが、今の目的はあくまでこの先だ。
俺たちは名も知らぬ古い街の跡を飛び越え、砂漠の向こう側へと向かった。
死の砂漠を通過した俺たちの前には、天を衝くような岩山がそびえ立っていた。
その周囲は気流が乱れ、おまけに激しい雷雲が立ち込めているせいでフロリーナの背中に乗ったまま飛び続けることは不可能だった。
「聞いてた通り、これまた険しい山だな。
ドラゴンってのは山だの岩だのが好きなのか?」
俺が尋ねると、フロリーナはこくりと頷く。
「ドラゴンは空を統べる種族ですから、本当は山が好きというより高い場所が好みなんです」
「なるほど、よく考えりゃその方が飛んだりするのが楽だもんな」
「はい。例外もあって、海とか森とか、地底が好きなドラゴンもいるそうですよ」
ドラゴンの豆知識を授かった所で、俺は岩山の頂上を見上げてため息をつく。
「例によって黄金竜も高い所に居るんだろうが、登るの大変そうだなここも」
うんざりしつつも、ここで躊躇っている場合ではない。
黄金竜を倒して金のウロコを頂き、その魂で点かずのランタンに火を灯し黄金郷への道を開く。
俺を待っているバラ色の未来のため、俺は足を踏み出すのだった。
登山は想像以上に厳しく、大変だった。
足元は石がゴロゴロして歩きにくく、山の天気は急に変わる。
突如として激しい雷雨に見舞われ、通り道が流れの激しい川のようになって大量の水が押し寄せてくる。
岩壁の所々にある窪みで雨風を凌ぎながら進むこと半日。
もうじき頂上だろうと言う高さまで登った時、一瞬にして周囲が真っ白い霧に包まれた。実際にはそれは霧ではなく、風に流されてきた雲の一部だったが、数歩先がもう見えない程に視界が悪く、急いでエミリアとフロリーナの服を掴む。
「みんな離れるなよ。こんな場所ではぐれたら命取りだ」
足元も良く見えないため、確かめながらゆっくりと進む事しかできない。しばらくそうやっていると、ふいに強い風が吹き抜け、周囲を包み込んでいた雲を吹き流していく。
そして俺たちの眼前に現れたのは、広く平らに開けた場所と、その中央でうずくまる岩のような姿の巨大なドラゴンだった。
体格はフロリーナが変身した姿よりも大きく、火山で見たエルリスをもう少し大きくしたような感じだ。
だが、それよりもあることが気になって俺は眉をひそめた。
「……これが黄金竜なのか?」
確かに目の前でうずくまるドラゴンの見た目は厳つく、立派な体格をしている。
だがその身体は黄金どころか暗い灰色のくすんだ色をしており、まるで風化した岩肌そのものである。
表に出てきたカーネとマーネ、俺の隣に並ぶエミリアとフロリーナ。
全員でじっとドラゴンを見つめていると、その視線に気付いたか、ドラゴンは伏せていた瞳を開いた。
「……」
その瞳は黄金に燃えるような光を秘めていた。
縦長の鋭い瞳孔に俺たちの姿を捉えると、黄金竜と思しき巨大なドラゴンはゆっくりと動き始めた。その巨体が動く度に岩のような表面が剥がれ落ち、バラバラと周囲に音を立てる。
剥がれ落ちる部分の量は次第に多くなり、ドラゴンが翼を大きく広げたその時、全身を覆う岩肌のような部分が全て砕け散り、その下から青黒い体色のウロコに覆われた身体が現れた。
頭から尻尾の先まで二十メートル近くはあり、開いた翼膜の大きさも加わってとてつもない巨体だ。
「見た目が変わった……!? でもやっぱり黄金竜って感じじゃ……」
そう呟いた次の瞬間、巨大な青黒いドラゴンはとてつもない轟音の咆哮を天に放った。
――ゴアアアアアアァァァァァァァッ!!!!
「うわあっ!?」
「きゃああっ!?」
鼓膜どころか脳みそまで潰されそうな凄まじい吠え声に、俺たちはただ耳を塞いで立ちすくむしかなかった。そして青黒いドラゴンは両眼を爛々と輝かせ、無数の牙が生えた大顎を開き突進してきた。
「うげっ、まずいッ!?」
俺とエミリア、フロリーナの三人は散り散りに走り、凄まじい巨体の突進をどうにか躱す。だが青黒いドラゴンは広い空間の端まで行くと素早く方向転換し、今度は弧を描いてジャンプし俺を踏み潰そうとしてきた。
「ぎゃーーーーーっ!?」
山のような巨体が高速で飛んでくる様は悪夢のようであり、間一髪で踏み潰されるのは免れたものの、ドラゴンが着地した衝撃で地面が激しく揺れ、俺は弾き飛ばされてしまった。
ゴツゴツした地面を転がりようやく立ち上がったものの、青黒いドラゴンは前足を振りかざし、刃物のような爪で薙ぎ払ってくる。それも一度や二度ではなく、まるで激しい怒りや狂気に満ちたような荒れ狂い方だ。
「グアアアアアアアーーーーーッ!!」
恐ろしい叫び声を上げながら暴れ続けるドラゴンの気を引こうとエミリアが飛び掛かるが、いち早くその気配に反応したドラゴンはくるりと回転し、その勢いのまま巨大な尻尾を叩き付けた。
「ぐはっ――!?」
避けきれずに尻尾の直撃を食らったエミリアは軽々と吹っ飛び、細かい岩が積み上がった瓦礫の中へ突っ込んだ。
普通の人間なら即死だろうが、さすがに人狼だけあって頑丈なエミリアは、崩れた瓦礫を押しのけて這い出してきた。
「ぐっ……この巨体でなんという速さだ……がは……ッ!」
とはいえダメージは軽くないようで、口から血が出て、足も震えて踏ん張りが効いていない。
「つ、次は私が相手ですっ!」
そう叫んだのは腰が引けているフロリーナだった。
俺が止める間もなくフロリーナは白いドラゴンに変身し、青黒いドラゴンへ立ち向かっていく。彼女の大きさは頭から尻尾までおよそ十五メートルほどで、体格も含めてひと回りは小さい。
それでも果敢に挑み、青黒いドラゴンの首元に噛みついたものの、青黒いドラゴンはそれをものともしないどころか、両腕で白いドラゴンの身体を掴んで持ち上げ、そのまま投げ飛ばしてしまった。
「ガウッ――!?」
岩盤に叩き付けられて白いドラゴンはぐったりしてしまい、立ち上がるのも難しい様子だ。そして残された俺はと言うと、未だに考えあぐねていた。
「くそっ、こいつが黄金竜かどうか分からんのに、ムダ金使うわけには……!」
しかし目の前の凶暴なドラゴンを放置すれば、あっという間に全滅するのは目に見えている。
「あーもう、下手に動きたくなかったのによ!」
俺は腰の鞘から剣を抜き、ドラゴンを見据えたまま叫ぶ。
「カーネ、10000ゴールドだ! 突っついてみりゃ、なにかが変わるかもしれねえ!」
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