第二十六話 火山とゴハン
人狼女のエミリアが護衛として仲間に加わってから数日。
刺客たちの襲撃が起こることもなく、俺は無事に過ごしていた。
エミリアの食費以外は。
さすがに毎回1500ゴールド分もの食事をすることはないが、エミリアが大食らいであることに変わりはない。一気に跳ね上がった食費に頭を抱えつつも、俺は準備を進めていた。
もちろん、メルカトル北東に位置する火山に挑むためだ。
エミリアの主でもある吸血鬼ヴィクターからの伝言によれば、火山の頂に住む古龍に会えば、俺の今後の行き先を教えてもらえるのだという。
しかしながらこの火山はドラゴンの巣窟として有名な魔境であり、普通の人間がおいそれと足を踏み入れて良い場所ではない――というのが世間の共通認識である。
「さてと、俺の方はこんなもんか。そっちはどうだ?」
宿の自室で登山に必要であろう荷物をまとめたバックパックを背負い、俺は同じく準備に勤しんでいるエミリアの方を見る。
「ああ、こちらも準備万端だ」
簡潔にそう答えるエミリアが背負うのは、パンパンに膨らんだ異様にバカでかいバックパックである。しかも隙間からはソーセージやらイモやらの食材がはみ出してしまっている。
「なあ、それって全部食い物か?」
まさかと思って質問すると、エミリアは全力のドヤ顔で頷いて来る。
「もちろんだ。腹が減っては戦はできぬと、人間の言葉にもあるだろう」
「そんなの背負ってるだけで腹が減りそうなんだが……」
彼女の荷物はかなりの重量がありそうだが、当の本人が涼しい顔をしているので、きっと大丈夫なんだろうと思い込むことにした。
「ふふ、なんだかピクニックに行く前みたいね」
と、俺の前に浮かんで能天気に微笑んでいるのは金色の妖精カーネである。
俺の右腕に装着された金の腕輪に宿る彼女は、一人だけで遠くへ行くことは出来ない。そのせいか、俺が遠出をするとなると喜ぶ傾向があるのがだんだん分かって来た。
「あのな、遊びに行くんじゃないんだぞ。ドラゴンなんかいちいち相手にしてたら、命とカネがいくらあっても足りやしねえ。キツい登山になる覚悟はしとけよな」
「平気よ。みんなが一緒なら、どんな怪物が出たって怖くないわ」
それは危機感の無さか、あるいは信頼か。
いつも通りのゆるい言葉で肩の力が抜けたところで、俺たちは火山へ向けて出発することにした。
馬車で揺られること三日、俺たちはようやく天を衝くような火山の前に到着した。広がった裾野には溶岩が流れている場所もあり、植物が少なくゴツゴツした赤い岩が剥き出しになっている場所が多い。
山頂の方を見上げればそこかしこに高く険しい岩が突き出しており、頂上付近は噴き出す火山ガスのせいか、黒い雲のようなものに覆われて良く見えない。
「この雰囲気といい、なにが潜んでるんだか知れたもんじゃないな。
用心しながら進もう」
俺は山頂を見据え、大きな荷物を背負ったエミリアと火山に足を踏み入れた。
赤い岩が剥き出しの登山道は歩きにくく、所々には火山に適応したであろう動物やモンスターの姿を見ることも出来たが、連中は俺たちの姿を見るとすぐに隠れてしまい、登山の障害にはならなかった。
「危険な魔物に襲われるのを覚悟していたのに、意外だな……」
そう呟くエミリアに、俺はアゴで上空をクイと指してそっちを見るように促す。
火山の遥か上の方では、空中で大きな翼を広げた影が無数に旋回している姿が見える。
「ここはドラゴンの縄張りだから、奴らに見つかるのを怖がってるんだろ」
「なるほど……我々には好都合だが」
「こっちも連中に見つかる前に、とっとと先を急ぐぞ」
そうして曲がりくねった山道を進むこと半日、歩き慣れない岩場を進み続けたこともあって、俺の体力は限界が近かった。山頂まではまだ遠く、すでに日も傾き始めている。
これ以上進むのは無理だと判断し、身体を休められる場所が無いか探していると、熱気と卵を腐らせた時のような臭いが、風に混じりわずかに漂ってきた。
「むっ、これは」
目の前の岩を乗り越えてその向こう側を覗くと、そこには地面から湧き出した温泉があった。水の色はやや白っぽく、近くで湯気を吹き出している岩の裂け目は黄色く変色している部分もある。いわゆる硫黄泉というやつだ。
「お、ラッキー。どれどれ湯加減のほどは、っと」
温泉にそっと手を入れてみると、これまた運の良いことに適温といった具合である。水深も浅く、腰を下ろして浸かれる程度の深さだ。
しかもおあつらえ向きに、岩壁からせり出した部分が屋根のようになっている場所が近くにあり、そこなら雨風もしのげそうだ。
「これは決まったな……よし、今日はここでキャンプだ」
俺はエミリアを呼び、今日はここで休むことを伝える。
彼女は漂う硫黄の匂いが少し気になる様子っだったが、人狼の姿でなければ大した影響は無いとのことだった。
「ずいぶん歩いたし、まずは腹ごしらえからにしよう。さすがに俺もヘトヘトだ」
「食事か、それはいい!」
やはりメシとなると目を輝かせるエミリアは、大きな荷物から食材を次々に引っ張り出して調理を始めた――のはいいのだが、野菜の切り方や味付けの方法があまりにもワイルドかつ大雑把すぎたために、イラっとした俺は待ったをかけた。
「こらこらこら、なんなんだその雑が過ぎる食材の扱いは。
お前、ヴィクターにもこんなもん食わせてんのか?」
「いや……ヴィクター様は我々のような食事はあまり必要としない。
私が作る料理は自分で食べるためのものだ」
「考えてみれば、あそこはアンデッドだらけの環境だったもんな。
まともに料理作れる奴の方が少ないか」
「すまない。人間の世界のことは詳しくないんだ」
「わかった、せめてもうちょっとマシな料理の仕方を教えてやるよ」
俺はその場に腰を下ろしてエミリアを手招きし、食材の皮むきや切り方、調理の仕方などを実演してみせる。それを見ているエミリアだけでなく、俺と一緒に付いて回るカーネもなぜか喜んでいた。
「やっぱりロックって野菜の皮むきが上手よね。
ジャガイモの芽もササッとくり抜いちゃうし」
「こんなもん慣れだ慣れ。食材の仕込みなんて下積みの時に嫌というほどやったからな。仕込みが雑だと仕上がりも雑になるんだよ」
「そうね、素敵な考え方だと思うわ」
相変わらずニコニコとしている横でじっと手元に集中しているエミリアを見ると、包丁を手に慣れない力加減でジャガイモの皮むきに挑んでいた。
最初に彼女が調理と称してやっていたのは、皮ごとただ芋を刻んだだけで、皮をむくという発想自体が無さそうな有様だった。
「うう……芋の皮むきとは、こんなに難しいのか……」
ぷるぷると震える手つきで包丁を扱うエミリアだが、彼女はこうした繊細な力加減は苦手のようだ。しばらく様子を見守っていると、勢いあまって指先をナイフで切り出血してしまった。素人にありがちなミスで、傷も大して深くはない。
「痛っ……失敗してしまったな」
「大丈夫か? とりあえずガーゼ持ってくるから」
「いや、必要ない」
エミリアがそう言っているうちに血は止まり、傷口もぴたりとくっついて、何事も無かったかのように元通りになった。
「すげえ、それが人狼の回復力ってやつか。マーネの魔法でも死ななかったわけだ」
「身体の丈夫さと速さが私の自慢だ。
しかし、外の世界ではもっと学ばなくてはダメなんだな」
そう言うと、エミリアは黙々とジャガイモの皮むきに取り組んでいた。
結局、俺が五個の皮むきを終えた頃にエミリアはようやく一個が終わるくらいのペースだったが、初めてなら大体こんなもんである。
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、にんにくの欠片。そしてソーセージなどを刻んで鍋に入れ、水と調味料を合わせて火にかける。
その間、俺は向いた野菜の皮を集めて油を引いたフライパンに入れ、それを火にかけて炒めていた。火が通った野菜の皮からいい匂いが立ち込めた頃、フライパンに皮が浸るくらいの水を入れ、軽く沸騰するまで加熱する。
ちなみに水はあらかじめボトルに入れて持ち込んだものを使っている。
「ロック、それはなにをしているんだ?」
本来、捨てる部位である野菜の皮を煮込んでいる俺を、エミリアとカーネは不思議そうに覗き込んでいる。
「こうすると野菜のダシが取れるんだよ。
食い物ってのは、皮一枚だって無駄にしないもんだ」
フライパンで作ったダシをザルで濾して容器に移すと、少し黄身がかった野菜のダシが出来上がる。ザルに残った野菜のガラはすっかり小さくなり、処分するのも楽で目立つこともない。
一方で多めの湯を沸かしてパスタを茹で、フライパンに潰したソーセージとピーマン、玉ねぎを入れ、あらかじめ作って持ち込んだトマトソースと一緒に混ぜて火を通しソースを作る。
茹で上がったパスタをフライパンに入れ、さっき作った野菜のダシを適度に混ぜ、強火で加熱しながらソースと混ぜ合わせる。それを皿に盛り付けたら、石ころみたいな塊から削った粉チーズをさっと振りかけて完成だ。
「ほれ出来たぞ。有り合わせの適当なパスタと野菜スープだけど、ちゃんと食える味のはずだ」
出来上がった料理を前にしたエミリアは、驚きの表情で料理と俺の顔を交互に見る。
「な、なんていい匂い……同じ食材を使っているのに、こうも違う料理が出来るのか」
料理の香りがエミリアの鼻に届く度、彼女は口の端からよだれを垂らしてはじゅるりとすする音を出す。行儀が悪いからやめなさい。
「わあ、ロックってコックさんみたい。こんな料理が作れちゃうなんて凄いわ」
カーネにもちゃんと小皿でスープとパスタを用意してあるが、やはり感激したような顔でじっと俺を見ている。
そうだ、もっと崇め奉り尊敬するがいいと言いたかったが、ここはぐっと我慢しておく。
「独り立ちするって決めた時に、まともなメシが作れるようには練習しといたからな。これが人間サマの知恵と経験ってもんよ」
「えらいわロック。私、見直しちゃった」
「褒めてもなんも出ねーぞ。んじゃ、冷める前に食っちまおうぜ」
俺はパスタを口に運んで味を確かめてみるが、味付けは成功したようだ。
プロの料理とは言わないまでも、十分に食える味に仕上がっている。
向き合って座っているエミリアは驚いた顔をしながらも、うまいうまいと言いながら料理を口に運んでいる。この食いっぷりに関しては気持ちの良い光景だと言えなくもない。
(……最初だけな)
カーネも小皿に分けたパスタを美味しそうに食べてはいるが、やはり身体のサイズの違いで麺が太いようだ。次は細麺で用意してやるかと考えていると、食事の匂いや話し声に釣られてか、いつのまにかマーネも姿を現していた。
「……いい匂いね。食事なら私も呼びなさいよ」
仲間外れの気分にでもなったのか、マーネは少し拗ねたようにむくれている。しかしこの程度の事は予想できていたので、俺はマーネ用に分けておいた小皿の食事を差し出す。
「ちゃんと人数分作ってあるから心配すんなよ。遠慮せずに食え」
俺に考えを先読みされたのが悔しかったのか、マーネは腕を組んでそっぽを向く。
「べ、別にお腹がすいたから出て来たんじゃないわよ。
あんたが食べろって言うから、仕方なく食べてあげるんだから!」
なかなか見ないお手本のような台詞に、俺は笑いをこらえるのに結構な努力をしなくてはならなかった。
俺が作った料理は好評で、三人とも美味いと言ってくれた。
『美味い飯は明日への活力、けっして《《ゆるがせ》》にしてはならぬ』
とは、俺に料理を教えてくれたシェフの言葉である。
アイテム、素材解説
氷冷石
氷魔法の魔力を込めた石ころ状の道具
軽く衝撃を加えると作動し、ゆっくりと冷気を放ち続ける
長年の研究と改良の結果、効果は4~5日も続く
さらに強い衝撃で砕くと封じ込められた魔力が一気に解放され、
周囲の物を凍り付かせて消滅する
その特性から食材の保存に便利で、一般的に広く利用されている
ロックやエミリアのバックパックにもこれが入れてある




