第二十五話 人狼エミリア
帰り道を歩きながら俺が色々考えていると、腕輪から現れたカーネがフワフワ浮きながら話しかけてきた。
「どうだった? 黄金郷について、なにか分かったかしら?」
「んー、図書館にあったのは絵本だけでなぁ。話のあらましは理解できたけど、
アレだけじゃ伝説の謎を解くなんてのは無理そうだな。
点かずのランタンとか一文字も書かれてなかったし」
「ふうん……色々と難しいのね」
「ま、焦ることないさ。ここん所ずっとドタバタしてたし、たまにはゆっくり
調べものするのも悪くないだろ」
「ふふっ、そうね。そしたら私、またデートに連れて行ってもらおうかしら」
周りをヒラヒラと飛び回り嬉しそうにするカーネに、俺は真顔で即答する。
「それは却下な」
「えーっ、どうして?」
「あのな、デート代2000ゴールドなんて毎度払ってられっか。
そんな生活してんのはそれこそ王様みたいな連中だぞ」
「私、もっとロックと色々遊びに行きたいわ。たまにはいいじゃない、ね?」
「ね? じゃなくてだな。一億ゴールド稼げって言ったのは誰だよ、ったく」
そんな話をしていたら、いつの間にか俺は人通りの少ない路地に入り込んでしまっていた。なぜか胸騒ぎを感じてさっさと通り抜けようとしたその時、俺の行く手を遮るように三人の人影が立ち塞がった。
連中はいずれも頭から全身を覆い隠すローブを身に纏っており、顔すら窺い知ることが出来ない。急いで後ろを振り返ると、やはり逃げ道を塞ぐようにして同じ格好の三人が立っている。
(しまった……!)
思うが早いか、連中は一斉に俺に飛び掛かって来た。
ローブの中から反りのある片刃剣――曲刀――を振りかざし、素早い身のこなしで斬り付けてくる。一人目をなんとか避けても、間髪入れずに二人目、三人目が迫る。しかも連中の動きは単なる素人ではなく、訓練された刺客のそれだった。
俺は腰の剣を抜く余裕もなく避けるのが精一杯だったが、ついに敵の攻撃を捌き切れずに一撃をもらってしまった。
――ザシュッ!
曲刀が俺の左腕をかすめ、袖と一緒に薄皮が裂けて血が流れ出す。
連中が剣に毒を塗っていないことを祈るばかりだったが、それを気にする暇も与えないとばかりに追撃が飛んできた。
「死ねっ!!」
頭からローブを被った刺客の一人がそう声を上げた瞬間、その頭上から音もなく黒い塊が降って来てそいつを踏み潰してしまった。
地面に倒れた刺客を足蹴にその場に立っていたのは、浅黒い肌に引き締まった体形で、真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばした長身の女だった。
背丈は俺と同じ百七十五センチほどの整った顔立ちの美人だが、切れ長の青い瞳は眼光鋭く、固く口を結んで刺客たちを睨みつけている。シャツの上から、一見するとコルセットのような形状に見えるレザーアーマーを纏い、深緑のズボンと膝丈のブーツを履いている。
そして窮屈そうな胸元は深い谷間があり、それはカーネにも引けを取らぬくらいに豊満であった。
「……去れ。でなければ当分足腰が立たなくなると思え」
低く凄みを含んだ彼女の声に、俺は心当たりがあった。
刺客たちは警告を無視して俺の方へ向かって来たが、長身の女は連中をはるかに上回るスピードで動き、素手で殴る、蹴るという攻撃だけであっという間に三人ほどを叩きのめしてしまう。
不利と悟った残りの二人は仲間を置いて、さっさと逃げ出してしまった。
「怪我は大丈夫か? 見せてみろ」
長身の女は俺の方を向き、斬られた左腕の傷に顔を近付けると、何度かすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「運が良かったな。得物に毒は塗られていなかったようだ」
そう言うと彼女は、持っていた包帯を俺の腕に巻いてくれた。
ややぶっきらぼうな印象の女だが、間近で見るその顔に俺はやっぱり心当たりがあった。
「お前……死者の森で戦った人狼女か?」
そう尋ねると、長身の女は相変わらず変化しない表情でじっと俺を見る。
「そうだ。私の名はエミリア。
ヴィクター様の命で、お前の警護をすることになった。よろしく」
手短にそう答える人狼女――エミリアは、感情の読みにくい青い目でじっと俺を見てくる。だが、そこに敵意などは感じられない。
黒焦げだった全身の火傷も、綺麗さっぱり無くなっているようだ。
「詳しいことは後で聞くとして、とにかく助かったよ。
ヴィクターにもまた借りが出来ちまったな」
「冒険者ロック。ヴィクター様からお前宛の伝言を預かっている。
落ち着ける場所で話がしたい」
「ああ、わかったよ。続きは俺の部屋に戻ってからにしようぜ」
俺はエミリアを連れ、急いでその場を離れた。
「――ったく、昼間から堂々と狙ってきやがるとは……えらい目に遭ったぜ」
「ロック大丈夫? あのヘンな人たち、どうしていきなり襲ってきたのかしら」
包帯を巻いた俺の左腕を心配そうに見つめながら、カーネは首を傾げている。
「ふん、俺に刺客を差し向ける理由がある奴なんか一人だけだ。
公爵の野郎……いつか借りをキッチリ返して、ついでに頭の毛も毟ってやる」
「えっと、公爵ってオカネスキーって人だったかしら」
「ゼニンスキーな」
「どうしてあの人がロックを狙うの?」
「俺の腕を試したってトコだろどうせ。
使えない奴だと判断したら、そのまま消すつもりでな。
お偉いさんのよく使う手だぜ」
「そうなの……あのオジサマ悪い人だったのね」
「俺はハナから気に食わなかったけどな」
ベッドに腰掛けながら俺が忌々しげに呟く様子を、人狼女のエミリアは直立不動でじっと見てくる。どうやら俺が話の続きを尋ねるのを、じっと待っている様子だった。
「で、ヴィクターからの伝言を聞かせてもらえるか?」
俺がそう言うと、エミリアはじっと俺を見つめたまま口を開く。
「メルカトルより遥か北東、火山の頂に住む古龍に会えと。
そこへ行けば、お前が目指すべき道を教えてもらえるそうだ」
「北東の火山だって? あそこはドラゴンの巣なんだぞ。
散歩気分で行くような場所じゃないぜ」
俺の言葉にエミリアは反応せず、相変わらずの無表情でじっと俺を見ているだけである。
「預かった伝言は以上だ。この先どうするのかは、お前が自分で決めればいい。
では……」
そう言ってくるりと踵を返し、部屋のドアへ向かうエミリアを俺は呼び止める。
「ちょっと待てよ。あんた俺の警護をするとか言ってたが、
この先もずっと見張ってんのか?」
「そのつもりだが」
「プライバシーはどうなってんだよ、ったく。それとエミリア……だっけ。
どこで寝泊まりしてんだ?」
「……別に決めていない。雨風がしのげれば、私はどこでも眠れる」
「いやそういう問題じゃねーだろ。その見た目で路上暮らしなんかしてたら、
アホほど目立つじゃねーか」
「そうなのか?」
どうやらこの人狼女ことエミリアは、一般常識と自分の容姿についての自覚が大きく欠けているらしい。
「こう言っちゃなんだが、エミリアは俺が今まで見てきた中でもかなり美人の部類だぜ。そんなのが野宿とか、あっという間に変質者どもが群がってくるぞ」
「ならば全員叩きのめせばいい。腕に自信はある」
「だからそうじゃなくて。目立って仕方ねーからどうにかしろって言ってんの」
ここまで説明してもいまいち話を掴み切れていないらしく、エミリアは腕を組んで首を傾げている。
「どうにかしろと言われても、私には人間の知り合いなどいないし、ツテもない。
どうすればいい?」
「はぁ……わかった。まだ空き部屋はあったはずだし、俺が話を付けてやるよ。
一緒に来な」
俺はエミリアを連れてギルドの受付へ顔を出す。久しぶりに見た気がするレオのおやっさんも、相変わらず元気そうだ。
俺はエミリアを紹介し、事情を説明して彼女の部屋を貸してくれるように頼んだ。
当然、彼女が人狼であることは伏せてあるが。
必要な書類にサインをして契約を済ませると、エミリアはその日から宿で寝泊まりできる運びになった。そして彼女の部屋は偶然か、俺の部屋の隣だった。
「よし、これで契約成立だな……って、エミリア?」
受付から振り返った俺がエミリアの方を見ると、彼女はやっぱり直立不動で、じっと酒場の方を見て動かない。
何度か名前を呼んだが反応が無いので、エミリアの視線の先を追ってみる。
そこには、客の冒険者たちが頼んだ山盛りの料理が並ぶテーブルがあった。
――ぐぎゅるるるるぅぅぅぅぅ
その時、盛大な腹の音が鳴った。
もちろん俺のではなく、音の主はエミリアだ。
彼女は血走ったように目を見開いて料理を見つめ、口元からはダラダラとよだれを垂らしていた。
「……もしかしてお前、腹減ってんの?」
そう尋ねると、エミリアはようやく俺の方を見てこくりと頷く。
とりあえずよだれを拭け。
「傷の再生に体力を消耗したし、あれから満足な食事にありつけていなくて……」
「ちなみにカネは?」
その質問に、エミリアはふるふると首を振る。
「食費はロックに任せろと聞いている……」
「ヴィクターのヤツめ……意外とそういう所はちゃっかりしてやがんな」
少しがっくり来てしまったが、命を助けられた手前、彼女を無下にすることも出来ない。
「わーったよ、ひとまず飯にしようぜ。
今日は俺のおごりだから、好きなもん頼みな」
「い、いいのか!?」
その瞬間、これまでずっと仏頂面だったエミリアが、子供のように瞳をキラキラと輝かせていた。
(なんかこいつ、狼というよりデカい犬みたいだな……)
そう思いつつ酒場のテーブルに座り、ウェイトレスのアニーが持って来たメニューをエミリアに渡す。それが失敗の元だったとは、その時の俺には想像もついていなかった。
「――おかわり!」
それが何十回目の宣言だったか、俺にはもう分からなかった。
テーブルを挟んで座るエミリアの前には、空になった料理の皿が山のように積み上がっている。そして当のエミリア本人は、運ばれてきた料理をものの数十秒で平らげては、おかわりを要求――それが延々と繰り返されていたのだ。
すっかり手が止まった俺が厨房の方に目をやると、コックたちが必死な顔をして大量の料理を作っている様子が目に映る。
その原因はもちろん、目の前でひたすら食いまくるこの女だ。
「どんだけ食うんだよお前はッ! 遠慮っつーもんを知らんのか!」
ようやく我に返った俺が叫ぶと、エミリアは眉ひとつ動かすこともなく皿の料理を平らげ、ワインをボトルのままごくごくと一気に飲み干し、ドンと音を立てながらテーブルに置く。
「……ふう。ご馳走様でした」
ハンカチで口元を拭きつつ、エミリアは落ち着いた口調でそう言う。
開いた口が塞がらない俺の横では、小さく切ってもらったオレンジやリンゴを前にしたカーネが、笑顔でぱちぱちと手を叩いていた。
「すごいわね、こんなにたくさん食べられるなんて」
エミリアはカーネに青い目を向け、ぺこりと頭を下げる。
「正直なところ、お腹が空いて死にそうでしたので……感謝しています」
「ふふ、気にしないでいいのよ。ね、ロック」
そう言って俺の方を見るカーネに、俺の頭は沸騰直前であった。
なぜかと言えば、俺の目の前に置いてある伝票にはびっしりと注文の文字が書き込まれ、総額はどんなに少なく見積もっても1500ゴールドは超えていたからだ。
「いや俺のおごりだからなコレ! 一度のメシ代で1500ゴールドて!!」
今後のエンゲル係数を考え、胃がねじ切れそうな気分になりながら俺はテーブルに突っ伏すしかなかった。カーネの隣で行儀よく小分けのフルーツを食べているマーネは、そんな俺に冷たい視線を向けてくる。
「まったくみみっちいわね。たかが1500ゴールドくらい、気前よく払いなさいよ」
「ハイ他人事ですねどーも! お前の金銭感覚はどうなっとるんだッ!!」
おカネの妖精カーネ、魔法の妖精マーネ、そして人狼の女エミリア。
目の前に揃った三人を前に、俺はとうとう限界を迎えてしまった。
「なんで俺の回りには、カネのかかる女ばっかり集まって来るんだよ!!」
その叫びは、酒場の喧騒の中へ虚しく吸い込まれてゆくのだった。
不定期連載中です




