第二十三話 報告
俺は吸血鬼ヴィクターから受け取った『点かずのランタン』を手土産に、城門を出てグレンたちと合流した。連中からは根掘り葉掘り色んなことを聞かれたが、一から十まで説明していては日が暮れてしまう。
俺はただ「仕事は終わった」とだけ伝え、一人でさっさと帰ることにした。
死者の森のアンデッドたちは潮が引いたように姿を消し、来た時とは打って変わってすんなりと外へ出ることが出来た。森の外で待っている馬車の所へ近付くと、御者が青ざめた顔をしており、理由を聞くと彼は馬車の隣に置かれた古い宝箱を指した。
どうやら俺が辿り着くより前、ゾンビの集団がここへやってきて、この箱を置いて何もせず帰って行ったという。
(人を襲わない件といい、ちゃんと約束は守るみたいだなヴィクターは)
そんなことを想いながら俺が箱の前でにやけていると、遅れてグレンたちが森の奥から姿を現わした。俺がここへ着いてから間を置かずに来たという事は、彼らも帰り道で魔物に襲われることは無かったらしい。
俺が宝箱の前でニヤニヤしていると、怪訝に思ったグレンを始め、残りの全員も箱の前に集まって来た。
「おいロック、なにをしているんだ。この箱は?」
「仕事は終わったってさっき言ったろ? その証拠だよ」
そう言って俺が宝箱を開けると、中には目も眩むような財宝がぎっしり詰まっている。この輝きを見るために、俺は冒険者をやっていると言っても過言ではないくらいだ。
「こ、これって……軽く見積もっても30、いえ50万ゴールドくらいはあるわ。
どうしたのこれ?」
アリッサは日光を受けて反射する黄金の輝きを顔に受けながら、目を丸くして俺の方を見ている。
「吸血鬼の隠し持ってた財宝だよ。
奴は俺たちに手を出さず、大人しく財宝を差し出してきた。
これ以上やることなんかないだろ?」
俺がそう言うと、反論する者は誰も居なかった。
「つーわけで、俺の取り分は半分な。残りはアンタらで好きにしなよ」
そう告げると、眉を吊り上げて怒ったのは戦士ガロである。
「おいっ! お前はロクに戦いもしてなかっただろうが!
それで分け前半分よこせとは図々しいにも程があるぞ!」
当然そう来るだろうと思っていたので、この流れは織り込み済みだ。
「じゃあアンタは城の結界を自力でブチ破って、吸血鬼と戦って50万ゴールドを持ち帰る自信があったんだな? 言っとくけどあの吸血鬼、手下の人狼女やアンデッド軍団なんかよりずっと強いぜ」
「うぐっ……!」
悔しそうな顔をして押し黙るガロから視線を移し、グレン、アリッサ、シンシアとそれぞれの顔を見るが、他の連中も返す言葉は出てこないようだ。だが、大金を前にこの程度で人間が納得するはずなど無いと、それは俺が一番よく知っている。
「ついでに、ひとつ教えといてやるが……
その前に、これは誰にも言わない秘密だって約束できるか?」
そう尋ねると、グレンは仲間たちの顔を見回してからこくりと頷く。
「吸血鬼は街の貴族を脅して財産を掠め取ったりなんかしていなかった。
嘘をついてたのはゼニンスキーの方だぜ」
そう告げると、多少は表情に変化がありはしたが、グレンたちの態度は大きく変わることは無かった。
「やっぱり驚かないか。あんたらも薄々分かってたんだろ」
「……長年にわたって吸血鬼は人間に手出しをしてこなかった。
これは紛れもない事実だからな。
吸血鬼が隠れて悪事を働いていたならば、とうの昔にそれが露見していたはずだ」
「じゃあなんでゼニンスキーの依頼を受けたんだよ」
「我々にも色々なしがらみや付き合いがある。
まして公爵の依頼を断るわけにはいかんのだ。身軽なお前と違ってな」
「へえ、有名になるのも大変なんだな」
「……まあいい、取り分の話はこれで納得してやる。
今の話も俺たちは聞いていない。それでいいな」
「オーケー、交渉成立だ。ゼニンスキーへの報告は俺がやっとく。
あんたらじゃ肝心な所を説明できないだろうし」
「ああ、任せた」
話がまとまったところで、俺たちは重い宝箱を馬車に乗せ、我らが拠点メルカトルの街へと戻ることになった。
街へ戻ってすぐ、俺はゼニンスキー公爵の城へ足を踏み入れていた。
今回の件について成否を報告してやらなくてはならないからだ。
謁見の間に招かれ、ほどなくして現れたゼニンスキーは相変わらず、ギラついた情念を瞳の奥に灯したような表情で笑みを浮かべていた。
「おお、無事に戻ったかねロック君。
君たちなら無事にやり遂げてくれると思っていたよ」
芝居がかったようなお決まりのセリフを口にしながら、ゼニンスキーは灰色の髪を撫でつけてから俺の方を見る。
「それで、吸血鬼の方はどうなったのかね」
単刀直入な聞き方をして来たゼニンスキーに、俺はヴィクターから預かった『点かずのランタン』を見せる。奴がこれを欲しがっていたのなら、少しは反応に変化があると思ったのだが、ゼニンスキーは全く顔色ひとつ変えずにランタンへ目をやる。
「ほう、それは?」
「吸血鬼が隠し持ってた宝だよ。あんたが欲しがってたのはこれなんだろ?」
そう切り込んでみるが、やはりゼニンスキーの表情や態度は微塵も動く様子が無い。
「少し話が食い違っているようだが、なぜ私がそれを欲しがるのだね」
考えられる理由はひとつ。
当然ながら黄金郷に関わることだろうが、俺の口からそれを先に言うのは避けるべきだ。
「あんた、俺たちに嘘をついたな。
吸血鬼は街を脅かしたり、貴族に財産を要求したりしていなかった。
それなのにアンタがわざわざご大層な理由を付けて俺たちを送り出したのは、吸血鬼が持ってたコイツを手に入れたかったからだ」
俺がランタンを揺らしてアピールすると、ゼニンスキーは口の端を持ち上げてフッと笑う。
「ふふふ、なるほど……
それを無事に持ち帰ったことといい、君は並の冒険者とは違うようだ。
甘く見ていたことを先に詫びておくよ」
「へっ、そりゃどうも。んで、俺たちを騙して向かわせた件について、どう詫びを入れてくれるつもりなんだ?」
俺の追及にもやはり動じる様子はなく、ゼニンスキーは笑顔を貼り付けた表情のままだ。
「確かに、事実と異なる話で君たちを吸血鬼討伐に向かわせたことは認めよう。
だが考えてみてくれたまえ。
強大な力を持つ吸血鬼が、街のすぐ近くで堂々と居を構え続けているのだ。
所詮は魔物、いつ奴らの気が変わり攻め込んでくるか知れたものではない。
その前に先手を打つというのも、街の繁栄と平穏を願う我々の身になれば、
十分な理由になると思うがね」
すらすらと口から出るこの台詞も、あらかじめ用意した答えだろう。
このゼニンスキーという男、思った以上の食わせ物かもしれない。
言葉選びは慎重にした方が良さそうだと、俺はすぐに直感した。
「俺としちゃアンタらの事情はどうでもいいし、
約束の報酬さえ払ってくれたらそれでいい。
今回の嘘も無かったことにしといてやるよ」
「ふふふ、抜け目のない男だ。だがそういう人物は嫌いではないぞ。
無論、約束のカネはちゃんと支払おう」
「当たり前だっての。で……こいつはどうするつもりなんだ?」
俺がもう一度ランタンを揺らしてアピールすると、ゼニンスキーは俺に近寄ってきて『点かずのランタン』をまじまじと見つめた。そして召使いに火のついたロウソクを持って来させると、ランタンの蓋を開けて火を近付ける。
だが何度やってもランタンに火が付くことは無かった。
「なるほど、まさしく『点かずのランタン』というわけだ。
君も聞いていると思うが、これは単体では意味のない道具だ。
このランタンに火を灯してこそ、失われた黄金郷への道が開かれる……
そう古い伝説で言い伝えられている」
ゼニンスキーはロウソクを召使に持たせて下がらせ、自分も後ろに引いて俺から距離を取る。
「それは君が持っていたまえ。
私が預かった所で、火を灯す方法が見つかるわけではない。
それこそ君のような勇敢な冒険者の手元に置くべきだろう」
意外な返事ではあったが、力ずくで取り上げられなかったのは幸いである。
もしそうなったら、取り戻すのにずいぶん骨が折れるのを覚悟しなければならない所だった。
「太古に黄金郷の伝説が生まれてより、そこへ至った者は誰もいないと聞く。
謎に満ちた黄金郷の秘密を紐解く瞬間に立ち会えるなら、これほど光栄なこともあるまい。
もし君がその器ならば……助力は惜しまない。
私は有能な人間が好きなのだ、ふふふ……」
そのキザったらしい笑いに心の中で舌を出しつつも、どうにか俺とゼニンスキーの話はまとまった。俺は予定通りの報酬がもらえる約束を取り付けてから、街に戻ってから馬車に用意しておいた宝箱を部屋に持ってきてもらった。
その中にはヴィクターから受け取った財宝が15万ゴールド相当ほど入っている。
「おや、これは? 見事な財宝ではないか」
ゼニンスキーが興味深そうに財宝へ目を落とす前で、俺は口を開く。
「吸血鬼から預かったもんだよ。
財産を奪われるどころか、向こうからカネを差し出してきたんだ。
今後は吸血鬼に槍を向けるわけにゃいかねえよな」
ゼニンスキーは一瞬だけ鋭い眼光で俺を見た後、両手をパンパンと叩いて大げさに喜んで見せる。
「ああ、まったく君の言う通りだ。
これで兵を差し向けてしまっては示しが付かんな。ふふふ……」
ゼニンスキーは召使を呼んで宝箱を運ばせ、ギラついた光の宿る瞳で俺をじっと見る。
「これで話は終わりだが、思った以上に面白い男だな君は。
今後の活躍も期待しているよロック君」
預かったランタンの確保と吸血鬼ヴィクターの立場を守る。
両方が上手くいったことに安堵しつつ、報告を終えた俺は早々にゼニンスキーの城を後にした。正直、ここには長居したくないというのが本音だった。
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