第二十二話 吸血鬼ヴィクターとマーネ
俺が袋を軽く手で触れて呼びかけると、銀色の妖精マーネが姿を現した。
「今度はなに? 今日は人使いが荒いわね」
相変わらずの口調でマーネが喋った途端、ヴィクターは目を剥いていきなり立ち上がった。
「おお! おお……なんということだ、なんという……!」
マーネを凝視したまま震え出したヴィクターの様子に、ヤツ以外の俺たちは顔を見合わせる。
「だ、大丈夫か? 急に興奮したら健康に悪いぞ?」
俺の気遣いも無視して、ヴィクターはヨロヨロと歩いてこっちに近付いて来る。
「そ、そこの銀の妖精よ……不躾だが、もう少し近くで姿を見せてはくれまいか」
「なんなのアンタは。見た目は悪くないけど、初対面の女性にいきなり近寄って来て不気味なことを言わないで」
相手が誰だろうと、マーネの辛辣な態度は変わらないようだ。
腕組みをしてやや高い位置から見下ろすようなマーネに、ヴィクターは両拳を握り締めて身を屈め、そして一気に伸び上がりながら叫んだ。
「うおおおおっ!! 会いたかったよフラン!! 我が愛しの君よ!!
やっと、やっと私の元へ来てくれたのだな!!
うおおおおおーーーーーっ!!」
城が揺れんばかりの叫びに俺たちが戸惑っていると、ヴィクターはマーネに詰め寄って彼女を捕まえ、愛おしそうに頬ずりをし始めた。
「きゃーーーっ!? な、なにすんのよ!?」
「おおっ、愛しのフラン! 私はこの時をどれだけ待ち焦がれたか……
長かった、千年の時は長かったぞ……!」
嫌がるマーネにはお構いなしに、ヴィクターはぐりぐりとマーネに頬ずりを続ける。傍目からは犯罪臭が凄まじく、完全に変質者のそれである。
「やめて、離しなさいよ気持ち悪いっ!! この変態ッ、性犯罪者!!」
怒り心頭のマーネはヴィクターに目つぶしを叩き込むと、彼が怯んだ隙に手の中から抜け出す。
「うがーっ、目が、目がああああぁぁぁぁ!!」
目を押さえて床をのたうち回るヴィクターの姿からは、もはや千年を生きる吸血鬼の威厳は微塵も感じられない。
「大体さっきからフランフランって、誰と間違えてるのよ。
私はマーネ、魔法の妖精よ!」
両目を釣り上げてプンスコ怒るマーネの方に顔を向け、ヴィクターは真っ赤に充血した目を向ける。
「おお……これは失敬。感激のあまり、つい我を忘れてしまったようだ。
ふふふ……」
「なに笑ってんだよ完全に変質者じゃねーか」
俺の突っ込みも、ヴィクターは素知らぬ顔で受け流す。
「それにしてもよく似ている……いや、生き写しといってもいい。
ああ、フラン……」
またもその名前を口にしたヴィクターは、様々な感情をないまぜにしたような顔で、マーネから目を離そうとしない。
「だから私はフランじゃないって言ってるでしょ。
勝手に他人と間違えて痴漢みたいなことして、覚悟は出来てるんでしょうね」
マーネが強く否定すると、わずかにヴィクターの表情に陰が差す。
「……そうだな。言葉で説明するより、実際に会った方がいいだろう。
私に付いてきたまえ」
そう言うとヴィクターは俺たちを連れ、巨大な城の中に作られた美しい庭園へと案内した。そこは天窓から光が差し込み、淡い日光に照らされた中に咲き誇る美しい薔薇と、他にも色とりどりの花が植えられている。
そして庭園の中央には大きな女性の像が立っており、その台座にはこう書かれていた。
『我が最愛の人、黄金の炎フランドールここに眠る』
「あら……この像、よく見たらマーネにそっくりね」
カーネが思わず呟くほどに、その女性の像はマーネによく似ている。
違うのは女性の像の髪は長く、ゆったりとしたローブを纏った姿という点だ。
「本当、気味が悪いくらいだわ……
ヴィクターとか言ったわね、この像の女性がフランなの?」
像の前に跪き、祈りを捧げるヴィクターに俺たちが目を向けると、彼はゆっくり立ち上がって振り返る。
「そうだ。彼女の名はフランドール。
我が最愛の女性にして……君たち姉妹の母君だ」
その言葉に、俺たちはしばらく言葉が出なかった。
「私たちの……お母様? これが……?」
「この像を見るのは初めてなのに、どうしてかしらね……
とても懐かしい気がするの」
カーネとマーネの二人は、母親だという女性の像をただじっと見上げている。
「ちょっと待った。それじゃまさか、アンタがこの二人の父親なのか?」
これまでの態度や石像の台座に書かれた言葉から俺はそう思ったのだが、ヴィクターは静かに首を振る。
「残念だが違う。フランの夫は人間だ」
その答えにしばらく沈黙した後、俺はジトっとした目でヴィクターを見る。
「えっ、あんた人妻に手ぇ出そうとしてたの?
しかもその娘にも欲情するとか見境ないのか」
だが、ヴィクターは髪を掻き上げながらフッと笑う。
「私とフランの愛は、そんな底の浅いものではない。
かつて、私とフランは良き好敵手だったのだ。
当時の私は力を欲し、人間の世を支配せんと魔の軍勢を率いていたが、それを阻んだのが不世出の大魔法使いフランだった。
私と彼女の戦いは三日三晩続き……勝利を手にしたのはフランだった」
ヴィクターは遠い過去を懐かしむように、そう語った。
「だが、フランは私を滅ぼさなかった。
全力で魔法を競い合えた相手を殺すのは惜しい、
味方であればこれほど頼もしい者はいないとな。
実力で敗れ、器の違いを見せつけられ……私の完敗だったよ。
その時からだ、私の心が彼女の虜になってしまったのは。
ゆえに私は彼女と盟約を結んだのだ。
人を脅かすことをやめ、いつか困難が訪れた時はフランに力を貸す、とな」
ヴィクターの声や表情に嘘は感じられなかった。なによりも女性の像を見上げる寂しげな顔、そしてここまでの行いは、聞いた話と全てが合致している。
そこまで話を聞いて、俺はふと首を傾げる。
「ん? あれ? ちょっと待てよ。
なあヴィクター、いま確かに言ったよな、人を脅かすことをやめたって」
「その通りだ。フランに敗北して以来、私はこの森で静かに過ごしている。
迷い込んだ人間を追い払う程度はするがね」
「どういうことだ? 俺たちは吸血鬼が街の貴族を脅して、ずっと貢ぎ物を要求してるから退治して来いって言われたんだぜ」
俺がそう言うと、ヴィクターは目を閉じて少し考え込む。
「……なるほど。その依頼を出した人物――メルカトル公爵ゼニンスキーは口実が欲しかったと見える」
「口実? なんのだ?」
「奴が欲しがる『財宝』を私が持っているからだ」
財宝と聞いて、俺のおたからアンテナがピコンと音を立てる。
「ほほう……その話、詳しく聞こうじゃないか」
俺が両目を輝かせて言うと、ヴィクターは俺たちを連れて城の宝物庫へと案内した。
「うおおおおお……!?」
そこはまさに目も眩むような財宝の積まれた部屋だった。
宝箱から溢れた金貨や黄金で作られた装飾品そして赤、青、緑の鮮やかな輝きを放つ宝石たち。どこを見ても涎が出そうな光景ばかりである。
「こ、ここが天国か……!」
ヴィクターはそうした財宝には目もくれず、真っ直ぐに宝物庫の奥へ向かう。
財宝に囲まれた突き当りには古びた箱が置いてあり、ヴィクターはその箱を開けて中身を取り出し、俺たちに見せた。
「なんだこれ、ランタン?」
それは探検などでもよく使う、明かりを灯すランタンだ。
本体は金色の素材で作られてはいるが、ずいぶんと古びて色褪せてしまっている。ヴィクターは大事そうにそれを持ち、俺に見せてきた。
「冒険者ロック。金と銀の腕輪を携えし者よ。
古き盟約に従い、お前にこの『点かずのランタン』を渡そう」
吸血鬼の城の土産にしては、ずいぶんと地味で冴えない代物だ。
どうしてこんなものが丁重に保管されていたのか、甚だ疑問である。
「こんなもの俺に受け取らせてどうしようってんだよ」
「金と銀の腕輪を持ち、我が元を訪れた人間に『点かずのランタン』を渡す。
それがフランの遺志でもあるからだ。
金と銀の腕輪、点かずのランタン、そして1億ゴールド。
その全てを揃えた者には、失われし『黄金郷』への道が開かれるだろう」
「なにっ、黄金郷だと?」
これまた俺の興味をビンビンに惹いて来る言葉が飛び出してきて、俺はヴィクターの顔を見る。
「……そうか、もはや人間は黄金郷の名も忘れてしまったか。
時の流れは、全てを記憶から消してしまうようだ」
「おいおい、一人で感傷に浸ってないで、その黄金郷とやらの話を教えてくれよ」
「その言葉通り、黄金郷は全てが黄金で出来た国だ。
家も、道も、草木も、石ころでさえも。
そこへ辿り着くことが出来たなら、この世の全てを買い取ることも夢ではない」
そう断言したヴィクターに、俺は胸の奥から込み上げる感情を抑えることが出来なかった。
「キタキタキターーーー!!
そうだよこういう役得があってこその冒険だよな!
くううっ、やる気がムンムン湧いて来たぜええーーーーっ!」
俺が一人鼻息を荒くしていると、ヴィクターはさらに続ける。
「ゼニンスキーの手前、君たちを手ぶらで返すのは都合が悪いようだ。
後で配下に命じ、50万ゴールド相当の財宝を運ばせておく。
表の連中と好きに分け合うがいい」
「マジで!? いやー、俺は一目見た時から他とは違うお方と思ってたんでゲスよ、まったくおみそれしやしたぜへっへっへ」
揉み手をしてお世辞を並べる俺を、マーネは虫でも見るような目で見つめてくる。
「まったく、だらしない顔ね。
こんなのがいつもお姉さまと一緒にいるなんて、最大級の理不尽だわ」
ブツブツと呟くマーネを横目にしながら、ヴィクターはじっと俺の方を見た。
「これで私の話は終わりだ。さて冒険者ロック、君はこれからどうする?
ゼニンスキーの命令通り私と戦うかね?」
ここへ来た目的は吸血鬼討伐だが、今の質問にどう答えるかと言われれば返事はノーだ。
「まさか。あんたが街の人間を脅かしてないと分かった以上、依頼を実行する理由なんかねえよ。それに手土産までしっかり頂いちまったんだ、俺としちゃ礼の言葉しか出てこないね」
俺の返事に満足したのか、ヴィクターも口元に笑みを浮かべて頷く。
「ふっ、話の分かる若者で助かるよ」
俺とヴィクターの話に一区切り付くと、カーネが少し前に出てきた。
「ねえヴィクター。私たちやお母様の話、よかったらもっと聞かせてくれない?」
ヴィクターは目の前に浮かぶ金色の彼女をじっと見つめる。
それは妹のマーネを見るのとは明らかに違う、どこか憐憫が滲んでいるようにも見えた。
「残念ながら今はその時ではない。
冒険者ロックに資格ありと認められたならば、自ずと分かる事だ。
いつか時が訪れたなら、私とフランの記憶を喜んで語らせてもらうよ」
「そう、残念ね。それじゃお話の続きが聞けるように、ロックと冒険頑張らなくちゃ」
カーネが素直に後ろへ下がると、ヴィクターは古びた『点かずのランタン』を差し出してきた。
「このランタンは名の通り、普通の方法では火が付かん。
だが、このランタンに火を灯す事が出来たなら、その持ち主は黄金郷へ至る資格を得るだろう。その方法は君自身の手で見つけなければならない。
今後も励むことだ」
俺が『点かずのランタン』なる物を預かると、ヴィクターは最後にマーネに目を向ける。
「銀の妖精マーネよ、少し良いだろうか」
「なによ」
「さっきも言ったが、君はフランに驚くほどよく似ている。
君の持つ魔法の才も、正しく母君から受け継いだものだ」
「……そうかもしれないわね」
「いつか暇が出来た時でいい。また私と魔法の力比べをしてもらえないだろうか」
「それは別に構わないわ。ただ、私はそういうコトをするのは初めてよ。
間違えないで」
「これは失敬。だが承諾してくれて感謝している。
フランと同じで、君も優しいのだな」
「なっ、なによ急に……ほ、褒めたって別に、その……
嬉しいとか思ったりしないんだからっ」
マーネは顔を赤くし、明らかに落ち着きなくソワソワしている。なんというか、彼女は褒められたりおだてられたりにとても弱いのかもしれない。
(マーネのやつ、実はすごくチョロいのでは……)
などと俺が思っていると、ヴィクターは瞳を潤ませてじっとマーネを見つめる。
「おおっ! 恥じらう君もなんと可憐なのだ!!
うをおおおっ、フラーーーーンッ!!」
突如ヴィクターは叫び出し、またもマーネを捕まえて頬ずりを開始する。
その勢いたるや、見ているこっちがドン引きするほどだ。
「いやーーーーーーっ!? やめて変態、色魔ッ!!」
「滾りに滾った千年の思い、受け取ってくれフランーーーーッ!」
「なに言ってんのよこのバカ! 離しなさいよこの、このっ!」
マーネは罵声を浴びせながらヴィクターの顔をげしげしと足蹴にするが、蹴られている側はなぜか幸せそうである。
「そうっ、それだッ! その辛辣な言葉とゴミを見るような目!
容赦のない蹴り! フランに同じようにされた時も、私はゾクゾクしてたまらなかったのだッ!」
変態だ。変態がいる。
異様な光景を眺めつつ、俺はただそう思うしかなかった。
「ちょっとロック、ボーっと見てないで助けなさいよ!
この変態をどうにかして!!」
「どうにかしろと言われても……ちょっと近付きたくないというか」
「いやーーーーーーーっ!! 汚されるーーーーーーーッ!!
助けてお姉さまーーーーーーッ!!」
その後、俺が渡した500ゴールドでヴィクターが黒焦げになるまで、ヤツの行為が止まることはなかった。
マーネも疲れ切ってしまったらしく、うつ伏せに倒れているヴィクターの背中の上に落っこちて目を回している。その光景を眺めながら、カーネがニコニコしながら俺の肩に腰を下ろしてきた。
「ねえロック、私も真似していい?」
「真似ってなにを……って、おいおい」
カーネはヴィクターの真似をして、俺の頬に顔をすり寄せてくる。
「ふふっ、どう?」
「どうって言われても……恥ずかしいからよせよ」
「いいじゃない、もう少しだけ……ねっ」
強引に振り払うのも気が引けたので、俺はしばらくカーネの好きにさせていた。
登場人物紹介
マーネ
銀の腕輪に宿る魔法の妖精
銀色のタイトな衣服に身を包んだ姿で、体型はスレンダー
本名はまだナイショ
魔法ごとに決まった金額のおカネを支払うことであらゆる魔法を行使できる
性格はツンツンで辛辣だが姉のカーネにはべったりの甘えん坊
容姿は髪の長さ以外は母親にそっくりだという




