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第二十話 人狼との戦い



 地下墓地から脱出した俺たちが見たのは、なにかと戦っているグレン、アリッサ、ガロの三人の姿だった。


 ところが一緒にいるはずのクロードの姿は見当たらず、彼らが武器を構え身構えているというのに、敵らしき相手の姿が見えてこない。


「なにやってんだあいつら?」


 奇妙に思ってよく目を凝らすと、ようやく俺にもその理由が分かって来た。

 敵は姿が見えないのではなく、ほぼ視認できない程のスピードで森の中を駆け巡り、木々の間を飛び回っていたのだ。


「みんな!」


 シンシアはグレンたちの姿を見つけると彼らの元へ走って行くが、再会を喜び合っている暇は無さそうだった。


「くそっ、速すぎて影しか見えねえ!」


 両刃の斧を構えたガロが忌々しげに吐き捨てるが、それと同時に彼の死角にある木が大きく揺れて音を出した。


「そっちかよ!」


 ガロは反射的に音のした方へ振り返り身構えるが、高速で移動する影は木から真っ直ぐ突っ込んでくるのではなく、地面に着地するという行動を挟んでからガロに激突した。


「ぐはっ……!?」


 直撃を受けたガロは勢いよく水平に吹き飛び、少し離れた木に激突してめり込んだ。


「ちょっと、なんてことしてくれるのよ! こうなったら炙り出してやるわ!」


 ガロをやられて腹を立てたアリッサは、素早く呪文を詠唱しその身に魔力を集中させる。


「――炎のファイアストーム!」


 アリッサが杖をかざすと、彼女を中心にして取り囲むように炎が吹き上がり、嵐のように渦を巻いて周囲に広がっていく。木々を巻き込み燃え上がらせる炎に飲まれ、動き回る影は全身に火がついて燃え上がり、地面の上を転がって炎上を食い止める。


 そこでようやく動きを止めた存在の姿に、グレンが声を上げた。


「そうか人狼か!」


 ワーウルフ、あるいはライカンスロープやリカントと呼ばれるこの魔物は、文字通り人と狼の合成獣といった存在で、獣の獰猛さと異常な回復力を持つ、モンスターの中でも上位に属する連中だ。


 目の前の人狼も全身を暗い銀色の毛で覆われ、後頭部から背中の部分だけ黒い毛が生えている。体形こそ人と同じだが頭部は完全に狼のそれと同じで、強烈な殺気を漲らせ、身体中に焦げ跡のある人狼はアリッサめがけて飛び掛かった。


 その速度はやはり目で追うのが難しいほどで、アリッサも咄嗟に魔力の防御壁を展開したものの、人狼は常軌を逸した速度と力で、強引に魔力の壁を砕きながらアリッサに体当たりをぶちかました。


「あうっ――!?」


 勢いは殺したものの攻撃を防ぎきれず、アリッサも弾き飛ばされて地面に倒れ込む。人狼は低い体勢を取ったままグレンとシンシアの方へ向き直し、鋭い牙を剥き出しにして睨み付けた。


「去れニンゲン……! 主の居城を侵す者は許さん……去らねば……殺す……!」


 唸り声に混じり、人狼はそう言葉を発していた。その言葉に俺も周囲の風景をよく見てみると、森の中には似つかわしくない大きな城がそびえ立っているのが見えた。


「貴様らこそ我々の財産を掠め取っておきながら、よくも抜け抜けと!

 ここは押し通らせてもらうぞ!」


 グレンは長剣を振りかざして走り、人狼に斬りかかる。

 だが人狼は瞬時に爪をナイフのように長く伸ばし、その一撃を受け止める。


 そこから口を大きく開いてグレンの喉笛に食らい付こうとするが、グレンも手甲を装着した左腕を突き出して牙を受け止めた。


 攻撃が失敗したと見るや、人狼はグレンの胴を蹴りながら後方へ跳躍、再び間合いを取る。この一連の流れは、ほんの一瞬のうちに起きた出来事だ。


光の矢(サンライトアロー)!」


 すかさずシンシアの聖魔法が乱れ飛ぶが、人狼は放たれた光の矢を避けもせず、全てを爪で叩き落したうえ、最後の一本は牙で嚙み砕いてしまった。


「ダメだわ、この人狼は聖魔法に耐性があるみたい……!」


 腕利きの冒険者四人を一人で相手にし、二人に手傷を負わせたうえ聖属性の攻撃にも耐性がある。


 カーネと出会って以降デカブツばかり相手にしてきた俺は、この人狼が見かけ以上の強敵だと認識するのに時間がかかってしまった。


(クロードの奴は姿が見えないし、旗色が悪いぞこれは)


 そしてすぐに、俺の悪い予感は的中した。人狼は数で分が悪いと判断したのか、喉を逸らし天を衝く遠吠えをした。その声が反響し森の中へ広がっていくと、木々の間や地面から再びアンデッドの大群が出現、俺たちを取り囲むように押し寄せてきた。


「げっ!?」


 ここにいる連中で広範囲の攻撃手段を持つのはアリッサだけだ。

 しかし彼女は人狼から受けた攻撃のダメージが抜けておらず、まだ立ち上がれそうもない。


 シンシアの聖魔法も、この数全てを相手にするにはとても追いつかないだろう。


「こんな所でアンデッドのエサになってたまるか! マーネ出てこい!」


 俺は急いで腰の袋を小突き銀色の妖精を呼ぶ。


「ちょっと、腕輪は丁重に扱いなさいって言ってるでしょ。

 ドタバタされると揺れるのよ」

「んなこと言ってる場合かッ!

 手強い人狼とアンデッドの軍隊に囲まれてんだよ!」

「ふーん……」


 マーネは特に動じることもなく、落ち着き払った様子で周囲を見回す。


「確かに、人間には少し荷が重い状況かしらね」

「なんかあるだろ、連中をまとめてぶっ飛ばせる魔法が!」

「ええ、もちろんあるわ。問題はあなたが対価を支払えるかどうかだけ」


 宙に浮かびながら腕を組むマーネは、俺を値踏みするように見つめてくる。


「……いくらだ?」

「1万ゴールド。これでケリが付くなら安いものでしょ?」

「ぐぐぐ、また一万かよっ!」


 もちろん手持ちにはその倍があるのだから支払うこと自体は可能だ。

 しかし俺の命ともいえるカネをごっそり削っていくこの仕組みだけは、何度やっても納得しがたいものがある。


 が、結局は命あっての物種であり、俺に選択権は最初から無いのだ。


「ええい持って行きやがれ! 誠に遺憾だこんにゃろうッ!」


 その瞬間、嬉しい重みのあった俺の財布がふっと軽くなる。

 そして一万ゴールド分の力を得たマーネは、両手を左右に広げ呪文を唱え始めた。


天地あめつちを統べたる古き竜の神、求めに応じ火竜の息吹と威光を我に与えよ――」


 そしてマーネは両腕を正面に突き出し、両手を上下に揃えた構えを取る。

 その小さな手が、口を開いた竜の顎に見えたその時だった。


火竜の業火(ドラゴンブレス)!」


 マーネがそう叫んだ瞬間、空中に巨大な竜の似姿が出現したかと思うと、大きな口を開き猛烈な火炎を吐き出した。周囲は一瞬にして火の海へと変わり、集まってきたアンデッドの群れは炎に飲まれ、辺りの木々も含めた全てを巻き込んでいった。


「うおおおおおおっ!?」


 凄まじい熱とエネルギーの奔流に驚く俺を尻目に、マーネは周囲の全てを焼き尽くし、動くものがいなくなった焼け野原を前に俺を見る。


「どう? ざっとこんなところよ」

「す、すげえ……この世の終わりみたいな光景だったぜ……」


 それは冗談ではなく、本気でそう思った言葉だった。


 同じくその光景を見ていたグレンや他の仲間たちも、目の前の光景が信じられずに唖然とするばかりだった。俺はしばし様子を見て生き残りがいないか確かめたが、もはや後に続く亡者の軍団は居なかった。


「ふう……これで敵はひとまず全滅か」


 ため息をつき、俺はグレンたちの方へ足を向け近付いていった。


「無事かアンタら」


 驚きすぎて言葉も出ないと言ったグレンに声をかけると、この男はようやく我に返って俺から視線を外す。


「おいッ! みんな生きていたら返事をしろ!」


 木に叩き付けられたガロはようやく立ち上がり、アリッサは上体を起こして小さく手を振っている。シンシアはグレンの近くにいて、特に変わった様子は見られない。


 全員が無事だったことを確かめ、グレンは大きく息を吐いてうなだれてから、もはや得体の知れない存在を見るような顔を俺に向けてきた。


「お前は……なんなんだ。溶岩竜の時といい、この異常な力は一体……」


 立場が逆なら俺も同じ言葉を口走っただろうが、ここで丁寧に解説している時間などないし、同じ話を何度もするのは好きじゃない。


 俺たちは今から吸血鬼の居城に乗り込まなくてはならないのだ。


「説明が聞きたきゃ解説料で1万もらうぜ」

「ぐっ……いや、今は問うまい。とにかく助かった、そこは礼を言おう」


 なんのかんの、この男は律儀ではあるようだ。

 ここで質問攻めや嫌味を言われるよりはずっとマシである。


「そーそー、素直が一番だぜグレンの旦那。見直しましたよひっひっひ」

「だからその喋り方はやめんか」

「ところで、クロードの奴はどうしたんだよ。姿が見えないけど」

「ああ、ヤツは早々に引き上げて行ったよ」

「は?」

「この戦いは自分向きではないとか抜かして、勝手に離脱してしまってな……

 凄腕の傭兵が聞いて呆れる」


 忌々し気に吐き捨てるグレンの気持ちは分かるが、俺は妙な違和感を感じていた。


(ゼニンスキーが直々に指名した男が、簡単に仕事を放りだすもんかね……)


 だが、ここで奴の話をしたところで得られるものはない。

 俺は頭を切り替え、焼けた森の中に浮かび上がる城へ一歩近付く。

 その時だった。


不定期連載中です

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