第十九話 地下の巨大ムカデ
「うげっ!?」
それは生理的嫌悪感を強く刺激する見た目をしていた。
等間隔の節に分かれ、鎧のような黒い甲殻に覆われた長い身体。
その両脇からは、やけに鮮やかな赤い足がびっしりと並んでいる。
頭部もやけに目立つ赤色で、二本の触角と牡牛の角のように曲がった巨大な牙を生やした生き物――体長三十メートルはあろうかという、特大のムカデであった。
「くそっ、あと一歩って所で邪魔しやがって……
しかもこのデカさだとエグいなまったく!」
俺が忌々し気に言う横で、なぜかシンシアはじっと黙ったまま動かない。
妙だなと追って彼女の方を見ると、シンシアの顔は真っ青で、手足がカタカタと小刻みに震えている。
「お、おい大丈夫か? 顔色がまずいことになってるぞ」
「ダ、ダメなの……私、足がたくさんある虫だけはどうしても……ダメ……」
冷や汗を浮かべ、とうとうシンシアはその場にぺたんと座り込んでしまう。この分だと、もう彼女は戦力として期待は出来ない。
(ちっ、こっちも温存だの言ってられなくなっちまったか……!)
やむを得ないと判断した俺は右腕に巻いた布を外し、黄金の腕輪に向かって声をかける。
「カーネ来てくれ、出番だぞ!」
俺の声に応じ、腕輪から光の球が出現し、三十センチほどの妖精の姿となる。
「はぁい、ロック。やっと呼んでくれたわね」
「早速だが奴の耐久力を教えてくれ」
「わあ、お友達にはなりたくない見た目ね……」
カーネも巨大なムカデの姿には抵抗感があるようだが、それでもじっと見つめて耐久力を調べている。
「えっと、巨大ムカデの耐久力は7000ね。
それと牙に強い毒があるみたいだから気を付けて」
「結構高いな……てか、毒があるとかも分かるのか?」
「ええ、ロックにたくさんおカネを貢いでもらったおかげで、私の能力も目覚めて来てるみたい」
「そりゃ親切なこって。じゃあ7000頼むぞ!」
「はーい。7000ゴールド入りまぁーす」
例のフワフワした口調でカーネが両手を掲げると、俺の財布から出てきた光が腕輪に吸い込まれていく。
「んじゃ、気味の悪いバケモノはさっさと退場してもらおうか!」
腰の鞘から剣を抜き、巨大ムカデの頭に俺が斬りかかろうとしたその時、巨大ムカデは急に鎌首をもたげて高く伸び上がる。そのせいで間合いが一気に離れてしまい、俺の剣は空しく空を切るだけだった。
空振りでは攻撃回数にカウントされないことが幸いだったが、そんなことを考えるヒマもなく巨大ムカデは次の動きを始めていた。
「ギシャアアアアァァァァッ!!」
巨大ムカデは高く持ち上げた頭を叩き付けるようにして、近付いた俺めがけて振り下ろしてきた。
「おわあっ!?」
間一髪で飛び退き回避したものの、部屋には派手な音が響き、砕けた人骨が周囲に飛び散って降り注ぐ。それだけに留まらず巨大ムカデは無数の足を動かし、巨体からは想像も付かないスピードで動き回り、人骨を踏み潰しながら暴れ回る。
「だーっ、これじゃ近付けねえじゃねえかッ!」
巨大な怪物というのは、その大きさ自体が武器でもある。
自分より身体の大きな怪物が動き回るというのは、それだけで人間にとっては脅威なのだ。このままではいずれ追い詰められ、巨体で踏み潰されて食われるのがオチだろう。
「しょうがねえ、マーネ出てきてくれっ!」
すかさず俺が腰の袋を軽く叩くと、今度は袋に入れている銀の腕輪から銀色の妖精マーネが姿を現す。
「また私の出番……って、うえっ。なんなのよこのモンスターは」
やはりマーネもムカデの見た目には抵抗があるらしく、露骨に嫌な顔をする。
「野郎、あの図体で暴れ回るから近付けねえ。
前に船でやってもらった移動魔法頼めるか!」
「ええ、お安い御用よ」
マーネに10ゴールド硬貨を弾いて渡すと、マーネは俺の方を向いて手元で印を結ぶ。
「疾風衝!」
その瞬間、俺の身体はドウンッと砲弾のように発射され、一直線に巨大ムカデの頭部めがけて飛んでいく。だが巨大ムカデも本能で危険を察知したか、毒の滴る牙を開いて俺を待ち構えていた。
「ロック危ないわ、無茶よ!」
金の腕輪と一緒に付いて来ているカーネが言うが、こちとら止まる手段など無い。
「うおおおおーーーーっ!!」
俺は剣を真っ直ぐ前方に突き出し、自分の身体を矢に見立てた格好で一気に突っ込んだ。
――グサッ!!
次の瞬間、俺は左右から迫る毒の牙をギリギリでくぐり抜け、人間で言えば喉に近い部分に剣が突き刺さった。それでも勢いは収まらず、俺と剣はそのまま巨大ムカデの首を跳ね飛ばして貫通し、巨大ムカデの背中に落ちて転がり、人骨の山の中に突っ込んでやっと止まった。
「……ぶはっ!?」
身体の上に乗っていた人骨を押しのけて起き上がった俺の視界には、頭部を失って横たわる巨大ムカデの身体と、胴体から離れて転がるその頭だった。
「やれやれ、どうにか退治できたか……よっと」
急いで立ち上がり、この広い部屋の入口の方へ戻るとシンシアが唖然としたまま座り込んでいた。俺が彼女の手を引いて立たせると、シンシアは相変わらず目を丸くしたまま俺とカーネ、マーネの姉妹を見ていた。
「そ、それは……妖精?」
ようやく口を開いた彼女にどう答えたものかと悩んだが、ここまでの流れを見られた以上は誤魔化しても無意味だ。結局俺は、ありのままを語ることにした。
「――そういうわけで、俺はカネを払ってモンスターと戦ってるってワケ」
「そうだったの……それじゃ数の多いモンスターと戦いにくいのは当然ね」
カネを払って攻撃するなど、普通の冒険者にとっては耳を疑うような話だろうが、彼女はとりあえず事情を呑み込んではくれたようだ。
「ま、そこんところ理解してくれりゃ十分さ。んじゃカーネ、いつものヤツ頼む」
「はーい」
例によって例の如く、巨大ムカデの死骸の前で空中に文字が浮かび上がってくる。
所持金 22500ゴールド
消費
デート日の累計 2820ゴールド(昼食代込み)
差引 19680ゴールド
使用 -7000ゴールド
魔法:疾風衝 -10ゴールド
差引 12670ゴールド
巨大ムカデ 耐久力7000
素材
ムカデの毒液 5000ゴールド
ムカデの甲殻 3000ゴールド
ムカデの肉 1500ゴールド
合計 9500ゴールド
差引 12670+9500= 22170ゴールド
現在の所持金 22170ゴールド
「な、なんなのこれ? デート日……?」
「そこは気にしなくていいからッ」
よりによってな部分を気にするシンシアにピシャリと言っておいてから、俺は今回の結果に少し安心する。
「多少赤字だが、こないだの損は取り返せた感じか。やれやれ」
「良かったわねロック、うふふ」
ニコニコと俺の肩に腰掛けているカーネを見て、シンシアは相変わらず驚きを隠せない様子だ。
「ふ、二人とも仲がいいのね」
「運命共同体みたいなもんだしな。多少はお互いのことが見えてきたってとこだよ」
ともあれ、こんな場所でいつまでも立ち話をしていたくはない。
さっさと外に出ようとすると、カーネが俺を呼び止める。
「待ってロック、このモンスターも素材に変えちゃうから」
「ん? デカい奴は無理って前に言ってなかったか?」
「こっちも新しいチカラが使えるみたいなの。えいっ」
カーネは光で出来た背中の羽根を震わせ、光の粉のようなものを周囲に撒き散らす。それが地面に落ちると、手にノコギリやノミ、ハンマーと言った工具を持った小人がわらわらと湧いて来た。
そいつらは人に似てはいるが、顔は犬か猫のような動物に近い毛むくじゃらである。連中はすぐさま巨大ムカデの死骸に取り付くと、ガリガリゴリゴリと音を立ててモンスターの解体を始めた。
そのスピードは凄まじく、ちょっと眺めているうちに巨大ムカデの死骸は完全に消えて無くなり、バラバラになったモンスターの部位を運んでは小人たちはどこかへ消えていく。
「工事完了、撤収するギャ!」
小人の一匹が妙な語尾でそう喋ると、部屋を埋め尽くすほどだった巨大ムカデは完全に影も形もなくなっていた。
「な、なんか知らんが便利そうで良かったな。
でもあの素材、どこに持って行ったんだあいつら」
「ちゃんと市場に回しておカネに換えてるみたいよ。
今まで私がやって来たのと同じね」
「あ、消えてたワケじゃないんだ。ほんとその辺はキッチリしてんな」
「うふふ、おカネの妖精だもの」
「まあいいや、そんじゃ先を急ごうぜ」
喋りながら歩き出す俺たちの後ろから、シンシアも付いてくる。
部屋向こうに見えた上り階段は思った通り地上へ繋がっており、表からは騒がしい音が聞こえていた。
アイテム、素材解説
ムカデの毒液
巨大なムカデの牙に滴る危険な毒液
人間ならば触れただけでも命の保証は出来ないほど
だが強い毒というのは薄めることで薬にもなり、様々な用途に使われる
もちろん、暗殺の道具にも
ムカデの甲殻
巨大なムカデの身体を覆っていた甲殻
弾力があるおかげで衝撃に強く強靭である
鎧など素材や補強材として価値がある
ムカデの肉
巨体ゆえに肉厚なムカデの肉
臭いと味がきつく普通の人間が食べるものではない
薬液などに漬け込んで精力剤の材料などにされるほか、
一部のモンスターや好事家に好まれるという




