第十八話 落っこちて地下墓場
「――あまねく生命の祖にして大いなる慈母、女神の名のもとに我は命じる……
現世に囚われし魂を解き放て……『解放』!!」
シンシアの祈りと共に発動した聖なる魔法は、半径十メートル以上のドーム状に広がり白い光を放つ。その範囲内にいたアンデッドはゾンビだろうとスケルトンだろうと、一瞬で糸が切れたように崩れ落ち、彼らを操る黒い魔力を一瞬で浄化していく。
これは聖魔法の中でも高等な部類であり、術者の力量次第でいかに強力なアンデッドであろうとも一撃で葬り去ることの出来るものだ。この乱戦の中、短い時間で高等魔法を発動させた彼女の実力に俺は舌を巻いたが、それでも状況は悪化の一途を辿っている。
その原因は地を這う者ではなく、俺たちの頭上を飛び交う連中にあった。
「数がイカレてやがる! これじゃ亡霊の軍隊だぜ!!」
苦し紛れにそう叫ぶクロードの言葉は的を射ていた。
森の奥からは大量の亡霊の群れが押し寄せ、その数は百や二百ではない。
見える範囲にいるだけでも、ざっと千は超えていた。
「ぬうっ……これが吸血鬼の軍隊ということか! うおっ!?」
グレンは周囲を飛び交う亡霊に気を取られてしまい、その隙を狙って木々の間から飛び出してきた騎馬の亡霊が襲いかかった。
騎馬の亡霊が構えたランスは攻撃の瞬間に実体と化し、グレンを貫こうと迫る。
ランスの先端が鎧までわずか数センチと迫った時、グレンはギリギリで剣を振り上げながら身体をよじり、矛先を逸らして串刺しを免れた。
だがランスから伝わる圧力は重く、グレンは派手に吹っ飛ばされてしまった。
「ぐっ……!?」
地面に倒れ込んだ所へ、二の矢と言わんばかりに別の亡霊騎馬からの追撃が迫る。
「させるかよおおおっ!」
そこへ立ち塞がったのは、大きな両刃の斧を構えた戦士ガロだ。ガロは正面に迫り来る亡霊騎馬に斧を叩き付けて迎え撃つが、亡霊騎馬は霧のように姿を変えて消え、また別の場所に姿を現して彼らの様子を見ている。
「くそったれ、相変わらず手応えがねえぜこいつら……!」
亡霊系のアンデッドは実体が無く、普通の武器でダメージを与えるのが難しい。
低級な亡霊であれば、形を保てなくなっただけで消滅することもあるが、死者の森は彼らの本拠地であり、土地全体から強い魔力が染み出しているのだという。
つまり、この程度では有効打を与えられないわけだ。
「これじゃ力を温存とか言ってられなさそうね。シンシア、頼んだわよ!」
炎魔法で亡霊たちを退けながら、アリッサが背中越しに言う。
シンシアは手にした錫杖を垂直に構え、短く呪文を唱えた。
「太陽の武器!」
澄んだその声が響いた直後、俺を含めたその場の全員が日光のような光を身に纏っていた。
「これでしばらくの間、亡霊にも攻撃が通じます! 今のうちに突破を!」
すでに勝手を知っているグレンとガロは、さっきまでのお返しとばかりに亡霊騎士へと突っ込んでいく。そして光を帯びた長剣や斧で斬り付けられた亡霊騎士は、不気味な絶叫と共に霧散し消滅してしまった。
「へえ、こいつは面白れえ。どれ、俺も試してやるか!」
そう言ってクロードは、自分の周囲に立ちはだかるアンデッドの群れに、片手で構えた大剣を横薙ぎに振るった。
――バシュッ!!
水平に弧を描いた斬撃は、数体のゾンビやスケルトン、そして亡霊たちを巻き込み全てを両断してしまっていた。元々の腕力に加え、魔法での強化が加わって飛躍的に威力が向上しているようだった。
「すげえな、動く死体どもがイチコロだ。
しかし亡霊ってのは手応えが水みたいで気に入らねえなあ」
そんな事を呟きつつ、クロードも眼前の敵を薙ぎ払いつつ、森の奥へ走り出していく。俺も連中に遅れないよう走ったが、なるべく安全な位置としてシンシアの近くで並走することにした。
(前にデモンファントムと出くわした時、シンシアがいれば楽勝だってアリッサが言ってたが、大げさじゃなかったんだな)
時折近付く亡霊を錫杖で払い除ける彼女を見習い、俺も一応剣を振り回して形だけでも応戦するポーズを取る。今の立ち位置としては先陣をグレンとガロが走り、その後ろにアリッサ、少し離れてクロード、さらに後ろに俺とシンシアという隊列だ。
この調子ならどうにか敵の間を突き抜けられそうだと思った矢先、シンシアの悲鳴が耳に飛び込んできた。
「きゃあっ!?」
彼女が走っていた足元が突然崩れ、地面に大きな穴が開いたのだ。近くにいた俺は咄嗟に手を伸ばして彼女の腕を掴んだが、踏ん張ることが出来ずにそのまま穴の中へ落下してしまった。
「どわあああっ!?」
そこは思った以上に深く大きな縦穴で、俺たちは真っ逆さまに落下していく。
当然、この勢いで床に叩き付けられたら無事であるはずがなく、最悪は死ぬだろう。考えるヒマもなく目の前に迫る床を見た時、縦穴にシンシアの声が響く。
「浮遊!」
床に叩き付けられるまで数十センチといったギリギリで、俺とシンシアは逆さまになったまま宙に浮いていた。シンシアはローブの裾を手で押さえたままクルリと宙返りし、コツンとブーツの音を響かせて着地する。
浮いた状態の勝手が分からず俺がジタバタしていると、シンシアが身体を押してくれて、尻もちを付きながらも無事に着地することが出来た。
「ふぅ、危なかったですね……怪我はありませんか?」
「あ、ああ。おかげさまで」
俺が立ち上がって頭上を見上げると、落ちてきた穴が小さく見えている。
これでは穴をよじ登っていくのは不可能だろう。
ほどなくして穴の入り口から、シンシアを呼ぶ大声が響いて来た。
「シンシア無事か!? 返事をしてくれ!」
やけに響くその声はグレンのものだ。シンシアも穴の入り口を見上げ、口元に手を添えて言った。
「大丈夫よグレン! 私とロックさんは無事です!」
やや間を置いて安堵のため息が聞こえてきたが、穴の向こう側はまだ亡霊たちがひしめいているはずだ。
「すぐそっちに行くから待ってろ!」
グレンはそう叫んだが、この高さを降りて来るのはさすがに無理がある。
「無茶よグレン! こっちは出口を探すから、あなたたちは森の奥を目指して!」
「し、しかし……!」
「魔法の効果が切れたら本当に全滅してしまうわ。そうなる前に早く!」
「ぐうっ……やむを得んか……君も必ず無事で戻るんだぞ!」
頭上が静かになると、シンシアは俺の顔を見てから周囲の様子を確かめる。
「それにしても、ここは一体……」
この場所は頭上の穴のおかげかわずかに明るいが、周囲は真っ暗でほとんど何も見えない。俺は持ってきていたランタンに火を入れ、高くかざして周囲を照らしてみた。
「こりゃあ地下墓地って奴か。それもかなり古くてでっかい奴だぜ」
俺とシンシアの前に現れたのは、岩盤をくり抜いて作られた棚のような場所に、数え切れないほどの人骨が収められている光景だった。そして地上の木から伸びて来たであろう太い木の根が、天井や壁を覆っていた。
「なるほどねぇ。こんなもんが土の下に埋まってりゃ、その上が死者の森とか呼ばれるのも納得だぜ」
かび臭く澱んだ空気に鼻の奥がピリピリするのを感じながら、俺はため息をつくしか無かった。
「私たちも行きましょう。位置から考えても、この地下墓地と吸血鬼の居城はきっと繋がっているはずです」
冷静にそう言うシンシアに、俺は内心感心していた。いくら僧侶とはいえ、こんな不気味な場所によく知らない男と一緒に取り残されたら、多少なりとも慌てたりするのが普通だ。
「大したもんだなぁ。さすがは腕利き冒険者パーティの一員だ」
「褒めても出せるものはありませんよ。さあ、行きましょう」
俺の見た目が人相の悪いヒゲ面の山賊だったらこうはならなかったかもしれないが、さすがに常識的な外見が功を奏したということだろう。正直、この状態でパニックを起こされたり余計なトラブルは避けたかったので助かる。
地下墓地は想像以上に広大で、あちこちに底の見えない大きな裂け目が口を開けている。足を滑らせて落下したが最後、二度と生きては戻れまい。
そしてシンシアが予想した通り、地下墓地には先へ続く道が整備されており、その途中には整然と並べられた石の棺や、それに押し込まれた人骨の山などを見ることが出来た。
「――光の矢!」
時折出現するスケルトンや亡霊たちは、シンシアの聖魔法なら簡単に撃退できた。一方の俺は相変わらず金の腕輪とカーネを隠したまま、金魚のフンのようにシンシアの後を付いて歩くだけだ。
「あの、ロックさん」
「ん、なんだ?」
「地上でもそうでしたが、なぜあなたは戦いに参加してくれないのですか」
痛い所を突かれ、俺は思わず目を逸らしてしまう。
「あーっと……いや別に嫌がらせしようってんじゃないんだよ。
ちょっと理由があってだな」
「お互いの命がかかっているというのに、それでも優先する理由が?」
「なんというか、俺の戦法は消耗が激しくてさ。
そこら辺の雑魚に無駄なカネ……じゃなくて、体力使ってる場合じゃないんだよ」
「今なんと? カネって言いました?」
「あーもう気にすんなって!
俺の力は本命の吸血鬼や大物が出てきた時に残しておきたいの!
悪いとは思ってんだよ!」
「……分かりました。でも、いざという時には頼みますね」
「わかってる、俺だってこんな場所で死にたくないからな」
シンシアはひとまず納得してくれたようで、俺たちは再び墓地の歩道に沿って歩き出す。地下墓地だというのにモンスターの数が少ないのは、普段はここに潜んでいる連中が地上に出払っているからだろう。そういう意味では俺たちは運が良かった。
「それにしても、みんなは無事かしら……」
歩きながら、シンシアがぽつりと呟く。俺が横目で彼女の顔を見ると、やはり不安げな表情を浮かべている。穴に落ちてからそこそこの時間が経過したが、強化魔法もすでに切れている頃合いだろう。
「俺が言うのもなんだけど、そう簡単にやられる連中じゃないぜ。
きっと無事でいるさ」
「……そうね。ありがとう」
「それにしてもあんたら、ずいぶんと仲がいいんだな。
冒険者パーティなんて言っても、仕事上の付き合いなだけの連中も多いのに」
せっかくなので、俺は以前から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
シンシアはわずかに目を細め、懐かしむような笑顔を浮かべた。
「普通はそうなんでしょうね。でも、私たち四人は小さな頃からの付き合いなの」
「そうだったのか。そりゃ初耳だ」
「特にグレンはいつも無茶をするから生傷だらけで……
私が僧侶になることを選んだのも、傷の手当てをしてあげたかったからよ」
幼い頃の記憶を辿るシンシアは、こんな場所であっても楽しそうだった。
少し羨ましく思いつつ、連中の結束の固さの理由が理解できた気がした。
「私がいじめられて泣いてた時も、年上のいじめっ子とケンカして……
俺が一生守ってやる、なんて言うんだもの。ふふっ」
そろそろ御馳走さまと言いたくなってきたが、ここで彼女の話に水を差すのも野暮というものだ。
そうしてしばらく歩き続けると、俺たちは広いホールのような空間に辿り着いた。
周囲の壁には装飾された大理石の柱が並び、今までのただ岩盤をくり抜いただけの墓地とは趣が違う。同じ部分と言えば、やはり大量の人骨が床に散らばっていて、足の踏み場もないほどに積み上がっていることだ。
そして部屋向こうの反対側には、上りの階段が見えていた。
「お、もしかしてここが出口か!?」
いい加減に地下墓地の空気にうんざりしていた俺は、足早に部屋を通り過ぎようと足を進めた。だがその時、足元に積み上がる人骨の下から、ギチギチと得体の知れない音が響いて来た。
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