第十七話 死者の森
数日後、準備を済ませた俺たち六人を乗せた馬車は、メルカトル西に広がる広大な森林地帯へと向かった。
吸血鬼が住む『死者の森』と呼ばれるのはこの森林の中でも街に近い側で、その更に奥は樹海となっており、足を踏み入れたら二度と戻って来られないほどに深い森が続いている。
俺がカーネと出会った魔神ゴルドーの遺跡も、向かう先は違うがこの森林地帯の遥か奥深くに存在した。馬車に揺られて数時間、正午より少し早い時間に俺たちは『死者の森』の入口へと辿り着いた。
森の中はどこから魔物が出てくるか分からないため、これ以上馬車で進むことは出来ない。
「――いよいよ我々は死者の森へ乗り込むわけだが、その前にひとつ聞いておく。
俺としては六人全員で行動するのが合理的だと思っているが、
お前たちはどうなんだ?」
腕組みをしながら、騎士グレンはこっちを見ている。
「別行動をしたいというなら、それでも構わん。ただし死体は拾ってやれんぞ」
グレンの言うように一人でこの場所で倒れたとしたら、骨も残さず食い尽くされてしまうだろう。
それほどまでにアンデッドというのは生者の血肉に飢えている存在だ。
「一人でこの森を突っ切るのは厳しいからな。俺はアンタらに付いて行くよ」
そう答えて俺が隣の傭兵クロードの方に目をやると、この大男は肩をすくめて薄笑いを浮かべる。
「へっ、俺ぁここじゃ新参者だからなぁ。
それにここらで一番の冒険者チームの実力とやらも見ておきたいんでね。
ご一緒させてもらおうかい」
「では決まりだな。腹ごしらえをしたらすぐに出発だ」
グレンたちは馬車に積んであった道具と食料で、簡単な煮込み料理を作り始めた。肉と数種類の野菜をトマトと一緒に煮たもので、シンプルだが味は抜群に美味かった。
「しかしまあ、これから吸血鬼に挑もうって時に真っ赤なスープとは……
皮肉が効いててイイね」
そう言いながら俺が柔らかい肉と野菜を頬張っていると、ムッとした様子のグレンが木製のスプーンで俺を指してきた。
「いつでも最大限の力が出せるように準備しておくのは当然だろう。
十分な食事もそのひとつだ」
この男の発言に異論は無いのだが、『騎士という割に行儀が悪いな』などと思っていると、グレンの近くに座っているアリッサが口を開く。
「行儀が悪いわよグレン。食器で人を指さないでっていつも言ってるでしょーが」
「あ、いや、すまん」
どうやらこの仕草はグレンの悪い癖らしい。育ちの良いカタブツかと思っていたが、こういう部分があるのは愛嬌があっていい。
「それよりロック、今回は私も期待してるのよ。あなたの使う奇妙なチカラ……
ぜひもう一度、じっくりと確かめさせてもらいたいわ」
流し目で意味深な風に言うアリッサに、彼女の横で食事にがっついていたガロがショックを受けた様子で手と口を止めていた。
「そんな……アリッサ、俺というものがありながら……なぜだーーー!
うおおおーーーんっ!」
なぜか急に涙目になっているガロだが、こっちは飼い主がよそ見をしている時の大型犬のような印象である。
「なに言ってるの、そういう話じゃないわよ。
ほらもう、食べながら喋るから口の周りが汚れてるじゃないの」
そう言ってアリッサはハンカチでガロの口周りを拭いてやっている。
見る限り二人の関係は良好のようだ。それより気になるのは、グレンの隣で静かに食事をしているシンシアの方だ。
アンデッドとの戦いでは彼女の聖魔法が命綱といっても過言じゃないが、俺はまだ彼女の戦いぶりや実力を見たことがない。
自分の立ち位置を固めるためにも、シンシアの動きには気を配るべきだろう。
(で、最後に残ったのが……)
俺の横でガツガツと料理を食っている大男、傭兵クロードだ。
ただしこの男、ロクに素性も判明していないうえ、そもそもどうして俺たちと一緒にゼニンスキーに呼ばれたのか、その理由もよく分かっていない。
「お、どうした兄ちゃん。そんな熱い視線を送られると困っちまうぜ。
俺ぁ女に見つめられる方が好きなんでねえ」
「こっちだってそうだわ気色悪いッ!」
急に不気味な発言をするクロードに、俺もむせ返りそうになりながら言い返す。
「はっはっは、まあ安心しろよ。
少なくともアンタらの足を引っ張るなんてことはねえはずだ。
俺のことは気にせず、思いっきり戦ってくれりゃいい」
「……ああ、そーさせてもらうよ」
ゼニンスキー公爵が呼んだからには、クロードもグレンたちと同等の実力があるのは事実なのだろう。これ以上は気にしても仕方がないと思い、俺は器に残ったスープを全て飲み干した。
食事を終え、装備や道具の点検も準備万端。
いよいよ俺たちは『死者の森』へと足を踏み入れるのだった。
昼間だというのに薄暗い森の中は、まさに死者の森と呼ぶにふさわしい場所だった。木々の間を飛び交う亡霊、物陰からじっとこちらを見つめてくる視線、そして次々と出現する生ける屍の群れ――話に聞いていた通りの、そこはアンデッドの巣窟だった。
「――くそっ、これじゃキリがねえ!」
両刃の斧を薙ぎ払い、群がるスケルトンを吹き飛ばしながらガロが叫ぶ。
その一撃でスケルトンたちはバラバラに砕け散り、骨が地面に散乱するのだが、少し間を置くと再びそれらが動き出し、元通りにくっ付いてしまう。
しかもここのスケルトンはいずれも武器を持ち、俺がカーネと出会った時に見た個体とは比べ物にならない速さと苛烈さで襲いかかってくる。
「待って、このスケルトンたちは術で操られているみたい……そこ!」
シンシアが森の奥を指し、その方角を見るとボロボロの黒いローブを纏った術者らしき存在が、先端でが薄紫に光る不気味な杖をこちらに向けているのが見えた。
「ヤツを叩きたいがこっちも手が離せんッ! ぬおおおっ!」
スケルトンやゾンビ、死肉から生まれたであろう奇怪な怪物たちに阻まれ、グレンも術者の方へ近付けずにいる。アリッサも目の前の敵を押し返すのに手いっぱいで、術者の方へ向かう余裕はなさそうだ。
「へっ、ならここは俺の出番だなァ」
そう言うとクロードは背負っていた弓を手に取り、先端に銀色の鏃が付いた矢をつがえ、ヒュウッと放った。矢は木々の間を一直線にくぐり抜け、木陰からこちらを見る術者に見事命中した。
「ギョエエエエエエェェェーーーーッ!?」
薄暗い森に、老人とも子供ともつかぬような悲鳴が響き渡る。
直後、群れを成していたスケルトンの十体ほどが糸が切れたように崩れ落ち、二度と元通りになることは無かった。
「ビンゴ! あの姉ちゃんが言った通り、変な術者を見つけて始末するのが先決らしいな」
クロードは新しい矢をつがえ、シンシアに顔を向けて叫ぶ。
「僧侶の姉ちゃん、次はどっちだ!」
シンシアは目を閉じ、森に潜む異質な気配のみに意識を集中させる。
「向こうです! 七時の方向!」
その声を聞いた途端、クロードは素早く左後ろへ振り返り薄闇に目を凝らす。
そして暗がりに紛れるターゲットを見つけると、弓を引き絞り矢を放った。
「ギエエエエエーーーーーーッ!!」
胸元を貫かれた術師は耳を衝く悲鳴をあげて倒れ、またしてもスケルトンの群れの一部が静かになる。
「いいぞ、敵の圧力が弱まって来た! シンシア、次はどこだ!」
グレンが一瞬のうちに数体のゾンビたちを斬り倒すと、シンシアは前方を指す。
「正面よ、そのまま真っ直ぐ!」
「任せろ! うおおおおおおっ!」
グレンは全身鎧を着込んでいるとは思えない速度で走り出し、立ち塞がる敵を全て弾き飛ばして木陰に身をひそめる術師に肉薄する。
――ザシュッ!
一太刀で術師の身体が斜めに両断されると、残っていたスケルトンたちもその場に崩れて動かなくなり、残るは数体のゾンビ程度である。それら全てが掃討されると、死者の群れも不利と見たのか、潮が引くように森の奥へと去っていった。
「ふう、助かったよシンシア。やはり君の感覚は頼りになるな」
グレンは長剣を腰の鞘に納め、シンシアの元へ近付いていく。
「怪我はしてない? 小さな傷でも毒があるかもしれないから」
シンシアはグレンに心配そうな顔を向けるが、当の本人はまだ余裕のある表情をしている。
「ああ、大丈夫だ。あの程度に後れを取るほどヤワな鍛え方はしていない」
「そう、よかった……」
「君も無事でなによりだ。君にもしもの事があったら俺は……」
「グレン……」
などと自分たちの世界に入り始めた二人を、俺は少し離れて眺めていた。
(そういうのは帰ってからやれよなぁ。まあいいけど)
そんなことを思っていると、急に背中をバシッと叩かれて「おふっ」と変な声が出た。隣に顔を向けると、後ろから近づいて来たクロードが立っている。
「よう、見てたぜ大将。お前、なかなかの役者じゃねえか」
ニヤリと笑みを浮かべるクロードに、俺は表情を変えず目線だけ向ける。
「……なにがだよ」
「戦ってる最中、そこら辺を動いて立ち回ってるように見えたが、実際はなんもしてなかっただろ」
この男、思った以上に目ざといようである。
ただ、ここで素直に頷いてしまうと印象が悪いため、当然俺は否定する。
「叩く相手を見極めてたんだよ。結局出番は無かったけど」
「へっ、ずいぶんと出し惜しみするねえ。
まさかとは思うが、ハッタリかまして楽しようとしてないだろうな」
「……じゃあ試してみるか?」
俺がわざと見えるよう、腰に挿した剣の柄に手をかけると、グレンはさらに面白そうな顔をして笑う。
「わはは、やっぱり大した役者だぜお前さん。いい肚の座りっぷりだ」
「俺は無駄に動くのがキライなんだよ。大物狙いで一発勝負ってのが信条なんでね」
もちろん出まかせであるが、むやみに手の内を晒すのは避けなくてはならない。
「わかったわかった、そーいうことにしといてやるよ。次は期待してるぜ」
俺の肩をポンポンと叩き、クロードは先に歩いていく。
俺もそれに続いて森の奥へと足を進めたが、そこでいよいよ死者の森の本性が俺たちに牙を剥き始めた。
料理解説
肉野菜のトマト煮込み
数種類の野菜と肉を真っ赤なトマトと一緒に煮込み味付けした料理
スープが血のように赤く見えることから、初めて見る人は驚くこともあるようだ
しかしトマトの香り、甘みと酸味が効いたスープは絶品であり栄養価も高い
グレン率いるパーティーの中で一番料理が上手いのは戦士ガロである




