第十六話 ゼニンスキー公爵
カーネとのデートからおよそ一週間。
その日、俺は馬鹿でかい城の前に来ていた。
もちろん見学や散歩がてらに寄ったのではなく、この館の主に呼ばれたからだ。
その名をゼニンスキー。
メルカトルの街の統治者にして公爵というお偉いさんだ。
貿易都市メルカトルの北側に居を構えるゼニンスキーの居城は、それ自体が巨大な公園かなにかと間違うくらいに広大で、敷地の庭は隅々まで完璧に手入れされている。
実際、庭の一部は市民にも開放されていて、ちょっとした入場料さえ払えば、落ち着いた雰囲気の中で散歩や庭園の風景を楽しめるようになっている。
俺が門番に声をかけて名乗ると、連中はすぐに門を通してくれた。
広大な芝生の間を割って伸びる石畳の道を進み、俺はゼニンスキーの城に足を踏み入れた。城の中には大勢のメイドがいて、あちこちせわしなく動き回っている。彼女たちの衣服が可愛いのはゼニンスキーの趣味だろうか。
そんなことを思いつつ案内された広間に入ると、そこには見覚えのある四人組と、初めて見る顔の男がいた。
四人組の方は騎士グレンとその仲間たちだが、それとは別の男の背丈ははざっと見ても百九十センチ近くはあり、短い黒髪に角張ったアゴという精悍な顔立ち、金属で補強を入れたレザーアーマーを身に付け、身の丈と同じほどの大剣を背負っている。
身体つきも分厚く、筋肉の付き方からして、ひと目で数多の戦いをくぐり抜けてきた戦士だと容易に想像がつく。
そんな連中の視線を集めつつ俺が並ぶと、しばらく待つようにと警備の兵士に言われた。
「やあ諸君、待たせてしまったようだね」
どこか気取ったような声と共に姿を見せたのは、派手な金の刺繍と装飾が施されたコートを纏った、いかにも貴族といった風貌の人物だ。
この男こそ、俺をこの場に呼び出したゼニンスキーその人だ。
整えたグレーの髪、年齢は四十代だと聞いていたが、俺とひと回り以上の年上と思えないほどに見た目は若々しいうえに整っており、どこかギラついた意志の宿った眼をしている。
腰に挿した細身のサーベルもただの飾りではなく、剣の腕も貴族の間では一、二を争う腕前だそうだ。
(カネ、権力、強さの全部盛りってか……世の中ってのは不公平だぜ)
内心そんなことを呟きつつも、俺は黙って話の続きに耳を傾ける。
「ようこそ冒険者グレン、アリッサ、ガロ、シンシア。歴戦の傭兵クロード。
そしてロック君。今日わざわざ集まってもらったのは、ぜひ私の頼みを聞い欲しいと思ったからだ」
公爵直々の頼みというからには、どうやら大きな仕事の依頼と見て間違いないだろう。そしてあの大柄な男は傭兵クロードと言うらしい。
「単刀直入に言おう。諸君らには町の西に広がる死者の森へ赴き、
そこの主である吸血鬼を討伐してもらいたいのだ」
死者の森の吸血鬼。
話には聞いたことがある存在だ。
なんでもこの街が出来るよりも昔からこの地に住み着いているという、支配階級に属する強力な魔族の一人だ。
その吸血鬼が縄張りとしている森にはアンデッドモンスターが蔓延り、それが死者の森という名前の由来となっている。
グレンらの四人組はその話を聞いて、互いに顔を見合わせている。
「お待ちくださいゼニンスキー様。吸血鬼の存在は我々も把握している。
しかし奴は長らく居城に引きこもっており、連中の領域に足を踏み入れさえしなければ特に害はない……というのが冒険者ギルドの見解だったはずですが」
グレンがそう言うと、ゼニンスキーは口元に笑みを浮かべ、彼をなだめるように口を動かす。
「話は最後まで聞きたまえグレン。もちろん、それは私も承知している。
しかし、奴には知られていない裏の顔があるのだよ」
「裏の顔?」
「そう……吸血鬼は表向きこそ大人しいが、それには理由がある。
ヤツはこの街を侵さぬ条件として、裏で我々に貢物を要求していたのだ。
これはメルカトルの街にとっても長年の悩みでね……
奴に吸い上げられた財産は、もはや数え切れないくらいだ。
そこでとうとう、こちらも腰を上げる事にしたのだよ」
初耳ではあるが、これが事実ならけしからん話だ。
(魔族のくせに人間から巻き上げたカネで引きこもり生活だと……
あまりにも羨ましすぎる!)
もちろん口には出さずそう心の中で呟くが、そこで初顔の大男が手を挙げた。
「ああ、ちょいといいですかね旦那。
頼みについては理解したが、ひとつ疑問がある」
場の視線が大男――傭兵クロードに集まるが、彼は平然とした態度でゼニンスキーの返事を待っている。
「構わん、続けたまえ」
「死者の森の吸血鬼といやあ、魔族の中でも結構な大物だ。
そんなヤツを相手にしようってんなら、先に軍隊でも派遣するのがスジなんじゃねえんですかね」
クロードの意見はもっともである。
強力な魔族を相手にするなら、俺たち冒険者に頼むより先に軍を動かした方が確実なはずだ。
だがゼニンスキーはその疑問も想定内といった様子で、手ぶりを交えて説明する。
「うむ、君の疑問は当然だろう。だが思い出してくれたまえ……
吸血鬼の居城は、アンデッドが蔓延る死者の森にあると。
あそこのモンスターは手強いうえ、こちらの兵が死ねば、その死体がアンデッドと化して味方に襲いかかってくる。つまり兵の犠牲がそのまま敵の増援となってしまい、こちらが圧倒的に不利なのだよ」
長らく吸血鬼が討伐されずにいた理由が、俺にもはっきりと理解できた。
これでは過去の貴族たちも含め、誰も吸血鬼討伐などやりたがらないはずだ。
「なるほど……それで腕利きを選んでけしかけようってワケだ」
「無論、君たちの腕を信頼してこそだ。
私の頼みについては、これで理解して頂けたかね?」
そう確認するゼニンスキーに対し頷きながらも、クロードは肩をすくめ俺やグレンたちの方に目線を向けてきた。
「そっちの四人組は、あの有名な騎士グレン率いるパーティってのは分かりますがね、こっちのボウヤは誰なんだ?」
クロードから雑に指を差されて少しイラっとしたが、俺も海のように心が広い男、この程度でへそを曲げたりはしない。
「彼は冒険者ロック。もちろん私がここへ招いたのだ。
確かに彼は先日まで無名だったが……彼の実績を聞けば君も驚くだろう」
「へえ、そりゃ興味がありますね。一人でオーガくらいは倒せたんですかい?」
クロードは鼻で笑いながらそう言うが、
「オークキング、溶岩竜、海底の主。いずれも彼が討伐したモンスターだ。
しかも、ほぼ単独でな」
ゼニンスキーの言葉を聞いた瞬間、クロードは信じられないといった表情で目を剥き俺を見ている。
ふふん、ざまあみろ。
そんなことを思いつつも、俺は過去を鼻にかけて威張る小物ではない。
ここは努めて平静な態度であるべきだろう。
「し、信じられん……こんな若造が!?」
俺が海底の主を倒した件については街でも結構な騒ぎとなっていたので、クロードがそれを知らないなら、この男はつい最近になってこの街へ流れてきたということだろう。
「私も報告を聞いたまでだが、全て事実らしいのでね。
今度の討伐依頼にはうってつけだろう」
「……オーケー、了解しましたよ。そういうことなら俺もラクが出来そうだ」
クロードは背中の大剣をガチャリと鳴らし、不敵な笑みを浮かべている。
「諸君らには任務に見合った額の報酬を用意している。
そして吸血鬼の居城には、我々から掠め取った財宝も眠っているはずだ。
見事に奴を討伐できたなら、それを自由に出来る権利を与えようではないか」
財宝と聞いて、俺は俄然やる気が湧いてくる。
長年にわたって吸血鬼が貯め込んだ財宝はいかばかりか、想像するだにわくわくしてしまう。
「私からの話は以上だ。もし依頼を受けられないというのであれば、
今ここで部屋を出て行きたまえ。その事で咎めはしない」
ゼニンスキーは俺たちの顔を見回し、誰も出て行かないことを確認して満足そうな笑みを浮かべる。
「よろしい。それでは各々、任務に向かってくれたまえ。朗報を期待しているよ」
こうして俺を含めた六人が、死者の森に潜むという吸血鬼討伐に乗り出す事となった。
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