第十五話 カーネとデート
デートのコースなど特に決めていなかったので、適当に街のあちこちを眺めて回ることにした。
噴水のある大きな公園、この街一番の大きな屋敷、大勢の人が行き交う商店街、古い魔導書や古物を扱う怪しい魔法屋。
それらを適当に見て回った後、俺とカーネは小さな露店の前で足を止めていた。
そこはまだ幼い少女が店番をしていて、敷物を敷いた小さな台の上には、磨いた玉石を紐で繋ぎ合わせたアクセサリーが並べて置いてある。カーネは少女の前でしゃがみ込んで目線の高さを合わせると、やや不揃いな首飾りを指して微笑む。
「これ素敵ね。あなたが作ったの?」
カーネの優しげな声に、露店の少女も明るい笑顔で応える。
「うん! いくつか作った中で、一番出来がいいってお母さんにも褒められたんだ」
俺にはよく分からなかったが、作った本人やカーネにはその出来の違いが分かるようだ。
「ね、綺麗なお姉ちゃん、よかったら買っていってよ。安くしとくから」
こういうのは物売りの常套句ではあるが、笑顔の幼い少女は半分くらい本気で言ってそうではある。この人懐っこい表情を意識して作っているのだとしたら、その技術には感服するしかない。
しゃがんだまま俺の方をじっと見るカーネに少し苦笑しつつ、俺もその場にしゃがんで100ゴールド硬貨を二枚ほど露店の少女に手渡す。
「えっ、これもらいすぎだよお。一個で10ゴールドだよ」
「いいんだ、今日はそれで美味いもんでも食いな。どうせ腹減ってんだろ?」
こんな子供が昼間から露店で商売をしているとなれば、お世辞にも楽な暮らしとは言い難いだろう。ガラにもなく仏心のようなものを感じてしまった俺は、硬貨を少女の手にしっかりと握り込ませる。
「いいか、カネはしっかり隠して他人に見られないようにしろよ。
悪いやつに取り上げられるかもしれないからな」
「うん、ありがとうお兄ちゃん!」
ふっと笑って俺が立ち上がると、首飾りを受け取ったカーネが遅れて立ち上がる。彼女はとてもニコニコしながら、俺に首飾りを差し出してきた。
「ね、これ私に付けてくれる?」
「お、俺がか? まあいいけど……」
急な提案に面食らいつつも、俺は首飾りの紐を持ってカーネの首筋に手を伸ばす。指に触れる金色の髪はサラサラで、非常に触り心地が良い。
そして紐を結んでやるために一歩近付いたのだが、カーネと向き合って密着するような形になり、途端に心臓がバクバクしてしまう。
(ええい、この程度で取り乱すなロックよ! 平常心平常心……!)
普段であればこうはならなかっただろうが、なにしろ今は内なる本能が最高潮に昂っている状態だ。目の前でじっと身を委ねているカーネの肌や胸元に喉を鳴らしつつ、なんとか首飾りの紐を結んでやった。
「ふう……ほら、終わったぞ」
平静を装いながら言うと、カーネは首飾りを手に取り、にっこりと笑って見せる。
「ふふ、ありがとうロック。これ、私の宝物にしちゃお」
――ドクン!
屈託なく笑うカーネを見た瞬間、身体の奥底から湧き上がる強い衝動。
つい両腕を伸ばして彼女に迫りたくなったが、俺はギリギリで踏み留まって深呼吸をする。路上で見境なく手を出すなど、まったくもって紳士的ではない。
「コホン、あー。気に入ったんなら良かったよ。でも、宝物ってのは大げさだろ」
「ううん、これがいいの。ロックの優しいところも見ちゃったし」
「いや、アレはなんつーか……」
正直、ただカッコつけたかっただけというのが本音なのだが、どうもカーネは色々と好意的に受け取ってくる節がある。
(妹のマーネが心配するのも、少しわかる気がするな……)
ともあれしっかりポイント稼ぎは出来たと、俺とカーネは露店の少女に手を振ってその場を離れた。
その後、昼時になってからカップルにも評判のいいレストランでランチにした。
シミひとつない真っ白なテーブルクロスの上に、綺麗に盛り付けられた料理が順に運ばれてくる。普段俺が出入りしているような騒がしいギルドの酒場や定食屋とは、食器の質ひとつからしてまったく違う。
「なんだか素敵な雰囲気ね、こういうの」
「ちゃんとしたコース料理を出す店は、俺もあんまり縁が無いからな」
「じゃあ、今日は私のためにここを選んでくれたのね」
「う……ま、まあ言いようによってはそうなるかもだけど」
「うふふっ」
やっぱりというか、カーネは常に上機嫌である。
それは俺が連れて行った場所を気に入ったというより、デートそのものを楽しんでいる様子である。
(ま、不満が出なかったのは安心だな)
そう思いつつカニのクリームパスタを口に運んでいると、カーネも同じように料理を口に運ぶ。その仕草やナイフ、フォークの使い方ひとつ取っても、カーネはとても品があり、俺の知る限りでも作法は完璧だった。
つい手を止めてカーネをじっと見ていると、俺の視線に気づいた彼女は不思議そうな顔をする。
「どうしたの、じっとこっちを見たりして」
「あ、いや。妖精でも普通に食事は出来るんだなって」
誤魔化すために口にした言葉だが、これも小さな疑問のひとつである。
「ええ。食べなくても私たちは生きていられるけど、
食べた方が調子がよくなるのは確かよ」
「例えばなにがいいんだ?」
「フルーツとかデザートがいいわ」
それはカーネの好物なだけではと思ったが、ここで野暮は言いっこなしだろう。
「んじゃ、これからはメシの時に頼んどいてやるよ」
「やっぱりロックって優しいのね」
「勘違いすんなよ。いざって時に相棒の調子が悪かったら困るだろーが」
「ふふ、じゃあそういうコトにしておきましょ」
それから他愛もない話を続けてランチを平らげた後は、腹ごなしに街を散歩し、その足で街全体を一望できる丘の上にやってきていた。
そこは一部が展望台になっており、眼下の景色を眺められるベンチには無数のカップルが腰を下ろしている。俺もカーネを連れて空いたベンチに座り、一息つくことにした。
「ここに来るのは初めてだけど、なかなかいい眺めだな」
「ロックが寝泊まりしている宿って、あの辺かしら」
「ん、どれどれ……ここからだとあんなに小さく見えるのか」
「この建物のひとつひとつに人間が暮らしてるのよね。なんだか不思議」
丘を抜ける風に吹かれ、黄金の髪をなびかせるカーネの横顔は綺麗だった。
つい見とれてしまうと同時に、俺は大事なことを思い出す。
(そうだ、俺はムラムラしていたのだ……!)
隣にいるのはスタイル抜群、妙に人懐っこい性格の女である。
特に不満を口にすることもなく、今日はずっと上機嫌。
これらの符号を組み合わせた時、俺の脳内でひとつの答えが導き出される。
(これはイケる間違いない!)
あと一押しでゴールは目前。
だが、ここで焦って玉砕するのは素人のお決まりパターンである。
最後の一手こそ慎重に打たねばならない。
そう自分に言い聞かせ、俺は努めて平静を装う。
「しかしアレだ、今日は結構歩いたな。
カーネは普段空を飛んでるし、疲れたんじゃないのか?」
「そうね、なんだか少し眠くなってきちゃった……」
そう呟くとカーネは俺の方に身体を預け、こてんと頭を傾けてきた。
(こっ、これはチャンスか!?
いや待て焦るんじゃない。俺はムラムラしているだけなんだ)
我ながら意味不明な思考で懊悩しながらも、俺はカーネの肩に手を回そうとしたのだが――。
「すー、すー」
彼女は俺が動くより前に、静かな寝息を立てていた。
こうなってしまっては、無理に起こして迫るなど無粋が過ぎるというものだ。
俺は空を仰ぎ、果てしなく深いため息をひとつ吐いた。
「――はっ!?」
ふと気が付くと、俺はベンチに横たわりカーネの太ももを枕にしていた。
慌てて飛び起きると空は赤く染まり、太陽が西に沈みかけている。
「い、いつの間に眠っちまったんだ!?」
「ロックも疲れが溜まってたのね。あれから一時間くらいよ」
自分では全く覚えがないが、思いのほか長く居眠りをしてしまったらしい。
「それからずっとこうしてたのか? 起こしてくれれば良かったのに」
「だって、ロックの寝顔が可愛かったんだもの」
紅い西日を受けて微笑む彼女の顔を見た時、またも俺の心臓が強く脈打つ。
それは理屈を超えた本能の部分によるもので、もはや抗うのは不可能だった。
俺はカーネの身体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「あっ……」
カーネは小さく声を漏らすが、抵抗は無い。
「わりぃ。無茶はしないつもりだったんだけどよ、そろそろこっちも限界なんだ」
「ねえロック、待って」
「ダメだ待てねえ」
両腕に伝わる熱と鼓動。
潤んだ瞳と艶やかな唇。
あと少しでそこへ触れようとしたその瞬間、『ポン!』という気の抜けた音と共にカーネは消えてしまった。
正確には、元の妖精の大きさに戻ったというのが正しいが。
「ぶっ!?」
俺は勢い余ってベンチに倒れ込み、ガツンと顔を強打してしまう。
「ぐおおお、痛ってえ……!」
「わ、大丈夫?」
「おい、なんで急に元に戻るんだよッ!」
「……残念だけど、制限時間を過ぎちゃったみたい」
「なんだとおおおーーーーーっ!?
な、なんたる不覚! この俺としたことがッ!」
その時、頭を抱えて悶える俺の腰に下げた袋から光が飛び出し、宙に浮かんで人の形に変わる。
カーネの妹、銀色の妖精マーネだ。
「ちょっと、急にバタバタと騒がしいわね。
私の腕輪は丁重に扱いなさいよロック」
登場早々から不満げに言うマーネだったが、俺とマーネの間に漂う空気を察し、顔を引きつらせる。
「待って、なんなのこの雰囲気は……
まさか、お姉さまにいやらしいことしようとしたんじゃないでしょうね!」
「まだナニもしとらんわチクショウ!」
マーネがすぐさま姉の顔を見ると、カーネは頬を赤くして視線を逸らしている。
「ロック、ああいうのは……その、もっとお互いを知ってから、ね?」
珍しく恥ずかしそうな表情と小さな声で、カーネはもじもじしている。
そんな姉の様子を見て、マーネは白目を剥いて気絶しそうな衝撃を受けている。
「やっぱり手を出そうとしてたんじゃないの変態! ケダモノ!」
「だーっ、やかましいわ!
煮え滾った俺のマグマをどうしてくれるんじゃいオラァン!!」
「し、知らないわよそんなもの! 自分で勝手にどうにかすればいいでしょう!」
「ぐおおおおおっ!!
結局高いカネ払って、余計にムラムラが増しただけじゃねーか!!」
「やめて! お姉さまに近寄らないでこの性獣ッ!!
アンタなんかにお姉さまを汚させやしないわッ!!」
「誰が性獣だっ!! どう見ても紳士だろーがッ!!」
その後、俺はギャーギャーやかましいマーネと、ずっと顔を赤くしたままのカーネを連れて宿に戻るのだった。
やはり欲望に任せて判断を誤るとロクなことが無い。
高い勉強料だったと自分に言い聞かせながら、俺は自室でふて寝するしかなかった。
結局例のアレをどうやって鎮めたのかは、皆の想像にお任せする。
人物紹介
・カーネ
金の腕輪に宿るおカネの妖精。黄金色の衣服と長い髪が特徴
ホワホワして温厚な性格。本名はカーネリア
代価(お金)を支払うことで金額をそのまま攻撃力に変換できる能力を持つ
容姿とスタイルが非常によく、人間サイズになると誰もが振り返るほどの美人
見た目だけでなく所作にも育ちの良さや気品が伺えるものの、
本人は妖精となる前の事を覚えていないようだ
ロックにはかなり好意的




