第十四話 ムラムラ!
俺はムラムラしていた。
これは健康な成人男子なら仕方がない生理現象というものだ。
冒険者ギルドの宿に借りている自室のベッドに腰掛け、俺はこの抑えがたい迸りをどう処理したものかと真顔で考え込んでいた。
借金を完済しマグロ漁船から降りることに成功した俺。
そればかりか2万ゴールド超という収入を携え、意気揚々とメルカトルの宿に戻った後は、一ヶ月ぶりの自由を謳歌していた。
だが、丸一日ほど寝て過ごした後に、すぐさま俺は気付いてしまった。
(このところずっとバタバタしてて、ご無沙汰なんだよな実際)
カーネとの出会いに始まって、ダンジョンの探索と手強いモンスター退治。
そして手違いから借金を背負い、一ヶ月の漁師生活。
ハッキリ言って色々と溜まっているのである。
どうにかしてこの煮え滾るマグマを鎮めたい所だが、今の俺には大きな問題がある。俺の右腕に嵌った金の腕輪にはおカネの妖精カーネが宿っており、いつ彼女が顔を出すか知れたものではない。
もしも仮に、仮にだが一人で致している所を見られでもしたら、俺は男として自ら死を選ぶ他ないだろう。
もちろん、しばらく出てこないよう彼女に頼むことも可能だが、こんな理由で嘘を付いて頼みごとをするというのも、なぜか無性に癪に障るのだ。
(ぬうう……せめてこう、気を紛らわせるイベントでもあれば……!)
そんなことを考えているうちに、腕輪からひょっこりとカーネが姿を現した。
緩いウェーブのかかった金髪に、黄金色の服。
そして金細工のアクセサリーを身に付けた、美しい女の姿。
その身体は人形のように小さいが、彼女の体形は出るところがしっかり出ていて豊満である。
特に胸まわりが。
つくづく彼女が人形サイズであることを残念に思いながら、俺は盛大にため息をつく。
「はぁ~~~~~」
呪われそうな声に目を丸くしたカーネは、ベッドに座ったままうなだれる俺の顔を覗き込む。
「どうしたのロック? 大きなため息ついちゃって」
「ん、ああ……いやまあなんでもない。気にすんな」
「そんな思い詰めた顔してるんだもの、気になるわよぅ」
「心遣いはありがたいが、なんつーかセンシティブな話だから」
「ねえ、私に出来ることってあるかしら。
良かったら悩みの解決のお手伝いするわよ」
「いやお手伝いって、そりゃ絵的に絶対マズいですよ!?」
「?」
「あー、コホン! まあ、そうだな……」
俺はカーネをじっと見つめ、つい思ったことを零してしまった。
「カーネが俺と同じ人間サイズだったらなー、と」
どうしようもない発言で困らせてしまったかと思ったが、なぜかカーネは笑っている。
「あら、それなら出来るわよ」
「……なんですと?」
あまりにもサラッと出てきた言葉を呑み込めず、俺は思わず聞き返す。
「だから、人間と同じ大きさにもなれるわよって言ったの」
「な、な……なんだってーーーーー!?」
俺はつい声を張り上げ立ち上がってしまう。
驚いたカーネは後ろにくるりと宙返りをし、俺から少し離れて微笑んでいる。
「え、マジで? 本当に人間と同じサイズになれんの?」
「ええ、大丈夫よ。ただし……」
そう言って彼女が差し出す手の平を見た瞬間、俺はがっくりと肩を落とす。
「ですよねー。おカネの妖精だもんな。ちなみにいくらだ?」
「人間サイズに変身するのは500ゴールドね」
「け、結構高いな……」
もちろん今の俺なら余裕で払える額ではある。
だが、一時の欲望のために安くはない金額を支払うのはどうなのか。
しばし逡巡した後、俺は曇りなき眼でカーネを見つめ、言った。
「乗った。さっそく見せてくれたまえよ君ィ」
芝居がかった俺のセリフにくすくすと笑いながら、彼女は俺が差し出した100ゴールド硬貨5枚を受け取る。
「じゃあ始めるわね。えーいっ」
相変わらずのゆるい口調で言いながらカーネが両手を掲げると、彼女の全身が光に包まれ、見る見るうちに大きくなっていく。
やがて人間と同じ大きさになると、光が収まり人間と同じサイズのカーネがそこに立っていた。
「ふう……これでどうかしら?」
そう言って微笑む彼女を前に、俺はただ固まってしまった。
つま先からてっぺんまでその姿を眺め、最後にカーネと視線が合うと、思わず言葉が口から出てしまった。
「すっっっご!?」
「……?」
言葉の意味が分からないようで小首を傾げるカーネだが、その破壊力は半端ではなかった。普段は人形サイズのせいもあってあまり気にしていなかったが、同じ背格好で現れたカーネはとんでもない美人であった。
その美貌も、醸し出す雰囲気も、そして豊満な胸周りも。
今のカーネが表を歩いていたら、百人中百人が振り返るだろうという確信がある。
そのくらいに彼女は『凄い』としか言いようがなかった。
「どうしたのロック? 私、どこかヘンかしら?」
「い、いやヘンじゃないぞ。むしろ逆っつーか、ものすごくてだな」
「それって、褒められてるってことでいいの?」
「お、おう、まあな」
「ふふっ、やった」
今度はまるで少女のような笑顔を見せるカーネ。
見た目とのギャップも合わさって、その破壊力は想像以上である。
「くっ、やるじゃねぇか……とんだハードパンチャーだぜ……」
「ロックに喜んでもらえてよかったわ」
そう言って小さく飛び跳ねるカーネだが、その度に豊満な胸も上下に揺れ動く。
それはもうゆさゆさと。男として俺はそこから目を離すことが出来なかった。
「ねえロック……あんまり女性の胸ばかりじっと見ちゃダメよ?」
「ぶはっ!?」
視線はとっくにバレていたらしく、俺は慌てて視線を逸らして誤魔化す。
「そうは言ってもだな……目の前にこんな立派なもんがあったら、見ない方が逆に失礼だろうがッ」
「私はロックに見られても、そんなにイヤじゃないけど……
他のコの前では気を付けた方がいいんじゃないかしら」
「ぐっ……お前な、言葉の意味を分かって――」
俺が言いかけた時、カーネの身体が「ボワン」と音を立てて煙に包まれ、気付くとまた三十センチ程度の人形サイズに戻ってしまっていた。
「は? あれ? なんで戻ってんの?」
「あら残念、制限時間の三分が過ぎちゃったみたいね」
「短ッ!? てか三分しか持たねえのかよ! ボッタクリだろコレ!」
あまりにも短い時間の理不尽に俺がプンスコしていると、カーネは苦笑しながら俺の顔の前に近付いて来た。
「そんなに怒らないで。こういう決まりだから仕方がないのよ」
「いやこんなもん訴えられても文句は言えんぞ。なんだよ決まりって」
そう腹を立てる俺に、カーネはいつもの集計の時のように文字を空中に浮かび上がらせる。
「これは特別サービスなの。コースはこうなってるわ」
・人間サイズになる 500ゴールド
・手をつなぐ 800ゴールド
・デートする 2000ゴールド
・特別マッサージ 10000ゴールド
・ナイショ 時価
「なにこの、そういうお店の料金表みたいな……
しかも高けぇし。あと時価ってなんだよ」
「希望すれば延長も可能よ。もちろん延長料金が発生しちゃうけど」
「アッハイ、左様でございますか」
なぜか丁寧な口調になってしまう俺に、カーネはどこか期待するような眼差しを向けてくる。
「あー、参考までに聞くが……このデートだの特別マッサージだの、
今までに頼んだ奴っているのか?」
「……ううん、残念ながら誰もいないわ。どうしてかしら」
俺は心の中で「だろうな」と思いつつも、さすがに口には出さずに我慢する。
「ちなみに他のコースとやらも三分で時間切れとかじゃねーだろうな?」
「大丈夫よ。例えばデートなら半日は持つから」
「ほほう、なるほど……つまり時間は十分にあるワケだ」
普段の俺であれば、デートごときで2000ゴールドなどという貴族もびっくりな遊びにカネを出したりはしない。だが長い禁欲生活を経て、ムラムラが最高潮に高まっている健康な男子に、正常な判断をしろなどと無理を言わないで頂きたい。
言うな。
「よかろう、ならば俺がこの身をもって体験してやろうじゃねーか。
前人未到、2000ゴールドのデートってやつをよー!!」
血走った眼を見開き、俺は財布の袋から2000ゴールド分の硬貨を出してカーネに差し出した。
その時のカーネのはしゃぎ様は大変なもので、しばらくの間上機嫌で部屋を飛び回っている程であった。気が済むまで飛び回った後、カーネは再び人間と同じサイズに変身し、俺の前でニコニコしている。
「それじゃロック、どこへ連れて行ってくれるの?」
「あーっと、ちょっと待った。その前にひとつ注文だ」
「なあに?」
「その服装だけ、もうちょいなんとかならないか?
さすがにその格好だと、表で悪目立ちしすぎちまう」
カーネの纏う金色の服は、素材すら不明な上等な物ではあったが、人間と同じサイズでは人目を引きすぎる。一緒に歩いていて他人からジロジロ見られるのは、俺にとってもカーネにとっても避けたい所だ。
「そうね、わかったわ。それじゃこんな感じでどうかしら……えいっ」
カーネの掛け声と共に、身を包んでいた衣装が一瞬で切り替わる。
今度は白いフォーマルなドレスといった感じで、シルクのような美しい艶のある生地で出来ている。その姿は彼女の雰囲気と併せてただ似合っているだけでなく、気品や高貴さまでも感じられる。
「な、なんかやたらサマになってんな。
お前、もしかしてどっかの王女様だったりするのか?」
「さあ、どうなのかしらね。自分では分からないの」
「なんでだ?」
「妖精としてこの役割を与えられたってことは覚えているけど、その前のことは記憶が無いのよね」
「そうなのか。ま、その話は後にするとして……ええと、よく似合ってるぜ」
「ふふ、褒められちゃった。ありがとうロック」
素直にそう喜ぶ笑顔を見るのは、俺としても気分は悪くない。
この格好なら表を歩いていても大丈夫と判断し、俺はカーネを連れて部屋を出た。
ギルドの一階へ降りる階段へ向かう廊下で、俺たちはばったりと一人の娘に出くわした。明るい栗色の髪を三つ編みにした、ギルド酒場の看板娘アニーである。
「こんにちはロックさん。これからお出かけですか……って、え!?」
アニーは俺の隣にいるカーネに気付くと、雷にでも打たれたかのように驚いて硬直している。
「ロ、ロ、ロックさんっ! こちらのすっごく綺麗な女性はどなた!?」
俺とカーネの顔をせわしなく交互に見ているアニーに、カーネはニコッと笑い返す。
「私はカーネっていうの。よろしくね」
「ひゃ、ひゃいっ!? ア、アニーですよろしくお願いしますぅぅぅぅ!!」
やけに落ち着きのないアニーは舌が上手く回っておらず、ヘンな声で返事をする。そしてアニーは俺の首にガッと腕を回し、ヘッドロック気味の状態で廊下の端に俺を引っ張り、小声で言う。
「どこで引っ掛けてきたんですあの人!?
こんな所に連れ込んで大丈夫なんですか!?
後で問題になっちゃいませんかコレ!?」
「人聞きの悪いことを言うな。まだなんもしてねーよ」
「まだってことは、これからしっぽりキメる可能性もあるんでしょ!」
「いかがわしい言い方するのはやめんかッ! どこでそんな言葉覚えてきたんだ!」
ヘッドロックの腕を外し、俺は襟を整えてからアニーの肩にポンと手を置く。
「ま、オトナには色々あるんだよ。
また今度紹介するから、話の続きはその時にな」
そう言って俺はカーネを手招きし、一緒に並んで冒険者ギルドの宿を後にした。
だが、事件はその時起こった。
「こうして一緒に並んで歩けるのって、不思議な気分。でも嬉しいわ、ふふっ」
本人はきっと純粋な――普段と違う目線と世界を喜んでのことだったろうが、カーネは俺の左腕に腕を回し、ぴったり身体をくっつけて来た。
つまるところ腕を組んで歩く。
ただそれだけなのだが、問題はカーネの豊満な胸回りにあった。
(おいいいいいっ!? 思いっきり当たってますがなカーネさんッ!?)
もはや人形サイズではない、確かな質量のたぷんとしたそれが、俺の腕にぐいぐい押し当てられているのだ。
(こっ、こいつ!? わざとやってんのか!?)
そう脳内で叫ばずにはいられない程に、柔らかな感触は煩悩の昂りまくった俺の思考を殴りつけてくる。
ついでにすごくいい匂いもする。
(逆になんかの修行みたいになってんじゃねえかああああっ!!
やーらかいけど! すごいけどッ!!)
だがここで、路上で発禁などしようものなら俺は『路上先走り野郎』として一生十字架を背負ってしまう。
それだけは絶対に避けねばならない。男として――。
天国と地獄を同時に味わったような気分になりながら、しばらく俺は下半身を気にしつつモタモタ歩くしかなかった。




