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第十三話 カニvsカネ

「急にインフレ激しすぎだろッ!

 どんだけカタいんだよあのカニは!!」

「あの甲羅、とっても頑丈そうだものね……」

「10万ゴールドなんて、漁師のおっさんどもの財布集めたって……

 って、いや。ちょっと待て」


 その時、俺の脳裏にふたつの疑問が生じた。

 まずひとつ目は、文字通りケタ違いな海底の主の耐久力についてだ。


「なあ、カーネの言うモンスターの耐久力って、どういう基準で決まるんだ?」

「どうって、手持ちの武器で直接攻撃した時、

 どのくらいの威力でやっつけられるかって事じゃないかしら?」

「……だよな。あくまで正面からぶった斬った時の硬さってことだよなアレ」

「ええ、たぶん。それがどうかしたの?」

「ピンと来ないか?

 カニの耐久力がやたら高いのは、あの甲羅のせいだと思うんだ。

 例えば甲羅は別にして、中身の耐久力だけ見たらどうなる?」


 カーネは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに俺の言葉の意図が分かったらしく、両手をポンと合わせて笑顔になる。


「わあ、ロックってば頭いいのね」

「ふっ、閃きのロック様と呼んでくれたまえ。

 で、中身だけの耐久力は見られそうか?」

「待ってて、やってみるわ」


 カーネはしばし巨大なカニをじっと見上げ、そしてまた俺の方へ顔を向ける。


「見えたわ。中身だけなら耐久力20000ってところみたい。

 ロックの言う通りね」

「よし、思った通りだ。これなら希望が見えて来たぜ……

 じゃあ次の相談だが、カーネとマーネ、二人ともちょっと耳貸せ」


 俺は近寄ってきたカーネとマーネの耳元に、小声で作戦を伝えた。

 いくつのか確かめたいことを尋ねると、彼女たちはこくりと頷く。


「私の方は問題ないわ。お姉さまは大丈夫?」


 マーネが姉に目を向けると、カーネも微笑んで答える。


「ええ、私も大丈夫だと思うわ。後はみんなの同意を得られればオッケーよ」

「そうと決まればとっとと実行だ。おいあんたら、全員俺の話を聞けッ!!」


 パニックになっている船員たちに向けて、俺は声を張り上げる。


「このままじゃ船は奴に齧られて全滅だ!

 だが、俺はあのデカいカニを退治できる!」


 甲板ではどよめきが起こり、船員の中には俺をかわいそうな人を見るような目で見つめてくる奴もいる。


「俺は鉱山で溶岩竜を退治したし、オークキングもブッ倒したことがある!

 どっちも冒険者ギルドで聞けば分かる事だ!」


 そう叫ぶ俺に、やけに心配そうな顔のゲンさんが近寄ってくる。


「おいロック、急にどうした。お前がモンスターを退治してきたからって、

 いくらなんでもあの山みたいなカニは無茶だぜ」

「ところが無茶じゃねえんだゲンさん。もう少し俺の話を聞いてくれよ」


 そう言ってゲンさんを下がらせ、俺はもう一度叫ぶ。


「俺はあのカニを倒せるが、さすがに一人じゃ無理だ。

 だからみんなにも手伝ってもらいたいッ!」


 その言葉に希望を見出したのか、船長のワタリのおっさんが俺の前にやって来た。


「おう兄ちゃん、若けぇのにいい啖呵切るじゃねえか。

 俺たちは何をすればいい?」


 そう尋ねたワタリのおっさんと、他の全員にも見えるように、

 俺は開いた手のひらを突き出して見せる。


「500ゴールドだ。一人500ゴールドを俺にくれっ!」


 それからしばしの沈黙の後、甲板には怒声が飛び交った。


「こんな時にカネを出せだぁ!?

 バカかテメェは、そんなにカネが欲しいのかよ!」


 無理もない反応ではあるが、俺もここで引いてはいられない。


「詳しい説明してる時間はねえんだよッ!

 一人500ゴールド出してくれりゃ、ヤツをどうにかする算段が付く!

 嘘だったら俺を海に放り込むなり好きにしやがれ!」


 負けじとそう叫び返すと、ワタリのおっさんが俺に500ゴールド分のカネを手渡してくれた。


「……色々とワケありみてぇだが信じるぜ。

 俺はまだ、女房やせがれを残して死ねないんでな」


 すると、続いてゲンさんが俺の前にグイっとカネの入った袋を突き出してきた。


「しょうがねえから俺も乗ってやるよ。

 その代わり、騙しやがったら海へドボンだからな!」


 最近は感覚がマヒしてしまっていたが、500ゴールドあれば上等な酒と料理を腹いっぱい食えるし、一晩の女遊びを堪能できる金額であって、普通のおっさんが小遣い気分で他人に渡せるような額ではない。


 だが、ワタリのおっさんやゲンさんの様子を見て、他の船員たちもカネの入った袋を俺の方へ投げて寄こしてくれた。


「……みんなありがとよ。これでどうにかなりそうだ!」


 俺はニッと笑って見せ、すぐにカーネに声をかける。


「カーネ頼むぞ、5000ゴールドぶんだ!」

「はーい。5000ゴールド入りまぁーす」


 俺の500ゴールド分は古代魚の収入見込み分から出して、船員たちから回収したカネと併せて5000ゴールドを攻撃力に変える。


 この流れは先にカーネに話を付けてあるからルール違反にはならない。

 だが海底の主が古代魚を食い続けているせいで、その価値はどんどん減ってしまっている。

 これがゼロになる前に、俺はヤツと決着を付けなくてはならない。


「準備は出来たものの、どうやってあのカニ相手に距離を詰めるか……

 おいマーネ、なんかこうイイ感じに近付ける魔法とかないのか?」


 ずっとカーネにくっついているマーネにそう質問すると、彼女は「あるわよ」と簡単に返事をする。


「よし、じゃあその魔法で俺をカニの所まで送ってくれ。いくらだ?」

「単純な魔法だから10ゴールドでいいわ。

 ただし攻撃能力は無いからそのつもりで」

「分かってるよ。じゃあやってくれ!」


 俺はもう一本の銛を手に取り、海底の主に向かって身構える。

 マーネは俺の身体に手を触れ、短い呪文を唱えた。


疾風衝ブラストチャージ!」


 その瞬間、俺の身体は大砲から発射された砲弾のように一気にぶっ飛んでいた。


「いいいいいいいっ!?」


 凄まじい風の抵抗で顔面がちょっと面白い事になりつつも、ほぼ一直線に飛んだ俺は海底の主の甲羅の上に落下した。

 甲羅の上は岩礁のようにゴツゴツしていたが、俺が落ちた場所には海藻がびっしりと生えておりケガをせずに済んだ。


「や、安い魔法の割にすげえスピードだったな……

 うっかり心臓が止まるかと思ったぜ」


 初めて味わう感覚に青ざめつつも、俺は銛を杖代わりに立ち上がると、目的のポイント目指して移動を開始する。


 あらためて海底の主の巨大さには驚かされるが、ここまで来て怖じ気づいている場合ではない。

 それに古代魚の身は、すでに半分近くも食われてしまっている。


「くっ、急がないと……!」


 歩きにくいカニの甲羅の上を進み、俺は巨大なハサミの付け根の近くへと移動してきた。甲羅から伸びた先のハサミには古代魚が挟まれたままで、柔らかい腹の部分からムシャムシャ食われている最中だ。


「えーと、たぶんこの辺のはず……よし!」


 俺の狙い通り、ハサミの付け根部分は可動部になっていて、柔軟に動くぶん他より甲羅が薄く、分厚い皮といった質感だ。


 背中のように甲羅の厚い部分を貫くには大金が必要となってしまうが、ここなら5000ゴールド分の攻撃力でも傷は付けられる。


 その小傷と俺の読みが当たってさえいれば、このバカでかいカニといえども退治できるはずだ。


「うおおっ、くらえッ!」


 俺は両手で握り締めた銛を、左ハサミの付け根に力いっぱい突き刺した。

 5000ゴールド分の攻撃力が加わり、銛の先端は狙い通りに甲羅の内側へと到達した。


 もちろんこの威力では甲羅の薄い部分を突き通すのが精一杯で、中身にはさしたるダメージも与えられてはいない。


「――!?」


 だが身体を傷付けられて驚いた海底の主は、急に激しく動き始めた。

 甲羅から飛び出た目で俺の姿を見つけると、俺を叩き落そうと右のハサミを振り回してきた。


「どわあああっ!?」


 圧倒的な質量を回避できるような場所もなく、俺はあっけなく海底の主の上から弾き飛ばされてしまう。

 背中から海めがけて落下する中、俺は叫ぶ。


「マーネ今だ、残ってる1万ゴールドぶんで頼む!」


 古代魚の素材価値はすでに半分にまで落ちている。

 その残り全てを支払うという名目で、俺は事前にマーネに魔法の約束を取り付けておいたのだ。


「……ギリギリ間に合ったようね。約束はきちんと果たすから見てなさい」


 宙に浮く銀の妖精マーネの身体に、膨大な魔力が集まって来る。

 それは上空に雷雲を呼び寄せ、渦を巻いて周囲の気圧を下げていく。


「天を統べる雷の父よ、求めに応じ雷霆を我に授けよ――

 稲妻の剣(サンダーブレード)!」


 雷雲より降り注いだ凄まじい落雷は、目も眩む閃光と共に空を切り裂き、それは天の神が振り下ろした剣のように見えた。


 ズガアアアアアアンッ――!!


 雷撃はハサミの付け根に刺さった銛を伝わり、海底の主の甲羅の内部を一瞬で焼き貫く。


 体内に海水が残っていたことも仇となり、電撃の威力は倍増して甲羅の中を駆け巡り、ついに海底の主を絶命させることに成功した。


 ――ボチャン!


 海に落っこちた俺が水面に浮上し顔を出すと、甲羅の節々から煙を出したまま動かなくなった海底の主と、漁船の上で歓声を上げる船員たちの姿が目に入った。


「はぁ……や、やったぜ。どうにか首の皮一枚繋がったって感じだな」


 海に浮かびながら、危機が去ったことに安堵する俺を、カーネが嬉しそうな笑顔で見つめてくる。


「凄いわロック。おカネが足りないのを工夫して、

 こんな風に魔物をやっつけた人はあなたが初めてよ」

「はは、そりゃ光栄なこって。

 とりあえず話の続きは海から上がってからにしようぜ」

「うふふ、そうしましょ」


 その後、マグロ漁船に引き上げられた俺は無事に港へ戻ることが出来た。

 ついでに海水に浮かんだ海底の主を曳航して持ち帰ったのだが、これが予想もしないほどの高値が付き、その金額は俺の借金を帳消しにするほどだった。




 所持金           20000ゴールド(見込み)


 海底の主による素材の食害  -9400ゴールド相当


 差引            10600ゴールド


 船員からの回収    500×9=4500ゴールド


 合計            15100ゴールド



 使用  


 銛の攻撃力         -5000ゴールド


 魔法:疾風衝         -10ゴールド


 魔法:稲妻の剣(サンダーブレード)       -10000ゴールド



 差引       15100-15010=90ゴールド

 



 海底の主 耐久力100000(甲羅除くと20000) 


 素材    巨大蟹の甲殻  30000ゴールド

       巨大蟹の足   40000ゴールド

       巨大蟹のミソ  20000ゴールド

       甲羅の財宝   50000ゴールド


 合計            140000ゴールド


 借金    114500+3000=117500ゴールド(前借り分含む)


 差引    140000-117500=22500ゴールド


 現在の所持金        22500ゴールド







アイテム、素材解説



・巨大蟹の甲殻


 長い年月を経て成長、巨大化したカニの甲殻

 深海の水圧にも耐えられるよう、岩のような強度を誇り非常に頑強である

 高級な武具、あるいは船や戦車などの素材として利用される



・巨大蟹の足


 一本で二十メートル近くもある巨大なカニの足。その中身

 通常、大きな蟹の足は味も大味になりがちだが、これは身が詰まっていて美味

 冷凍してメルカトルの街へ運ばれ、庶民にも振る舞われた



・巨大蟹のミソ


 甲羅の中にあるカニミソ。巨体のおかげで大量に詰まっており味も良好

 酒飲みにとってはよだれが出る食材のひとつであり、特に東国の酒と抜群に相性が良い

 この味は舌の肥えた貴族たちにも好評だったようだ


・甲羅の財宝


 海底の主の甲羅に引っ掛かっていた小ぶりの宝箱から発見された財宝

 量は少ないが価値の高い金貨や装飾品が入っていた

 いつの時代も財宝はロマンである


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