第十二話 古代魚、そしてでっかいヤツ
「でっか!? サカナってサイズじゃねーぞ!」
飛び散った海水でずぶ濡れになりながら、その怪魚を見たワタリのおっさんが声を上げた。
「しまった、ここら辺はヤツの縄張りだったのか! 長居しすぎた……!」
「おいっ、あのデカい魚はなんなんだよ!」
「ありゃ古代魚だ! 普段は海の深い所に住んでるんだが、
奴を怒らせちまったんだ!」
「怒らせた? なんで?」
ワタリのおっさんはマグロを入れている保管庫の蓋に目をやり、言った。
「あいつのエサはマグロなんだよ。
テメェの食い物を横取りされて、相当頭に来てるぜアレは」
「それってまさか……」
「ああ、ヤツはこの船を潰して沈める気だ」
しばし、その場に沈黙が続く。
「いや冷静に言っとる場合かッ! どうにかなんねえのかよッ!」
「この船に武器は積んでないんだよ。せいぜい大物を仕留める時の銛ぐらいだが、
ヤツのウロコには歯が立たねえだろう」
つまり、ワタリのおっさん曰く打つ手なしである。
「くそっ、冗談じゃねえッ! こんな所で魚のオトモダチになってたまるか!」
俺は急いで甲板の上を見回し、船体に括り付けてあった大物用の銛を手に取る。
「カーネ、あのデカい魚はいくつだ!?」
カーネは水面を跳ねる古代魚を見つめてから、俺の顔を見て言う。
「古代魚の耐久力は2500ね」
「ぐっ……手持ちじゃ足りねーじゃねーか!」
俺の現在の所持金は1500ゴールド。
ついさっきマーネの魔法で消費したことが、思わぬ形で足を引っ張って来た。
(いや待て落ち着け、慌てたら負けだぞ……
1000ゴールドきっかり足りないんだよな)
焦る気持ちを抑え込み、俺は努めて平静に考えを巡らせる。
(陸に戻りさえすれば1000ゴールド受け取れる契約になってたはずだ。
それなら……!)
俺は静かに深呼吸すると、カーネに尋ねた。
「なあカーネ、借金の借用書はお前が出してたよな。
今ここで見せてもらえるか?」
「ええ、いいわよ」
カーネが両手を広げると、目の前に例の借用書がパッと現れる。
俺は目を凝らし、給料から天引きされる金額部分の記述を探す。
(あったぞ、ここだ)
そこには稼ぎのうち1000ゴールドを生活費として俺の手元に残し、残り全てを借金の返済に充てるという文章があった。
「なあカーネ。ここの部分についてちょっと相談があるんだが」
「返済の額を減らすとかは無理よ?」
「わかってる。相談したいのはそっちじゃなくて、俺の取り分の所だ。
給料のうち俺の手元に1000ゴールドだけ残るってなってるだろ」
「ええ、確かにそうね」
「船が港に戻れば給料が支払われる予定なんだ。
その分の1000ゴールドを、先に受け取ったことに出来ないか?
このままじゃ借金を返すどころか、全員あの世逝きになっちまう」
俺の言わんとしている事を察したのか、カーネは少し考え込む。
「ちょっとカネを受け取るタイミングが変わるだけだ、頼む!」
「……えっと、後の受け取りが無くなるだけだし、
借用書の契約文にも抵触しないから大丈夫みたい。
よくこんな抜け道みたいな方法を思いついたわねぇ」
「よっしゃ! それじゃ今の手持ちと遭わせて2500ゴールドぶんだ!」
「はぁーい。2500ゴールド入りまぁーす」
カーネの一声で金の腕輪に光が宿り『2500』の数字が浮かび上がる。
俺は銛を握る手に力を込め、古代魚が姿を見せる瞬間を待った。
バシャアアアァァァッ――!!
ちょうど俺の眼前、真正面の位置に古代魚は飛び上がって来た。
威嚇のつもりか、小癪な人間を脅かしてやろうという意図があったのか。
水飛沫をぶちまけながら空中へ飛び上がる古代魚めがけ、俺は全力で銛を投げ付けた。
「食らいやがれえええええぇぇぇーーーーーッ!!」
2500ゴールドの輝きを纏った銛は光の矢のように飛び、古代魚のエラから脳髄めがけて突き刺さった。
その一瞬で絶命した巨大魚は白目を剥いて水面に落下。
傷口から赤い血を流しながら水面に横たわり、二度と動かなくなった。
「いよっしゃああっ! どーよ俺の銛さばきはよー!」
甲板で勝利の余韻に浸る俺の横で、カーネはパチパチと手を叩きながら微笑んでいる。
「おっと、そういやこの魚も売れるんだろ?
さっきみたいに身が毒とか勘弁して欲しいが」
「それじゃ集計はじめまーす」
カーネの声と共に、いつものようにおカネの集計が始まった。
所持金 3000ゴールド
前借り分 1000ゴールド
消費 -1500ゴールド(マーネの雷魔法)
-2500ゴールド
古代魚 耐久力 2500
素材 古代魚のウロコ 12500ゴールド
古代魚の肉 7500ゴールド
合計 20000ゴールド
現在の所持金 20000ゴールド
「よかったわねロック。このお魚で3ヶ月分くらいの収入よ」
「意外にも高く売れるんだなこいつ……養殖したいくらいだぜ」
などと冗談めいたことを言いつつ、古代魚の死体がそのまま残っているのを不思議に思い俺はカーネに尋ねる。
「なあ、こいつはパッとおカネに換えたりしないのか?」
「ごめんなさい、大きすぎてちょっと無理ね。
こないだのドラゴンも解体は現場にお任せしちゃったし」
「そうだったっけ。あの時の事は記憶が無いからな……」
苦い記憶を思い出しつつも、俺は銛に繋がったロープを手繰り寄せて古代魚の死体を船に近付ける。不気味ではあるがカネになる以上、こいつを捨てて置くわけにはいかない。
腕に力を込めてロープを引っ張っていると、突然周囲の水面が大きくうねり始めた。
「おわっ!?」
漁船はうねりによって大きく揺られ、俺も古代魚を引っ張るどころではなくなった。しかし奇妙だったのは、これだけ海面がうねっているにもかかわらず、船の周囲にはそんな波を起こせるような強い風が吹いていない事だ。
「な、なんか嫌な予感がするんだが……」
俺がそう思ったその時、深い海の底からそれは現れた。
海藻や珊瑚がびっしりと生え、ちょっとした島か岩礁と見紛うばかりの巨体と、その両脇から伸びる八本の足。
鋼のような甲殻で全身を包み込んだそれは、二本のハサミを振り上げて漁船の前に立ち塞がった。
「だーっ、次から次へと! 今度はなんだッ!!」
甲板の上で転げ回り、やっとのことで起き上がった俺が見たものは、想像をはるかに超えるバケモノだった。
体高二十メートル、脚を除いた身体の幅も十五メートル近くはあるだろう。
それはあまりにも巨大な、巨大すぎるカニだった。
「いやデカすぎんだろ……!」
俺が唖然として見上げている隣で、ワタリのおっさんが腰を抜かしてへたり込んでいる。
「な、なんてこった……俺たちは海底の主を呼び寄せちまったんだ……!」
「え? 海底の主……?」
今日は初めて聞く怪物の名前だらけである。ワタリのおっさんは青ざめた顔で、漁船よりも遥かにデカいカニを見上げて震えている。
「普段は深い深い海の底にいて、たまに降ってくるクジラの死体なんかを
食べて暮らしてるらしいが……新鮮な死体の匂いを嗅ぎつけると、
水面近くまで上がってくることがあるらしいんだ。
俺も今の今まで、爺さんたちの与太話だと思ってたがよ……!」
与太話が事実だったとか、そんな話はもう間に合っている。
問題は漁船の行く手を阻むバケモノがあまりにも巨大すぎて、もはや人間が相手をしていい範疇を越えてしまっている所だ。
「どうしろってんだこんなモン……せっかく無事に帰れると思ったのに……!」
乾いた笑いしか出ない俺の目の前で、海底の主は古代魚の死体を大きなハサミで掴むと、それを軽々と口元に運んでガリガリと齧りはじめた。
「おいバカやめろ!! それは俺のカネだ食うんじゃねえッ!!」
しかしヤツから見れば小魚程度の俺の声など届いているはずもなく、海底の主は俺のカネ――もとい古代魚をムシャムシャと美味しく食べ続けている。
「くっ……あのカニ野郎、俺の獲物を台無しにしやがって!
なあカーネ、一応聞いとくがあいつの耐久力はどれくらいだ?」
「はーい、ちょっと待ってて」
カーネは海底の主を隅から隅までじっと眺め、少し困った顔で言った。
「えっと……あのおっきなカニの耐久力は10万ね」
「じゅ、10万……?」
「ええ、10万」
俺は開いた口が塞がらないばかりか、アゴの関節が外れそうだった。
アイテム、素材解説
・古代魚のウロコ
古代魚の全身を覆う大型のウロコ
薄く軽量ながら鉄に劣らぬほど頑丈であり、また水や液体に強い特性を持つ
鎧や盾の素材として優秀であり、これを用いたスケイルアーマー(鱗鎧)は
スライムや毒液の攻撃に高い耐性を得られるため人気がある
・古代魚の肉
マグロを主食としているだけあって身は美味であるが、
滅多に水揚げされず痛むのも早いため、市場価値はそこそこ
運良くこれを仕留めた漁師たちのごちそうでもあったという




