第99話 婚約話
「で、でもトリニダードさんとは年れ……ヒェッ」
その瞬間、俺の頬を掠めてナイフが飛んでいき、後ろの壁に刺さった。
「なんか言ったァ?」
「ロドリゴ。お前、本当に学ばねェな」
いやしかし、いきなり婚約なんて。考えてもみろ、俺と静寂の双翼が知り合ったのは五年前。その時には既に、彼らは銀級冒険者だった。
サンデードライバー状態の冒険者活動だが、それでも冒険者の端くれとしてわかる。冒険者のほとんどは鉄級か銅級で、銀級って本当に一握りのエリートだ。そうだな、部活で言うとインターハイに出るような感じ。金級ならオリンピック出場みたいな。
だがスポーツと違い、銀級に昇格するには、それなりに実績を積むことが必要。依頼の難易度、受注数、達成率、素行や人格、こういった総合的な評価を鑑み、所属ギルド長などの推薦を得て、ようやく到達することができる。つまり、冒険者としてそこそこの年数を活躍していなければ勝ち取れない称号であって、
「ウフフ。今度は当てちゃうかもよぉ?」
「ヒィッ」
二本目のナイフが壁に刺さった。いかん、年齢から思考を逸らさなければ。
「まぁなんだ。俺たちはそこそこ自由に活動してるし、いざとなれば別の国に移籍したって構わねェ。お前がどうしても逃げたいっつぅんであれば、これ以上ない切り札だと思うぜ」
「えっでもその、お二人はお付き合いされてるんじゃ」
「あらぁ、子供が変な気を回しちゃって。トマスはパートナーよ、パートナー。ネッ?」
「婚約ってのはあくまで約束だ。本当に結婚しなきゃならんモンでもねぇし、ペラモスを円満に抜けるんであれば、それなりの言い訳も必要だろ」
「ウフフ。銀級のネームバリューは伊達じゃないってコトよ♪」
翌日。俺とピオ氏は、普通に支店に出勤した。
「うぇぇ……だっる」
「昼間っから夜まで飲み通しなんて、自業自得ですよ」
「俺を歓迎して盛り上がってんのに抜けられっかよォ……なぁ、アレしてくれよォ」
歓迎会なんて口実だ。あのオッサンらはただ飲みたかっただけ。幾度となく飲み会に連れて行かれ、吐くほど飲まされて、薄給リーマンには決して安くない会費を徴収される。そして休日は二日酔いと共に過ぎ去っていく。前世の悪夢が蘇る。
だがしかし、今世の俺は一味違う。そう、風属性の俺の能力は、微弱なサイコキネシス。実はコイツ、気体限定じゃなかったんだ。密度の高いものや重いものは動かせないが、気体のように小さく散らばったものに照準を合わせ、動かすことができる。
「もう、今度から金取りますからね。レバリーベ」
「くぅッ、効くうッ!」
レバリーベ。肝臓を愛するスキルだ。ラーメンを研究するにあたり、時折ペドロさんの監修を依頼するうちに開発した。彼は酔うと面倒臭いため、幼虫をヒトに戻す手段が必要だったのだ。ハンディクリーナーの要領で、体中のアルコールとアセトアルデヒドを集めて、排出を促す。
かつて、風属性のオーラで傷が治ると勘違いしたことがあった。スサニタさんの治癒スキルのオーラが明るい緑色だったため、それなら緑色の風属性でもいけるんじゃないかと思ったんだ。「それで治るんだったら神殿は風属性だらけだ」と言われて正気に戻ったが、しかしそれでもどうにか活用法がないか、その後も密かに研究を重ねていたのだ。
その結果、俺は血小板を傷口に集めるという裏技を編み出した。魔法にイメージが大事だというのは本当だ。血小板というものを知らなければ成し得なかったろう。これで俺はかさぶたを素早く生み出し、かすり傷の回復をおよそ1〜2日短縮することに成功した。俺はそのスキルを、傷パワーカットと名付けた。
しかし悲しいかな、傷パワーカットの有用性は誰にも伝わらなかった。いくらかさぶたが早くできたと主張しても、誰も気のせいだと言って取り合わない。レバリーベの時もそうだった。ペドロ氏は周囲の気を引くために、時々酔ったふりをして幼虫になることがある。彼のおかげで新しいスキルができたが、彼のおかげで闇に葬られた。
そんな俺のスキルを面白がってくれるのは、ピオ氏だけだ。そういう意味では、ピオ氏は恩人と言えなくもないのだが。
「はぁ、スッキリした。解毒ポーションは高ェからなァ」
「くそッ、金払え」
「サンキュ、ションベン行ってくるわ」
ピオ氏はヒラヒラと手を振って手洗いに去って行った。便利に使われて、非常に腹立たしい。




