第97話 予期せぬエンカウント
「まったく。支店に行ってみれば、お前たちがいなくて焦ったぞ」
「あ、すみませ」
「こっちこそ焦りましたよ! なんスか、俺たちを尾けるように王都入りするとか」
条件反射で謝ってしまうのは、日本人の悪いところだ。骨髄反射のように、思ったことをなんでも口にするピオ氏の反射神経が羨ましい。
「うむ、大旦那様の意向でな。ワシらと一緒に移動だとお前たちも気詰まりかと思って、敢えて別で出発したのだ」
「なるほどです」
「確かに、気詰まりっちゃ気詰まりですけどォ。ちょうど今、倉庫のオッサンらの奢りで飲みに行くチャンスだったのに!」
「またにしなさい。それよりこれから、大旦那様や旦那様たちと会食だ。寮に戻って着替えてくるように」
「げーっ!」
本店の北側エリア。貴族街のほど近く、高級住宅街の一角に、その邸宅はあった。こっちの人からすると小ぶりだそうだが、都内の一等地にこんな家を建てたら、何億じゃ効かないだろう。庭にはたくさんのバラが植えられ、そのうち何株かは赤く咲き誇り、独特の芳香を放っている。
そんな邸宅のダイニングが、まるでお通夜のようだった。長いテーブルの端っこ、お誕生日席の大旦那様から、ドス黒いなにかがたちのぼっている。
「それでなにか申し開きはあるか?」
「いや、父上。私どもはちゃんと彼らに中央通りのアパートを用意して、待遇もウルバノとバスコと同じくするようにと」
「お二人とも大変優秀でいらして、昨日で支店の仕事はすべて問題なし。本日は倉庫にご案内したと聞いておりますわ。ね、バレリオ?」
「え、ええ。その通りでございます」
そんなプラシド様の怒気も気にせず、ニコニコと応対する当主夫妻。そんな中、おかしな汗をかいているのはバレリオ氏だけだ。
「ふむ。聞いていた話と若干齟齬があるが、まあそれは良しとしよう。それでバネサ、ロドリゴはどうだね。才気あふれる少年で、お前の婿にぴったりだと思うのだが」
「お祖父様! 私にそんなショボい庶民を勧めるなんて酷すぎますわ! どうしてそっちのイケメンじゃダメですの?!」
「……お前たち。バネサの教育はどうなっている」
「ははっ。父上、バネサとロドリゴは一昨日会ったばかりですよ。まずは絆を育む時間が必要かと」
「そうですわ。殿方の真価はなかなか伝わりづらいもの。そのうちバネサも、彼の良さに気づくはずです」
「なによお母様! 自分はイケメンを落としといて、私には政略結婚を勧めるなんて! 詐欺よ! ウワァァァ〜!」
「こらバネサ。食事時に騒ぐのはレディのすることではないよ?」
「あらあら、おやつが多すぎておねむかしら。まだまだ子供ね?」
苦虫を噛み潰したような大旦那様に、あくまでマイペースの当代親子。暖簾に腕押しだ。
「……恐れながら大旦那様。ご覧のとおり、バネサお嬢様はそちらのロドリゴをお気に召さないご様子。無理に縁談を進められるのはいかがかと」
「なんだバレリオ。大旦那様のご判断に文句でもあるのか」
おっと。今度はバレリオさんとプロスペロさん、番頭コンビが揉めだした。
「うるさいぞプロスペロ。いかに政略結婚とはいえ、生理的に受け付けぬ婿など認められぬ。お嬢様の幸せこそが大事ではないか!」
「いや、元はと言えばバネサ様がパルラモンの倅にちょっかいを出したのが原因だろう。あちらは元々婚約者がいるのに、ちゃんと言い聞かせておけば」
「言い聞かせて聞き入れるようなお嬢様ではない! 現に、伝手を頼って見目のいい若者を集めたというのに早々に飽きてしまわれて、本店と入れ替えたのが今の有様だ。もはや打つ手などなかろう!」
バレリオ氏、開き直った。ちなみにパルラモンの倅というのは、多分ペピトのことだろう。彼は早めに奉公を卒業後、王立学園初等部に編入。現在は中等部にいるはずだ。あいつ、外面はいいけど中身は陰険腹黒野郎ぞ。やめといた方がいいのでは。
しかし番頭同士のタイマン勝負に逆乱入したのは奥様だった。
「パルラモンだけはダメよ。イネス、あの腹黒女……!」
「なんでよお母様! ペピト様は成績優秀で学園一のモテ株よ! お母様の事情で反対なんて横暴だわ!」
「だからバネサ、ペピト君は婚約者がいると言っているだろう?」
カオス。縁談ってここまで拗れるものなのか。つくづく街コン業から手を引いてよかった。
「はぁ。息子は子育てを間違えたようだな……」
大旦那様が額を揉みながら、ため息をついた。




