第95話 一日目終了
「つっかれたァ……」
ドサリ。立地はいいが、狭いアパート。最初から家具が備え付けなのはありがたいが、ソファーなんて置いてない。一つしかないベッドをいち早く占領するピオ氏。
「てかピオさん、自分の部屋に帰ってくださいよ」
「マジだり〜。ロドリゴ、飯ィ」
「お前シバくぞ」
王都支店勤務初日。なにごともなく無事終わった――とは言い難いが、始業から終業までなんとか乗り切った。午前中は掃除に事務室の手伝い、接客、そして午後は裏方に追いやられて伝票整理。とはいえ、伝票整理なんて事務室に提出する前段階の、もっと手のかからない仕事だ。暇で暇で仕方なかった。これが閑職に回された者の苦悩ってヤツか。
とりあえず明日は倉庫の方に回されるらしいので、今日よりはマシだろう。そして今日は金曜日、明日は土曜日。日曜日はどこも休みなので、明日が終わればようやく一息つけそうだ。
しかし問題は、ピオ氏の言う飯。今から買い出しに行くのも面倒だし、旅で余った携行食でも食べるしか。
「やっぱ外食しかないですかね。しかしこの時間から手頃な値段でとなると、居酒屋くらいしか」
「てか普通、奉公人は賄いが出るもんじゃね? だいたい給料ったって、小遣い銭くらいしか出ねぇんだし」
だよなぁ。レシピ関連でいくらか金を持っているとはいえ、俺はまだ十一だ。ピオ氏に引率してもらえば酒場にでも入れなくもないだろうが、彼だって毎日コブ付きはつまらないだろう。
昨日、玉ねぎとキャベツを買っておいてよかった。常温でそこそこ日持ちするからな。今夜はそいつを刻んで、干し肉と一緒にスープにしよう。そして明日からは出勤は九つの鐘でいいと言われたので、出勤前に市場に立ち寄ることにする。
今になってしみじみ感じる、寮のありがたみ。ポルセルを発って一週間も経っていないのに、早くもパウリノさんとペトロナさんの家庭料理が恋しい。
王都勤務二日目。寝起きの悪いピオ氏を叩き起こして、出勤前に市場へ。
「ふおお、うんまそ! ……やべ、これも食いてぇ」
「ピオさん、選り好みしてる時間はありませんよ」
一昨日の午後、王都に来てすぐに立ち寄った時と、市場の様子は大きく違った。朝と昼では、出ている店が違うのかもしれない。俺たちは適当な屋台で適当に惣菜パンを買い、その場で食べた。俺たちと同じように、朝食を立ち食いしている市民はいっぱいいる。王都の朝は、こういうスタイルがポピュラーなのだろうか。そして多くの人がそうしているように、俺たちも適当な惣菜を包んでもらい、ランチにした。自分で作るよりは割高だが、これから調理している暇はない。
「えー、いーじゃん。今日は倉庫整理だろぉ、一回部屋に戻ってダラダラしてこうぜ」
「絶対二度寝するでしょう。俺、起こしませんよ」
「えー」
えー、じゃねぇ。事前に想定済みとはいえ、なんで俺が一人でピオ氏のお守りをしなければならんのだ。今更ながら、同時転勤を承諾したことが悔やまれる。
倉庫には三十分ほど早く着いた。昨日の退勤直前に住所のメモだけ渡されて、無事に着くか不安だったが、場所は倉庫街の一角。管理会社が一括で防犯管理してくれているようだ。守衛さんに身分証明を出したりして入るのに手間取ったが、大旦那様の紹介状を持っていて助かった。顔見知りらしい。てか、今日俺らがここに来るって話を事前に通しといてくれよな。まあ、昨日のバレリオさんやビダルさんの様子じゃ無理か。
そして、二人して倉庫に着いたとて。
「――これ、どうしろっつーんだ?」
「さあ……」
堆く積まれた木箱、そして雑多に並べられた家具たち。ずっと仕舞いっぱなしじゃカビも生えるってことで、本店でも時々倉庫を換気していた。だがしかし、ここはいつから手を入れてないんだ? 結構な埃が溜まってるんだが。
「とりあえず埃だけでも片付けちゃいましょうか。ハンディクリーナー」
「んじゃ、俺はこっちの埃を外に吹き飛ばしとくぜ。エアーダスター」
ブオオオオ。大型車のガレージ、ざっと十台分くらいだろうか。しかしスキルを使えば、掃除も換気もあっという間だ。
「終わっちゃいましたね」
「終わっちまったな」
ピカピカの倉庫。立ち尽くす俺たち。まだ始業時間の九つの鐘も鳴っていない。前日の二の舞だ。
「どうします。支店に帰って指示を仰ぎます?」
「いやァ……行きたくねェな」
「じゃあ適当に倉庫整理でもしますか」
「しゃぁねェな」
「あははは! 鋭敏でございまーす!」
「おいロドリゴ、あっぶね!」
聞いてくれ。俺は今、世界で一番倉庫整理を楽しんでいる。馬車を浮かせてこっぴどく叱られた鋭敏。その盾サーフィンが、大型家具をスイスイ動かす。天才だ。俺は間違いなく倉庫整理の申し子だ。
「お前、あんだけ叱られたのに全然反省してねぇな。てかこの箱、帳簿がギッシリ詰まってるんだが。俺らが見ていいもんかよ?」
「さあ。俺らに倉庫を任せるってことは、そういうことなんじゃないですか?」
「まあ、こういうのは首突っ込んでもロクなことになんねェからな。パッと見で古い順に並べとくくらいか」
「はいはい古い順から渡してください、キーンでございまーす!」
やっべ。これが仕事とか、人生たーのしー。




