第90話 目抜き通り
「お疲れさん。もうすぐ目的地だ、降りる用意をしといてくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
御者席から小窓が開き、トマスさんから声がかかる。なお、俺たち個人の荷物は、大した量じゃない。それぞれ背嚢一個分ほどだ。馬車の後ろ、荷台の大半を占めるのは、ポルセルの商業ギルドから王都中央ギルドへの荷物ばかり。
「ここが東西の目抜き通りよぉ。この王都で一番賑わってるトコぉ。アタシらが入ってきたのが東門、それからまっすぐ西門まで続いてるわぁ」
「北が貴族街、南が平民街っておっしゃってましたよね」
王都行きが決まってから、俺もそれなりに情報を集めた。この王都は、小高い丘を背にした王城から南に向かって拡張を続け、百年ほど前に城壁を一新するにあたり、かなり計画的な区画整備が行われたようだ。さすがに日本の古都のように碁盤の目とまではいかないが、ざっくりと北、中央、南と分かれていて、北が城や貴族街、騎士団、省庁などの公共機関。中央が商業地、南の列が庶民の居住区に割り当てられているそうだ。
その中央の商業地の中に、ペラモス商店王都支店はある。それも目抜き通りの北側にあって、相応に格式の高い店だということが一目瞭然だ。俺、なんも知らずに隣町の家具屋に奉公に出ただけなんだが、結構大手で働いてたんだな。
馬車が何台も行き交うことのできる、広い大通り。びっしりと石畳が敷かれていて、両脇には高価なガラスがふんだんに使われた高級商店が立ち並ぶ。ここだけ見ると、近世どころか現代のヨーロッパの観光地みたいだ。
しかも道幅が広いだけじゃなくて、結構な距離がある。俺たちが入ったのが東門だが、中間地点の噴水までおよそ二キロってところか。俺たちが向かうペラモスの王都支店は西門の近くにあるそうなので、王都に入ってからが結構長かった。
「ほんじゃ、ここまでな。お疲れさん」
「またねぇ」
俺とピオ氏は、それぞれ自分の荷物とともに店の前に下ろされた。アラスの二人は、いつもの感じであっさりと去っていった。なんだか人生初の長旅にしては、そっけない終わり方。てか、今までのように王都の商業ギルドに行けばまた会えるんだろうか。定期的に拠点を移しているみたいだから、もしかしたらこれが今生の別れだったのかも。
「なにボーッとしてんだ、ロドリゴ。行くぞ」
「あっはい」
今朝、最後の宿屋で身なりは整えてきた。ポルセル本店から貸与された、奉公人用の古着の一張羅。ピオ氏もだ。そして挨拶のイメトレもやった。手土産も持った。手抜かりはないはずだ。ヨシ。
「あの、ごめんください。ポルセル本店から参りました――」
二人を代表して、ピオ氏が店先の店員に声を掛ける。すると店の奥からパタパタと足音がして、あっという間にそれは姿を現した。
「アンタがロドリゴね! アタシのためにレシピを作りなさい!」
ビシィ!
ふわふわブロンドのお嬢様が仁王立ちし、腰に手を当ててピオ氏を指差した。
「バ、バネサお嬢様。彼らをひとまず奥にお通ししませんと」
「うっさいわね。パパとママにレシピを献上したんですもの、アタシにも捧げて然るべきでしょう?」
さ、捧げ? えっ、なにを言うとんねんこのクソガ……お嬢様。慌てる店員が彼女を宥め、ピオ氏と俺が沈黙する中、奥から別の気配がやってきた。
「あらあら、バネサ。彼らは今着いたばかりよ。わがままを言うものではないわ?」
「ああ、父上が寄越したのは君たちだね。私はパトリシオ、ここの主人だ。さあ、奥に入りたまえ
「ぐずぐずしないで。さっさとしてちょうだい」
「「……」」
俺とピオ氏は、お互い目配せをしながら無言で彼らについて行った。入って二秒で厄介ごとの予感。王都支店への転勤、本当に良かったんだろうか。




