第89話 馬車旅後半戦
その後の旅だが、まあそんな特筆すべきような展開はなかった。三日目はちゃんと馬車の中で寝たし、四日目の夜はきちんとした宿屋だった。あとそれから、運動もしないのにめちゃくちゃ腹が減って、食事のたびに目一杯おかわりしたんだが、
「やっぱスキル使ってるとお腹減るわよねぇ。どんどん食べなさい?」
「えっ」
スキルって、使うと腹減るんだ?
「そりゃ当たり前だろ。一日中スキル使いっぱなしとかありえねぇ」
そんなこと言われましても。確かに俺は、ずっと盾にオーラを流して尻を浮かせていた。
「そうしないと酔うから死活問題でして」
「死活問題じゃねぇだろ。盾サーフィンだとかフザけた真似しやがって」
「いやそれは、やることがなかったし仕方なかったというか」
そう。四日も五日も、狭い馬車の中でピオ氏と膝を突き合わせて大人しく座っているとか、それこそありえない。三日目の午後、ついに妄想することもなくなった俺は、二人に頼んで馬車の外に出してもらった。どうせ馬車の中にいたって、盾に乗って浮いてるんだ。なら外で馬車に掴まって、盾サーフィンしたらいいんじゃないか。そしたら馬は人間一人分荷物が軽くなってラッキー、そして俺は退屈しのぎができてラッキー。
そう思ってました。
ゴスッ。
「おうっ」
出発からわずか100メートル足らず。俺は地面からの衝撃で吹っ飛ばされ、街道に突っ伏した。
「おおい、ロドリゴ! なんかあったか!」
「だから無茶しないって言ったじゃなぁい」
盾サーフィンの弱点。それは石だ。舗装されていない街道は、轍と足跡で草こそ生えていないものの、石がゴロゴロしてボッコボコ。盾を覆ったオーラでは、大きい石を乗り越えきれなかった。手や膝はかすり傷で済んだが、革のバックラーに大ダメージ。まだほとんど新品だったのに。
アラスの二人に叱られつつ、大人しく馬車の中に戻る。大丈夫、防具としてはもう機能しないバックラーも、尻の敷物としては十分だ。向かいの席でpgrするピオ氏をひたすら無視し、俺は再び車窓に目を向けてやり過ごす。
そして思いついた。衝撃がダメなら、盾じゃなくて馬車を浮かせればいいじゃない。
確かに馬車はデカい。そして重い。その分車輪も大きいし、だからこそ少々の石を踏んでも衝撃ぐらいで済んでいるのだ。だがしかし、盾サーフィンをしていて気づいた。車輪はデカくても、接地面は意外に小さい。ここにオーラを流せば、ワンチャン馬車が浮くのではないか。
よし、思い立ったが吉日。まずは馬車の座席から、慎重にオーラを流して……。
「おいロドリゴ、なにやってんだ?」
「うるさいですよピオさん。集中してるんで邪魔しないでください」
そう。車輪全体ならともかく、接地面だけを狙ってオーラを流すのは、かなり集中力が必要だ。いや、一度感覚を掴めば慣れるはず。流すオーラの量は少量から。そして石に当たったら当たったで、車輪ならちゃんと乗り越えられるはず。ものは試しだ、男は度胸。お、ここか? ここら辺か?
その瞬間、車輪の軋む音が止まった。
「ヒヒィィィン?!?!?!」
「キャーッ!!」
「うおッ、一体どうしたッ!!」
同時に、急に馬車の重みが消え、二頭の馬が驚いて前足を蹴り上げる。馬が立ち上がったせいで馬車が大きく後ろに傾き、御者席のトリニダードさんが落ちそうになり、トマスさんが手綱を引く。わずか数秒の出来事が、スローモーションのようだった。これが走馬灯ってやつか。
俺はこっぴどく叱られ、初めてトマスさんに拳骨をもらった。しかし一番堪えたのは、いつもフレンドリーなトリニダードさんからの冷たい視線だった。もう馬車は浮かせないようにしよう。当分。
「ふおおお……」
はるばる来たぜ王都。ポルセルを出て五日目の昼、アラスの二人の予定通り。よくある異世界もののように、巨大な都市を高い壁がぐるりと取り囲んでいる。しかし城壁の外側にも市街地が溢れ出し、その繁栄っぷりはなかなかだ。
そして城門の前には長蛇の列。やはり出入りは厳しく監視されているらしい。しかしその列を横目に、俺たちの馬車は別の入り口へ進んでいく。
「はぁい、これが商業ギルドの通行許可証よぉ」
「それから俺たちの冒険者ギルドカードに、中にいる奴らの市民証だ」
役人に対応するアラスの二人。対して、衛兵や文官みたいな奴らが馬車を取り囲み、二人が取り出した書類や馬車にオーラを当てたりしている。スキャニング的なスキルだろうか。
「ふむ、間違いなく商業ギルドの契約魔法だな。それにああ、銀級か」
「隊長、荷物にも怪しいものはなさそうです」
「では通ってよし」
「毎回あの検閲ってヤツは慣れねぇな」
「ピオさんは検閲って何回も受けたことがあるんですか?」
「いや、それほどでもねぇけど。大きい街に入るときには大体やってるだろ」
ふぅん。そんな旅慣れた感じのしないピオ氏だが、意外だ。なんか誤魔化された気もするけど、余計な詮索はやめておこう。
「まあ、税関みたいなもんですよね。そりゃ細かく見られますって」
「ゼイカン?」
「ああ、こっちの話です」
俺にも明かせないことはあるしな。まあ、全部夢の話で押し通しているが。それにしても、この活気のある街並みよ。前世、それなりにファンタジーに慣れ親しんだ俺も、さすがに興奮する。
「王都よ、俺は帰ってきた!」
「なに言ってんだ、お前」
ピオ氏の無粋なツッコミなど羽虫のようなもの。いよいよここから始まるのだ、俺の早期リタイアストーリーが。




