第88話 馬車旅
「あっはは! 鋭敏なんて微妙なスキルを取ったかと思えば、盾に掛けちゃうなんてね!」
「そりゃまた妙な活用法を思いついたもんだな……」
「はい! これで馬車酔いも怖くありません!」
休憩時間。アラスの二人に感心されて、俺は有頂天だ。彼らからは、魔力切れさえ起こさなければ好きにしていいと言質を取った。これで俺は無敵だ。
「無敵じゃねぇよ。てか、カネ持ってんだからクッション買えば良くね?」
「シッ。このくらいの子供は夢見がちでしょぉ? そっとしといてあげなさいよぉ」
「誰もが通る道だからな」
幾分蔑まれている感じはしなくもないが、気にしない。
馬車に酔わなくなった俺は、車窓から外を眺める余裕が生まれた。とはいえ、景色は実に単調だ。林、草原、たまに畑や村。日本の感覚で見るとものすごい過疎地のように感じるが、書物などを読んだ限りだと、ここら辺は周辺に比べてまだ先進的な地域になるらしい。
ところでこの馬車旅の行程だが、通常一週間ほどの道のりを五日で走破するということだ。そのため、馬車のスピードは乗合馬車よりずっと早い。
俺の生まれ故郷ルバルカバと奉公先のポルセルの間は、乗合馬車で二刻(四時間)ほど。馬車のスピードは早歩き程度、途中休憩も含む。徒歩だと二〜三刻かかるらしいから、およそ20キロほどと推測。正確な地図がないから、実際のところはわからない。
アラスの二人によれば、街道沿いにだいたい同じくらいの間隔で村や町のような集落があり、そのうち馬が乗り換えられる宿場は1/3程度。ざっくり50キロおきって感じ。これが通常、馬車が一日で進む距離だとされている。
ポルセルから王都まで七日ということは、ざっくり350キロくらいか。これを五日で割ると、70キロ。一日で、だいたい普通の旅の1.4倍の距離を移動することになる。というわけで、宿場に着くたびに馬を替え、途中野営を挟む必要が生まれるということだ。
「そんなんどうでもいいじゃん。進めるだけ進んだら、早めに王都に着くだけだろ」
「いや暇なんで、つい」
そう。馬車酔いもなく、車窓も単調。今の俺は、すこぶる暇だ。娯楽がない。やることといえば、盾に鋭敏を掛け続けながらひたすら妄想を広げるのみ。
「てかさあ、王都ってどんなとこかなとか、支店に可愛い子いねぇかなとか、そういうこと考えないわけ?」
「いや、王都支店に配属になっても、やることはそう変わらないでしょうし。あと、職場恋愛は絶対揉めるんで、興味ないですね」
「うっわ、可愛くねェ」
だって、お互い意気投合して付き合ったはいいが、もし別れたら気まずいったらないだろ。どのツラを下げて会社に行けというのか。そしてそもそも、俺はペラモス商店に就職するかどうかすら決めていない。もう前世のように社畜からの過労死なんてやってられない。目指すは早期リタイア、それだけは変わらない。
だがしかし、ペラモス商店の仕事がぬるま湯でいかん。朝起きたらスキルを使って秒で掃除、秒で食事の下拵え、秒で洗濯。からの、勉強部屋で読書して、午後は事務室で適当に書類を捌いて定時上がり。こんなホワイトなとこある? そういえば、ペドロさんの店やラーメン研究所の料理人たちは平気で徹夜や泊まり込みをしてるけど、彼らは好きでやってるからノーカンだ。
とにかく、奉公が明けるのは約一年後。それまでは基本、ペラモス商店を退職することは叶わない。その間に、王都で新しいビジネスチャンスを掴み、リタイアを目指す。俺の戦いは、これからだ。




