第87話 初めてのホテルステイ
この世界に生まれて、初めてのホテルステイ。しかし残念ながら、魔力切れのために詳細はほとんど覚えていない。ぐでんぐでんのままトマスさんに部屋に運び込まれ、パンと水を渡され。あとは辛うじて布で体を拭ったかな。ずっと朦朧としていた。
まあホテルステイといえば聞こえはいいけど、林間学校みたいな感じかな。木造二階建ての、素朴なツインルーム。林間学校で行った、青少年自然の家って感じ。なんなら寮の部屋の方がマシなくらい。
しかし、振動がないだけで大分違った。ましてや前夜、野宿の過酷さを思い知ったところだ。硬い煎餅布団とはいえ、ベッドのありがたさを思い知る。
魔力切れって言葉に油断していた気がする。この世界は、HPもMPも共通のものだ。MP切れは単に気絶するだけじゃない。MPゼロイコールHPゼロ、すなわち生命力の枯渇を意味する。死ぬほどダルいくらいで止められてよかった。これがもし戦闘中で、MPが枯渇しようとスキルを使い続ければならない場合、先にMPが尽きれば敗北、勝利してもMP切れで動けなければ野垂れ死にだ。この世界、マジで容赦ねぇな。
まあ、今回は貴重な教訓を得たからヨシ。生きてるだけで丸儲けだ。幸い、俺にはオーラが見える。使いすぎなければどうということはない。
「おかわりお願いします!」
翌朝、俺は異様に腹が減っていた。仕方ない、昨日は昼も夜もまともに食べてなかったんだから。
「昨日あんだけ迷惑かけといて、現金なモンだよなァ」
「その節はすみませんでした!」
ピオ氏が偉そうに言うが、お前の世話にはなっていない。しかしここは俺が大人になってグッと我慢だ。
「まあ、反省してるならいいってことだ。こういうのはお互い様だからな」
「王都まであと三日、無理せず頑張るのよぉ?」
一方、アラスの二人の余裕っぷりよ。やっぱこういうのが格の差っていうんですかねぇ。そりゃ彼女も出来ねぇって。
「おいロドリゴ、聞こえてるぞ」
俺はピオ氏と目を合わさないようにして、おかわりのパンをカッ込んだ。
昨日までと打って変わって、三日目の馬車は快適だった。やっと体が振動に慣れてきたせいでもあるし、ゆっくり休めたせいもあるだろう。しかし。
「鋭敏」
キーン、それは武器にオーラを流してエンチャントし、攻撃力を増すスキルだ。その効力は、目測でおよそ1.2倍。強撃など他のスキルと組み合わせて地味に輝くが、地味なのであまり取る人はいない。特に風属性は物理と相性が悪いので、エンチャント効果は非常に微妙。剣がちょっぴり風を帯びて、追加でかすり傷を増やすくらい。しかしコイツを盾に付与すれば……?
俺は気付いた。盾だけにオーラを流すのであれば、受け流しじゃなくて鋭敏でよかったんじゃないか。なぜなら、パリィは身体強化を同時に発動して非常に燃費が悪いからだ。しかしキーンは、武器だけにオーラを付与する。攻撃にはほとんど役に立たない風のオーラだが、盾に付与すれば空中盾サーフィンになるとわかっている。なら、キーンを盾に掛ければいいじゃない。
「おっほ、浮いたぁン」
「は? お前、今日もまた魔力切れンなるつもりか?」
違いますぅ〜。今日はパリィじゃなくてキーンですぅ〜。あと、オーラが枯渇する前にやめますぅ〜。
それにしても、キーンいいな。パリィと違って、オーラの消費がとても少ない。体感、ウィンドで掃除してる時とそう変わらない。
そりゃそうだ、衝撃に備えて全身をオーラで覆うパリィと違い、キーンはB5サイズの盾にしかオーラを流していない。そもそもパリィは、攻撃を弾く瞬間だけに使う技だ。ずっと発動したまま垂れ流しとか、そんな頭の悪い使い方をするヤツはいない。
盾にキーン、天才か。こんなの思いつくの、俺くらいしかいないだろ。
「お前、頭が悪いのか天才なのかどっちなん?」
向かいの席からピオ氏がくだらないツッコミを入れてくるが、そんなものがまったく気にならないほど、俺は自分の才能に酔いしれていた。




