第82話 もう一つの帰省先
俺が訪ねたのは、パロマさんの娘さんのお宅だ。パロマさんは三年前、腰を悪くして店を畳み、ルバルカバに嫁いだ娘さんのお家に引き取られていった。若夫婦とお子さんはそれぞれ工房と幼年学校に出払っていて、昼間はパロマさん一人で家事をしながらのんびり過ごしているのだそうだ。
俺が奉公に出た日、パロマさんは娘さんを訪ねた帰りだった。ポルセルまでの乗合馬車でたまたま一緒になったのが、今となってはまるで運命のように感じる。それがご縁で、俺は三年間週一でバイトさせてもらった。彼女はずっと一人で青果商を営んできたんだから、本当はバイトなんて必要なかったのに。あの時、奉公とは別に小銭を稼ぐことで、俺はこの世界でやっていく自信がついた。彼女は俺の第三の母とも呼ぶべき存在だ。なお第二の母は、寮母のペトロナさん。
「それよりアンタ、もう昼の便で帰っちまうのかい? もうちょっとゆっくりしていけばいいのにさァ」
「いえ、実家も手狭ですし、長居をするのもアレなので」
「ふう、子供がそんな遠慮をするもんじゃないよ。だけどまあ、ルバルカバじゃ仕方ないかねぇ……」
ダイニングに通されて、パロマさんに席を勧められる。素朴な薬草茶の香りが鼻をくすぐる。ヤカンに沸かして待っててくれたみたいだ。手土産の焼き菓子とドライフルーツを渡すと、パロマさんは嬉しそうに目を細めた。
「まあ、こういう気質の街ですから、仕方ないですよ」
「アンタの父親のラウルもさ、アンタが送った腰袋を大事に使ってるって聞いたよ。まったく、土の加護持ちの連中は素直じゃないんだから」
パロマさんの店は、ポルセルに住む未亡人に引き継がれた。かつての自分と同じ境遇の女性を放って置けなかったみたいだ。出店許可証と商売道具をすべて譲り、出入りの農園とも話をつけたと言っていた。ポルセルは商業都市だ、商売の経験者ならすぐに身を立てることができる。自然と風属性が集まり、風属性が住みやすいコミュニティが出来上がっている。
それと同じように、ここルバルカバは工業の街。付近の森には魔物が少なく、良質な木材が採れるため、家具工房や細工工房が軒を連ねている。また、鉱山街や綿花栽培の農村とも近く、鍛冶や織物も盛んだ。さしずめ前世で言う工業団地みたいなものか。必然的に、手先の器用な土属性が集まりやすい土地柄だ。
別に、ポルセルに土属性がいないわけじゃないし、ルバルカバにだって商店はある。風属性もそれなりに住んでいる。だけど、社交的で変化を受け入れやすい風属性と違い、土属性のコミュニティは保守的で閉鎖的だ。俺が奉公に出されたのも、ここに住むよりずっと自分らしくやっていけるだろうという配慮があったのは、俺も感じている。
「誰が悪いっていうことじゃないんですよね。縦縞の中にオレンジがいたら、そりゃ気まずいっていうか」
「縦縞? なに言ってんだい」
「いえ、ペラモス商店に奉公に出してもらえて、俺は本当にラッキーだったなって」
「ハハ、確かにねぇ。ここじゃスープパスタが売れることも、王都行きの話が来ることもなかったろうさ」
手紙ではやりとりしていたけど、こうして顔を見るのは三年ぶり。最後は本当に腰痛で辛そうにしていたので、王都に行く前に元気な姿を見られて本当に良かった。
「アタシも若い頃に行ったことがあるけどね、あそこは活気のあるいい街だよ。きっとアンタに合ってる。気をつけて行ってきな」
「はい。ありがとうございます」
こうして俺は、早めのお昼をご馳走になって、パロマさんの家を後にした。次にルバルカバに帰省するのはいつになるかわからないが、それまで元気でいてほしい。




