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社畜に異世界は生ぬるい〜奉公から始まる楽勝平民ライフ  作者: 明和里苳


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第8話 学園に行きたいか!

 およそ一ヶ月かかって魔術概論を読み終えた。しかし内容はほとんどなかったと言っていい。なんていうか、オリエンテーション的なやつ。まあ、薄い本だったしな。それより今更だが、この世界には植物紙と活版印刷があった。そっちの方が収穫だったかもしれない。


「それで、どうなんだよ。なんかスッゲー魔法とか書かれてたんじゃねぇの?」


「いえ、なんか世界には魔素があって、とか、現象がどうのとか」


「なにそれ意味わかんねぇ」


「世界中には魔法の素があって、火を熾したり水に変えたりできるっていう話です」


「なんだよそれ、そんなのみんな知ってるっつぅの!」


 奉公人ブラザーズが興味津々だったため、俺はその日書き取りしたところをかいつまんで説明する。すると奴らはいつも「知ってる」「つまんねぇ」を連発するのだ。そしてついに最後までスッゲー魔法が出てこなくて、今ここ。わかるよ、俺も超つまんねぇ。


「ついに最後まで読み切ったか。わかってはいたが、お前はとんでもないな」


「いえ、ピオさんが親切に教えてくださったおかげです!」


 控えめな態度と謙遜、そして教育係へのゴマすりも忘れない。実際、難しい単語はほとんどピオさんに教えてもらった。途中から辞書を貸してもらったが、その辞書の方が言い回しが難しかったりする。そして、辞書の閲覧許可を取ってくれたのもピオさんだ。古い教科書より、辞書の方がよっぽど貴重な書物だからな。つまり彼の協力なくして、魔術概論を読むことは叶わなかった。




 六歳の俺が学園のテキストに挑戦したせいで、商店内ではちょっとした勉強ブームが起こった。奉公に来たばっかりの小さい子供に負けてられん、難しい単語の意味を聞かれて答えられなければ恥ずかしい、ということのようだ。休憩時間に新聞を読む者、休日に図書館に出かける者、本を買う者が増えたという。


「商人は教養と情報が命だ。普段からそうすべきだと口酸っぱく言っているんだがな」


 番頭のプロスペロさんは眉間に皺を寄せている。


「まあ、誰しも得手不得手はあります。学びたいという気持ちが大事なのではないでしょうか。なあ、ピオ」


「……はい」


 学園出身のエリート、ポルフィリオさんに槍玉に上げられたピオさん。彼はあんまり勉強が好きじゃなかったせいで、俺たちの教育係を任されているらしい。彼自身も、朝から事務室で黙々と書類整理するより、子供の面倒を見ている方が気楽だったみたいだ。


「しかしお前、本当に学園に行く気はないのか」


 プロスペロさんから今日何度目かのキラーパス。またこれだ。


「えっと、私は文官様になる気はないと言いますか……」


「もったいないぞ、ロドリゴ。せっかく庶民の生活を抜け出すチャンスだというのに」


 魔術概論を読破した今、プロスペロさんは俺の学園入りを激推ししてくる。確かに、貴族やそれに類する上級庶民の暮らしは、一般庶民のそれとはまったく違うだろう。うまく立ち回れば、ワンチャン貴族の末端に加わるのもアリかもしれない。だがなぁ。


「ずっと堅苦しい生活を送るのは、性分に合いませんで」


「性分に合わないってお前」「オッサンか」


 うるさい、オッサン言うな。確かに中身はオッサンだが。


 前世社畜だった俺だが、エリート街道にはとんと興味がない。というのも、俺の周りで中央省庁に入省できた奴ら、もれなく激務だったからだ。それは社畜を自認し、おそらく過労死したであろう俺よりも大変なものだった。しかもなまじ給料が高く、待遇も良いせいで、辞めたくとも辞められない。薄給社畜だった俺とどっちがマシかと言われたら判断に苦しむが、「こんな会社いつだって辞めてやる」という気持ちがある分、俺の方が気分的に楽だったかもしれない。


 そう、自由だ。確かに俺は社畜だったが、その分自由があった。将来なんの保証もない、吹けば飛ぶようなブラック会社など、愛社精神もなければ忠誠心もなかった。ただ新卒で引っかかったのがそこなだけ。フルタイムのバイトの方が稼げるんじゃないかってサラリーで、半分も出ない残業代のために終電まで身を粉にして働いていたのは、短期離職は再就職に不利だったのと、それなりにスキルを身につけてから辞めたかったから。まあ、そうやってグズグズしている間に、転職の機会を永遠に逃してしまったわけだが。


 権利と義務はワンセット。特権を得る代わりに、身分的に縛られるのは御免だ。俺は今度こそワークライフバランスの取れた人生を実現し、夢のFIRE(経済的自立と早期引退)を達成してみせる。そのためには、資産形成とスキルアップが欠かせない。


「アーリーリタイアを目指して猛烈に働くのです!」


「アーリーリタイアってお前」「オッサンか」


 しかし事務室からは、冷たい視線が投げ寄越されるばかりだった。なぜ。

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