第7話 エリートコース
とりあえず、今日の授業は座学だけで終わった。俺たち下っ端はほぼ見学、そういうものらしい。
「それではまた次回、それまで修練は怠りませんよう」
パスクワラ先生は、番頭のプロスペロさんたちと退出して行った。多分これから応接室でお茶でも飲んで、ギルドに帰るんだろう。
「はあ、やっぱパスクワラ先生は緊張するぜ」
「さすがはポルフィリオさん、完璧だったな」
「俺も使ってみたいぜ!」
奉公人トリオのプリニオ、ペピト、ポンシオが興奮している。
「まあ、ポルフィリオさんは特別だな。あそこまで使いこなすためには、学園に行かないと」
俺たちの教育係、若手のピオさんが漏らす。彼は最初は淡々としていたが、意外と気さくで面倒見がいいのがわかってきた。
さっきパスクワラ先生は、「防音魔法を最低限に展開しながら商談を有利に進めなければならない」なんて言っていたが、それは普通に無理ゲーらしい。普通は防音魔法と契約魔法が使えるパスクワラ先生のような魔術師を派遣してもらい、実際の商談は別の者が行うとか。大店になれば専属の店員を雇うことができるが、ペラモス商店ではポルフィリオさんがそれにあたる。彼は元奉公人で、特待で学園を出たエリートだ。ああいう人は、実務経験を積んだあと自分で商店を興したり、もしくは幹部待遇でギルドに引き抜かれるかするらしい。
「いいなあ、俺もあんな魔法が使いてぇよ」
「商人の憧れだよね」
「そのためにはまぁ、読み書き算術ができなきゃな。学園に入るのはもちろん、商人として一人前になるんなら、学力もねぇと」
「ええ〜〜〜」
世知辛いのは、どこの世界も同じらしい。
とはいえ、魔法について興味津々なのは俺も同じだ。授業のあと、俺は魔法について資料か何かないか、ピオさんに聞いてみた。すると、勉強部屋の書棚から古いテキストを出してくれた。
「大旦那様のだ。この部屋から持ち出しは禁止な。勉強時間に見るのは構わねぇってさ」
「ありがとうございます!」
魔術概論。書き取りを進めているとはいえ、やっと絵本を読めるようになった程度。語学力は非常に心許ないが、前世の外国語と違い、今の俺はリスニングとスピーキングができている。スペルから発音を類推することもできるし、時間さえあればなんとかなるんじゃないだろうか。
「しかし、お前に読めるとは思えねぇがな……」
ピオさんは白い目を向けてくるが、そんなの関係ねぇ。これで魔法のことが少しでもわかるんならな。というわけで、その日から俺の勉強時間は、魔術概論の書き取りとなった。
「La magia es la manifestación de la energía mágica」
「魔術、は、魔素、が、発現、した、もので、ある」
うん、いけるいける。こないだまで愚直に絵本の単語を書き取りしていたが、いきなり文章に入っても全然問題ない。単語は全部どっかで見た感じだし、そもそもしゃべれるんだ。なんだ、最初から絵本に取り組むんじゃなくて、普通の本の方が良かったんじゃないか。
「信じらんねぇ。あんな難しい本を読んでやがる」
「うわ、小さい字。それって高等部のものなんじゃ」
「マジかよロドリゴ……」
あんぐりしているのは、奉公人三人衆だけではない。魔術概論の閲覧許可を取ってくれたピオさんも、そして書き取りをしていると聞きつけて勉強部屋にやってきたプロスペロさんとポルフィリオさんもだ。
「ポルフィリオ。ロドリゴをどう見る」
「はい。まさかこれまで教育を受けたことのない平民が、このような高度な文書を理解できるなど……」
「ふむ。ではロドリゴは学園にやり、お前の後任として雇うべきか」
「いいえ番頭。これほどの人材となると、貴族からの引き抜きは免れないでしょう」
二人はううむと唸っている。ちょっと待て、貴族は嫌だな。
「あのっ、俺は学園など恐れ多く」
「そうは言ってもお前、魔術に興味があるのだろう」
「貴族に取り立てられて文官にでもなれば、給金も跳ね上がるというものだぞ」
「いえっ、そんな大それた野望などございませんので」
「大それた」「野望」「ございません」
プロスペロさん、ポルフィリオさん、ピオさんが反復する。やめろ。
「……まあ、書物に触れたばかりだ。いきなり学園と言われても、先のことを考えられぬのも無理はない」
「そうですね、ゆっくりと考えさせてみるべきかと」
うーん、魔術に興味を示しただけでこの流れ。マズったか。




