第79話 異動
「王都支店ですか」
「ああ。せっかく奉公も最後の年なんだ。お前の言う、キャリアアップになると思うんだが、どうだ?」
おっと。久しぶりに番頭プロスペロさんと事務室に二人だと思ったら、爆弾人事が降ってきた。
ラーメン開発機関プラシド研究所が発足したため、事務室の人員は一人減で回っていた。いや、以前はプロスペロさんの他に事務員が三名配置されていたそうだが、ポルフィリオ氏が下手に有能だったため、一名減らされていたそうだ。その後、俺が補助で入ってプラマイゼロ、からのポルフィリオ氏が研究所固定になったために再びマイナスに。
しかしその、残された人員が問題だった。ピオ氏が仕事をしない。コイツ、勉強部屋で奉公人には偉そうに先生役をしていたくせに、字は汚いわスペルミスはひどいわ、三回に一回は計算ミスするわ。お察しの通り、デスクはぐちゃぐちゃ、書類の締め切りは平気で破る。
彼の持ち味は、黙っていれば爽やかナイスガイなことと、愛嬌のあるコミュ強なところだ。だったら営業でもやらせとけばいいんじゃね、ということなんだが、営業こそ身だしなみやマナー、なによりスケジュール管理が大事だ。過去色々やらかした末、事務室に配属され、プロスペロさんとポルフィリオ氏に性根を叩き直されている最中だったらしい。そりゃあ見合いで大火傷中じゃなくとも、ポルフィリオ氏がイラついているはずだ。
なお、一名減体制に音を上げたのは、他でもないピオ氏だ。キツいキツいとピイピイ泣き言が止まらなくなったので、隣領の支店から事務員が一人回されてきた。ピアさんという気風のいい美人だ。なんとピオ氏の双子の姉だという。彼女は顔色の悪いピオ氏を容赦なくチイパッパして、プロスペロさんとポルフィリオ氏の二人がかりでも矯正できなかったピオ氏を、容赦なく調教した。おかげで、俺たちが研究所に輪番で詰めても、プロスペロさんが重要な案件でしばらく留守にしても、ここ数年は安定して仕事が回っていた。
のだが。
「心配するな。ピオも一緒だ。心強いだろう?」
「はぁ……」
いや、心強いかどうかと言われると、心配しかない。てか、ここの事務室はどうやって回すんだろう。
「そんな顔をするな。お前のお陰で、リコを事務補助に入れても問題なだろう。それから、ピオの後任は他店から一人引き抜いてくる予定だ。どんな仕事でも、人事は刷新していかねばならん」
そういうわけで、俺は二日の休暇をもらった。行き先は隣町、故郷のルバルカバ。なお俺の人事異動については、前もってペラモス商店から実家に手紙が送られているそうだ。今回の帰省は、改めて俺の口から王都行きを報告するのが目的だ。
ルバルカバへは、片道20キロほどの距離。今なら平気で歩いて行けそうだが、いかんせんこの世界は治安がよろしくないため、念の為に乗合馬車に乗って行けとプロスペロさんに厳命された。さすがに弓術士一人じゃ、何人かで囲まれたら終わりかもしらん。てか、一般人が乗り合わせる馬車でも同じなんじゃないかと思わなくもないが。
乗合馬車といえば、奉公に出たあの日のことを思い出す。結局あれから、一度も実家には帰らなかった。ペラモス商店で過ごす日々は毎日充実していたし、ポルセルの街の方が大きくてなんでもあるし、また隣町だからいつでも帰ろうと思えば帰れるとタカを括っていたせいでもある。そして奇しくも、あの時と同じおばさんと乗り合わせるとは。
「あらァ、あん時の坊ちゃんかい。こうして乗り合わせるのは奇遇だねぇ」
「あっはい、その節はどうも」
「それにしてもアンタ、王都に行っちまうんだってねぇ。そろそろいい子を紹介してあげようと思ってたんだけれど」
「ハハッ、まだ早いですよぉ」
「あら、早いもんかい。こういうのは相性のモンだ。いいなと思う相手がいたら、さっさとご縁を結んどくモンだよ」
シルビアさん。パロマ青果店のパロマさんのお友達であり、この辺では有名なお見合いおばさんらしい。この田舎において、情報通のおばさんには俺の個人情報なんて筒抜けだ。
「まあ、アンタは金の卵だからねぇ、ペラモスの旦那も手放したがらないだろうさ。だがあのポル坊を見てたらねぇ、どうもお節介を焼きたくなっちまうモンさ」
「ああ、今はお幸せそうですけどねぇ」
「ホント、海の方から嫁さんが来るなんてねぇ。ご縁ってのは不思議なもんだよぉ」
パカパカとのどかな乗合馬車、休憩も含めて片道半日の旅。前回もそうだったが、こうして世間話をしているだけで、のんびりと温かい時間が過ぎていく。旅は道連れ、世は情け。




