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社畜に異世界は生ぬるい〜奉公から始まる楽勝平民ライフ  作者: 明和里苳


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第75話 海の幸

「それンしても、小魚の干えたンがそげに良かっただか?」


「サリタさん、最高ですよ!」


 ちょうどその時、二階から降りてきたのは小柄な女性。焦茶の髪を後ろで三つ編みにして、くりくりとした黒い目が愛らしい。


「ちょっ、ロドリゴ! このキュートなガールはどちら様?」


「おいピオ! お前みたいな遊び人が俺の妹に目を付けるんじゃねェ!」


「妹?! パコの?!」


 なに、ピオ氏ってウェイ系だと思ってたけど、マジで遊んでんの?


「おお、君がサリタか。この度は遠路はるばるご苦労だった」


「この干したアンチョビは、実に素晴らしいな!」


「いやいやぁ、そげなんそこらへんになんぼでもあーに!」


「パコ。彼女はなんと?」


「そんなものはその辺にいくらでもある、と言ってます」


 おっと。今更だが、いきなりのゲスト登場にみんなの試食の手が止まっている。


「ええと、ご存知の方もそうでない方もいらっしゃるようなので、改めてご紹介します。こちら、研究所職員パコさんの妹さんでサリタさん。海辺の街セグラから、海産物を運んで来ていただきました」


「サリタだ、よろしゅうお願いします」


「ようこそサリタ、よくポルセルまで来てくれた。これで我がプラシドの栄光もいよいよ!」


「大旦那様、そのくらいになさってください。麺が伸びてしまいますぞ」


「そうです。まだこのひやあつだけではなく、ひやひや、あつあつ、あつひやが控えておりますので」


「うぬう、それでは栄光の決定が遠のくではないか! 嬉しい誤算だな!」


 いつまで迷ってんだ、このジジイ。いいからさっさとレシピ登録しちまえよ。


「それにしてもこの魚介のコクと香り! 凄まじい味の暴力! それが元の鶏の風味を殺すことなく、分厚い豚チャーシュと渾然一体となっている。一体どのような魔法を?!」


「おっ。ポルフィリオ、気付いたか! そこが俺の一番苦心したところだぜ!」


「実はあんちゃんが、干した海藻も運んで来いって言ったけん。スープに入れてみたんだに」


「フッフー。どうですかみなさん、グルタミン酸とイノシン酸のダブルアタックは!」


「グル……?」


「ロドリゴ、お前なにを言ってんだ?」


「しかもここに追いチーズドーン! グルタミン酸さらに倍!」


 ウヒャー、うんまッ! このカオスなジャンク感。もはやつけ麺なのかなんなのかわからん、だがそれがいい!


「うん、なんだかわからんが美味い!」


「俺は別添背脂マシだぜ!」


「私はこの海藻が主体のスープが気に入りましたな」




 というわけで、魚粉つけ麺試食会は成功裏に終わった。これでまたレシピ登録が延期の見通しという問題は発生したが、そこは大旦那様や領主様、商業ギルドの皆さんに頑張ってもろて。


 そしてもう一つの問題がこちらだ。


「ううむ、魚粉を増した場合のバランスと、追加トッピングとの相性だが――おい、ロドリゴ。お前、チーズは何グラム混ぜ合わせた?」


「えっ、適当ですけど」


「適当などということがあるか! そこのスプーンですり切り一杯が6グラム、推量くらいできるだろう!」


「ええ……」


 後片付けが終わり、お偉いさんたちも三々五々撤退した調理台で、一人ペンを走らせるポルフィリオ氏。ゴオオオオ、という効果音が聞こえて来そうだ。


「あらァ、なんしちょうだ?」


「うむ、レシピを登録するには正確な分量と考察を記録しておかねばな」


「そげに気張りすぎんで、休んでごしない」


「いや。この繊細な味覚の感動を忘れないうちに、しっかりと記録しなければならない。特にあの、煮干しで引いた繊細な出汁と海藻の香り。奇妙だが懐かしい風味が、獣の旨みと合わさって、深く織りなすハーモニー。からの、全てを支配して余りある魚粉の圧倒的パワー。人生においてここまで心動かされた瞬間を、私は知らない」


「あらァ、こらまた嬉しえな」


「ふん。セグラでは魚介スープが基本だからな。ウチは港で食堂やってたんだ。サリタの腕は俺に負けずとも劣らねぇ」


「ティモテオ氏はブレンド前の魚介のスープに関心しきりだったな。あれは私も美味いと思った。毎日でも飲みたいくらいだ」


「あらァ!」


「おいポルフィリオ! サリタは渡さん!」


「は? お前はなぜイキリ立っている?」


 あー、うん。なんかさ、三人が調理台に集まって、いい感じなんだよ。俺とピオ氏がポルフィリオ氏を連れて帰ることになってるんだが、さっきから声を掛けても気にもされねぇ。


「あのう、もう夜も遅くなって来ますしですね……」


「だから二人で帰ればいいだろう! 今日は試食パターンが多い、この分だと徹夜だな」


「なっ、お前帰れよ! 仮眠室は俺とサリタでいっぱいだ、お前を泊める場所なんてねえ!」


「私は調理場で結構だ。椅子を並べれば仮眠くらい取れる」


あんちゃん、そりゃえとしげな」


 あー、うん。なんかさ、俺たち二人が蚊帳の外感をひしひしと感じる。


「帰ろうぜ」


 ピオ氏の乾いた呟きと共に、俺たちは研究所を後にした。

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