第72話 ラーメン開発専門機関「プラシド研究所」
「ピオ、ロドリゴ。お前たちも交代で研究所へ入ってもらう」
プロスペロさんにそう言われたのは、木曜の午後のことだった。
「ちょ、聞いてないっスよ?」
「ポルフィリオはもうダメだ。アイツはこちらに戻さねばならん」
「どういうことですか」
「行けばわかる。これから連れ戻しに行くから、お前たちもついて来なさい」
プロスペロさんが事務室を無人にしてでも、ポルフィリオさんを迎えに行った理由。それを俺たちは、現地でまざまざと見せつけられるのだった。
「むううん! パンチが足りん! ここはもっと生姜を効かせてだな!!」
「やっぱ背脂っスよ! こう、もっと全てを覆い隠すほどチャッチャと!!」
「おいお前ら、試作品を台無しにするんじゃない!!」
街はずれ、森の近くの民家をキッチンスタジオに改装したという研究所。古風な外見とは裏腹に、中は堅牢な窯に最新鋭の水回り、充実した設備が整えられていた。そして作業台兼テーブルの上はカオス。飛び散ったスープに具材の欠片、麺の切れ端、ギトギトの脂。そしてそれらを撒き散らしつつ、奪うようにして麺を啜り合う二匹の豚……いや、昼バイトのティト氏とポルフィリオ氏。寸胴の方からパコ氏が牽制するが、効いちゃいない。
てか、ティト氏もポルフィリオ氏も、わずかな間で見違えた。悪い方に。顔は脂でテッカテカ、髪は汗でべっとりと額に付き、むくんだフェイスラインと伸びた無精髭が更に不潔感を醸し出す。二人とも黙っていればなかなかの美男子だったため、落差もひとしおだ。
「わかっただろう。こうなったら終いだ。物理的に離さんことには」
「俺もチャーシュメン食い放題は羨ましいと思ってたっスけど、これほどとは……」
悲愴な目で状況を見守るプロスペロさんと、ブルブル震えるピオ氏。まるで神隠しにでも遭ったかのような人格崩壊に、俺も愕然だ。
「ああプロスペロさん、やっと来た。早くコイツら連れて帰ってくださいよ。試作品を消費してくれるのは構わないんですが、試食する前に片っ端から食っちまうんで、仕事にならないですよ」
「うるさい! 私はしっかりと味わい、分析した上で、改善案を出している。なんの文句がある!」
「そうっスよ! やっぱ栄光にはパンチがないと!」
「もういい、ポルフィリオ。お前は一旦戻って休め。そしてティト、お前には後でギルドから迎えが来るので待っているように」
「プロスペロさん、私はもう十分休んでいます!」
「オレは有給取って来てるんで、迎えに来られても帰らないっス!」
「二人とも、駄々を捏ねるな。ポルフィリオ、試食ばかりして仕事が溜まっているだろう。そしてティト、トニョ一人でペドロの店を回すのは厳しい。さっさと帰ってやりなさい」
「仕事は全部済ませてありますぅ〜。昨夜寝ずにやりましたぁ〜」
「有給は労働者の権利ですぅ〜。てか、ティモテオさんもこっちに詰めてるんでぇ〜、俺ばっか言われても困るっすぅ〜」
やべぇ、二人とも目がキまってる。脳みそが背脂に侵されて、IQが極端に下がっているようだ。
「だいたい、大旦那様が『プラシドの栄光』を発表するにあたって究極の一杯を決めるというのが第一義じゃないですか。私はそのために身を削ってお仕えしているだけですので!」
「そうっスそうっス!」
ちなみにその大旦那様は、ティモテオさんと一緒に二階の仮眠室でお休み中らしい。ダメだ、もうここはラーメン研究所というよりラーメン廃人収容所だ。
てか、これだけの廃人を抱えて一人黙々とラーメンを作り続けるパコ氏はすげぇな。こないだ厨房にお邪魔した時、邪険にされたことは絶対に許さないが、ここまでのプロ根性を見せつけられると、あれだけピリピリしていたのもわかる気がする。
「うっ、あん時は悪かったよ。いや、料理人が四六時中、大量の料理を作り続けるのは普通だかんな?」
「まあとりあえず、今日のところは帰るぞポルフィリオ。パコの邪魔になっては本末転倒だ」
「邪魔なんてしてません! 書類仕事も調理補助もこなし、レシピの整理も記録もやっております!」
「掃除も皿洗いもやってるっスよ!」
「「私(俺)らは帰らねぇ〜〜!!」
ダメだ。異世界にGロリアンは早かったのだ。




